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白石温麺から考える、事業承継とローカルカルチャーを受け継ぐこと。きちみ製麺 代表 高橋巧氏インタビュー。

宮城県白石市を中心に愛されるご当地食品「白石温麺」の製造をしてきた「きちみ製麺」。
120年以上の歴史を誇るこの製麺会社を事業承継した高橋巧氏は、家業である薬品卸企業と、介護を手掛ける企業も引き継ぎ、3社の代表を引き受けている。医療・介護だけでなく、全く経験もない食品メーカーまでを引き継いだ高橋氏。中小企業の後継者不在問題に直面する日本で、事業承継をどう考えていくべきか、お話をお聞きした。

高橋巧:東北で、『事業承継』×『地域資源活用』×『社会課題』をコンセプトに事業展開中。 八戸東和薬品(株)/(株)テルメディ/(株)きちみ製麺の代表取締役 父が創業した「八戸東和薬品」の事業承継後、生産性改善、クラウド活用など、筋肉質な経営体制を確立し事業再生。 経験を基に、125年続く乾麵メーカー「きちみ製麵」を事業承継。 廃業した温浴施設「米寿温泉」を介護施設にリモデル。 ミッションは『ビジネスの実行者として平和活動する』

事業承継の経験を活かして。

-高橋さんは、医薬品の卸業を手がける八戸東和薬品テルメディという介護事業、2つの会社の代表取締役に加えて、全く別業態である白石温麺の製造を手掛ける「きちみ製麺」を事業承継したんですよね。

高橋:はい。今は、八戸東和薬品、テルメディ、きちみ製麺。計3社の代表取締役を務めさせていただいています。

-今日は、きちみ製麺を中心にお話をお聞かせください。

高橋:よろしくお願いいたします。

-事業承継って、色々な形があると思いますが、きちみ製麺はM&A…つまり企業を買収したわけですよね?

高橋:そうですね。2022年に買収しました。医薬品卸業がなんで製麺屋を?って皆さん驚かれます(笑)。

-まずは、きちみ製麺を事業承継するまでのキャリアからお話いただけますか?

高橋:大学卒業後に花屋に就職しましたが、26歳の時に八戸東和薬品の社長だった父親が倒れたのをきっかけに転職しました。

-父親の事業を承継したわけですね。

高橋:おかげさまで父もすぐに復帰しましたし、社長まで継ぐつもりはなかったんです。配達から始まって、営業も経験した32歳の時、父が急に「来年、2011年から息子が事業を引き継ぎます」って突然発表してしまって(笑)。僕はもちろん、社員も全く聞かされていなかったので、びっくりしましたね。

-突然社長に(笑)。

高橋:最初は、もう怖くて。社長って、何をしたらいいのか、何をしているのか良くわからないじゃないですか。なんか、ざっくり夜に飲みに行く仕事みたいなイメージ…ないですか?(笑)

-(笑)。

高橋:父に「社長って何するの?」って聞いても「分からん」って言われて(笑)。「とりあえず経営者なんだから決算書を見ろ」って言うので、見たんですけど全然わからないし、貸借対照表とか言われてもちんぷんかんぷんで。仕方ないので、周りの社長に色々聞いて回ることから始まりました。「給料ってどうやって決めているんですか?」とか、本当に初歩的なことを教えてもらって。

-あぁもう本当にイチから。

高橋:運が良かったのは、引き継いだ時に僕より社歴が長い人がいなかったことです。古参社員との軋轢みたいなことはなかったんですよ。ただ、同時に教えてくれる人もいなかった(笑)。だから、ある意味ではベンチャー企業的なノリもあったんですよね。2代目なのに、僕も含めて全員素人ってのは、辛さでもあり楽しかったことでもありますね。

-会社を引き継いでから約10年。そもそもなぜ、複数の会社を手掛けようと思ったんですか?

高橋:自分も40代になって、これから経営者として何ができるだろうって考えていて。もう少し社会全体に良いことができないだろうかって思っていたんです。そんな時、日本では中小企業の後継者不在問題に直面していました。そういう状況で自分自身の事業承継した経験って、もしかしたら強みなんじゃないかと思ったんです。だからこそもう一社、事業承継してみたかったんですよね。

きちみ製麺と白石温麺とは?

