弱いからこそ、できることがある。スポーツメンタルコーチ今浪隆博氏インタビュー。
スポーツメンタルコーチとしてアスリートを精神面から支える今浪隆博氏は自身も2017年まで11年もの間プロ野球界に在籍した。
今浪氏は現在、YouTubeチャンネル「今浪隆博のスポーツメンタルTV」を通して、スポーツメンタルコーチングについて発信を続けている。氏が手掛ける、アスリートのためのメンタルコーチとはどういうものなのか、お話をお伺いした。
スポーツメンタルコーチとは?
-まずは、スポーツメンタルコーチってまだまだ知られていないと思うのですが、どのようなものですか?
今浪:ざっくりお話しするとアスリートが目標達成するために、メンタル面からサポートするということを行っています。 目標達成は、例えば残したい成績や、どのような自分になりたいかなどを指します。現在、コーチングを担当している選手の多くは、結果出ずに悩んでいる選手や、頑張っているのに結果が出なくてなやんでいる選手が多いです 。
-技術ではなく、メンタルで目標達成に導くんですね。
今浪:そうなんです。僕がコーチングしているアスリートは、トップだけでなくプロを目指す学生なども多くいます。現役でアスリートである限り、大なり小なり技術面を鍛えていると思います。ですが、そういったフィジカル面での鍛錬と別に、自分一人では気がつけない、気がついても自分では解決方法がわからずにメンタルの不調を抱えてしまうこともあります。そこで、私たちのようなスポーツメンタルコーチ、メンタルトレーナーといった第三者の知識や方法論を用いて結果を出せるよう整えていくんです。
-なるほど。実際どのようにコーチングしていくんでしょうか?
今浪:目標達成を阻害する要因は、思考や経験、恐怖など、葛藤する内容がすごくパーソナライズされています。なので、どこが阻害要因か、対象ごとに丁寧に掘り出して、コーチングしていきますね。
-画一的なメソッドとしては語りづらいんですね。
今浪:そうなんですよね。それもあってメンタルコーチはわかりづらいので、詐欺ではないかと心配されたり、胡散臭さもあるんだと思います(笑)。
-確かにまだ一般的ではないのかもしれません(笑)。
今浪:グローバルでは、かなり一般的な存在になりつつありますが、日本においては、まだまだ知られていないのが現状です。実際にスポーツメンタルコーチングがどのようなものか体験していただけると、効率よく望む結果に近づけることを感じていただけると信じています。実際に結果に結びついているアスリート、チームも数多くあります。しかし、長年スポーツに携わってこられた方に、否定をされることがあるのも現実です。
-日本においては、根性論の時代が長らく続いてきたせいですか?
今浪:時には、根性論的な考え方も大事なケースもあると思いますが、スポーツ界全体で言いますと、日本は思った以上に根性論的なトレーニングから脱却できてきているように思います。実は、きちんと結果を出しているトップアスリートは、メンタルコーチを活用しているケースが非常に多いんですよね。ただ、メンタルの問題って、表にはあまり出ないんですよ。
-なんでですか??
今浪:例えば、栄養管理師と契約した場合って、肉体的な変化も出やすいですし、そういったメ ソッドって選手側、サポートする側どちらからも発信しやすいですよね。ですが、メンタ ルの場合、選手側からもサポートしている側からも発信ってしづらいんです。メンタルっ てデリケートな問題だと思うので。また、まだまだ根性論という文化も少なからず残って いる中、発信するメリットを感じづらいというのもあります。
-確かに(笑)。
今浪:メンタルの問題って、非常にプライベートなものでもありますから、表に出しにくいんですよね。
-肉体的な変化も起きにくいですよね。
今浪:そうなんですよね。メンタルは見える化しにくいんです。そういうわけで、私自身、メンタルコーチがどういうものなのか、理解を深めてほしいと思って、YouTubeチャンネルなどを通して色々と発信しているんですよ。
↑今浪氏の公式YouTubeチャンネル。なんと登録者数は6万人を超える。(2023年6月現在)
-ちなみに、トップアスリートはトップだからこそ、メンタルコーチをつけるものなのですか?メンタルコーチをつけるからトップアスリートになるんですか?
