日本は、教育の選択肢を持てるのか?モンテッソーリ教師あべようこ氏インタビュー。
さまざまな教育手法がある中で、藤井聡太棋聖をはじめ、オバマ元大統領、スティーヴ・ジョブス、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグなど名だたる世界のトップ層が学んだことでも知られるモンテッソーリ教育。この100年以上の歴史を誇る教育法は、子育てを体験したことのある方なら、一度くらいは耳にしたことはあるかもしれない。モンテッソーリ教育とはどういった教育法なのか?その現状を紐解きながら、日本での教育についての色々なご意見をモンテッソーリ教師あべようこ氏に伺った。
モンテッソーリ教育との出会い。
-あべ先生がモンテッソーリの教員になるまでを教えていただけますか?
あべ:私がモンテッソーリ教育に出会ったのは、上智大学教育学科に通っていてた大学生の頃でした。4年生の時にモンテッソーリ教育を取り入れた教室でアルバイトをしていたのですが、そこの子供たちが、すごく黙々と遊んで穏やかに帰っていく様子がすごくいいなって思ったのがきっかけです。私もそのクラスで仕事をしていると、すごく気分が穏やかでいれたんですよね。
-あ、先生ご自身は幼少期に受けられてはいないんですね!
あべ:そうなんですよ。ちょうどその頃、大学に通いながらミュージカルの舞台やポンキッキーズにも出演していたんですが、もっと子供たちに関わる仕事をしようと思ってモンテッソーリの教育者の道に進みました。一緒に舞台に出ていたガチャピンさんに「ミュージカルから足を洗うの?」って驚かれたりしたんですよ(笑)。
-(笑)。そこから資格をお取りになられたんですね。
あべ:そうなんですが、私はちょっとモンテッソーリ教師の中でも少し変わっていて、資格をすごくたくさん取ったんです。日本でも取りやすいのは3~6歳の教師の資格なんですが、日本では当時取りずらかった0~3歳の資格、あとは認知症のモンテッソーリケアの資格、最後に海外で取るしかない小学校の資格までを取得しました。モンテッソーリ教育を教える教師の中でもこれだけ資格を取っているのは珍しいと思います(笑)。
モンテッソーリ教育ってどんな教育法?
-実際に、モンテッソーリ教育ってどういう教育法と捉えればいいですか?
あべ:マリア・モンテッソーリという医師が約100年前に開発した教育法です。彼女は観察することが非常に優れた方でした。彼女が障害のある子供たちの観察を元に実践・体系化したのが、モンテッソーリ教育です。他の教育法と一番違う部分をごく簡単にまとめると「環境を整えれば、子供自身の力で良くなっていく」という考え方に基づいた教育メソッドなんです。
-ある意味ではシンプルですね。
あべ:そうなんですよね。「子供は何もできない」のではなく、「環境を整えていない」、「やりかたを知らない」だけなんです。大人が考える以上に子供たちは、色々なことを理解しているんです。
-もう少しだけ詳しく教えてもらってもいいですか?
あべ:例えば、日本の学校教育に顕著ですが、子供たちに対して同一の課題や教育を時間内に一斉にトライさせますよね。そうすると、同じ枠組みの中なので早くできたり、時間内にできなかったりと個々の優劣が付いてしまいますよね。モンテッソーリ教育の場合、例えば活動や部屋のルールなど、子供たちが活動したり学んだりするための環境を用意さえすれば、個々が自由に活動したり学んだりしてOKなんですね。もちろん時間の制約や回数の制限もなく色々なことに好きなだけトライできるんです。
-あぁなるほど!
あべ:環境がしっかりと整ってこそ、個性を思う存分育むことができると思っています。数年前の統計では、日本だとモンテッソーリが学べるのは、全国で1,000施設はあったと思います。認可保育園などでも、モンテッソーリを取り入れてる施設も多いんですよ。
-すごく個性的な教具があることで、知られてもいますよね。
あべ:モンテッソーリ教育では「手を使う」というのを、すごく大事にしているんです。
-手を使う??
