見出し画像

分散型研究所と開かれた学術業界。学術系クラウドファンディング「アカデミスト」代表 柴藤亮介氏インタビュー。

日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist(アカデミスト)」。大学に所属する研究者が自由な研究テーマを立ち上げ、資金を募れる。
10年に渡ってこのサービスを運営してきたアカデミスト株式会社の柴藤亮介氏に現在の日本における学術界の問題点と展望について、お話をお聞きした。

柴藤亮介:アカデミスト株式会社 代表取締役 CEO 。 首都大学東京理工学研究科物理学専攻 博士後期課程 単位取得退学。 2014年、日本初の学術系クラウドファンディングサイト「academist」を設立。 研究の魅力を研究者が自ら発信するためのプラットフォー ム構築を進めている。

アカデミストを立ち上げるまで。

-柴藤さんご自身も研究者だったそうですね。なぜ起業に至ったんですか?

柴藤:大学院で物理の研究をしていたんですが、当時から学術業界が閉鎖的だと感じていたんですね。

-どういうことですか?

柴藤:まずは、学術界の構造からお話しします。多くの研究は、過去の研究者が積み上げてきた知見の上で成立しています。そういった専門的な知見は、学会などを中心に縦割り構造の中で共有されています。縦割りにすることは、特定の研究パラダイムを掘り下げるにはとても効率が良く、効果的だと思う一方、多様な分野が連携し、知を集結する研究は起こりにくいんです。

-なるほど。

柴藤:分野を超えて研究しやすい体制を作らないと、アカデミアは立ち行かなくなり徐々に廃れてしまう。実際に、研究資金も減り、研究者を目指す若い世代も減ってきています。こうした状況をなんとかするために、縦割りだけでなく、分野を越えて横串を通すような活動ができるよう、academistを立ち上げました。

-その手段がクラウドファンディングだったということですか?

柴藤:元々は、研究者の課題やビジョンを伝えるメディアを作るつもりだったんです。でも、ただのメディアでは、研究者の参加意義が薄いと思いました。参加するメリットを明確にするために、クラウドファンディングサイトにしたんです。研究を発信するだけでなく、アウトリーチできて、直接的な研究資金集めにもつながりますからね。

研究者のアイデアを狭めないために。

-あらためてアカデミアに所属する研究者の資金の流れと、問題点を教えていただいてもいいですか?

柴藤:研究者の資金源は多岐にわたりますが、主要なものとしては科学研究費助成事業(科研費)、大学の運営費交付金、国の競争的資金制度(例えば、JST、NEDO、AMEDなどが運営する大型プロジェクト)などがあります。これらの公的資金が研究費の大きな部分を占めています。加えて、民間企業との共同研究や受託研究、ベンチャーキャピタルからの投資、財団からの助成金なども重要な資金源となっています。ただし、これらの民間資金を大規模に活用できている研究者は、まだ比較的限られているのが現状です。

-「科研費の奪い合い」なんて聞いたことがあります。

柴藤:科研費は公的資金なので、本来は研究の価値や重要性に基づいて公平に配分されるべきですが、研究者のあいだでは「科研費が当たった/はずれた」という表現がよく使われています。これは、科研費の獲得が一種の運や偶然性に左右されているかのような印象を与えています。実際には、研究の内容や価値以外の要因が科研費の配分に影響を与えている可能性があり、このような揶揄的な表現につながっているのです。

-アカデミアの縦割り構造の中で科研費の配分が決まりやすくなっているということですね。

柴藤:こうした構造的な問題から、分野横断的な学際研究や、全く新しい分野を開拓する「0→1」の研究がやりにくくなっているのが現状です。この課題に対応するため、文部科学省は科研費の中に「学術変革領域研究」や「挑戦的研究」などの枠組みを設け、新しい分野や萌芽的研究への支援を強化しています。しかし、これらの取り組みだけでは不十分であると考えています。

-それはなぜですか?

