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『怪奇』とはなんだ? 忘れられた怪事件・珍事件が現代によみがえる。ライター・穂積昭雪氏インタビュー。

「怪奇」と聞いたとき、まず何を思い浮かべるだろうか?ネッシーやビッグフットなどのUMA、未確認飛行物体、小説・映画などフィクションのジャンル、また、都市伝説や陰謀論の類を当てはめる人もいるかもしれない。「怪奇事件」にフォーカスするライター・穂積昭雪氏曰く「怪奇とは、オカルトとは少し違う、ミステリーの要素があるもの」だという。科学やテクノロジーの発達によってその真実が解明されたとき、怪奇は失われるのだろうか。これからの世界に怪奇は生まれるのか? 怪奇が私たちにもたらすものとは? 明治・大正・昭和時代に発生した怪事件・珍事件に注目し、再調査を行う穂積氏に、話を聞いた。

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<プロフィール>穂積昭雪:ライター。東京都生まれ。2010年にライターデビュー。2016年より「珍事件・怪事件ライター」として活動を始める。著書に『日本怪奇事件史(明治・大正・昭和・惨劇編)』『日本怪奇事件史(明治・大正・昭和・狂気編)』『日本怪奇事件史(明治・大正・昭和編)』など。YouTubeチャンネル「日本の怪奇事件・珍事件チャンネル」

オカルトと怪奇。

-まずは穂積さんがどのようにして怪奇事件を扱うライターになったのか、というのをお聞きしたいのですが。

穂積:大学時代に、今も所属しているオカルト研究家・山口敏太郎さんの事務所でライターを始めまして、芸能関連も書きつつUMAやUFOなどオカルト的なものも書く、わかりやすく言うと『東京スポーツ』さん的なイメージの記事を書いていました。2011年に大学卒業だったのですが、リーマンショックの影響で就職氷河期、全然就職できない。ちょうどそのとき、山口敏太郎さんの事務所でスタッフが足りなくなったということで、編集者という形で入って。しばらくオカルトをやっていたんですが、実は、僕はもともとUMAやUFOにそんなに興味がなかったんですね。そんな僕がライターとして独り立ちするときに「何か武器が必要だ」ということで始めたのが怪奇事件についてだったんです。

-なぜ、怪奇事件を扱うようになったのでしょうか?

穂積:もともと昔の新聞を読むのがすごく好きで。休み時間になると図書室に行って、新聞の縮刷版や『昭和史全記録』を読む、みたいな子どもで「昭和っておもしろい」ってずっと思ってたんですよ。『昭和史全記録』は1300ページくらいあって、それこそ阿部定や三島由紀夫の事件など有名なものも扱うんですけど、三面記事的なものもたくさん載っていて。例えば『弁当の盗み食いで学校閉鎖』事件って知ってますか?

-いえ。どんな事件ですか?

穂積:中学生が友だちの弁当を盗み食いして、バリケード事件に発展したというものです。「昭和ってこんなことがあったんだ、知らなかった!」と、子ども心にすごくおもしろくて。また、僕の祖父母、両親もだいたい昭和生まれですが、そういう事件を知っているかというと、そうでもない。新聞に掲載された事件でも、過ぎたものは忘れ去られる事が多いんだな、というのもあって「これをもう少しエンタメ的に現代に伝えられないだろうか」と珍事件・怪事件を収集しはじめたんです。なので、オカルトの範疇ではなくやはり「怪奇事件」が専門のフィールドですね。

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-怪奇とオカルトの違いはどういう点にありますか? 素人には同じように感じられるのですが……。

穂積:人によってオカルトのイメージは違うでしょうし、明確な定義があるわけでもないのですが、UMA、UFO、あとは都市伝説や陰謀論なんかもオカルトに含まれるのかなと思います。僕が今やっていることはちょっと違うので、『オカルトの人』を求められてイベントに出演すると「なんか違う」って、スベった感じになることが多いんですよ(笑)。何が違うのかというと難しいんですけど、オカルトは「本当にあったらどうしよう!」ということが1つの線引きになっているのかな。宇宙人やネッシー、ビッグフットが「自分の生活圏に本当に存在したらどうしよう」がオカルトの最終着地点だと思うんです。でも、怪奇事件は実際に起きた出来事がベースなんです。そこが一番の違いですね。僕にとっての怪奇は、どちらかというと、妖怪をとらえる観点に近いかもしれません。

