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DIYバイオが既成概念を失わせる。バイオハッカーふぇちゅいん氏インタビュー。

バイオハック、ストリートバイオ、キッチンバイオ…呼び方は様々であるが、今、高価な研究施設を必要とせず、自宅にてDIYでバイオの研究をするムーブメントが世界中で起きている。人工肉の生成から、コロナウイルスのPCR検査(!)まで、100円ショップやホームセンター、身の回りで手に入る安価なアイテムを駆使し、ハードルが高いと思われた遺伝子研究をする。その軽やかな姿勢は「バイオパンク」とも呼ばれている。バイオハッカージャパン主宰のふぇちゅいん氏に話を聞いてみた。きっと、バイオに対する既成概念が失われるはずだ

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ふぇちゅいん:理学博士。大企業・研究機関に頼らないバイオ研究を志すバイオハッカーとして、HPバイオハッカージャパンを運営。普段は会社員のため、顔出しNG。

DIYバイオってなんだ?

-DIYバイオ歴はどれくらいになるんですか?

ふぇちゅいん:アメリカでDIYバイオが盛り上がり始めて「バイオパンク」という本が出たのが2012年。私は、日本に誰よりも早く導入してやろうと思い、2013年にバイオハッカージャパンというDIYバイオを紹介するサイトを始めました。

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↑「バイオパンク DIY科学者たちのDNAハック! 」マーカス・ウォールセン著
↑ふぇちゅいん氏が運営するサイト「バイオハッカー・ジャパン」。

-そもそもDIYバイオって、どういうムーブメントなんですか?

ふぇちゅいん:じつは、DIYバイオのはじまりっていうのはすごくシンプルなんです。一言で言うと、新しい生物を「DIYしたい」という願望から始まっている。始まりは合成生物学。一言で言うと、そうなんですけど、動物はもちろん、植物なども研究範囲内。割と幅広い分野なんですよね。

-キメラを生み出すようなことを想像してしまいます。

ふぇちゅいん:倫理は置いておけば、キメラを生み出すというのとそう変わりはないかもしれません。ただ、実際には簡単に出来ることはもっとマイルドです。もう少しイメージしやすくすると…例えば、私は自宅で植物の新種を作りたいと思っています。今は、発芽しない種を使って細胞1つから植物を「培養」して芽を出させるのにチャレンジしているところです。遺伝子を直接いじると色々と法律もあるので敷居が高いですが、突然変異を利用して「品種改良」を進めるのも十分に新しい種を作ると言えますね。

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上:パクチーの発芽実験
下:無菌状態を作る装置
共に自宅の一室のラボで行っている。

-あぁそうか、そういうレベルでも「新しい生物」を生み出していると言えますね。そういった発想…もっと言えば、DIYバイオの研究テーマってどういうことから生まれるんですか?バイオの素養がないと、そもそも何を研究したらいいか、その糸口が掴めないですよね?

ふぇちゅいん:今こういうご時世というのもあるので、自宅でコロナウィルスのPCR検査を目指すのはどうでしょうか?PCR検査もそうなのですが、診断チェック系は意外とハードルが低いです。診断チェックというのは、例えば髪の毛一本拾ってきて、DNAが男性の物か女性の物か診断する事は、割と簡単にできるんですよ。

↑ふぇちゅいん氏は、なんと自宅にて、DIYで新型コロナ検査を実行した。

-ハードルが低いとはいえ、そんなに簡単に出来るものなのでしょうか?

ふぇちゅいん:僕の場合は装置を自作したりもしたのですが、クラウドファンディングから始まったBento Bioworks社のBentoLabの実験装置は約10万円で買えます。日本では試薬を個人で手に入れられないので、韓国から冷凍の試薬を購入する必要がありますが、それが輸入費用も合わせて2万円程かかります。たしかにコスト的には気軽にオススメ出来る現状でないのですが、逆に言えば12万円あれば自宅で誰でもPCR検査などの診断チェックは可能なんです。

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↑【Bento Lab】の実験装置
右上から左回りに、サーマルサイクラー、遠心分離機、青色LEDトランスイルミネーター、 ゲル電気泳動装置、 液晶画⾯,操作⽤ダイアル/ボタン。これ一台でDIYバイオの基本装置が全てフォローされている。

-すごいですね。DNA鑑定ってもっとハードルが高いのかと思っていました。私たちが無知なのかもしれませんが、他国に比べ日本のDIYバイオカルチャーは、遅れをとっているような気がしますが。

