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身体改造の歴史と現在。大貫菜穂氏インタビュー。

日常的に目にすることも多くなったイレズミ・タトゥーやピアス。これらは、「身体改造」の一部であることをご存知か。

身体改造には、他にも体内にサージカルステンレスやシリコンを埋め込む「インプラント」、焼印を入れる「ブランディング」、舌を二つに切り裂く「スプリットタン」など、非常に多様な手法がある。なぜ、身体を改造するのか?その歴史は?

身体改造の研究をしている美学者・大貫菜穂氏にお話をお聞きした。

大貫 菜穂:立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程修了。博士(学術・2014年)。専門は美学芸術学。「身体に彫る絵画」としてのイレズミ・タトゥーの生成における感性や、身体改造による人や身体の実存やあり方について研究している。 共著に『傑作浮世絵コレクション 歌川国芳 遊戯と反骨の奇才絵師』(河出書房新社、2014年)、共訳に『ポストヒューマン 新しい人文学に向けて』(ロージ・ブライドッティ著、門林岳史監訳、フィルムアート社、2019年)、『身体を彫る、世界を印す イレズミ・タトゥーの人類学』(山本芳美・津村文彦・桑原牧子監修、春風社、2022年)他。

-9月に身体改造の国際会議BMXでベルリンにいってらしたそうですね。

大貫:BMXは歴史あるイベントで、世界でもトップレベルの彫師やピアッサーなど技術提供側の会議が本筋で、私たち学者は若干名参加している感じでした。ここ数年規模としても大きくなっているそうで、非常に高い水準のお話をお聞きできました。

-参加してみていかがでしたか?

大貫:一言で言うと非常に勉強になりました。すごかったです。自分自身の認識を変えないといけないなと思う体験も多かったですね。

-今日は幅広く身体改造についてお聞きできればと思いますのでよろしくお願いいたします。

大貫:よろしくお願いいたします。

Tattoo Convention Berlin 2023の様子(撮影:大貫菜穂)

身体改造の研究をはじめるまで。

-大貫先生は、なぜ身体改造に興味を持たれたんですか?

大貫:一つは、私自身のコンプレックスに起因します。自分の姿形があまり好きではないので「人間は、どれだけ自分の体を自分が納得いくようにできるのか」と考えていました。これを私は「身体の可塑性」と言っているのですが、人間の体はどれだけ変化させられるのか、それによって内的な意識はどれくらい変容するのかに興味がありました。

-「可塑=思うように物の形をつくれること」ですね。

大貫:もう一つは、小さな頃から幻想文学や絵画が好きでした。世界中の作品に登場するイレズミが入っているキャラクターたちに惹かれていました。
そういった好きなものと自身のコンプレックスが重なる領域として身体改造の研究をしています。

-なるほど。

大貫:私が研究を始めた2000年頃は、たとえば、『BURST』や『TATOO BURST』といった身体改造やタトゥーを掘り下げる雑誌が活況でしたし、住んでいたエリアの本屋さんがフェティッシュな写真集を扱うようになったりしたのも大きかったですね。

-当時、身体改造が日本に紹介され出した時期でしたよね。

大貫:身体改造の実践をしている人々は、当時の私にとっての「普通」や「常識」というものからはみ出しているように見えました。素晴らしい挑戦をしているように思えて、非常に興味深かったんです。

身体改造の歴史。

-一口に身体改造と言っても非常にさまざまなものがありますが、先生の専門領域はイレズミが中心ですよね?

大貫:そうですね。イレズミ・タトゥーが中心です。身体改造の一種、一つのジャンルとしてイレズミ・タトゥーがあると考えています。イレズミを理解するためにも身体改造全般に対する理解は必要不可欠なんですよ。

-身体改造って、いつ頃からどのように始まった文化なんですか?

大貫:イレズミの歴史を辿ると、イタリアのアルプス山脈で発見されたエッツィという愛称で知られている約5300年前のミイラ「アイスマン」が最古のものです。近年でも、エジプトの墓から出土されたミイラに、タトゥーが見つかりました。これが紀元前3351~3017年頃のものです。

-へー!

大貫:身体改造という意味では、骨にその痕跡が発見されています。頭蓋骨の形がおそらく人為的に変形されていたるものが出土されていたりします。こちらは、皮膚に残されているタトゥーよりも古いものが見つかっていますので、紀元前から身体改造がされていたのは事実です。

-身体改造は、どんな意味があったんですか?