-あ、妖怪とかもその怪奇なんですか!なんとなく事件ベースでなくて、UMAなんかに含まれるのかなと思いました。

穂積:妖怪って、オカルトと言えなくもないんですけど、ちょっと違うのは、何か理由・裏付けがあってできたものが多いんですよ。例えば、一説によると小豆洗いって妖怪は、夜中に聞こえてきた川のせせらぎが元になっていると言われています。だから、「真実はこれだった」「正体はこれだった」という部分があるケースが多い。

-なるほど。

穂積:小豆洗いを例えに使いますと…オカルト的な見地でいうと、もっと科学的な話になる。「異次元から豆が降りてくる」みたいな(笑)。

-すごくわかりやすいですね(笑)。

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怪奇とはなんだ?

-では、穂積さんが扱っている怪奇事件について、もう少し詳しくお聞きしたいのですが。

穂積:「怪奇事件」と言っても、おそらく皆さん持ってるイメージがバラバラですよね。実を言うと、怪獣が現れたと、猟奇事件、UFOや未確認生物の目撃談、死んだ少年が墓場から生きて出てきた事例など幅広い事件が含まれるのですが、いざ、自分でそういった事件を扱い始めたときに「きちんとした名称がないけど、これらを何と呼べばいいのか」というのがあって「ああ、これらは『怪奇事件』ということになるのかな」と。「猟奇事件」だと陰惨なものが中心になってしまうので、それだけではなくて、もっといろんなミステリー、アンビリーバボー的な意味も持たせたくて「怪奇事件」って名付けたんです。

-過去の新聞記事には色々な事件が載っているかと思いますが、そのなかから怪奇事件としてピックアップされているのはどういう事件なんでしょうか。

穂積:僕の中での選定基準は「今読んでおもしろいかどうか」で、それが大事だと思っています。

-今読んでおもしろいか=現代の科学力をもってしても解明できない事件、ということですか?

穂積:逆に、現代の科学力があるから解明できるもの、ですね。例えば当時の科学では「妖怪」と定義されていたものが、今の科学ですと「いや、そんなわけないじゃん」と突っ込めますよね。そういうのを取り上げています。新聞の歴史は非常に古くて、明治2年頃の創刊から約150年分のバックナンバーが、ほぼ欠号がない状態で保存されているんです。

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穂積:明治時代の新聞には当たり前のように「一つ目小僧が現れました」「怪獣が出ました」という記事が載っているんです。明治時代の東京神田に、黒坊主という、真っ黒な姿で人を襲う妖怪が現れたんですけど、当時の新聞に堂々と書かれてるんですよ。新聞といっても瓦版のようなものですが、「黒坊主、現る」って。

-黒坊主??当時、黒坊主という妖怪の存在は世間一般に知られていたんですか。

穂積:いえ、黒坊主はその時に初めて登場しました。妖怪の中では新しい存在だったようです。

-新しくできた妖怪が新聞に載るんですね。奇をてらってそういう記事を載せている、というわけではなかったんですか。

穂積:150年以上前の記者に直接会ったわけではないので、真意はわかりません。昔から発行部数は大事ですから「ウケる記事を載せよう」という意図もあったでしょう。事件の当事者が「本当にあった」っていうのであれば、それは事実としても取り上げる必要はあります。その両側面があったと思います。

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科学の進歩は怪奇を変えたのか。

-現代に到るまでに、怪奇事件は変化したのでしょうか?

穂積:科学の発展に伴って、不思議ではなくなる怪奇事件もありますね。例えば「謎の怪物だ!」という趣旨の事件が解明されることがあるんです。明治時代初期の読売新聞に「牙が生えたアザラシが北海道に現れた」っていう記事があるんですよ。「こんな動物、見たことない! 怪物だ!」って騒いで、捕まえて。その絵が描いてあるんですが、どう見てもオットセイなんです(笑)。昭和になると「これはオットセイだ」とわかるけど、明治の初めは、日本人の誰もオットセイを知らないんですよ。だから「怪物が現れた!」って事件にしてしまう。

-そういう事件のなかで、いまだに不思議で、解き明かされていない怪物も多いんですか?

