バイタルデータで社会は再構築される。選択肢ある未来のために。THE PHAGE・志連博彦氏インタビュー。
人間の身体データの総称「バイタルデータ」を使って2型糖尿病患者向けの治療用アプリを開発するTHE PHAGEという会社をご存知だろうか。このスタートアップの面白いところは、いわゆるメドテック(Medical + Technology)企業でありながら、ミッションとして「食」の重要性を唱えているところだ。代表の志連博彦氏は「バイタルデータはこれからの社会を再構築する」と語ってくれた。
THE PHAGEが手がける事業。
-まずは、THE PHAGEがどんな事業を手掛けられているのか教えてください。
志連:私たちは「デジタルセラピューティックスで次世代治療をデザインする」をミッションに掲げて2021年にスタートしました。現在は、医療機関・パートナー企業・学術機関と組んで糖尿病の治療用アプリを開発することからはじめています。
-デジタルセラピューティックス?
志連:分かりやすくお伝えすると「スマートフォンなどの端末に搭載されたソフトウェアを使って、疾患の予防や管理、治療を行うシステム」のことです。2014年に薬機法が改正されて、ソフトウェアを「医療機器プログラム」として取り扱うことができるようになりました。厚生労働省で認可された医薬品としてアプリが一つの選択肢になったんです。デジタルセラピューティックスは成長分野の一つだと思いますよ。
-そうなんですね。開発中の糖尿病の治療用アプリってどのような可能性があるものなんですか?
志連:フリースタイルリブレという血糖をモニタリングできるデバイスで取得したデータを活用することで、どういう血糖コントロールをすれば良いか個別最適化されたルートプランをAIが自動算出してくれるアプリです。これによって、2型糖尿病患者さんの食事などの生活指導や服薬指導がアプリを通してできるようになります。
バイタルデータを軸に世界を捉え直す。
-バイタルデータを活用することで、医療としてさまざまな可能性があるんですね。
志連:THE PHAGEを始めた前提からお話させていただきますと、2020年パンデミックの中で「バイタルデータ」との出会いに衝撃を受けたことが個人的なきっかけでした。
-詳しくお聞きしてもいいですか?
志連:すごく個人的な思いなんですが、当時「僕たちは何を信じて生きていったらいいんだろう?」って思っていたんですよね。ウイルスやワクチンに対して情報も錯綜していましたし、それゆえ個人間の不信が蔓延してました。それ以前からいわゆる分断みたいなものはあったとは思うんですけど、それがパンデミックを一気に深まってしまったと感じていました。そんな中で、ファクトをどうやって得るべきなのかと自分自身でもよく分からなくなっていたんですね。
-確かにみんな疑心暗鬼というか。怖い状態でしたよね。
志連:そんな中で、バイタルデータに出会って、自分自身の体内の情報こそが、今の時代いちばん信じられる情報なんじゃないかと思ったんです。バイタルデータって一人一人固有なものです。それは捉えようによっては、国籍や性別、地位や名誉などと関係なく、生体情報という軸で世界中の人間がフラットに扱われるイメージを持ったんですよね。
-あぁなるほど!
志連:バイタルデータ軸で社会を考え直すことで、世界の在りようが再構築されるのではないかと思うほどのインパクトを受けました。これから変化していく時代の中で、バイタルデータを扱って何かできないかなと考えたのがスタートでした。
-バイタルデータって一口に言っても、心拍数、心拍変動、歩数…たくさんのデータがありますよね?その中でも血糖値に着目したのはなぜですか?