大貫:民族やエリア、個々人によって意味は違っていたと思いますが、多くは社会的な意味を持つと考えられています。例えば、エジプトのミイラの例ですと、墓に入っている=王族や地位の高い人ですから、身分を示すものだったとは想像できますよね。ですが、実際のところは、文字が誕生する以前の文化なので、文献的な資料がなく想像の域を出ないんです。

-なるほど。

大貫:アイスマンなんかはちょっと特殊です。幾つかの説がありますが、一つには治療の意味があったと言われています。
ツボにイレズミが入っていることから、鍼灸のように体の不調を治療するために入れたのではないかと言われています。

-古いものだとなかなか研究が難しいんですね。

大貫:日本では、出土された土器・土偶や埴輪から、当時の人々が顔に紋様を入れていたことが推測されています。ですが、それがそもそもイレズミなのかフェイスペイントだったのか、ヒゲだったのかもわかっていないんです(笑)。この紋様については、明治時代くらいから論争が続いているんですよ。

-結構長く論争がされているんですね。

大貫:やはり言葉が残っていないので、解釈も研究者によってかなり違います。現在でも激論が交わされているので、個人的にはすごく面白い部分だと考えています。

-宗教や、まじない的な意味合いもあったんですか?

大貫:もちろん古くはそういった”宗教的な意味合い”もあったと思いますが、大体は時と共に”特定の社会に帰属する意味合い”へと変わっていくんです。

-どういうことですか??

大貫:具体的に話すとわかりやすいと思いますが、例えば首長族をご存じですか?

-あ、首に輪をつけている写真を見たことがあります。

大貫:そうです。輪をつけるのは元々社会の規範だったものが、時代と共に首が長いほど美しいという価値観へと変容していきます。
他にもエチオピアの民族も下唇にリッププレートという円盤を入れていますが、これも奴隷貿易に対抗するためのものでしたが、時を経て”大きいほどに美しい”という価値観になっていますよね。

-元の意味から変わってしまうんですね。

大貫:より身体改造を美しく素敵にするという価値観は、身体改造の歴史ではたくさんありますね。近年タトゥーでも、同じように価値観がダイナミックに変わっている例があります。

-現在進行形で変わっているんですか?

大貫:タイには”サックヤン”というタトゥーがあります。このタトゥーは呪術的な意味合いがありましたが、これをアンジェリーナ・ジョリーが入れたことで世界的に有名になりました。
これが流行のきっかけとなって、サックヤンやサックヤン風のタトゥーを入れたがる人が多くいらっしゃいます。

-へー!一気にメジャーになったんですね。

大貫:サックヤンの例のように、元々は特定の集団における宗教的なものだったとしても、時代が進むにつれて大衆化・一般化していく流れは多く見られます。なので、一つの意味では縛れなくなっていくんですよ。
ある部族内で独特な美意識になったり、意味をファッション寄りに変えていくんです。
そうすると、ファッションとして身体改造するライトユーザーと、元々の意味合いを大事にするヘビーユーザーというように分かれていくことが多いんです。

-あぁ。結構そういうのは他のジャンルでもありますよね。

大貫:以前『BURST』の編集をしていたケロッピー前田さんが「結局、気持ちよかったり、楽しくないものは残らないよね」ってお話しされていました。すごく本質的だと思います。神聖な意味があったとしても、素敵でないものは、残らないですからね。

-ピアスとかは、一般的にもライトに楽しんでいるように思いますね。

大貫:そうですね。近年は日本でもますます増えているように思います。
ライトユーザーが、ヘビーユーザーに近いピアスをしているのは興味深いです。

-そうなんですね。

大貫:例えば、軟骨にピアッシングをされている人も多く見かけますが、本当は比較的難易度が高い技術なんですよ。身体改造の多くは、洋服を着替えるのとは違って、ある意味で永続性がありますから、気軽すぎるのは心配になります。

より高い技術を探求する。

-身体改造をする方々は、どういった思いがあって改造するんですか?

大貫:すごくお答えしづらいですね。私は、身体改造は一人一人にとって意味合いが違うし、類型化できないものだと捉えているんです。

-あぁ。とても個人的な思いに紐づいているんですね。

大貫:そうなんです。パーソナルな思いを類型化することは、非常に恣意的で公平でない研究になってしまうように思います。身体改造は「その人だけのもの」が前提だと思います。
その前提に立ちつつ、お話しすると身体改造のヘビーユーザーには「もっと高い技術、高いレベルのものを求めていきたい」と望む方が比較的多くいらっしゃいます。

-高い技術?どういうことですか?