穂積:解き明かされていないというか…例えば、朝日新聞の明治初期の記事なんですが、海狼(ウミオオカミ)という謎の生き物が岡山県の山奥に現れた事件がありまして。海狼は、仔牛ぐらいの大きさで、山から出てきて家畜を食い荒らす化け物だ、ということで、近隣住民で決死隊を募り、山狩りをして、ついに退治したと。

-ちゃんとオチまであって、昔話のようですね。

穂積:なんですが、結局それはなんだったんだろう…と考えてみたら、それ絶滅してしまったニホンオオカミの可能性があるんですよ。明治の初めということを考えると非常に可能性が高い。当時、数は減ってたかもしれないけど、ニホンオオカミはまだ生きてたんですね。絶滅する前、最後のころに目撃されたのも岡山なんです。ここに海狼の絵が残ってるんですが、手に水かきがついてるの、わかりますか。

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-ついてますね!

穂積:水かきは、ニホンオオカミの特徴でもあるんですよ。絵だとわかりづらいんですけど、完全に化け物ですよね。でもよくよく見ると、顔とか、尻尾とかの形がニホンオオカミっぽい。この正体は、おそらく当時岡山県に生息していたニホンオオカミではないかと思うんです。現代じゃないとこういう見解が出ないんですよ。伝承も残っているかもしれないので、現地調査に行こうと思っています。

-科学が発展していけばいくほど、それこそネッシー的なものも「そんなものいるわけない」で終わってしまうのかな、と思うのですが、その辺はいかがですか。

穂積:解明されるものが増えても人間の興味というのは尽きないから、怪奇事件は減って増えて、減って増えて、その繰り返しだと思います。たとえ科学で解明できても、どこかにまだその怪奇を信じてる人もいるということもありますよね。時代が変わっても、本質的に分からないものを恐れる気持ちは失われないですよね。そこには「怪奇」が生まれるのではないか、というのが持論です。

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過去と現代、リンクする怪奇。

-穂積さんは『妖怪ウォッチ』がお好きだと伺いましたが、それは怪奇と関連してですか?それとも純粋にご趣味でしょうか。

穂積:両方あります。2014年に『妖怪ウォッチ』が大ブームになったんですが、当時の僕の体感として、妖怪というのは売れないジャンルだったんですよ。みんなが知ってるのはカッパ、鬼くらいで、企画を出しても「今、妖怪って(笑)」「誰も知らないよ、そんなの」って。『ゲゲゲの鬼太郎』っていう大メジャー作品もありましたけど、それすら2009年にアニメが打ち切りになってるんですよ。そういう背景もあって、妖怪はもうダメだ、という時代があった。それを覆したのが『妖怪ウォッチ』です。妖怪が再び子どもたちに広まって、第2のポケモンなんて言われて、天下を取った。衝撃を受けましたね。

-『妖怪ウォッチ』的なものが、長い時間をかけて次世代の怪奇になるのかな、とも思います。

穂積:そうですね。『妖怪ウォッチ』で描かれているのは、昔ながらの妖怪ではなくて現代の妖怪なんですよね。「家でリモコンがなくなった、どうしよう」「それは『妖怪リモコン隠し』の仕業だよ」という新しい概念を子どもたちに植え付けた。そもそも妖怪っていうのは生活で生まれた疑問から生まれた文化ですから、それを平成の時代に再現してヒットしているのはすごいことです。そういう古い文化をどうアレンジして現代に面白く伝えるか…という点でも、僕がやっていることに近いように思っています。

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-穂積さんの活動も、過去にあったものを、今、また伝えるというものですよね。

穂積:過去の事件を伝えるときには、現代との接点を大事にピックアップしています。例えば、今は『鬼滅の刃』ブームですよね。これは湯本豪一さんという民俗学者さんの本にも書いてあった事件なのですが、明治時代の新聞に「汽車怪談」という事件があります。汽車の車掌がウトウト夢見心地でいたら、ふっと煙が立ち込めてきて人の生首になった…っていう事件なんですよ。「あ、これは『鬼滅の刃』の無限列車っぽい」と思っていただけると、みんな興味を持ってもらえますよね。当時の記者も「怪談」って名づけているので、多少は嘘くさいと思っていたのでしょうが(笑)。事件として掲載されているんです。

-『鬼滅の刃』の作者がそれを参考にしたかどうかは別として、実際そういう事件があった、と。

穂積:そういう現代との接点があるものだと、怪奇事件がもっと楽しく知ってもらえますよね。『鬼滅の刃』が好きだと、こんな事件も興味深く読んでもらえます。たくさんある怪奇事件の中から、多くの人に興味を持ってもらえるようなものをピックアップしています

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怪奇によって変わる東京の景色。

-今後、書いていきたい怪奇はどのようなものですか?

