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広告照明「ネオンサイン」の終焉、役割はアートへ。アオイネオン株式会社・荻野隆氏インタビュー

ネオンサイン。1912年に登場して以来ずっと広告照明としてこの世を照らしてきた。しかし近年そのポジションはLEDに奪われ、衰退の道を辿っている。確かに自宅から最寄りのネオンサインはどこにあるだろうか?急激に減少するネオンサイン需要を新たな分野に活路を見出そうと再生プロジェクトを行うアオイネオンの荻野隆氏に、ネオンサイン事業の実態と、その活路とは一体なんなのか。お話を伺った。

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荻野 隆:アオイネオン株式会社・事業企画部部長兼CSR統括マネージャー。
【アオイネオン株式会社】突出し、壁面、屋上、野立、アミューズメント、館内などあらゆるサインの設計から制作、施工までを行う。

ネオンサインの衰退とLEDの成長

ーアオイネオンさんはあらゆるサインを制作されていますが、本日は「ネオンサイン」のお話を中心にお聞きかせ頂ければと思っております。

荻野:実は弊社「アオイネオン」という社名に「ネオン」と含まれているのですが、少し前まではネオンの製造は社の案件の中でもごく僅かで、ほとんど製造を行っていなかったんです。

ーえ!!そうなんですね。

荻野:収益の98%をLED看板が占めています。

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ーLEDの登場によりネオン菅を使用したサインの需要が減少したという事を聞いたことがあったのですが、それほどまでとは。

荻野:こちら弊社の仕事の実例なのですが、2018年の春にリニューアルした「不二家」数寄屋橋店の看板と2019年の春に新しくなった「渋谷109」の看板です。

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荻野:この二つの看板共に、リニューアル前はネオン看板だったのですが、リニューアル後にLED看板になったんです。このように看板のリニューアルを境にLEDへ変化していくのが看板業界の実状ですね。

ーLED看板のメリットとはどういったところになるんですか?

荻野:「渋谷109」のロゴは、グラデーションになっています。このグラデーションの演出はLEDの方がやりやすく、光源にLEDが選ばれていますね。「不二家」の方ですと、季節に合わせてペコちゃんの仕様を変化させた広告を打ち出す事が出来るという利点があり、一部をLEDビジョンに変更したんです。屋外広告の演出の幅の広さはLED看板の強みだと言えます。

ーなるほど。

荻野:昔は光る看板といえばネオン菅か蛍光灯しかなくて、それこそ社名になるくらいの需要がネオンにはありました。特にネオンが扱える会社とそうでない会社で優劣がハッキリとついていて、前者の会社は優位だったんです。LEDはネオンに比べると扱いやすい為、LEDの登場以降は会社の優劣がフラットになり、それでLEDがグンと成長していったという流れもあります。さらに「LEDは省エネ」といった良いイメージが広告主さんの間で先行した事も大きいと思います。実際のところは消費電力はそんなに大差がないんです。

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ーネオン、どんどん追い込まれていっていますね。

荻野:そうなんですよ。需要の減少とともに、当然作り手の数もどんどん減っていまして、今国内には職人が50名ほどしかいないんです。引退する職人は年々増えていっているので、数年後数十年後にはネオンの職人の数はゼロになると言われています。

減少するネオンの需要

↑ネオンに使用する変圧器(ネオントランス)の出荷台数の減少を表したグラフ。
2011年比で約三分の一にまで減少している。

再びネオンサインに輝きを。市場はアートとエンターテイメント

ーネオンを再び盛り上げていく活動を行っているとお聞きしたのですが、どのような活動なのでしょうか?

荻野:広告看板としてのネオンの需要の減少についてはこれまでお話させて頂いたような現状でして、このままでは衰退するばかりなので、二年程前からネオンをアートやエンターテイメントの分野で活躍させる取り組みを始めました。

ーどういったことから始められたのでしょうか?

