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日本のシビックエコノミー再考。失われた当事者意識を取り戻す。編集デザインファームTOKYObeta代表・江口晋太朗インタビュー。

「シビックエコノミー」どうも単語としては知っていても、具体的に活動を思い描ける人は少ないのではないだろうか?世界では、シビックエコノミーと呼べるような活動が活発化する中、なぜ日本では広がらないのか。そして、そもそもシビックエコノミーとはなんなのか?
2016年にリリースされた書籍『日本のシビックエコノミー〜私たちが小さな経済を生み出す方法〜(フィルムアート社)』の執筆も担当した編集デザインファームTOKYObeta代表・江口晋太朗氏にお話をお聞きした。

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江口晋太郎:1984年生。福岡県出身。TOKYObeta代表。編集者、プロデューサー。「都市と生活の編集を通じて、誰もがその人らしい暮らしができる社会に」をテーマに、都市や地域の経済開発、事業創造、ブランディングなどに取り組む。著書に『実践から学ぶ地方創生と地域金融』(学芸出版社)『孤立する都市、つながる街』(日本経済新聞社出版社)『日本のシビックエコノミー』(フィルムアート社)他。

-江口さんのキャリアを簡単にお教えください。

江口:高校を出て、国家公務員を3年ほど経験してから大学へと行きました。大学では社会学を専攻していて、それが今の活動の基盤になっているのかなと思います。大学在学中からフリーランスの編集・ライターとして、スタートアップメディアの立ち上げや企業のオウンドメディアを請け負ったりしていました。

-在学中から活動されていたんですね。

江口:雑誌『WIRED』日本版の編集や企業のコンサルティング案件などを手がける一方、ネット選挙解禁を推進するキャンペーンのプロデュースやNPOなどのソーシャルビジネスの推進に携わるなかで、「シビックエコノミー」という言葉にたどり着きました。

-本日は、江口さんに「シビックエコノミー」について色々聞いていければと思います。江口さんも企画・執筆された書籍『日本のシビックエコノミー〜私たちが小さな経済を生み出す方法〜(フィルムアート社)』がリリースされたのって2016年ですよね?

江口:そうですね。もともと2014年に出版された『シビックエコノミー〜世界に学ぶ小さな経済のつくり方〜(フィルムアート社)』を受けて、日本版を作ろうと出版社が考え、その企画からお手伝いしました。

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↑江口さんも参加された「シビックエコノミー〜世界に学ぶ小さな経済のつくり方〜(フィルムアート社)」

-江口さんは、それ以前からシビックエコノミーについては、リサーチされていたんですか?

江口:東日本大震災以降の自助・公助・共助が見直される中でも「共助」の部分……例えば地域コミュニティの希薄さなどが問題視されていました。平行して、人口減少の問題などから「地方創生」への流れがあるなかで、改めて地域の当事者性(シビックプライド)の醸成やそれらを取り巻くコミュニケーションデザインなどを含めて、地域・コミュニティのあり方を深掘りしていました。そうした活動や情報発信をしているなかでシビックエコノミーという言葉にも出会い、本づくりにも携わるようになりました。

-なるほど。

江口:2000年代から2010年代にかけて、世界的には、リアルタイムでシビックエコノミーが広がっている最中だったのですが、日本ではまだそこまで注目されていなかったかもしれません。

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シビックエコノミーをどう理解するか。

-「シビックエコノミー」ってなんとなく、日本では正しく理解されていないのかなと思います。

江口:有り体な説明ですと「市民参加型の持続可能な活動・事業・経済」です。キーになるのは、「市民参加型」「持続可能」「活動・事業・経済」この3つの要素だと思います。それぞれの解釈も人それぞれなので、わかりづらくなっているのかなと思います。

-いわゆる企業が行う経済活動との差が分かりづらくも思っています。

江口:前提として「経済活動=エコノミー」の捉え方の差についてお話すると、経済活動全般が本来的には「貨幣を通すもの」ではないんですね。エコノミーの語源として、「共同体」「コミュニティ」が円滑になるための活動こそが「エコノミー」であると定義すると「シビックエコノミー」が理解されやすくなると思います。

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-あ、企業とか利益とかそういうことでなく、「暮らしやすくする活動全般」と捉えるみたいな。

江口:海外ですと、経済活動というのが貨幣と強く結びつくというよりは、広義で「社会活動」の一部分として捉えているように感じます。日本の場合は「経済活動」がイコール「貨幣経済」を前提しているので、「シビックエコノミー」が理解されづらいのかなと。