志連:2つ理由があって、1つ目は血糖値って糖尿病患者さんに限らず万人に共通してわかりやすい指標なんですね。基本的には何かを食べると変化します。食べたら上がるし、食べなければ下がるっていうシンプルなものなんです。毎日、毎食変化するものなので、自ら進んで計測できるものであるということです。
-確かにそうですね。
志連:そして2つ目の理由は、血糖値は現状の技術で最もデータを集積しやすかったからです。糖尿病患者の中には、日常的に血糖値測定デバイスを使われてる方もいて、私たちが血糖値に関するデータを集めるためには、すでにデバイスをお持ちの患者さんの協力が不可欠だったんです。
-そうか、結果的に糖尿病治療のアプリにたどり着いたんですね。
志連:血糖値を含むバイタルデータを取得するためのデバイスの一般普及はまだまだこれからです。フリースタイルリブレに代表されるように、血糖値に関するデバイスが進化したことで、24時間モニタリングできるのも大きかったですね。24時間連続したデータを取り続けると、データの解析も、より精緻に可能になるんですよ。
-実際に患者さんの治療にも貢献できるのはすごくいいですね。
志連:患者さんはもちろん、血糖値は全ての人の健康に関わりのある数値です。データを蓄積して正しく使えば、予防医療に転用することもできます。これからApple Watchでも血糖値が計測できるようになると言われてます。まだ数年はかかりそうですが、実装されれば、誰もが血糖値を見ながら生きる時代が来るんじゃないかと思っています。
-バイタルデータを誰もが気軽に活用できるようになるんですね。
志連:予防医療にデータ活用するのは社会的にも意義のあることじゃないかなと考えています。日本の医療費はグローバルから見ても異常ですよね。糖尿病においても日本国内で1.2兆円もの市場規模があります。しかも透析治療にかかっている医療費はかなりの割合を占めているので、予防医療へとシフトすることで、より社会的なインパクトがあると考えています。
-実際データの解析ってどれくらい進んでいるんですか?
志連:現在の医療の現場においては、アナログ診療をDX化するのが課題なんです。糖尿病で言うと、今までは朝昼晩のデータを手帳に手書きしていたものをデジタルデータとして、自動でモニタリングできるよう進めている最中です。貯まったデータをどう使うかに関しての知見を私たちTHE PHAGEがAIなどの技術を活用して解析を進めています。
私たちの生活はどのように変わるのか。
-例えば、血糖値を計測することで私たちの生活ってどのように変わるんですか?
志連:皆さんに実感していただけるよう、日常的なところでお話ししますね。「血糖スパイク」ってご存知ですか。
-食後に血糖値が急上昇して、急降下を起こす状態ですよね。
志連:そうです。食後に眠くなったりイライラしたり、倦怠感を持たれた経験ってあると思うんです。これは「血糖スパイク」が原因のケースが多いとほぼ判明しています。日常的に血糖値を測ることで、こういった状態をコントロールすることができるようになるんです。自分のスケジュールに合わせて食べるものを変えたり、人生の中で有限な時間をより有意義に使えますよね。
-確かにそれは便利かもしれませんね。
志連:これは一つの例で、実際には血糖値+血圧などバイタルデータの掛け合わせによる相関はこれからさまざまな結果がわかってくると思います。もっと細やかに自分自身のカラダやココロの状態を理解して生きていけるようになるだけでも、生産性も上がりますし、社会は変わると思うんです。
予防医療を食からデザインする。
-志連さんは、医療と元々全然違う専門の事業を手がけていたとお聞きしています。
志連:社会人になってからずっとクリエイティブ 業界にいて、何社か経てから、2009年にスキーマというデザイン会社を創業しました。現在はTHE PHAGEと2社を経営しています。スキーマでは、アプリのUI/UXデザインなども手掛けていたので、それは THE PHAGEでも役に立っていますね。
-THE PHAGEのホームページでも志連さんはデザイナーとして記載されていますよね。
志連:デザインで扱うものって今では非常に広義です。単純なデザインだけでなく、事業設計や採用計画、生活全般をデザインすることもその範囲だと思うんです。だから医療であってもそんなに違和感はなく手掛けていますが、分野は確かに違いますよね。
-THE PHAGEのミッションも独特で「おいしい食事を多くの方にお届けすること」と記載されています。メドテック企業にしては珍しいですよね。
志連:そもそもPHAGEは「食べる」って語源から名付けました。私たちはメドテックでもあり、グッドフードカンパニーとして立ち上げたかったんです。生活習慣の中でも、特に「食」が原因で、病にかかることってすごく多い。だからこそ、誰もが楽しく予防医療できるためには、食生活・食文化に至るまで考えておく必要があると思ったんです。
-どう言うことですか?