今浪:両方のケースがあります。メンタルコーチをつけたことで飛躍的に伸びる選手も非常に多いですね。
メンタルコーチへの道のり。
-ご自身も11年間プロ野球で現役を続けられてきて、なぜセカンドキャリアにメンタルコーチを選ばれたんですか?
今浪:僕は現役時代から、「僕はメンタルが弱い」と思い続けてプレーしていたんです。小さな頃から緊張しいであがり症でしたし、得点圏(二塁又は三塁に走者を置いた極めて得点になりやすい局面でバッターボックスに立つこと。)に弱かったり、ここ一番で逃げ出したいと思っていたんですね。
-そうなんですか!?
今浪:そうなんです(笑)。まずは、この自分自身がメンタルが弱いと思っていたのが、メンタルコーチを志した理由のひとつでした。
-なるほど。
今浪:もうひとつ大きなきっかけになったのは、現役時代に自分自身が抱えていた心身の不調でした。2016年に甲状腺機能低下症を発症してしまったんです。この病気に罹ることで、体重が落ちるはずの夏場に体重がどんどん増えていく。浮腫んで太り出してしまったり、眠気もありますし、最終的には歩けなくなってしまった。
-それは、アスリートだけでなくとも辛いですね。
今浪:甲状腺機能低下症の治療時は、単純に体が辛く、元気が出ない状態でした。ですが、無事に、投薬で治療に成功した後で鬱を発症してしまったんですよ。ある朝本当に突然、球場でウォーミングアップしていたら、何か違和感があったので、当時の監督に相談して、その日の試合に出られなくなってしまった。
-甲状腺機能低下症がせっかく良くなったのに。
今浪:2017年は特に苦しい年でした。プレー面では、まだまだ技術が伸びている実感もありましたし、結果も出ていたんですよ。まだまだ試したいことや、好奇心もあり、いろいろなことに取り組んでいる最中でした。すごく好調なはずなのに、なぜか体も心もついてこないわけです。自分自身がとてももどかしかった。人と会いたくないし、話せない、元気も出ずに毎日眠い、試合中も無気力な状態でプレーをしていたんですね。本当にギリギリな状態でした。
-まさに、これからなのに、心身がついてこなかったんですね。
今浪:そうなんですよ。技術はまだ向上していたのに、体も心もついてこない。心がやりたいくないんですよ。当時、なぜ鬱を発症したのかは、思い当たる節もほとんどないんですよね。甲状腺機能低下症の症状の1つに「鬱」があるとは言われていますが、治ったはずなのになぜか全然わからなくて。
今振り返ると、「自分はメンタルが弱い」と思っていたことが積み重なっていた可能性はあるのかなと思います。緊張から逃げ出したいだったりとか、まだ自分はできるのだろうかとか、ちょっとした体の違和感なんかも、全て鬱症状の原因だったのではないかと思います。
-甲状腺機能低下症がトリガーになってしまったのかもしれませんね。それにしても過酷な状況ですね。
今浪:えぇ。そこで誰かになんとかしてほしい、助けてほしいと思って、当時メンタル面をサポートしてくれる方にあちこち相談にいったりしていたんです。本当に藁にもすがる思いでしたね。
-いわゆるメンタルカウンセラーのような。
今浪:カウンセラーさんなどに相談に行っても、理解をしてもらえていないと感じてしまったんです。メンタルそのものの相談には乗っていただけますが、トップアスリート、プロスポーツ選手の世界におけるメンタルとはちょっと乖離していると感じたんですよね。一般的なスポーツの世界への理解はありますが、実際のプロの現場はわからないわけなので、トップアスリートやプロスポーツ選手の世界やメンタルは学び得ないですし、ご理解も難しいと思うんです。
-確かに。
今浪:雑誌に書いてあるようなキラキラしたプロスポーツ界の前提で話されてしまったんです。自分の本当の悩みを理解していただけなかった。私自身は、もう疲れ切ってしまって探すことも諦めてしまって、最後はスピリチュアルカウンセラーや神社でお祓いまでもやってもらうほどだったんですよ。
-最後は神頼みまで…。結果、引退まで追い込まれたわけですね。
今浪:当時の僕のような状態では、チームに対して申し訳ないという気持ちでした。後輩も首脳陣やスタッフも非常に気を遣ってくれているのが辛かった。プロ野球の世界ってチームスポーツでありつつ、個人事業主の集まりなんです。他の事業主に迷惑をかけている自分は、何をしているんだろうと。シーズン中、朝起きると訳もわからず、涙が止まらなくなってしまった。その時には、引退の選択肢は頭にあったんですよね。最終的には、戦力外通告を宣告されたその場で、「引退します」と答えました。
-引退されてすぐにスポーツメンタルコーチを目指されたんですか?