あべ:人間は、基本手を使って発展をしてきました。考えたものを形にするにも、手で作ることからスタートします。指先を使うことは脳の発達にも密接なので、手を使えば使うほど脳も意志も発達する。人間が人間として成長するためには、手を使うことがとても大事なことだというのが、モンテッソーリ教育の大事な考え方ですね。
-指先を動かすと脳が活性化するとか言いますもんね。
あべ:もちろん成長と共に、抽象的なことを脳内だけで考えられたりしますが、それに至るまではなるべく考えながら手を使わせるようにします。特に幼児期には、特徴的な教具を使って手や感覚を意識すること、鍛えることをするのは特徴ですね。
-あ、教具はそのためにあるんですね!
みんな「変」でいい。
-実際にモンテッソーリ教育を受けた子たちは、どんな人になったりするんですか?
あべ:私の師匠でもある、相良敦子先生が執筆された「モンテッソーリ教育を受けた子どもたち」という書籍から引用すると、「自分で考えられる人」「段取りを組んで実行できる人」「責任感がある人」になるというのは代表的な共通項です。
-なるほど。
あべ:もうひとつ大きなこととしては、個々人の違いを認め合う人が育まれると思います。モンテッソーリ教育では、一つのことしかできない子や自分自身の好きなことを見つけられることがすごくいいことだと捉えています。みんな「変」でいいんですよ。不思議なんですが、大人ってすごくいろいろな趣味を楽しんでいたり、割とみんな変なんです。でも、なぜか子供の頃の方が「ちゃんとしなさい」って言われたりしますよね。
-素晴らしいと思いつつ、日本は特にそういった個性ってなかなか受け入れられてもらえないこともありそうですよね。
あべ:私自身もそれは感じています。「人と違ってはいけない」という文化が日本はすごく強いですよね。人に迷惑をかけてはいけないという意識が強いせいか、はみ出ることへの不安や息苦しさはあるように思います。
-日本の標準的な教育と違うことで、日本の社会に馴染めなかったりするケースもあるんですか?
あべ:身近な例から言っても、浮いたりすることはあまりありません。自分自身で考えて段取りして、実行するというのは、現在の日本でもあらゆるシチュエーションでも求められることだと思いますし。特に世界から見ると「個性を持っている人」「自分で考えられる人」というのは、これからの時代にもっと求められていくと思うんですよ。
-モンテッソーリ教育って、藤井聡太さんやスティーブ・ジョブスなどシリコンバレーのトップ層など、優秀な人間を育てた教育として認知されている方も多いですよね。
あべ:これはモンテッソーリ教育全体の課題の一つですが、まだ教育法として認知が薄いので、分かりやすく成功者の名前から語られてしまうんです。本当はもっと平凡で幸せに暮らすための教育法の選択肢のひとつなんですよ。そもそもは「平和な社会を作る、幸せな人を育てること」が理念なんです。子供自身が幸せで、他人や地球のことを思いやれる人を育てるのがモンテッソーリ教育の大きな考え方なんですよ。
教育の選択肢のひとつとして。
-モンテッソーリに限らず、特別な教育を受けるためにすごくお金がかかるイメージがあります。この辺りは、どうお考えですか?
あべ:各国の経済状況によっても少しずつ状況は違いますね。経済的に発展途上な国でも教具も手作りして、モンテッソーリ教育は実践されています。ですが…世界的に見るとモンテッソーリ教育を受けさせようとすると学費が高い国も多いのも現実です。助成金もなかったり、環境作りや運営にお金がかかってしまう。本当は、公共の教育の一つの選択肢として選んでもらえる状況が理想です。そうならないと、特殊な教育だと思われ続けてしまいます。
-なかなか難しい問題なんですね。
あべ:すべての人がモンテッソーリ教育が選択肢の一つとして選べる状況が、私自身の理想ですし、本来のあるべき姿だと思います。私自身は、特別お金をかけずともモンテッソーリ教育を試していただけるように、インスタグラムやvoicyなどで、家庭でも簡単に取り入れていただけるメソッドを発信していますので、皆さんにも試していただけたらすごく嬉しいです。教具も必要ないメソッドもたくさんありますよ。
-それは、すごくトライしやすいですね!