荻野:【「産業」から「アート」への再生】をテーマに、具体的にはいすみ鉄道という千葉のローカル路線でチャリティイベントを行った際に電車のヘッドマークを制作したり、どんぐりの木(マテバシイ)の間伐材を加工したフレームにネオンを納めた「ネオンファニチャー」を提案したり、「レッドリボンネオンプロジェクト」では 世界エイズデーのシンボルマーク「レッドリボン」の制作をしました。他にも競艇場の浜松オートの優勝商品のトロフィーを制作したりと様々です。

ネオンファニチャー

↑ネオンファニチャー。家具にネオンを組み込んだもの。

ー地域色の強いものから社会貢献活動まで様々ですね。

荻野:そうですね。私がCSR統括マネージャーをやらせて頂いていて、サスティナビリティを推進する責任者でもあるので、社会貢献活動とネオンを組み合わせる事で、社会とネオンの接点を増やして色んな方面にネオンの存在を届けられるのではないかと思い、そういったところから始めてみたんです。

ー手応えの方はどうですか?

荻野:こういった活動は会社のイメージアップにも繋がるので「何か一緒にやりたいです。」という事に結びつきやすいです。最近では、徐々にエンターテイメントやアートの分野でもネオンを使用して頂けるようになりました。
ねごと『DANCER IN THE HANABIRA』のMVのセット、BLACKPINK武道館ライブでの美術。ファッションブランドha | za | ma』のファッションショーでは、ドクロモチーフの3Dネオンとモデルさんが座る椅子をネオンで作ったんです。

ーネオンに座れるんですか?

荻野:勿論ネオン菅に直接座るわけではなく、躯体が別にあってそれに沿うような形でネオンを装飾しているのですが、少し前まではネオン菅に近づいたり触れたりする事なんて考えられなかったんです。100v(ボルト)を15000vまで増幅させて放電させるのが通常だったのですが、1000v以下で点灯できるような改良を加えて、安全面をクリアしています。

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↑ha | za | ma ファッションショー
左:ドクロモチーフの3Dネオン
右:ネオンを用いた椅子

ーアートやエンターテイメントといった新たな分野へ対応する事でこれまでと違ったネオンの可能性が出てきているのが面白いですね。

荻野:そうなんです。壁面に取り付ける二次元的なものしか今まで存在しなかった。というより作る必要性もなかったのですが、市場を開拓する中で、「ミュージックビデオの中の演出でどうしても3Dのネオンが欲しい。」
といったデザイナーさんからの要望があると、こちらとしても職人と相談をしてどうにかその問題をクリアする方法を考えなくてはなりません。これまでと異なる市場のクライアントからの課題解決が、低電圧のネオン、モバイルバッテリーで点灯し携帯できるランタン型のネオン、3Dネオン、といった新しいネオンのプロダクトの開発するきっかけとなっています。

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↑市販化に向けて試作中のランタン型ネオン

ー高い技術を持ち合わせた職人さんがいるからこそ、そういった課題に対応出来るという事ですよね。

荻野:手前味噌なんですが、うちの横山という職人は50歳でネオン職人としては若手の方に入るのですが、技術は国内トップクラスなんです。

ーもしかしてこれまで見せて頂いた作品は全てその職人さん一人の手によるものですか?

荻野:そうです。現在弊社のネオン職人は横山ひとりなんです。本当は外にも仕事をお願いすることが出来れば良いのですが、なかなか高い技術を持った職人さんが存在しない(見つけられていない)という事実もあります。

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↑アオイネオンのネオン職人・横山氏
ネオン菅が割れない様、少しずつアールをつけていく様子

荻野:高い技術を持った職人の育成は今後の課題ですし、新しい担い手を発掘していくこともネオンの文化を継承していく為に必要だと思っています。しかしながら一人前になるのに5〜10年かかると言われている厳しい業界なので、まずはしっかりと経験を踏めるだけの需要を確保していく事が重要だと思っています。

ー技術の継承のお話が出ましたが、ネオン職人になるのには何か特別な資格が必要なのでしょうか?

荻野:いえ、特別な資格は必要ないんです。業界団体の日本サイン協会からネオン管技工士という称号は与えられるんですけど、師匠についてひたすら修行を重ねるというのが通例ですね。

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SNSとの親和性、圧倒的に「映えるネオン」

ー広告看板として目立つ役割だったネオンには本質的に「映える」才能があるように思うのですが、SNSとの相性はどうですか?