-事業承継の話の前に、きちみ製麺と白石温麺について、まだ知らない人も多いと思うので、教えてください。

高橋:まずは、白石温麺は宮城県白石市を中心に400年も愛され続けているいわゆるご当地麺です。白石地域ではスーパーなどにも並んでいて、地元の皆さんには、ごく日常的に楽しんでいただいています。

-400年!

高橋:元々は江戸時代に伊達藩白石城下にいた鈴木味右衛門が、胃病の父に食べさせるために開発したと言われています。体が弱ったお父さんでも、食べやすいよう油を使わず、長さも3寸=9cmで普通の麺よりも短く、食べやすく作られています。病人がすすってもむせにくいサイズにしたとか、炭と同じ荷姿で運べるサイズにしたとか諸説あります。

こちらは包装前の白石温麺。通常の麺より、短い。

-色々な言い伝えがあるんですね。

高橋:歴史的なストーリーがあるのはすごく素敵ですよね。比較的全国で知られている稲庭うどんと製法的にはほぼ同じです。どちらが先に作られたのかは、論争が起きるのでここではお話ししません(笑)。

-そんな論争があるんですね(笑)。

高橋:元々病人が食べても大丈夫なように作られていたので、地元では離乳食としても食べられています。赤ちゃんから、お年寄りまで楽しんでいただける食材なんですよ。

-きちみ製麺の歴史はいかがですか?

高橋:明治30年(1897年)創業で、僕が5代目です。125年以上の歴史があるんですよ。

取材当日は、工場見学もご案内いただいた。こちらでは、昔ながらの「手延べ」を作っている。
機械は導入しつつも、生地の調整などは熟練の職人の技が不可欠だそう。

中小企業の事業承継は思いあってこそ。

-それだけ歴史のある企業をなぜ承継したんですか?

高橋:何かしらモノづくりに関わりたいって気持ちがあったんです。医薬品卸業は、BtoBでの販売がメインですが、食品はもう少し顧客の顔が直接見える仕事だと思うんです。ブランディングやマーケティングは大変ですけど、良いものを作れば直接喜んでもらえます。

-toCの事業の中でも、食品業を選ばれたのはなぜだったんですか?

高橋:まずは、100年後も残りそうな会社って何かな?って考えました。衣・食・住にまつわる企業なら、これからも需要があるかなと。
その中で「住」にまつわる企業は、競争率も高そうだし、ちょっと難しそうだなと。じゃあ「衣」はどうだろうと思って、ある企業と事業承継のお話をしましたが、あまりうまくいかなかったんです。
「食」は、自分自身も美味しいものを食べるのは好きですし、食べるって行為は100年後もなくならないんじゃないかと思って。それで、食品会社で探していたんです。

-あぁ。食に絞って探していたわけですね。

高橋:いくつかの食品を手がける中小会社にお話をお聞きするうちに、社内カイゼンの余地があることに気がついたんです。その中でも、きちみ製麺の作る白石温麺は、工程がシンプルで製造ラインを把握しやすかった。財務状況を見ても自分のやってきたことが生きそうだなって思いました。

基本の白石温麺は、小麦・塩・水だけのシンプルな素材に何度も圧力を加えていく。(写真は、カレー温麺)
何度も圧を加えられ、モチッとした食感の生地は、細長く延ばされる。
一昼夜の乾燥で熟成させる。
切断〜包装〜発送までを自社工場で手がける。

-全然、別の業界でもそういう感覚になるものですか?

高橋:何もわからないなりに10年経営をやってきて、経営のルールみたいなものがあると思っています。在庫を余計に持たないとか、キャッシュフローが良ければ潰れないとか。そういう基礎を徹底して守るってことだと思うんです。そういう原則をきちんと守れている会社、意外と少ないんです。

-なるほど。

高橋:何よりも、いくつか縁も重なって。白石市には友人がいたり、製薬会社の社員に白石温麺ばっかり食べている奴がいたり(笑)。元々病人のために作られたお話も薬のイメージがあって、これは運命だなって思ったんですよ。

-割と、直感的な部分もあったんですね(笑)。

高橋:何よりも、先代社長である吉見現会長が、譲ってくれたのが奇跡的ですよね。吉見会長までは四代に渡って一族経営してきたのですが、地元でもない、血縁でもない、全く外部の僕に会社を売ってくれた。その判断がなければ、当然きちみ製麺を承継することは叶いませんでした。

