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悼むこと。忘れないこと。ペットから考える葬儀文化のアップデート。

ペット用の骨壷を開発したブランド「DREAMING」。手がけるのは、中国から留学生として日本で学ばれた万荷(マンカ)氏。便宜上「ペット」として括りはするが、現在のペットと人間は、「家族」「友人」「パートナー」…多様な関係がある。
大切な存在を失った際に、私たちはどのように気持ちを慰め、悼むのか。万荷氏にお話をお聞きした。


万荷:デザイナー/京都市立芸術大学 プロダクトデザイン修了。 悼むこと。忘れないこと。新しい葬儀文化を創出すること。葬儀用品のデザインは、優しく、個性的であるべきと考え、2023年にペット葬儀用品ブランド「DREAMING」を設立。パルプで作った生分解性の骨壷「BUD」は、ドイツ2023年のレッド・ドット賞を受賞。


日本で深めたコンセプト。

-万荷さんのご出身は中国なんですよね。

万荷:はい。出身は中国四川省です。日本では、辛い料理でご存じの方も多いと思います(笑)。

-四川料理は日本でもメジャーですからね。

万荷:中国の浙江省の大学を卒業後に、修士課程で京都市立芸術大学にきました。

-修士課程で日本にいらしたんですね。

万荷:えぇ。プロダクトデザインを専攻したいと思って。

-プロダクトデザインって、中国でも学べるような気もしますが、日本で学んだ理由をお聞かせいただけますか?

万荷:中国では、インダストリアルデザインの勉強をして、ビジネスに関連する知識は身につきました。日本に来たのは、”コンセプト”をより深めたいと思ってのことなんです。
私の手がけるブランド「DREAMING」は、骨壷を取り扱っています。人の死を扱う、ある種センシティブなプロダクトですから、日本で時間をかけてコンセプトを深めたいと考えました。

-日本は、コンセプトを深めることに長けているのでしょうか?

万荷:中国でも、ビジネスに関することを総合的に学べると思いますが、日本は比較的専門的な学びに適していると思いますね。そして日本の方が自分の内面を探るのに適していると思います。日本で学ぶことは、私のデザインをよりユニークなものにし、より多くの人々の心を動かすものづくりができると考えたんです。

-情緒のようなものがあるのかもしれませんね。

万荷:それに加えて、私は日本と中国は、文化的に近しいところもあると考えています。だからこそ、日本で学びたいと思ったんです。

「DREAMING」とは?

-万荷さんの手がける「DREAMING」は、どのようなブランド/サービスなんですか?

万荷:ペットのためにデザインした葬儀製品のブランドです。最初のプロダクトとして、2023年末からペット用骨壷の販売を開始しました。自分の家族でもあるペットを失った時に、自分自身をどう慰めるのかそれをすごく大事に制作しました。

-ペット用の骨壷って、現在も色々なものが販売されていますよね。

万荷:そうですね。現代では、人とペットの関係が、家族や友人のように変化してきました。家族のような身近な存在が失われた時に、もっと心を表現できる葬儀製品があってもいいのではないかと思って開発しました。

-どういった経緯で、開発に至ったんですか?

万荷:私自身、中国国内で一人っ子の多い世代です。なので、寂しくないように昔は良くペットを飼っていました。ハムスターや鳥、魚、猫など、色々と。その時代は、今ほどペットの葬儀文化も定着していなかったので、金魚など小型のペットを大人に頼んでゴミとして処理してもらったことがあります。

-あぁ。特に小さな動物は、日本でも比較的そうでした。

万荷:特に私は都市部に住んでいたので、土に還せるような文化もなかったんです。そうやってゴミとして捨ててしまった時に、本当に悲しかったんです。ちゃんと埋葬したときと、そうでない時、自分自身の気持ちが全然違う。この体験から、大切なペットを失った際に、少しでも気持ちが救われるよう「DREAMING」を開発したんです。

-ご自身の体験から生まれたプロダクトなんですね。

万荷:そうですね。なので、「DREAMING」は、特に都市で生活する皆さんにはフィットするデザインだと思います。山林が広がる地域では、土に埋葬したり自然に還す選択肢もありますし、それも素晴らしい選択肢だと思いますからね。

思い出すというより、忘れずにいるために。

-すごく洗練されたデザインですね。

万荷:ありがとうございます。多くの動物は、眠る時に丸くなって眠ります。動物の眠る姿を極限まで抽象的なミニマムデザインで表現しました。実は、日本に来る前に考えていたのは、ペットの形をそのまま使ったり、直接的にペットを抱きしめる姿を象っていたり、現在とは全然違ったデザインだったんですよ。

-そうなんですね。

万荷:えぇ。日本にきて、大学の先生やクラスメイトとコミュニケーションすることで、たくさんのヒントをもらったんです。そこから、人とペットの関係について見つめ直したり、ペットの動作をたくさん観察しました。日本の文化、特に留学していた京都からも、すごく良い影響を受けたと思います。

-どのような影響が?