柴藤:新しい研究分野や革新的なアイデアの評価は本質的に困難を伴います。審査プロセスにおいて、審査員は限られた情報と時間の中で判断を下さなければならないため、実績や予測可能性が高い研究提案が選ばれやすい傾向があります。この問題は個々の審査員の責任というよりも、研究評価システム全体に関わる構造的な課題だと捉えています。

-新しいものを評価するのは、難しいですからね。

柴藤:こういった学術業界の流れがあるので、研究者自身は、真に挑戦したい課題ではなく、資金獲得の可能性を考慮した研究テーマを選択してしまいがちになります。結果として、研究者のアイデアを狭めることになってしまう。こうした負のサイクルで、研究者のマインドセットが、どんどん閉鎖的になるのが、一番の問題だと考えています。

-新しいアイデアを出しても、徒労に終わっちゃうことが多いんですね。

柴藤:こういった状況を打破するために、企業や個人といった幅広いステークホルダーから資金を集められるパイプが必要だと思います。アカデミストのクラウドファンディングは、研究者のアイデアを狭めることなく「応援したい」という新しい軸で資金を集える、新しい手段なんです。

研究者と企業の可能性。

-公的資金以外の選択肢についてお聞きしたいのですが、研究者個人のキャリアとしては企業に入って研究するのも可能性の一つですよね。

柴藤:企業では、安定した研究資金や収入など、確かに魅力的な側面があります。ただ、企業研究は往々にして事業貢献を重視するため、研究者の興味と企業のニーズとの調整が必要になることがあります。分野にもよると思います。たとえば、理論物理の素粒子研究のような基礎研究は、依然としてアカデミアで行うのが主要な選択肢となっています。

-なるほど。起業などはどうですか?

柴藤:起業は確かに一つの選択肢ですが、割と限定的な手段ではないかと思います。たとえば、創薬分野などでは、研究と事業化の親和性が高く、起業の事例も見られます。ただし、すべての研究分野で起業が適しているわけではありません。

-民間企業からの資金提供や共同研究が思ったよりも広まっていないのはなぜだとお考えですか?

柴藤:研究者、企業の双方に課題があると思います。研究者側は企業との協働に対する懸念を抱えている一方で、企業側も短期的な成果と長期的な研究のバランスに苦心している場合があります。「イノベーションを起こしたい」と共同研究を望まれている企業はとても多いですが、実際には中長期的な目標を実現し切れないケースが非常に多いです。このように、研究者と企業の時間軸が合っていないのも一因だと考えています。

-中々難しいですね。

柴藤:ともに歩める可能性は、まだまだあると思いますが、何しろ双方が出会う場すら少ないんです。アカデミストでは、交流会などを通じて、研究者と企業を橋渡しする活動も行っています。実際にマッチングがうまくいくと、協働の可能性を感じていただけますし、新しい研究アイデアにつながるパターンもあるんですよ。

共感できる研究を研究者とともに発信していく。

-現状、academistではどのような基準を設けて、クラファンを実施しているんですか?

柴藤:現在は、アカデミアに所属しながら、外に向けた活動にも積極的な姿勢を持つ研究者を対象としています。私たちもコンサルティング・戦略サポートで伴走していますが、同時に研究者自身による主体的な情報発信も成功の重要な要素だと考えています。

-寄りかかることなく、一緒に頑張れる研究者ということですね。

柴藤:そうですね。研究の卓越性はもちろん重要ですが、それに加えて、一般社会とのコミュニケーションに対する積極性も、academistのプラットフォームを効果的に活用するうえでは大切です。

-研究内容については、どのようにジャッジしているんですか?

柴藤:ジャッジの基準すら多様なのが望ましいと思っています。例えば、世界で数名しか研究者がいない深海生物テヅルモヅルという生物の研究があります。ビジネスの視点から見たら、役に立たなそうに見えるかもしれませんが、例えば「かわいい」とか「面白い」という視点から見れば役に立っているともいえますよね。学術的価値や社会的関心など、さまざまな観点から評価できる可能性があります。

-確かにそうですね。

柴藤:ですから、研究へのジャッジは多様であるべきと考えていますが、一定の基準も必要だと思います。

-どのような基準なんですか?