吉見会長と高橋社長。お二人とも非常に尊敬しあって話している様子が印象的だった。

-すごい判断ですよね。

高橋:事業承継って、なんていうか、「お金持ちの遊び」のイメージありませんか?突然、お金を持ってきて、会社を買いたいっていうわけですから。世間的にもあまりイメージが良くないと思うんですよ。

-えぇ。そういうイメージは少なからずありますね。

高橋:八戸東和薬品には、そんなに余裕があったわけでもないです。事業内容も全く別なので、現状はほとんど事業同士のシナジーもないと思います。それでもきちみ製麺を引き継ぎたい思いがありました。だから、会長に思いを綴った手紙を書くことからはじめました。会長も僕の思いに感動してくれて、会社を売ってくれた。中小企業の承継は、お金のやり取りだけでなく、すごく血の通ったものだって思います。

-思いがあってこそ、承継できたのかもしれませんね。

高橋:そうなんですよね。決してビジネス的な算段だけでは、中小企業の承継はうまくいかないと思っています。

-実際に承継してみて、どうですか?

高橋:すごく楽しいですね。もちろん、社員の皆さんに迷惑をかけているとも思いますが「僕はこの企業を100年後も残したいんです」って話をしたら、すごく積極的になってくれました。
きちみ製麺には、卸売業・直営店・オンラインショップに加えて飲食店も運営しています。製薬の卸に比べるとチャンネルが多くて管理は大変ですけど、その分面白いですね。

本社に併設した飲食店「光庵」では、白石温麺を提供している。300年の歴史がある茅葺屋根も必見。

-引き継いで約2年ですが、どんなところに注力して経営してきましたか?

高橋:大きく2つに注力しています。一つは、売る/作るの製販バランスの徹底です。余計な在庫を作ったり、ロスを生み出さないようにカイゼンしました。以前は、たくさん作ればお客様に喜んでもらえると思って、作りすぎていたりしたんですよ。喜んでもらいたいという思いは、とても素敵なんですけどね(笑)。

-(笑)。

高橋:もう一つは、社内のつながりを見える化しました。社員さんやパートさん、一人ひとりが担当する日常業務が、会社全体の中でどう機能しているのか、どう繋がっているのかをそれぞれに理解してもらうということです。
例えば、会社全体の売上を共有したり、他の社員さんの仕事内容を知ってもらったりという基本的なことです。経営者だけが全体を把握するのではなく、一人ひとりが会社の状況を把握することで現場判断できることを増やしました。

-なるほど。

高橋:まだまだ課題は山積みですけど、今年はロックフェスティバルに出店する予定があったり、新しく試していきたいことはたくさんありますね。

中小企業の後継者不在。企業だけでなく、文化を引き継ぐこと。

-冒頭に「中小企業の後継者不在問題」について話していましたが、どのようなお考えをお持ちですか?

高橋:日本企業約250万社の9割以上が中小企業です。2025年には、その約半数の経営者が75歳を超えます。ざっくり100万社以上が、なんらかの形で事業承継を考えないといけない。この状況は2025年問題なんて言われていますよね。

-もう、来年ですね。

高橋:えぇ。単純に数字だけみてると、ちょっと無理ゲーって感じがありますよね。どうするのこれ?って。

-3社の事業承継を経験した高橋さんは、どうすればいいと思いますか?

高橋:まずは、経営に対するイメージをフラットにする必要があると思います。社長って特別な人しかできないイメージがありますよね。

-少なからずありますね。

高橋:今までの経営って、社長が強いリーダーシップで運営していくイメージがあったと思います。そういう古いイメージを取っ払って、少し平易でイーブンな関係やコミュニケーションが取れる気軽な社長、気軽な経営でいいと思うんですよ。経営に対するハードルが下がれば、もう少し気軽に事業承継できるようになるのではないかと。自分自身もそうだったように、引き継いでみてから学ぶのは全然ありですよね。

-「会社を売る」「引退をする」って判断をできる社長って少ないと思うんですよね。

高橋:参考になるか分かりませんが、きちみ製麺の場合、先代社長が会社を残すというよりは「白石温麺という文化を残したい」思いが強かったんです。
創業以来一族経営してきた、いわゆる「家業」でなくなったとしても、文化そのものを継承したいと考えて、僕に会社を売ってくれました。全ての会社に承継が必要なわけでなく、文化や歴史を伝えたい会社やサービスだけを残していければいいのかなと思いますね。