あべ:モンテッソーリ教育が広まってほしいと思っている理由の一つに「家庭でもすぐにできるメソッドがたくさんある」からなんですよ。もちろん、教育施設に行って学んでいただくことも選択肢の一つですが、家庭で少しだけでも取り入れるだけで、親子の関係が少しだけ変わったりすることを実感していただけると思います。
-少しお聞きしづらいのですが…教育法って「00歳までにはじめないと手遅れだ」とか、なかには「胎教からはじまってる」みたいなものもあって、少し怖い気持ちになったりします。
あべ:「00歳までにはじめないとだめ」なんてそんなことは絶対にありません!人間は死ぬまで変われます。科学の検知からしても脳は大人になってからも成長できると言われています。事実としては、マリア・モンテッソーリも「敏感期を逃したら終バスに乗り遅れたようなものだ」とか強い表現をされていますが、それは時代背景もあってのことかと思います。始めるのが早いことで、変わるための努力が少なくて済むことはあるかもしれませんが、どの年齢からはじめても変わると思いますよ。
-実際、あべ先生も大学生から学びはじめましたもんね。
あべ:そうですよ(笑)。モンテッソーリ教育というのは親も子供と一緒に学ぶことがすごく大事なんです。施設や幼稚園などで学んでも、ご家庭にいる時間に全く違ったコミュニケーションをしていると、あまり効果は望めません。親も一緒に成長することが必要なので「遅すぎる」なんてことはありませんよ。
-ホッとしました!
日本の教育には、自由がない。
-少し大きな視点で日本の教育については、どのように捉えてらっしゃいますか?
あべ:公立・私立などさまざまな学校の先生と意見交換する機会があるのですが、先生達が疲れ切っているというのは一つ大きな問題かなと思います。学校教育法ですとか、様々な軋轢など、がんじがらめで、とてもじゃないですが新しい教育法を取り入れるような余裕がないんです。教育の出発点として、大人が心も体も健康で幸せでないと、良い教育はできないと思うんですね。
-実際に、労働環境の過酷さは問題になったりもしますよね。
あべ:もう一つは、子供達…特に小学生以上の子供達も忙しすぎるように感じています。幼稚園までって基本的には遊ぶことが、学びとして教育されています。それなのに、小学校に上がると急に学年ごとに学習しなければいけないものがきっちり決まっていて、それに則って学ばないといけない。
-いわゆる詰め込み式というか…。
あべ:テスト勉強や宿題って、大人に置き換えたら残業みたいなものとも捉えられますよね。それに加えて習い事をしている子も少なくありません。モンテッソーリの小学校と比較するとちょっと詰め込み過ぎているように思います。モンテッソーリの小学校では、テストも宿題もありませんし、学校にいる間に学んで、家ではゆっくりリラックスした時間を過ごしてもらうようにしているんですね。私たちのやり方が正しいと言いたいわけではなく、もっと日本全体で、先生も子供も、少し余裕を持てるように教育のあり方を考えることからスタートすべきかなと思います。
-モンテッソーリの小学校って日本にはあるんですか?