万荷:京都に来てから、色々なお寺を見るのが好きだったんです。寺院の持つ、神聖で静謐、シンプルなイメージはモノづくりにとても活きていると思いますね。

-なるほど。

万荷:もう一つの重要な影響は、「余白」が生まれたことです。ユーザーの皆様が、それぞれにプライベートな思いを感じられる空間をデザインできた。
日本では、こうした余白を大事にする人が多いと感じています。骨壷には飼い主やペットのプライベートな感情がたくさん詰まっています。
耳、目、口などの具体的な形状はデザインせず、「丸まって寝る」という一般的な動作で静かな雰囲気を演出しました。これは日本に来たからこそ、できたデザインですね。

-日本の文化に影響を受けているなんて、嬉しいですね。ブランド名はなぜ「DREAMING」なんでしょうか?

万荷:ペットがすぐ側で静かに寝ている時のように幸せだった時を思い出して欲しいと思って名付けました。もう一つはストレートに寝ている時に見る「夢」の意味もあります。夢ってごくプライベートな感情が発露するものだと思います。骨壷は、そういう非常に個人的な思いを表現できる媒介・媒体なのかなと思って「DREAMING」と名付けました。

-確かに、静かに寝ていたことを思い出させてくれそうですね。

万荷:骨壷に、あまり縁起の良いイメージを持たない方もいらっしゃいます。仏壇でも目に触れないよう、奥に置かれていることもあります。「DREAMING」は、日常の中であまりプレッシャーにならず、インテリアとしても馴染んでくれたらいいなと思っています。

-馴染みそうですね。

万荷:ペットと触れ合っていたことを思い出して、生活の中で、撫でたり触ったしてもらえるように、釉薬 ゆうやく(陶磁器の表面を覆うガラス質の膜のこと)にもとてもこだわりました。マットで、優しい光を放つ暖かなイメージに仕上がったと思います。もう一つポイントがあって、中の留め具を動物の手のような形にしたんです。すごく難しい加工だったんですよ。

-本当だ!

万荷:器そのものも、有機的で動物のように感じて欲しかったんです。開けた時に少しあたたかな感情になっていただけたら幸いです。

-骨壷に触れること自体が新しいのかもしれませんよね。

万荷:自分の家族であるペットを、亡くなった後もどうやって自分の側に置いて置けるのか。とてもネガティブでもある「死」を扱うわけですから、すごく繊細に考えないといけないと思っています。他人の悲しさに寄り添うことが何より大事だと思うんです。自分の大事だった家族を、思い出す…というより、忘れずにいるみたいな置き所になればいいなと思っているんです。

-実際に販売してみていかがでしょうか?

万荷:中国のSNSから発信を始めたのですが、反応は良かったです。ネットでの評判見ている限りでは、多分そんなに冷たくなく、暖かい印象ですね。「ペットのためだけにデザインされている」「怖くない骨壷」「側においても自然」という声をいただいて、とても嬉しかったですね。そんなお声をいただいて、日本の陶磁器でモデリングしたものを、陶磁器で有名な景徳鎮で量産開始しました。

-デザインの意図がきちんと伝わっているんですね。

万荷:現在では、友人の協力も得て、日本でもMakuakeで販売をスタートしました。

中国のペット文化について。

-中国でも、ペットの文化は盛んなのですか?

万荷:日本ほど歴史はないかもしれませんが、中国でもペット文化は近年かなり盛り上がっていますね。特に都市部の若い世代を中心に、生活のパートナーとしてペットと暮らす人が増えています。TikTokを代表とするSNSでも、自分のペットをアプローチする方が多くいらっしゃいますね。

-日本とさほど変わりはないんですね。

万荷:ただ、日本の方がペットとの文化は多様ですね。例えば、先日見学に行った墓地では、ペットと飼い主が一緒に墓地に埋葬されていて驚きました。中国には、まだそういう埋葬はありませんから。日本は、ペット文化において、先進的だと思います。

-葬儀形態も日本にはたくさんありますよね。

万荷:最近は、中国でも上海・成都市といった、大都市を中心にペット葬儀会社や墓地が増えてきていますね。葬儀から遺体の預かりまでアプリで探せるサービスがあったり、位牌なども販売しています。日本のペット事情に近くなってきているように思いますね。

-なるほど。

万荷:一方、中小都市や地方都市は、まだまだ選択肢が少ないですね。地方では、山に埋めたり、そういう自然に戻すような考え方もまだまだ多いと思います。

-中国において、ペットとは、どのような存在なんですか?

万荷:もちろん人によってレベル感が違うとは思いますが、ネットなどでみている限りは、日本と同じでどんどん家族のような存在になっていますね。田舎では、いまだに家を守ために犬を飼う方もいるようですが、大部分は日本のペットとあまり扱いは変わらないように思いますね。

「死」から文化を乗り越えること。

-日本と中国、文化は違っても、ペットを思う気持ちや、大事な家族の死を悼む気持ちは同じなのは興味深いですよね。

万荷:私自身、元々はペットに限らず、葬儀そのものに興味がありました。葬儀というのは、人間だけが持つ特別な文化だと思うんですよ。あらゆる国や文化、ほぼ全てに何らかの葬儀があります。葬儀には、「人間であること」「人間性」のようなものが、分かち難く表現されているように思っているんです。

-あぁ。確かに。葬儀に着目したのはなぜだったんですか?

