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ハンドボールチーム・琉球コラソンが描くこれからのスポーツのあり方。代表・水野氏/GM石田氏インタビュー<前半>

ハンドボールのクラブチーム「琉球コラソン」をご存知か。日本にも数多くあるハンドボールチームのほとんどが実業団チームとして企業の福利厚生の一環として運営される中、母体企業を持たないクラブチームとして独立して運営を続ける琉球コラソンについて、代表の水野氏・ゼネラルマネージャーの石田氏にお話を聞いてみた。元々現役選手と運営を兼任する両氏ならではの選手・運営両者の視点からバランス良くスポーツ業界のこれからについて語ってくれた。

(写真右から)
水野裕矢/1980年生まれ。2011年 株式会社琉球コラソンCEOに就任。2011年日本トップリーグ連携機構優秀クラブチーム賞・優秀マネージメント賞受賞。2005年現役選手時代に新人賞受賞。
石田孝一/2019年 株式会社琉球コラソン・選手兼ゼネラルマネージャーに就任。2008年琉球コラソン入団。2020年の引退までゴールキーパーとしてチームを支えた。

↑琉球コラソンの公式ホームページ。

現役選手が琉球コラソンを運営するまで。

-まずは、お二方のハンドボールのキャリアについて教えてください。

水野:私は、山梨県で小学生の頃に地元のハンドボールクラブに入って出会いました。全国大会で活躍するチームでエースをやっていたりしたんですが、大学卒業後はしばらく実家の家業を継いだんですね。

-一度、ハンドボールをやめてらっしゃるんですね。

水野:そうなんです。周りの仲間たちが実業団で活躍する姿を見て、自分ももう一度、関東のチームに入団したんです。入団一年でチームが解散してしまったタイミングで琉球コラソンができたので、ハンドボールを続けるために沖縄に来ることになりました。

琉球コラソンの代表・水野氏。現実を見据えて、慎重かつ力強く語る姿が印象的だった。

石田:私は大阪出身でたまたま地元にハンドボールクラブがあった。小学生から大学まで選手を続けてきて、夢のトップリーグに行ける予定でしたが、色々あり夢が叶わず、一度諦めたのですが、琉球コラソンが誕生し、家族の後押しともう一度夢を追いかけたいという気持ちから、トライアウトを受けて入団しました。

琉球コラソンのゼネラルマネージャー・石田氏。水野氏を支えながら、新しいことに次々とトライする姿が素敵だった。

-お二方とも選手としても同期なんですね。今では、お二方とも琉球コラソンの運営をしていると思うんですが、どういった経緯で運営をされるようになったんですか?

水野:実は、チーム入団2年目に突然オーナーがいなくなるという事件がありまして…。チームの2年目にキャプテンだった私がそのままチーム運営も兼任することになりました。

-えぇ!?現役選手も続けながら運営も!?

水野:本当に大変だったんですよ。突然オーナーがいなくなりましたので、当時のスポンサーも当然離れてしまいますし、ファンも離れてしまいました。日本ハンドボールリーグも支援をいただけるとのことでしたので、当時のメンバー全員で話して、2年目以降も存続しようと決意したんです。

石田:当時は、入団したものの、聞いていた話とまるで違うような運営状況でしたね。水野が代表に就任してからは、選手全員でこのチームを盛り上げようということで再スタートをきりました。琉球コラソンの運営会社・株式会社琉球コラソンには、2012年に入社しました。それまでは水道局で働きながらハンドボールを続けていたんですが、水野が一人で球団の運営をする姿を見ていて、彼の力になりたいと思って、何も考えずに雇ってくれと言いました。

水野:そういってもらえてすごく嬉しかったんですが、雇うお金もないような状況でしたね(笑)。

石田:なんとか捻出してもらえましたが、水野との約束は自分で自分の給料は稼ぐということで、その部分を必死に守ってきました。2020年に、ゼネラルマネージャーの打診をいただき1年間は選手兼任で活動しましたが、翌年にユニフォームを脱ぐ決断をしました。

-ゼネラルマネージャーってどんな仕事なんですか?

石田:基本的には選手の補強や運営会社とチームの間を取り持つような役割です。なんですが、現状のコラソンにおいてはとにかく人も足りていないので、運営全般を手掛けています。

-それにしても代表が突然いなくなったり、選手をやりながらで運営をするのはとても大変な状況ですよね。

水野:当時は、本当にマイナスしかないような状況でしたね。私財を数百万単位で突っ込んだり、選手が自費で遠征に行ってもらったこともあるくらいです。私自身、元々スポーツビジネスを学んでいたわけではなかったですし、営業なども本当に一から始めました。家業を手伝った経験があったので、それも少し生きたのかもしれませんね。とにかく最初の2年くらいは本当に色々勉強しながら手探りで運営を続けました。

-なるほど。

水野:苦しみながらも運営を続け、チーム発足5年目にメディアでも注目されたり、チーム運営がうまくいきだしたんですね。自分が引退した7年目に全ての大会でベスト4以上の好成績を獲得することができました。引退後も、チームに育ててもらった意識が強かったので、そのまま今に至るまで運営を続けています。

沖縄でハンドボールが盛んな理由。

-沖縄は、知る人ぞ知るハンドボールが盛んな地域ですが、なぜこれほど盛り上がっているのですか?

水野:特にここ浦添市は、すごく盛んですね。普通の地域だと、複数の学校でチームを一つ持つような形態なんですが、浦添市では、ほとんどの学校ごとにチームがありますし、週5~6で活動しているチームも多いです。これほど盛んなのは日本全体で見ても浦添市くらいじゃないかと思いますね。

-沖縄の中でも特に浦添市のハンドボール熱が高いのはなぜなんですか?