あべ:数校だけ特例的にありますが、ほぼありません。これは何よりも大きな問題かもしれませんが、日本には前時代的とも言える学校教育法をベースにした学校しかありません。それ以外の教育の選択肢がないんです。選択肢ってもっと多様であるべきだと思うんですが、この点で日本は世界から相当遅れをとっていると思いますね。
-え?そうなんですか?そもそも選択肢がないのか・・・。
あべ:私自身、今年モンテッソーリ教育の小学校開校への第一歩として「モンテッソーリ・ファーム」という場をオープンしました。小学校そのものがないので、小学校を作らないと!と思って始めたのですが、ものすごく多くの壁があって小学校はとてもではないですが難しいですね。例えば、作れたとしても何十年間私塾として実績を蓄積して提出する必要があるかもしれませんし、その間も助成金や補助金はいただけません。
-えぇ…すごいハードル高い。。
あべ:そうですよね。こんなに厳しい国はあまりないです。例えば、オランダですと私立にも公立にも補助金も出ますし、すごく自由に学校が作れる。諸外国ももう少しハードルは低いんです。なぜ日本だけ、これほど教育の選択肢を持ちづらいのだろうと本当に悔しく思っています。結果的に国に定められた以外の教育方法を選択しようとすると、塾のような形でお金をいただいて経営する以外の選択肢がないんです。
-あぁ先ほどのお話ではないですが、理念に反して特別な教育を受けるためにお金がすごくかかってきてしまうんですね。
あべ:そうなんです。すべての人は等しく選択する自由を持つべきだと思いますが、日本にはそれがないんです。それがモンテッソーリ教育でなく、シュタイナー教育でもイエナプラン教育でもいい。他の教育もたくさん良いところがあります。現在の日本には、そういった学ぶための選択肢すらほぼないのが、本当に悔しい。
-モンテッソーリ・ファームはひとつ希望だと思います。
あべ:はい。クラウドファウンディングで出資者を募ったのですが、目標の700%を達成しました。日本では、数少ないモンテッソーリの小学校教員免許をお持ちの先生達もここに集って、日本語で使える教材を作ったりと少しずつ前に進んでいます。この場所を出発点に、日本のモンテッソーリの小学校開校に向けて進んでいけたらと思います。
-ちなみに…先生は、色々な世代を教えられる資格をお持ちの中で「小学校」を作りたいって思ったのはなぜだったんですか?
あべ:私自身そうなんですが、小学校の頃って人生で一番楽しくなかったですか(笑)?
-確かに振り返ると小学生の頃が人生で一番無邪気に楽しかったような…。
あべ:結構そういう方が多いですよね(笑)。あの6年間って、エネルギーにも溢れていますし、学びと遊びの境もあまりなくて本当に楽しい時期。少しずつ世界にも触れて好奇心に満ちあふれていて。一人の教育者として、そういう子たちと触れ合って、過ごせることはすごい喜びだと思うんです。なので、小学校をやりたいと考えたんですよ。
-すごい素敵な理由ですね。
あべ:アメリカで学んだ時に感じたのは、海外のモンテッソーリ教育は日本でイメージされているよりももっと自由で敷居も低いんです。先生達も、めちゃくちゃなファッションだったりしますし(笑)。私も、教師とはいえ全然完璧でないですし、それぞれのライフスタイルに合わせてちょっとしたエッセンスだけでもぜひ試してみてください。お子さまとの時間がもっと素敵に過ごせるといいなと思いますよ。
これからの世界で失いたくないもの。
ーでは、最後の質問です。あべ先生がこの先の世界で失いたくないものは?
あべ:人間として本当のコミュニケーションを取ることですね。2020年以降でオンラインでのコミュニケーションが一般的になりました。大人達は、今までの思い出や経験があるので、便利でいいのかもしれない。でも子供達にとっては違います。オンライン上の付き合い方だけになると、人間らしさは失われてしまうのではないかともいます。特に子供たちには、本当のコミュニケーションをしてほしいと思います。
Less is More.
モンテッソーリ教育をはじめ、様々な教育法があるが「日本では選択肢がない」という話に驚いた。私たちは、もう少し意識的に色々な教育方法を学び、少しずつでも試していくことが必要なのかもしれない。
(おわり)