穂積:現代ではタブーとされているから誰も話さなくなり、そのまま忘れられようとしている事件や歴史的事実、文化があるんです。そういう事件をちゃんと調査して書いていきたいですね。例えば、明治39年に、長野県辰野町で「肝取り勝太郎事件」という事件があったんですが、陰惨な出来事なので町の人も表立って話題にしなかった。話題にしないうちに、すごい事件なのに忘れられてしまったんです。今では、辰野町でも「忘れないようにしよう」と残す方向に変わっていたりするんです。実際に起きたにも関わらず蓋をされてきた事件を忘れないように、記しておきたいですね。

-実際にあったことを忘れない、過去に蓋をしない、というのは未来にとって非常に重要だと思います。知らずに繰り返してしまう過ちもありそうですし。

穂積:「なんでそんな昔の事件を掘り起こしてるんだ、どうする気だ」という批判も、あるといえばあるんですけどね。

-「この事件を忘れないでくれ」というような、個人的な欲求があるんでしょうか。

穂積:自分自身が事実を知りたいんです。実際に調べ始めると、新聞と事実のニュアンスが違うことが結構あって。現地で古い地図や警察の事件資料を参考に調査していくと「どうやらこれは記事とは違う」という部分が出てくる。ちゃんと知っていることで、事件のいい側面も悪い側面も見られるんじゃないかと思うんです。

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-現地で、当時を知る人が詳細を覚えていて、そこから新事実が見つかった、というようなことはあったんですか?

穂積:あまりないですね。話さない、話したくない、というパターンもあるんですけど、だいたいの人は"忘れて"しまうんです。でも、昔、ここで何が起きたのか?知っていると、世界の見え方が変わるんですね。わかりやすい話として、目黒区に、西郷山という場所がありますが、あそこが心霊スポットとして有名なのは知ってますか?

-全然知りませんでした。

穂積:昭和8年に、川俣初太郎という人が西郷山に25人の子どもを埋めたという事件が元となって心霊スポットになったんです。この西郷山事件、一部では有名なんですが、みんな知らない。もしくは忘れてしまったんですよ

-今後、西郷山に行くと思い出してしまいそうですし、確かに世界の見え方が変わりますね。

穂積:分かりやすいように怪談を例に出したのでちょっと怖いですが、事件があったのは事実なんです。デートスポットでもあるけど、そういう側面もあると知っていると、世界の見え方が変わりますよね

-確かに東京の見え方も変わりますね。

穂積:どこもかしこも…意外と事件のおきてない土地なんてないくらいです。怪奇事件を通して、色々な視点を未来に残しておきたいなという気持ちを強く持っていますね。

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これからの世界で失いたくないもの。

-最後の質問です。穂積さんにとって、時代や世界が変わっても、失いたくないものは何ですか?

穂積:色々ありますが…やっぱり新聞ですね。新聞って、基本は欠号なくやってきてるものだから、情報量がすごい。昔から紡がれてきたデータが残っていて、いつでも閲覧できるってことが素晴らしいと思うんですよね。江戸時代の文献だったら残っていないものもあるけど、新聞だからこそ残っている、ということもあるじゃないですか。国会図書館に行けば、どんな地方紙でもマイクロフィルムでバックナンバーが残っている。WEBとは違って物として残っているっていうのはすごく心強いなって感じますね。あとは単純に、毎日あれだけのページのものを刊行するって、すごいことだな、と。

-人類史、100年以上が詰まっているということですもんね。

穂積:こんなに詳細な人類史はないですよ。個人の日記だって、150年書くのは無理じゃないですか。「オギャー」と生まれたその瞬間からは書けないから、せいぜい60年が限界でしょう。新聞は、たくさんの人が紡いできたものが、100年残ってる。そのことが素晴らしいと思います。

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Less is More.

インタビュー当初に抱いていた「科学の発展によって、怪奇は失われていくのではないか」という仮説は穂積氏の話を聞くうちに消えていた。現代の知見をもって解明できる事象が増えたからこそ、新たに生まれ、深まる謎もあるだろう。失われながら生まれ続け、世界をとらえる新しい視点を現在に伝えるもの、未来につながっていくものー、それが穂積氏が定義する「怪奇」なのだ。

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(おわり)


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