-前提が違うということですね。

江口:言葉としては理解がされていないかもしれませんが、日本独自の「シビックエコノミー」と言えるような相互扶助のシステムというのは実は歴史的にもあるんです。例えば今でも各地の村や町に残る「結」や「頼母子講」などは、シビックエコノミーのひとつと捉えることができます。同じく、沖縄で100年以上続く「共同店」なんかも日本独自のシビックエコノミーとして捉えられるかもしれません。「シビックエコノミー」と言われていないだけで、100年以上続くような相互扶助のシステム、コミュニティの存続と豊かさに貢献するためのシステムというのは、実はシビックエコノミーという枠組みで再評価できるものではないかと思います。
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-なるほど!

江口:もちろん、現代における「持続可能性」を考えた時には、ある程度の利益なり貨幣経済と結びつくことは必要かもしれませんが、必ずしもすべてを貨幣経済にコミットのではなく、オルタナティブなあり方を模索しようとすることがシビックエコノミーの特徴ではないかなと思います。

-あとは、現在ですとソーシャルビジネスとの差も見えづらいところですよね。

江口:その通りですね。ソーシャルビジネスというのは、例えば「環境」「貧困」というような大きな問題を前提にソリューションを考える。社会問題解決というアウトカムに対してバックキャスティングするのが特徴です。シビックエコノミーの場合、アウトカムのレベル感がもう少し日常と地続きで身の回りの問題解決、もっと言うと身の回りの関係性を円滑にすることが主です。もちろん、コミュニティを維持するためには環境や貧困問題とも結びつくわけですが、例えば「町のゴミを拾いましょう」というアクションを一つとっても、環境問題の解決を前面にするのか、地域への愛着を高めるためにゴミ拾いをしよう、となるのかで捉え方が変わりますよね。

-やっていることは一緒かもしれませんが、どう見るかみたいなことですね。

江口:そうですね。その考え方・視点という部分が大事で、シビックエコノミーの場合、身近なコミュニティの持続可能性に寄与する考え方がとても大切です。つまり、「シビックエコノミー」の「シビック」の部分についてきちんと理解する必要があると思うんですね。

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失われたデモクラシーの意識。

-シビックは日本語で「市民の〜」や「市民性」と訳されますよね?

江口:そうですね。「市民(性)」という言葉そのものの日本における扱い方も考える必要があります。ここで言われる「市民性」という内容は、ヨーロッパなどではあたりまえに「デモクラシー」の文脈で理解されているんです。

-デモクラシー=民主主義…政治的なということですか?

江口:政治的な意味合いも含めて、社会や街の問題をきちんと自分たちの問題として捉え、自分たちで解決していこうという考え方がきちんとあるんです。自分たちの生活を自分たちでよくしていこうという自律性・主体性がある。なので、デモクラシーでもあり、シビックなアクションでもあるという前提のもとにあるのが「シビックエコノミー」なんですね。

-あぁ。日本でシビックエコノミーが浸透しにくいのは、そもそも前提となる主体性みたいなものが薄いからかもしれませんね。

江口:自律性・主体性というのは、シビックエコノミーを実現するキーワードかと思います。日本の場合デモクラシーの考えが成熟しきれていないせいか、「みんなの問題をみんなで解決する」という発想になりにくい。これをビジネスに置き換えると、トップの個人的な思いをどうやって実現するかという話にもつながります。もちろんそれが、結果的に社会問題の解決になる場合もあります。ですが、シビックエコノミーというのは、やっぱり結果に至るまでの気持ちや思想、集合知のデザインなのではないかと考えています。

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-「デモクラシーの概念が薄い」というのは、確かにそういう気もしますね。

江口:江戸時代を振り返ると、幕府により統治がありつつも、地域において住民らによる主体的な統治なりコミュニティもしっかりしていて、ある種の持続的な関係性が構築されていました。しかし、明治時代以降、急激な近代化のために政府主導で社会変革を推し進めたことで、近代において「デモクラシー」を育む要素は無くなってきたようにも感じます。

-あぁ歴史的にも失われてしまった感覚なのかもしれませんね。

世界と日本。シビックエコノミーの差。

-世界のシビックエコノミー事例とかなり温度差があるようにも感じています。

江口:それは私も感じますね。事例だけを並べると、結果「地方創生」みたいな話と思われてしまったりします。事例ごとにきちんと見るとやはり本質は違うものかなと思いますが、アウトプットされたものだけをみてもなかなか伝わりづらい部分でもありますね。日本で広まらないもうひとつの原因は、主体となる組織形態の少なさというのはあるかもしれません。

-組織形態?