大貫:例えば、世界中の彫師が集まるコンベンションやコンテストで、表彰されるような高い技術を持った方に彫って欲しい、オリジナリティのある彫師に彫って欲しい、様々な彫師に入れて欲しいという願望をお持ちです。ピアッシングも同じで、より技術力のあるピアッサーの施術を望む方は多いですね。

-それほど技術に差があるものなんですね。

大貫:例えば、軟骨へのピアッシングも、ぱっと見は同じでも技術によってまるで違うんです。安定する形であけないと体の排除作用によって、穴が塞がってしまったり、肉芽腫といって変形してしまったりするんですよ。ですから、最終的には技術が必要なんですよ。

-使用するツールでも、技術に差が出てくるんですか?

大貫:例えばタトゥーマシンやインクなど、ツールの刷新もありますが、ピアッシングなどはニードルと鉗子のようなさほど大きな変化のないツールを使うのが一般的です。そういったツールを市販のまま使うだけでなく、先端を研いだり、針先の形を微妙に調整して、技術者ごとに特徴を出してるようです。この辺りは、それぞれの技術者が企業秘密にしていたりするんですよ。

-へー!

大貫:今では少ないように思いますが、一昔前の日本の彫師は、色が乗りやすいように針先を少し鈍らせたりしていたそうですよ。
他にもインプラントと言って、皮膚の下に器具を埋め込む身体改造があるのですが、やはり特別な技術があります。

-どのような技術なんですか?

大貫:インプラントの中でマグネットと呼ばれる、シリコンでコーティングした磁石を体に埋め込む手法があります。これが開発された頃は、コーティング方法がうまくいかなかったそうなんですね。埋め込んだ方が、鉄分を多く摂取しすぎて体内の磁石に鉄が集まりすぎてダメになったなんて話もあるくらいです。コーティングの仕方を工夫したりして、進化したそうです。

-トライ&エラーを繰り返しているんですね。

大貫:ツールの進歩だけでなく、世界中の技術者が地道な努力で技術を研鑽し、より独自の表現を追求してゆく。
これは、ブランディング(焼印)・スカリフィケーション(皮膚に切れ込みや焼灼を入れた瘢痕で装飾する手法)、身体改造のあらゆる分野で言えることではないかと思いますね。BMXで技術者さんと触れ合っても、素晴らしい表現と技術の高さは表裏一体だと痛感しました。
ボディサスペンション(体にフックを刺して吊り上げる行為)も、技術によって痛みが少なかったり、吊るされているときの快適さが違うそうですよ。

-ボディサスペンションって身体を改造というより、インスタレーションみたいな印象があります。

大貫:ボディサスペンションは、アメリカ先住民の「サンダンス」と呼ばれる儀式をモダンな形で復興させたものです。フックを通した皮膚には痕が残りますし、こういった儀式にインスパイアされて、現代的なピアッシングが生まれ、タトゥーの流行も拡大しました。元々の成り立ちから考えると、儀式を含めた文脈の中に身体改造があるんです。どちらの行為も、意識を変容させてくれるものだと捉えています。

身体改造のコミュニティはあるのか?

-世界中の技術者が研鑽しあったり、BMXのような世界的なイベントが行われたり、身体改造のコミュニティがあるんですか?

大貫:ふわっとしたコミュニティ的なものはいくつかあると思いますが、BMXだけ見ても世界中の人が訪れているわけでもありません。
例えば、部族の文化として身体改造している場合は、そもそも技術を高めるというようなものでもありませんから、アフリカの方などはほとんどいらしてなかったと思います。

-あぁ。そうですよね。

大貫:もう一つ象徴的だったのは、近年タトゥーが大ブームの中国や韓国、アジアといった地域の人々が、BMXにはほとんど参加していなかったことです。

-なぜ参加してないんですか?

大貫:全ての人とは言いませんが、彼らはビジネスとしてやっているからではないかと思います。技術を高めるとか、思想を共有することにはさほど興味がないのでしょう。
彼らにとっての身体改造は、ボディサスペンションのような身体改造のルーツを学んだり、表現者として技術を磨いたり、思想を共有するものではなく、あくまでファッションであり、ビジネスとして捉えているのではないかと考えられます。どちらが良いかは別として、世界にはこういった層もいらっしゃいます。

-世界的にもライトユーザーとヘビーユーザーで分かれているんですね。ヘビーユーザーには、何か共有する思想みたいなものってあるんですか?