今浪:そこに至るまでは、少し過程がありますね。元々一般的なコーチにはなりたいと考えていましたので、引退を決めた後に各所に「コーチをやりたい」と相談していました。でも私くらいの成績だと、コーチのオファーはなかなかこないですし、可能性は薄いんですよね。
-あぁ。狭き門なイメージがありますよね。
今浪:ある球団からは、コーチでなく他の仕事を一緒にしたいとオファーをいただいたこともあります。本当に嬉しかったんですが、それまでの僕自身の経験を伝えられる仕事ではないと思ったんです。自分が苦しんだこと、学んだことを伝える仕事がしたいと、その時に思いました。本当は、そのオファーを受けていれば、ある意味では楽だった思うんですが、今僕がやるべき仕事ではないと思ったんですよね。
-あぁ経験を伝える仕事がしたいと。
今浪:そうなんですよ。そこで、現役時代の成績を振り返ったり、自分を見直してみると実は、得点圏の成績が良かった。自分自身は「メンタルが弱い」と思い込んでいましたが、周りから見るとチャンスに強く見えていたんですね。自分自身の思い込みと周囲からの見え方がまるで違ったんですよ。
-えぇ!?自己認識と全然違ったんですね。
今浪:そうなんですよ(笑)。自分のような選手は、実はすごく多いと思うんです。例えば2軍で活躍していても1軍になった途端に活躍できない選手ってすごくたくさんいるんですよ。私の感覚だと、ポテンシャルや技術に大きな差がある訳でなくて、考え方や心の持ちようで飛躍的に伸びるケースがすごく大きいんです。自分自身の経験を活かせば、技術指導ではなく、そういったメンタル面をサポートできるのではないか、何か伝えられることがあるんじゃないかと思いました。
-ご自身も人一倍苦しんだからこそですね。
今浪:そこで初めてそういうサポートを本格的に「勉強がしたい」と思った。野球一筋で進学をしてきたので、勉強には無縁だったんですが、初めて学びたいという感情が湧いてきたんですね。それですぐに家族にも数年間だけ勉強をさせてくれと伝えて「日本スポーツメンタルコーチ協会」を知り、学びました。
-なるほど。
今浪:当時は、僕も僕自身に何が起きたのか知りたかったんです。なんで自分自身が、引退するまで追い込まれたのだろうと。なんでだったのか、その時に何をすれば良かったのか。好奇心もあったんですよね。
-ご自身を救うための学びでもあったのかもしれませんね。
今浪:もし現役時代に、僕のようなスポーツメンタルコーチがいたら、当時の僕を救えているではないかと思うんですよ。僕のような存在がいたとしたら、当時の今浪選手は、もう少しだけ頑張れたんじゃないかとそういう思いで活動しています。
弱いからこそできることはある。
-文章だと伝わりづらいですが、こういった壮絶なご経験もすごく楽しそうにお話しいただけますよね。
今浪:当時は、すごく苦しかったし、この世の終わりみたいに思っていました。でも、あの経験があったからこそ、学ぶチャンスにもなったし、今のような活動に繋がっているんですよね。そう思うと、誰にもできない経験をしているなと思います。だから、決してネガティブなことではなかったと思っています。だからこそ、あの時の苦しかったことって、今は全然こうして話しても大丈夫なんですよね。
-そう言った姿勢から、今浪さんの活動は、野球に興味がある方以外にも支持されているように思います。