万荷:おそらく私にとって、初めて身近な人の死に本格的に触れたのは高校生の時です。中学校の同級生と歴史の先生が事故死したという知らせが飛び込んできました。二人とも、とても若い女性で、とても優しく美しい印象たった。しかし、彼女たちの葬儀の印象は、本人の普段の雰囲気とはかなり異なり、単調で冷たいものでした。葬儀は人間味にあふれ、生きている人を癒すことができる一方で、不適切な葬儀は人々に後悔をもたらす可能性があります。葬儀は、お年寄りだけのものではないことにその時初めて気がつきました。

-あぁ。確かにそうですね。

万荷:身近な人が亡くなったとき、その人はどんな骨壷を望んでいるのか、ご家族はどんな骨壷を望んでいるのか。これが私が葬儀のデザインに興味を持った大きな理由です。
大学時代にも、祖父や祖母を亡くして、より真剣に考えるようになったかもしれませんね。その時に、葬儀を経ても、自分自身の気持ちをうまく慰めることができなかったんです。そこで、葬儀のことを調べ始めたのがきっかけでした。調べていくとすごく面白かったんですよね。

-どんなところが?

万荷:中国の葬儀にまつわる建物や、プロダクトのデザインってすごく古いイメージが多いんです。ずっと昔は、デザインされ続けていたのに、今ではあまりアップデートされていません。
伝統を大切にしながらも、今の生活に合わせて新しくできることもあるんじゃないかって思うんですよね。

-なるほど。

万荷:そういった葬儀の中でも、現代でも葬儀文化のアップデートが行われているのが、ペット葬儀だと思うんです。ペットと飼い主の関係性は、人間同士の社会的な文化とはまた別のとてもプライベートな関係です。親戚や家族の目を気にしすぎず、個人の思いが反映できる。多様な葬儀を提案しやすいんですよね。

-あぁ。人間の葬儀では、新しいことは取り入れにくいですからね。

万荷:そうですね。なかなか人の葬儀は新しいことが提案しにくいと思います。

-伝統は大事ですけど、ペットの葬儀は、少し多様にできる可能性があるのかもしれませんね。

万荷:「死」には、ちょっとゲンが悪いというか、ちょっとネガティブな印象が付きまといます。でも、さまざまな人と話してみると、中国でも日本でも、みんな興味があったり、問題意識を持っていたりします。それは、興味深いことだと思うんです。「死」は全ての、あらゆる人に訪れます。だからこそ、死についてもう少し語り合うことは大事なんじゃないかと思うんです。

-あぁ。「死」はあらゆる文化を超えて語り合える可能性があるのかもしれませんね。

万荷:「DREAMING」も、そういう文化の違いを乗り越えて使って欲しいと願って作ったんですよ。

「DREAMING」が見る夢。

-これからのブランド展望について教えてください。

万荷:今は、「DREAMING」にいろいろな紋様を描くテストをしています。飼い主の皆さん、一人一人の個性や思いに合わせて、選択肢があったらいいなと思って。素材や紋様によって、様々な気持ちに寄り添えたらなと。色々なデザイナーさんともコラボレーションしてみたいですし、可能性を広げて行けたら、嬉しいですね。

-素敵ですね。

万荷:素材に関しても、研究をしていて、菌糸体というキノコの細胞を使った環境にも配慮した素材でもプロダクトを製作中です。これからも、葬儀の新しい形について、考えていきたいなと思います。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。万荷さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

万荷:うーん。言葉にするのはとても難しいのですが、「今この瞬間のすべて」です。手触り、匂い…あらゆる感覚のすべてがこの瞬間を作っていると思うんです。
日本でとても素晴らしいお墓を訪れたことがあるんです。それは、すごく特別なお墓ということではなくて、私が訪れた日の天気や、温度、お墓のある場所やデザイン、そういった全てが私の気持ちを癒してくれたり、慰めてくれた。そういう感覚、現実の中で感じた全てを、私は失いたくないと思います。私は、自分自身が今この瞬間を大事にすればこそ、周りの人々にも優しくできると思うんです。

Less is More.

人間は、誰しも大切な人の死を悼むのかもしれない。異なる国や異なる文化。それらを乗り越えるためにも私たちはもっと「死」を遠ざけることなく、深く語り合うことが必要なのかもしれない。

「骨壷ってただの容器でもあるんです。でも、それに想いをのせることで、私たちはそれを「骨壷」と思う。それがすごく不思議です。」万荷氏がインタビュー中に何気なく話した言葉が忘れられない。

(おわり)

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