江口:例えば、日本では株式会社・NPO法人などいくつかの組織形態しかなく、非営利型のアソシエーションが少ないという指摘があります。イギリスでは非営利組織が事業活動を行いやすくするため、CIO(Charitable Incorporated Organisation:公益法人、チャリティ法人)やCIC(Community Interest Company:コミュニティ利益会社)などがあります。BCorp認証のような社会的企業の認証システムも世界では広まっています。古くからある協同組合も最近見直されつつありますし、日本でもワーカーズコープの法改正が起きるなど選択肢は増えつつありますが、組織への資金繰りや支援体制含めてまだまだ株式会社の優位性が強いといえます。

-なるほど。

江口:フォーマットが少ないがゆえ、経済活動において営利企業である「株式会社」しか評価がされにくい。限られたフレームワークの中で、私たちのアソシエーションへの意識が、気づかないうちに限定されているんですよね。どういう組織にしていくかというのは、意外とこういったフレームワークによって規定されてしまう側面はあると思います。株式会社のフレームワークの中で最適解を出そうとしたら、それはもう資本主義・貨幣経済の正解を前提としたものになりがちなのです。

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-海外の事例の方がビジネスやお金との距離感もすごく上手にデザインされているイメージがありますよね。

江口:資本的な構造を生かしながら、どう転換するかというのはもう少し考えていかないといけませんよね。NPO法人に関しても、アソシエーションの枠組みで考えると、株式会社との違いは利益の分配方法に差があるだけとも言えるんですが、まだまだボランティア的なイメージを拭い切れていません。NPOなどの非営利組織の立ち上げ期における支援体制もまだまだ脆弱のため、NPOのスタートアップがしずらいことも挙げられます。

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シビックテックと共同所有。

-書籍内でも江口さんがひとつの可能性として「シビックテック」について触れておられますよね。

江口:「シビックテック」とは、いわばシビックエコノミーの課題をテクノロジーから解決することです。「FixMyStreet Japan」みたいな、ボトムアップ型で街の課題や不具合を可視化し、行政と連携し、レスポンスが返ってくるようなソリューションはその一つです。個人のアクションがそのまま市民活動につながるというのもシビックテックならではのソリューションだと思います。

-なるほど。

江口:海外ですと、民主主義の意識を育むことにも活かされています。例えばスペインのサービスで「Decidim」というオープンソースのプログラムがあります。行政に対して市民が自由に意見表明したり、プラットフォーム上で政策に対する評価をできたりするので、政策に対しても自分ごととして捉えることができるんです。Decidimを利用した取り組みは、日本でも加古川市など一部の自治体で社会実装が進んでいますね。

-日本でも地域によっては進んでいるんですね。

江口:テクノロジーから解決した方が、大きな規模に対してコストをかけずに課題解決しやすいのが利点です。ただ、いいことばかりではなくて、テクノロジーがもたらすプラットフォームキャピタリズムの功罪も無視してはいけません。プラットフォームだけが利益を享受し、プラットフォームへの依存度が高まることによって、結果としてユーザーへの搾取につながるのではなく、例えばFairbnbみたいな、資本がきちんと地域に還元されるシステムを賛同する声も出始めています。プラットフォームそのものの思想に私達の行動に影響されるのではないあり方が求められています。結局のところアナログ・デジタルの手法の違いでしかなく、どのようにして地域の経済循環や持続可能性を築いていくのかということが重要だと思います。

-結局は手法の1つであると。

江口:「当事者意識」をどう持つか/持たせるかという部分こそがシビックエコノミーにおいて大事なので、活動主体をプラットフォームやテクノロジーに依存してしまうと元も子もないと思うんですよね。

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-当事者意識ってどのように育んでいけると考えておられますか?

江口:一つの考えとして「所有」という概念を捉え直す必要があるかもしれません。日本は所有の意識が実はものすごく強い。「コモンズ」への高まりの一つとして、個人所有から「共同所有」への転換を通じて、当事者意識を育むことができるのではないかなと思います。

-共同所有?