荻野:映像作品の美術でも、プロダクト製品でも、ネオン製品はとてもシンボリックな役割を果たすので、写真に撮ってInstagramにアップという事には役立っていると思います。実際にInstagramの投稿の反響で若い世代の方から連絡を頂く様なこともあります。

↑instagram #aoineon  

ープロダクトになる事でこれまで見上げる位置にあったネオンとの物理的な距離が近づいて「写真を撮る」というアクションが起こしやすくなっていそうですね。

荻野:そうですね、そういった事もあって卓上のネオンサインといった小型のタイプの制作も需要は大きくなっています。コワーキングスペースの休憩スペースやオフィスの受付など、人の集まるところにちょこんと置くといった使われ方もされていますね。

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↑優勝したアイデアのラフスケッチを元に実際にネオンサイン化して贈呈されるコンペ式のイベント。優勝作品は佐川急便のスタッフの方の案。

荻野:「映える」だけなら、正直な事を言ってしまえばLEDでもそれっぽく代用は出来ると思うんです。しかし、上の画像の様に手描きのラフを忠実に再現出来ることや、ガスが発光することで暖かい丸みのある光り方をすること、ネオン菅自体のハンドメイドならではの造形美は、真近で見るからこそ伝わるネオンのポテンシャルだと思います。ここに「本物のネオン」としての存在価値があると思うので、そこにこだわってプロモーションしていくのも私たちの仕事だと思っています。

ーエントランスに置かれていたネオンを近くで拝見させて頂いたのですが、工芸品のような造形の強さを感じました。

荻野:これからも新しいネオンの魅力や使われ方を模索していきたいと思っています。「ネオン懐かしいね。」という様な懐古主義的な需要だけに引っ張られすぎるのは危険なので、そこには意識的でいたいと思っています。

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ーそんなネオンの新しい魅力が詰まった作品を実際に見る機会などございますか?

荻野:年末に「大ネオン展」という新しいネオン街をテーマにした催事を松坂屋(静岡店)さんで行います。このご時世なのであまり大々的に宣伝するのは憚られますが、ネオンの再生を試みたここ二年間の歩みや技術が体験できる展示となっています。

上:ネオンを未来に継承するプロジェクト「大ネオン展」公式サイト。
下:実施中のクラウドファンディング。

ー「大ネオン展」参加される方のジャンルも様々で興味深いです。

荻野:会社全体としてもずっとBtoBの看板製造業をやってきたので、多くの方に認知して頂く事でネオン事業BtoCのビジネスのきっかけになればという思いもあります。看板事業が完全になくなるとは思いませんが、google mapがこれだけ便利に使える今、大きな目印としての看板は必要なくなっていますからね。シュリンクしていくのは確かな業界なので、ネオン事業にはそういう期待も込めています。

ーありがとうございました。

これからの世界で失いたくないもの。

ーでは、最後の質問です。荻野さんがこの先の世界で失いたくないものは?

荻野:ずっと心に残るもの。ですかね。実は私の父もアオイネオンに勤めていて、小さい頃父の車で出かけると車窓から見える様々な企業の看板などを指差して「あの会社の看板は俺が作ったんんだよ。」という話をよく聞かされていたんです。それがきっかけで自分もネオンかっこいいなって。刷り込みもあったと思うんですが。笑
僕は身体が大きいのもあって、ずっとバレーボールを続けていたんですけど大学卒業時にVリーグでプレイするアオイネオンに入社するかの二択だったんですよ。アオイネオンを選択したのは、小さい頃からの「憧れ」みたいな部分が大きかったと思うんですよね。なので私も自分の子どもや、後の世代に、ネオンに限らずとも「ずっと心に残るもの」を残すことが出来たらいいなと思っています。

Less is More

インタビュー後に「ネオン室」を見学させて頂いた。そこには大ネオン展に向けて制作に追われるアオイネオン唯一の職人である横山氏の姿があった。バーナーでネオン菅を溶解させながら設計図面通りにアールをつけていく。溶けたネオン管の筒がくっつかないように、チューブから息を吹き込みながら手際良く作業をすすめる職人、まさに神業だった。

荻野氏は「ネオンの発光の美しさに気づける感度の高い方々が、アートやエンターテイメントの業界には沢山いらっしゃる。」とおっしゃった。
クリエイターの視点と職人の手の技によって本物のネオンがどこまで進化していくのか楽しみだ。

(おわり)


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