-承継の必要ない会社も当然ありますからね。

高橋:実際、きちみ製麺のようなローカル企業を経営してみると、文化にコミットするのは、とても大事だと思うんです。一社だけで勝ち抜こうとするのではなく、文化全体を底上げすれば、その地域全体が潤いますからね。

-なるほど。

高橋:高尚な話をしたいわけでも、綺麗事でもなくて、実際にやってみると地域の皆さんに支えられているし、そこには文化や歴史、文脈があると思うんですよね。そういうものを大事に承継するのは大事ですね。

直営店にも、歴史を記している。

引退後のデザインを一緒に。

-高橋さんは、経営者が退く姿も見てこられました。その姿から学ぶことはありますか?

高橋:飛ぶ鳥跡を濁さずでかっこいい姿だなと思いますね。飛び立ってはしまっても、困ったらさっと戻ってきて助けてくれるんですけどね(笑)。

-(笑)。

高橋:父と吉見会長、全然違うパーソナリティなんですけど、共通しているのはネアカなことです。社長引退後も自分自身のやりたいことがあって、すごく楽しそうに社長を退きました。

-やりたいことって、趣味みたいなことですか?

高橋:例えば、吉見会長は、「昔から小麦を作ってみたかったんだよね」っておっしゃっているんです。なので、僕らが起業を応援しているんですよ。70代で、色々なことをリセットして、ゼロからスタートするのって楽しそうじゃないですか?

-あぁ!楽しそう!

高橋:今までの事業にしがみつくことなく、高齢者が新しいことにチャレンジできるのはいいことだと思うんですよ。なので、事業承継で辞めた社長のサポートっていうのは、引き継ぐ側も考えるべきことかなって思うんですよ。譲渡した会社にしがみつかず新しいことにトライしていただき、それを現役の社長や社員がサポートする。そういうことができたらいいなと思っています。

-それは、素敵ですね。

高橋:特に吉見会長の場合、製麺にも関係のある小麦を手がけて、うまくいけばきちみ製麺に新しい歴史を追加できますよね。
もちろん今までの仕事と全く関係ない、旅行に行くとかそういうのでもいいんですよね。それでも、会社としても個人としてもサポートできることはありますよね。70代の皆さんは、元気な方も多いので、新しいことをやればいいと思いますね。

-高橋さん、ご自身のこれからの夢はありますか?

高橋:あまり遠い未来のことは考えていないんですけど、経営に携わるようになって10年以上がたって、ようやく基礎が終わった気持ちなんですよね。
僕は音楽が好きだったので、バンドをやるような感覚で経営ができたらなって思っていたんです。今までは、なんていうかトップダウンで指揮者みたいに経営をしてきたように思います。僕自身もいくつかの会社を手がけることによって、ようやく社長というポジションをフラットに捉えらえられるようになった。

-あぁ。複数の会社を持つことで、社長業への感覚が変わったんですね。

高橋:一人の演奏者として、もっと自由にバンドっぽく経営を楽しめるようになった気がします。これからも承継する企業を増やしたいなと思っていますが、無理せず、まずは目の前のことからきちんとやっていければと思います。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。高橋さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

高橋:「生きがい」ですね。一人ひとりが生きがいを持って生きていれば、そんなに素晴らしいことはないと思うんですよね。過剰に他人に干渉することもないと思いますし。今の僕にとっては、仕事が生きがいです。
最近、中学生の息子が90年代の漫画にハマってるんですけど、きっと作者は90年代でなければ描けないことを真摯に描いていただけだったと思うんです。
そういうものが、たまたま時代を超えてどこかで誰かに届くことってありますよね。全ての仕事には、そういう奇跡みたいなことが起きると思っているんです。

Less is More.

私たちは、事業承継をもう少しフランクに捉えてもいいのかもしれない。
誰もが、フラットな視点で事業を引き継いでいけたなら、2025年問題はもしかしたらチャンスでもあるのかもしれない。

3社の社長を兼務しながら、楽天的に未来を見つめる高橋氏の話を聞いてそう考えた。

(おわり)


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