ふぇちゅいん:原因ははっきりしていて試薬が手に入らないことが大きな原因です。1995年の地下鉄サリン事件以降、日本では個人が試薬を手に入れることがほぼ不可能になってしまったんです。法的に禁止されているわけではないのですが、どの業者さんに問い合わせても「個人には販売しておりません。」と返答されます。これは、私自身がかなり数多くの試薬会社、試薬卸会社に直接連絡してみた結果、わかったことなんですが。

-DIYバイオが波及しない原因としてはけっこう大きな問題と思えますね。

ふぇちゅいん:そうですね、国内では研究用の塩ですら手に入らない現状ですからね。広がらないハードルは他にもあって、まずそもそもハードルが高いと思われている。あとは面白いという事が示されていない。そして必要性がないと思われている。これらも大きな原因だと思っています。

-たしかにまだ身近に感じられていないかもしれません。

ふぇちゅいん:僕は必要性はあると思うんです。いや、正しくはいずれ必ず必要になってくると思っています。例えば家庭で簡単に肉を培養出来たらニーズはありますよね。極端な話にはなりますが、スーパーより安いコストで自宅で肉が作れたり、コンビニで買えるものだけで手軽にコロナのチェックができたらみんなやると思うんですよ。今でこそ電気自動車は身近になっていますが、はじめの段階ではピンときてない人がほとんどでした。しかし冷静にロジックで考えると、いずれ石油がなくなる事がわかっているので、電気自動車にシフトするのは当然なんです。それと同じで、5年先か10年先か100年先かわからないけど、それと同じでDIYバイオの時代はくると確信しています。

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培養肉-動物を殺さない未来はくるのか?

-肉の培養の話が出ましたが、詳しく教えて頂けますか?

ふぇちゅいん:培養肉は海外ではだいぶ盛り上がっています。きっかけはやはり動物を殺したくないからってところからきてると思います。

-海外の方がヴィーガンや宗教上の理由で菜食主義も多いですもんね。

ふぇちゅいん:牛、豚の飼育が環境に良くないとも言われてますよね。ま、複合的な理由で人類は「動物を殺したくない」。
今は生き物が生き物を殺して食べるのは当然ですけど、でもいずれ培養して食べられる肉が出来るのであれば、豚や牛を殺さないですよね。いずれ人類はそういう暮らしになると思うんです。

-培養肉は現在どのくらいのレベルまで実現しているのですか?

ふぇちゅいん:夢のあることを言いたいのですが、正直なところを言うと、数回の分裂を繰り返して見えないサイズから見えないサイズへ細胞が増えている。というのが現状です。しかしゴールがちょっと遠いだけで可能性自体はあります

-可能性があるんですね。

ふぇちゅいん:はい。他にも培養液に凄くコストがかかるのも問題ですね。細胞は体内の成分に近い液体に浸けて、栄養を取ることで増殖するんです。だから、大きくするためには培養液が沢山必要になります。いずれも原理的には可能で、単なる「効率」の問題です。こういうことは歴史的に見てもいずれ解決されるはずです。

-結局成長させるための栄養が大量に必要になるんですね。

ふぇちゅいん:ちなみに、日本には培養肉に関して世界でも最先端を行っている「Shojinmeat」という団体があり、僕もたまに参加しているのですが、そこでは色々な人が培養肉に自宅でチャレンジしていますよ。そこでの研究によると、清涼飲料水の『DA・KA・RA』は培養液にそっくりな組成で出来ているんですよ。「培養」は、ハードルは高いけど、すごく楽しいですね。

↑ふぇちゅいん氏も参加中のShojinmeatの公式サイト。

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「ゲノム編集」も自宅でできる。

ふぇちゅいん:クリスパー・キャス・ナイン(CRISPR−Cas9)って言葉を聞いたことはありますか?遺伝子を編集する機能をもったある種のナノマシンとも言ってもよいタンパク質になります。今、様々な事が出来るこの手のナノマシン(タンパク質)がどんどん開発されています。ゲノム編集とかって難しい言葉のように聞こえるんですが、あれ実際に行うことって、液体をかけるだけなんですよ。

ーそうなんですか!もっと難しいそれこそ、なんか電子顕微鏡とかナノレベルのピンセットとか必要だと思っていました。

ふぇちゅいん:ゲノム編集をしようと思ったら、必要な試薬(ナノマシン)があればそんなにハードルが高くなくできるんですよね。「青いパクチーを作る」ことを例にします。

-はい。

ふぇちゅいん:今、いくらでも元の遺伝子の配列情報ってネットで手に入る時代なので、まずは、パクチーの遺伝子配列を検索します。そしたら、その中から「色素」に関する配列を探し、PC上で遺伝子配列を編集する計画を立てます。パクチーに入れ込む青色の遺伝子を別の動植物から探してくることも必要です。