水野:情熱的な先駆者が盛り上げてくれたりとかいくつかの理由はあると思いますが、ベースには経済的な社会背景があるのかなと思いますね。同じような要因で沖縄県中部の北谷地方とかはバスケットボールが盛り上がっていたり、エリアである程度盛んな競技の差はありますね。

-そうなんですね。

水野:サッカー野球よりもお金がかからず楽しめるスポーツ…。なおかつ、チームで盛り上がれるというのは、すごい魅力のあることです。この地域では「身近」であるというのがとにかく盛んな理由ではないかと思いますね。

マイナースポーツ運営の問題。

-これは、ハンドボールだけに限った話ではないのですが、マイナースポーツ全般でマネタイズやチーム運営など問題が多くあるように思います。

水野:ハンドボールは世界規模で見ても、まだまだメジャーなスポーツに比べて食えない状況です。世界で見ても1億円以上の年棒で選手契約しているのは10人もいないんじゃないかな。日本人では間違いなくいないですね。自分達も楽しいからこそ続けてきているわけですから、食える/食えないというのが基準ではないですが、チーム運営を考えると色々な問題はありますね。

-現状ですと、選手はどのような状況ですか?

水野:現在は、デュアルキャリアとして、基本的にフルタイムで働いて、仕事が終わった後に練習を続けています。理想の選手給には届いていませんので、すべての選手が副業としてハンドボールを続けているような状態です。

-練習も拝見しましたが、かなりハードな練習を週6日続けてらっしゃるので驚きました。

水野:そうなんです。これだと体のケアもできませんし、家族との時間も取りづらい。そういった仕事時間とのバランスをとっていくことは私たちの大きな課題ですね。とはいえ、そういったデュアルキャリアにはいいこともあると思うんです。

練習は週6で仕事の後に行われる。毎晩22時近くまでハードな練習が続く。

-どんないいことがあるんですか?

水野:これはマイナースポーツだけに限った話ではないですが、スポーツだけで一生生きていくのはかなり至難の技だと思うんですよね。体力の限界もありますし、怪我や故障もあります。大抵のスポーツはプロだったとしても30代半ばで引退してしまうと、そこからは社会人としての人生が待っていますよね。

-あぁ!セカンドキャリアの問題が発生すると言うことですね。

水野:本当の意味でスポーツを楽しむためにも、一社会人としての生活をしながらプレイすることはとても大事だと思うんですよね。そのためにもデュアルキャリアを推奨しています。そういった意識をベースに、スタープレイヤーとして、ハンドボールだけで生計を立てるプレイヤーが出てくるのが理想かなと思います。突然全員がスポーツで生計を立てるのでなく、チームや業界全体で、バランスを取っていくのが私たちだけでなく、マイナースポーツ全体の課題だと思うんです。

石田:セカンドキャリアは本当に難しい問題ですよね。完全プロにしないことで、社会性を獲得しながらできるのはすごくいいことですよね。セカンドキャリアをプレッシャーに感じることなくハンドボールを楽しむことができると思うんです。

-あぁ。確かに純粋に楽しめるのかもしれませんよね。

石田:チーム全体で、就職先を紹介できたりするようなシステムというのも、一つの可能性としてあると思いますね。ですが、そういった補償があることで、好きなことを仕事にすることへのストイックさが失われていくようにも考えています。

-ある種のハングリー精神が失われると言うことですね。

石田:メジャースポーツのプロ選手や、パラリンピックの選手と話す機会があったのですが、ハンドボール業界全体でのアスリートとしての意識が、まだまだ低いように感じました。

水野:プロがないことで、世界で活躍できる運動能力を持った子供たちはメジャースポーツを志してしまうので、マイナースポーツでスタープレイヤーが生まれにくくなってしまうんですよね。

マイナースポーツを活性化するには?

-実際、どのようにすればハンドボールを含めたマイナースポーツが活性化するとお考えですか?

水野:現実的には、給与面などの整備をすることで、意識が高まるというのはあると思います。環境を作りつつ、選手たちの意識も高めていくしかないかなと思いますね。突然プロ制度が導入されたり給与面が劇的に改善しても、選手たちの意識はそんなにすぐは変えられません。運営側の思いを伝えながら、バランスよく整備していくしかないと思いますね。

-琉球コラソンは、競技人口も多い地域の経済的な希望にもなるのかなと思うのですが、そういった思いはありますか?

水野:正直言うと、運営を始めた当初は、仲間達とハンドボールが続けたいという思いに動かされてやってきました。ですが、「沖縄から世界へ」「ハンドボールをみんなに伝えたい」と言う本来の理念に立ちかえることで、地域に貢献することの大事さはどんどん増していきました。今では、地域の子供たちやスポンサーと共に少しずつ豊かな未来に向かって進んでいくことがとても大事だと思っています。

石田:色々な事業展開も考えています。例えばジムや整体とか。一つのチームで色々な雇用形態も生まれますし、琉球コラソンを中心とした経済循環を作って行けたらいいなって思っています。

水野:マイナースポーツ全般で言えるかもしれませんが、試合数が少なかったり、経済的な循環を回すためのインフラが弱いんですね。コラソンは一番お金のないチームですけど、こと興行性に関しては、かなり収益性が高いと思います。今は私たちもハンドボール業界全体に提言したりすることで、少しずつ業界全体に変化があるのかなと思っていますね。

-すごく特殊なチームなんですね。

水野:マイナースポーツというのは、そういった試合や興行という全部の運営にまつわるインフラ全体が弱いからこそマイナーなままなのかもしれませんね。

(後半につづく)

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