柴藤:私たちが重視しているのは、研究者ではない方々の「共感」を引き出せる可能性です。専門性の高い研究であっても、その意義や魅力を広く伝えられる要素があれば共感が生まれ、クラファンを通じて支援を得られる可能性が高まると考えています。

オープンアカデミアの実現と分散型研究所。

-お話をお聞きしていると、academistって、アカデミアの補完的な立ち位置ではなく、まったく別のコミュニティであり、オルタナティブな研究の手段という印象を受けます。

柴藤:まさにそうです。研究者のみなさんからは、クラファンというと研究費獲得の手法と思われることも多いですが、私たちの志は「新しいアカデミアを民間から創る」ということです。資金調達の手段ではなく「開かれた学術業界=オープンアカデミア」として、新しい価値観を創っていくことがゴールなんですよ。

-なるほど。

柴藤:研究者がビジョンを発信し、賛同する人たちとつながり、知を生み出していく。共同研究や起業、例えば研究者の生活費の調達すら可能になるといいなと考えています。今は段階的に、大学や研究機関に所属している方とご一緒することがほとんどですが、いずれはより多くの在野の研究者の皆さんとも協働したいと思っています。

-クラファンからオープンアカデミアに至るまで、どのような段階があるとお考えですか?

柴藤:オープンアカデミアに向かう中間段階として、「分散型研究所」というコンセプトのテストをはじめています。

-「分散型研究所」?

柴藤:academistに参加した研究者がビジョンを提示し、そのビジョンに共感する多様な人や企業が集まって形成される、柔軟な研究体制のことです。

-ちょっと分かりづらいので、具体的にお聞きしてもいいですか?

柴藤:例えば、「人間の寿命を250歳まで延長する」という研究ビジョンを生命科学の研究者が問い立てたとします。そうすると、医学、哲学、倫理学、社会学など、多岐にわたる分野の研究者の協力が必要になりますよね。あるいは、製薬会社など企業からの資金援助を望めるかもしれない。このように具体的な研究ビジョンを提示することで、そこを軸に多様な研究者や団体を巻き込んでいくイメージです。

-すごくイメージしやすくなりました!現在は、研究テーマに資金が集まるクラファンですが、それに加えて人や企業も集まって研究所になるイメージですね。

柴藤:今は、この「分散型研究所」のコンセプトを検証するテストモデルとして、「academist Prize(アカデミストプライズ)」という取り組みの真っ最中です。

-どのような取り組みなんですか?

柴藤:公募で選ばれた7名の若手研究者それぞれが、1000人のファンを集める企画です。我々もスポンサーからファンドレイジング(資金調達)したり、広報戦略を立案したり、イベントやワークショップを開催したりすることで、1年かけてこの目標を達成したいと思っています。

-面白い試みですね。1000人のファンをつけることは、どのような意味があるんですか?

柴藤:まずは、民間主導で研究者支援の新しいモデルを構築できる可能性を示すことができると思います。加えて、参加する研究者にとっては、1000人のファンがつくことで、大学以外の場所でも研究活動を継続できる可能性を具体的に体験する機会となります。

-成功体験をさせることで、マインドセットも変わるということですね。

柴藤:「大学に所属しなくても大丈夫」と言葉で伝えても実感がないと思うんですが、実際に1000人のファンがいる状態だと、より多様なキャリアパスの可能性を感じてもらえるし、研究者の行動も変わると思うんです。もちろん1000人のファンがいる状態で、大学に所属して研究するという形でも良いと思います。

-アカデミアから独立できる環境を提供するということですね。

柴藤:私たちは、研究者が自由に発想し、活動できる環境を整備したいと考えています。そのために、なるべく少ないルールの中で、多様な形態の研究所を、数多く生み出していくことを目指しています。

-分散型研究所から生まれた、権利やなんらかの利益の分配については、どのようにお考えですか?

柴藤:例えば、ブロックチェーン技術を活用した権利分配なども考えられますが、実現にはまだ課題があります。現時点では、各研究グループの目的や特性に応じて、スタートアップの設立や既存の産学連携の枠組みの活用など、柔軟なアプローチを取ることが現実的だと考えています。

海外の学術界との差。

-海外では、研究者のクラファンってないんですか?