志連:例えば、お医者さんや管理栄養士さんに指導された食事は、体には良くても精神的に良いかは別ですよね。「おいしい!」って思えることって、ココロにとってはすごく大事なことだったりします。データだけを蓄積していくと、そういう体に悪いけど「おいしい」って思えることが失われてしまう事態も起こりかねませんよね。
-あぁ…確かに。
志連:私たちはデータを扱う企業ですけど、データ社会の果てに豊かさが失われるのは嫌なんですよ。だからこそ、食生活・食文化に至るまで考えていく会社にしたいと思っているんですよね。私もたとえ体に悪いと分かっていても、リスクを覚悟で、ハンバーガーも食べますし、カツカレーを大盛りにして食べちゃいますし(笑)。
-(笑)。
志連:それを選択できると言うのが豊かさでもあると思うんです。なので、データ解析とともにそういった医療も含めた食育のような文化を創ることが必要だと考えています。
-「医食同源」というか、予防医療を突き詰めていくと、食から考える必要があったんですね。
志連:むしろ、予防医療とかバイタルデータって、どうやっておいしいものを食べて健康に生きていくかって言うのを、ずっと手前からデザインするためのものなんです。「食べること=生きること」だって考えています。結果としてすごく自然にたどり着いたんですよね。
-体がしっかりしてこそ、おいしいものが楽しめますし(笑)。
志連:シンプルにおいしいものを食べてる時が一番幸せじゃないですか(笑)?
-はい(笑)。
志連:病気にならずに楽しく生きていくためにも、今の自分のデータと照らしながら、選択ができる社会になるといいなと思います。選択できるというのは、すごく大事なことだと思うんですよね。これができる未来を作りたいなと思うんですよ。何かを誰かに一方的に決められたり、縛られたり、受動するしかなくなるのは嫌なんです。たとえそれがちょっと体に悪くても、自分で選択できる状況にしたいと思っています。
-データを使うことで、自由がなくなる未来は嫌ですもんね。
志連:データに関するプライバシーの問題は非常にナイーブになる方が多いと思いますし、私たちも細心の注意を払って扱うべきだと思っています。データまみれになった世の中が、結果的に差別が生まれたり、息苦しくなることは僕自身も望みません。パーソナルなデータがこれからどれくらい民主化するのかも分からない。
だけど、僕は 経営学者ピーター・ドラッカーの「未来を予測する最良の方法は、未来を創り出すことである」という言葉がすごく好きなんです。THE PHAGEで、より良い未来を創りたいと思っています。
これからの世界で失いたくないもの。
-では、最後の質問です。志連さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?
志連:「食べること」ですね(笑)。何かを食べるってことは、生きてることも感じられますし、幸せだし、楽しい。豊かさそのものではないかと思うんですよね。毎日のことで慣れてしまっているかもしれませんが、すごく尊いことだと思うんです。
-あぁ忘れてしまいがちですよね。
志連:食べている瞬間は、それこそ誰もが平等に幸せを感じられるんじゃないかなと思うんですよ。その時の幸せって何ものにも代え難いと思います。豊かさを失わないためにも「食べること」を大事にしていきたいと思っています。
Less is More.
予防医療というと堅苦しいが、「誰もが幸せに、好きにご飯を食べていける世界」と考えると、誰もが良い未来だと思える気がしたインタビューだった。
デジタル化・DX化の果てに私たちが描かなければいけないのは、壮大な未来ではなく、少し良くなっている日常なのかも知れない。
(おわり)