-遺伝子配列がオープンソースになっていることすら衝撃です。

ふぇちゅいん:今のナノマシンは1つにつき、1つの動作しかできないものなので…

①元の色素に関する配列をカットするナノマシン
②青色の配列を置いてくるナノマシン

の2つを調べたDNA配列データをもとに海外の会社に発注します。たったそれだけで、1~2週間ほどでナノマシンを手に入れる事が出来ます。

-海外だと、一般人にも、門戸が開かれているんですね。

ふぇちゅいん:上記の手順は極端に簡略化したもので実際は色々とノウハウがありますが、ナノマシンといっても、小さなプラケースに液体が入っているだけで、実際に行う作業は注文して届いたナノマシン(タンパク質)なり、DNAをどの手順でふりかけるかだけです。難しいのはPCの中で計画を立てるところですね。勿論、遺伝子編集した作物を世の中に流通してはいけないって法律はあるので、気をつけてくださいね。

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↑家族用の冷蔵庫で薬剤を保管する事を反対され、ラボに専用の冷蔵庫を設置。

DIYバイオのこれから。

-ふぇちゅいんさんのご自身の目標はなんでしょうか?

ふぇちゅいん:DIYバイオシーンを盛り上げる事自体が目標です。やはりものすごく手の込んだ装置を自作して、海外から試薬を手に入れたりってハードルがあると、みんな気軽に出来ないですよね。ある程度、裾野が広がって、日本の企業も個人に試薬を販売するようになれば、そのハードルもグッと下がって盛り上がると思うんですよね。やはり一人では何でも限界はありますし。今はその為の雰囲気作りをやっているような感じです。個人の活動の目標では、毎日当たり前のように研究室でやっていることを個人の自宅でやれるレベルにするという感じですかね。

-シーンが盛り上がるとどのような事が起こると予想されますか?

ふぇちゅいん:企業も研究所も意味のないことはやらないし、大学の研究テーマも既に他人がやっていることはやらないですからね。実験が個人のレベルに落ちることで“面白い事”って増えると思っています。「実験のミスが発見に繋がるケース」って沢山あって、信じている事が勘違いだったって話はいくらでもあります。参加する母数が増えることで、そういった発見も増えてくる。そもそも“面白い事”って個人が思いつく事だと基本的に思っていますね。

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不老不死は個人で目指せる。

-自身の健康管理の為にも利用できそうですよね

ふぇちゅいん:そうですね。自身のサイトで『不老不死』についてもまとめていて、少しだけ寿命を延ばす技術って研究段階ではいくらでもあるんですよ。

↑ふぇちゅいん氏が運営するもう1つのサイト「アムリタ不老不死研究所」。

しかしそれを一般に普及するレベル、薬の段階まで落とし込むには物凄く時間がかかる。例えば植物に含まれる物質がガンを抑制するという情報があったとしても薬になるのは、あらゆる角度から臨床実験をして、10年以上先になるわけです。そんなに待ってられない状況であれば、論文を読んで自分で作って飲んでみよう…って事も可能になるわけです。

-個人で薬を作れちゃうんですね。

ふぇちゅいん:実際に海外ではインスリンをDIYする話が盛り上がっています。日本は保険もあって安く手に入れる事が可能ですけど、海外だと経済的な面で手に入れられなくて、体調崩して命を落とすケースも多いんです。少なくともDIYした薬剤を自分に投薬する分には、法的にも問題はないですから。ただ、潜在的には危険な部分を持ち合わせている事実としてありますけどね。

これからの世界で失いたくないもの。


-最後に、ふぇちゅいんさんにお伺いします。世の中から絶対に失くしたくないものは、何ですか?

ふぇちゅいん:外出です。バーチャルでいいじゃん、オンラインでいいじゃん、在宅勤務でいいじゃんって流れが凄く嫌ですね。人と会うということがすごく大事。離れた状態で子孫を残し、今に至っている生物は、未だかつていないわけですから

Less is More.

ふぇちゅいん氏の「とにかく面白そうと思ったらやってみよう」という基本姿勢は軽やかで、パンキッシュだった。

どうだろう?自宅でコロナウイルスの検査ができ、ゲノム編集ができ、培養肉を作り、不老不死を目指す…。既成概念が消失するようなDIY研究の数々。

例えば、ミュージシャンが、DTMソフトのおかげで自宅録音の裾野を広げ、今やベッドルームから世界で愛される楽曲を作り出すように、DIYバイオはこれから裾野を広げようとしている。驚くような未来はここからスタートする。

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(おわり)



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