大貫:思想という意味では、体系的に全員が共通して持っているわけではありませんが、特に技術者はそれぞれに独特な思想や世界観を持っています。身体改造する人は、技術者とコミュニケーションすることで、改造の意味や個々の考えを見つめ直すきっかけをもらったりします。どういう技術者に出会えるかで、その後の身体改造の考え方を変えてくれます。

-あぁ。技術者は、儀式における祭司のようなイメージなのかもしれませんね。

大貫:イベントなどを訪れると、参加者がお互いの体を見せ合ったり、それぞれの身体改造へのチャレンジを尊敬し合い、楽しみを共有していることがわかると思います。身体改造をしていない人に軽率に身体改造を勧めたりする人はほとんどいないと思いますが、これから身体改造をしてみたい人には、間口を作ってあげるカルチャーはあると思いますね。特に日本では、身体改造へのアクセスが少ないので、一歩踏み出したい方を応援する雰囲気はあると思います。

-素晴らしいカルチャーですね。

大貫:あまりにも興味本位で訪れる人に対しては、シビアな側面もありますけどね。

身体拡張と身体改造。

-近年では、イーロンマスクの手掛ける「ニューラリンク」ですとか、トランスヒューマニズムといった「身体拡張」にも注目が集まっていますが、どうお考えですか?

大貫:チップを埋め込んで、スマートキーとして使ったり決済ができるようにしたりしていますよね。当然、技術的なものはこれから増え続けていくと思います。
これらは、身体改造の可能性の一つではありますが、どちらかというと人間の身体をより実用的に変えることに主軸があると捉えています。

-なるほど。

大貫:技術的に人間をアップデートしてゆこうという試みで、それらは実は、身体改造のように個人の内的な意識を変えるものとはそもそもの軸が違うのではないかと捉えられます。ただし、実用性とは別の部分でも手段が増えるとは考えています。

-手段が増えるのは、いいことではないんですか?

大貫:これまでの手法では描けなかった、自分自身の身体イメージにフィットする技術が生まれるかもしれませんね。例えば、「第3の耳」で有名な現代美術家ステラークというアーティストは、デジタルや新しい技術を柔軟に取り入れながら身体改造をしています。

-確かに全くみたことのない身体を表現できるかもしれませんよね。

大貫:そういう意味では、選択肢が広いに越したことはないです。
一方、弊害もあると考えています。
それは、選ぶ側からしたら、選択肢が増えるほど、選択の難易度が上がってゆくことです。

-なるほど。

大貫:身体改造の多くは不可逆なものです。一生体に残っていくものです。選択肢が増えることで、後悔する方が増えないといいなと思います。
自由度が高まるのはよいことに聞こえますが、なるべく後悔しない選択をして欲しいと思うんですよね。
例えば、現在、彫師人口がすごく増えているんです。インスタグラムなどで彫師を探す方も多いのですが、写真加工してあったりするので、本当に上手な彫師にはアクセスしづらくなっているんですね。
このように選択肢が増えると、混乱した状況が生まれてしまうのではないかと思います。

-身体拡張も選択肢として生まれる中、これからの身体改造はどのような意味を持つとお考えですか?

大貫:タトゥーなどが既にファッションになっているように、身体改造は、選択肢のひとつとして消費されるのではないかと思います。
ただし、それがファッションだとしても、その人にとってはとても大切なファッションなんですよ。必ずしも重たい意味を持たせる必要はありませんが、身体拡張のように便利な側面だけを追い求めるのでなく、それぞれが意味を考えながら、身体改造できたらよいですね。

-一生体に刻まれるものですからね。

大貫:そうですね。少しだけ補足をすると、現在の技術では完璧に元通りにはなりませんが、ピアスの穴はある程度の大きさまでは塞がりますし、タトゥーもレーザーである程度までは消せます。カバーアップといって、上から新しいタトゥーを入れる技術もあります。
元には戻せなくても、きちんと修正が効くんだよっていうこともライトユーザーや、これから身体改造に挑戦される皆さんにきちんと知って欲しいと思っています。

-身体改造を楽しむためにも、きちんと知識を持つことが必要なんですね。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。大貫さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

大貫:尊敬の念と好奇心ですね。尊敬・敬意の思いがあるからこそ、好奇心があると思います。この思いを人としても研究者としても失いたくないです。

Less is More.

大貫氏は、身体改造の文化と歴史に敬意を払いながら、とても丁寧にお話をしてくれた。

身体改造はピアスやタトゥーがそうであったように、これからは当たり前に街で見かけるファッションの一部になるかもしれない。そんな未来が来ても、身体改造の歴史や思想のことを忘れずにいれたらいいなと思った。

(おわり)


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