今浪:自分自身は、「メンタルが弱い」と未だに思っていますので、「弱いからこそできることはある」と思っているんですよ。だからこそ、支持いただけるのかもしれませんね。
-「弱いからこそできることはある」って素晴らしいですね。
今浪:アスリートに顕著ですが、鍛える中で周囲から「メンタルが弱いからダメなんだ」とか「強い気持ちを持て」とか言われる訳です。知らず知らずのうちに、メンタルが弱いことが悪だって刷り込まれてしまう。そうすると自己肯定感が下がりますよね。現実の自分と理想像の乖離が起きてしまう。
そうすると、自分自身を偽ろうとしてしまうんですよね。自分自身はメンタルが弱いとわかっているはずなのに、「そんなことない」とか「強くあらねば」とか。
-あぁ。本当の自分に蓋をしてしまうんですね。
今浪:実際に相談に来ていただくアスリートも、多くの方がこういった、自分自身を偽ることが原因で悩んでいます。そういうメンタルの状態だと本当に達成したい目標がすっぽ抜けてしまう場合が多いんですよね。
-目標が抜ける?
今浪:例えば、「プロ野球選手になりたい」という学生さんのケースですが、練習で「怒られないようにしたい」とかメンタルを強くしたいとか、目の前の目標にフォーカスしすぎていて、元々の目標設定が抜け落ちてしまうことがあるんですよね。
-あぁ…!
今浪:自分自身がメンタルが弱いからこそ、そういうことに気づいてあげられるんだと思います。気持ちが乗っているときは、体が動きますし、体が動くことで気持ちも乗ってくる。心と体は、とても密接に関係しています。日常的に体を鍛えているアスリートだからこそ、メンタル面も大事にしていただきたいと思っています。
これからの夢について。
-今浪さんのこれからの夢についてお聞きできますか?
今浪:メンタルの大事さと、メンタルコーチについてもっと知ってもらいたいと思っています。何か行き詰まっていたりするアスリートは、メンタルにその原因があることがすごく多いので、ぜひ私たちのような存在を認知して苦しまないで欲しいと思います。それが僕でなくてもいいので、誰かに気軽に頼れる文化ができれば、日本のスポーツのレベルがもっと上がると思うんですよ。
-そうかもしれませんね!
今浪:スポーツが元気な時って、日本全体が元気になっているなと思うんです。経済効果もありますし、そうでない部分でも日本を元気にしてくれる。誰もが参加して熱くなれる。スポーツにはそういう力がありますよね。日本が元気になるよう、僕も活動を続けていければと思います。
これからの世界で失いたくないもの。
-では、最後の質問です。今浪さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?
今浪:時間を失いたくないと思いますね。なんででしょうね(笑)。自分自身、ぼーっとしている時間もありますし、ぎちぎちにスケジュールが埋まっているわけでもないですが、最近では時間を失わずに過ごしたいと思っていますね。単純に時間配分がうまくいっていないのかもしれませんが(笑)。
Less is More.
自分自身を卑下するわけでもなく、「自分自身は未だメンタルが弱い」と笑顔で話す今浪氏。
スポーツだけに限らず、私たちは自然と心の問題を後回しにしてしまう。日々の努力だけでなく、誰かに相談したり、自分自身のメンタルをケアしていくことの大切さに改めて気が付かせてもらった。
(おわり)