柴藤:あります。academistは、研究者のためのクラファンサービスを手がけるExperimentと連携しています。アメリカで最も知名度の高い研究者向けクラファンサイトの一つですが、所属するファウンダーと意見交換したところ、なかなか思うようにはいかず苦労しているようです。サービスの内容や運営方法は異なりますが、海外の状況を見ていても、今後研究者のクラファンが研究費獲得の主要な手段になる可能性は薄いと思いますね。

-なるほど。

柴藤:アカデミストも、クラファン事業だけでスケールを目指すというよりも、研究者、支援者に使っていただいて、徐々に仲間を増やすための手段として位置付けています。

-アカデミストは企業として拡大していく予定なんですか?

柴藤:もちろん企業として成長も拡大もしたいと思っています。ただ、アカデミスト自体も分散型研究所の一つのノードであり続けたいので、売上的な拡大はもちろんインパクトを指標にしてスケールしていきたいと思います。

-インパクト?

柴藤:先日、academistを利用した研究者を対象にアンケート調査を実施しました。この調査では、106名から回答を得ることができました。調査結果から、興味深い事実が明らかになりました。回答者106名のうち、34名がクラウドファンディング利用後に追加の資金調達に成功していたのです。さらに注目すべきは、これら34名の研究者たちが追加で調達した資金の総額です。追加資金は合計で2.7億円に達し、この金額は同じ研究者たちがクラウドファンディングを通じて集めた3,400万円の約8倍に相当します。この結果は、クラウドファンディングが初期資金調達の手段としてだけでなく、その後のより大規模な資金獲得につながる可能性を示唆しています。

-すごい!売上でなく、どれくらいの社会と研究者へのインパクトがあるかを指標にするということですね。

柴藤:そうですね。クラファンで支援いただいた皆様にも、こうしたインパクトを提示することで、支援へのモチベーションにつながると思いますし、ある種の還元にもなると思います。ただ、利益の出るビジネスモデルとは決して言えないことが課題です。

-確かに(笑)。NPOのように公的資金に頼るような道もあると思うんですが、そういった道は選択肢にはないんですか?

柴藤:もちろん公的資金の活用も重要です。一方でアカデミストの運営を公的資金に頼りすぎると、私たちが国や自治体を向くことになるため、「開かれた学術業界」の思想と競合します。常にVisionを軸にしながらも、国や自治体、企業、個人のような多様なステークホルダーとの協働できる組織にするためにも、私たちが民間企業であることが重要だと思っています。

-10年を迎えたアカデミストですが、これからの夢はありますか?

柴藤:全く新しい分野を切り開く0→1の研究が次々に生まれる仕組みをつくりたいと思います。1になりさえすれば、国や企業でも支えやすくなりますが、既存の枠組みではなかなか1を生み出せないんです。そういう部分を民間から支えて、日本の研究力の向上に貢献していきたいです。。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。柴藤さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

柴藤:自由です。アカデミストは創設以来、自由な発想と挑戦を大切にしてきました。しかし、自由には様々な側面があります。私たちが目指すのは、創造性を育む環境と、社会への貢献を両立させることです。スタッフや株主、スポンサーなど協力者の方々の理解があってこそ、10年間継続できましたし、分散型研究所のような新しいアイデアも生まれてきました。
一方で、自由な環境を維持しながら、確かな成果を出し、持続可能な仕組みを作ることも重要です。このバランスを取ることが、私自身にとっても、アカデミストにとっても大きな課題です。自由の中で価値を生み出し、社会に還元していく。その過程で直面する困難や責任も、私たちの成長の糧になると信じています。

Less is More.

インタビュー中に、柴藤氏に「研究とは何でしょう?」と素朴な質問を投げかけてみた。「問いをしっかり見つける、その答えを見つけるプロセス全体のことを研究と考えています。」とお答えいただいた。
何かしらの問いを持ち、その答えを探すすべての人に向けて、アカデミストは一つの手段を創ろうとしてくれているようにも思う。
そう考えると、学術界の危機的状況は、研究者だけの問題ではなく、すべての人に関係の話だとあらためて思った。

(おわり)


この記事が参加している募集

公式Twitterでは、最新情報をはじめ、イベント情報などを発信しています。ぜひフォローお願いいたします。