江口:そうです。現在だとシェアリングエコノミーと呼ばれるサービスは増えていますが、一時的な利用を促すけれども所有権は固定されたままで、あくまで名前を変えた「レンタルビジネス」でしかありません。真のシェアは、共有の問題をどう解決するか、つまり、ひいては「所有」の問題にぶつかる話だと思うんですね。この「所有」というのは、結局のところ当事者意識とも言い換えられます。所有しているという感覚が、物事への当事者意識を育む一つのフックになりえます。だからこそ、この「所有」をデザインすることを考えていくといいのかもしれませんね。こういった権利の分配と証明は、ブロックチェーンなどのデジタル文脈から解決しやすいのかも知れません。

-あぁ所有しているかどうかというのは、実は当事者意識に他ならないと。

江口:日本は、所有をパーソナライズすることで経済成長してきた側面があります。「いつかは一戸建て」「三種の神器」「マイカー」「一人暮らしの生活道具一式」のように、一家族、一世帯、一人に一つということを前提にデザインされてきました。こうしたパーソナライズ化された経済からの脱却、新たなシェアの形を模索することが、シビックエコノミーにおける重要なポイントと言えそうです。

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日本でシビックエコノミーが根付くには。

-日本でシビックエコノミーが根付くには、どうしたらいいと考えていますか?

江口:ソリューションでは語れないので、少し角度は違うかもしれませんが、ファンダムのあり方はヒントと言えるかも知れませんね。

-ファンダム?

江口:最近ですと、BTSとARMYのような関係が代表的ですね。ファンダムとは、熱狂的なファンによって自主的に生まれる参加型文化のことです。さらに、ファンが自主的に新たなファンを巻きこんでいくことで、エコノミーなシステムになっているように感じています。

-あぁ。古参みたいな人だけが楽しむ訳でないと言うか、参入する人に優しいイメージはあるかもしれませんね。

江口:BTSとARMYの関係って、当たり前に知識をシェアしたり、新しいファンと分け隔てなく楽しんでいたりするように思います。
日本の文化は総じて「玄人が産業を潰す」という構造があると思います。「こんなのも知らないのか!なっとらん」となるのではなく、新人なり門を潜る人を育てるようなマインドによって、色んな人が参画しやすくなり、ノウハウや知見もシェアしていくことで、属人的なものに引っ張られることなく、継承性の高まりによって持続性が増していく。「みんなまだまだわかってないから、俺がいないとダメ」というような構造かいかに脱却するかは、全てのことに通じているのかなと。

-職人の世界とかもそういう趣はありますよね。

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江口:シビックエコノミーって「誰かがいないと回らない」という状況からの脱却が鍵なんじゃないかな、と感じます。世代交代による継承が起きやすくなることこそ、組織なりコミュニティの柔軟性や多様性を担保する一つだと思いますし、関わっている人たちの多くが当事者意識を持ちやすくなるはずです。参加する全員が当事者性を持てるようにする、つまりは「自分事」を超えた「自分たち事」にするには、このファンダムのデザインは非常に参考になるのではないかと。

-なんらかの「地域問題」とか「社会問題」の解決みたいなところがスタートだったりするので、「楽しむ」みたいな観点、抜けがちですよね。

江口:あとは、「正解を求める」のではく「正解を探求する」ことですね。誰も答えを持っていないから、みんなで探求することによって、関わっている人たち同士の対話や議論が生まれる。どこかに絶対的な答えが存在するとか、誰かが答えを持っているという依存ではなく、他者との関わり合いを通じて、みんなが納得したり腑に落ちたりするところに着地していくこと。これこそ、デモクラシーの一つの形ですよね。

-正解を求めるその道中を楽しむことが重要だと言うことですね。

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これからの世界で失いたくないもの。

-では最後に、これからの世界で失われてほしくないものを教えてください。

江口:「人の可能性」ではないでしょうか。人を信じることもそうかも知れませんが、そこに宿る知性やクリエイティビティを信じていたい。シビックエコノミーもそうかも知れませんが、一人で何かを解決する訳でなく、多くの人がお互いの可能性を信じてこそ為し得るものではないかと思います。個人の信用や可能性だけでなく「人の可能性」という大きな視点は持っていたいです。自分1人ではなく、誰かに思いを託し、そして託された人が行動し、また次の人へ思いを託す。「スチュアートシップ」と呼ばれる信託されたという他者への配慮の気持ちこそ、人が何かを生み出す可能性に満ちたものであり、それが世界をよりよくするものだと信じたいですね。

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Less is More.

江口氏とお話し、シビックエコノミーを知るに連れ、社会構造上の問題によって私たちの心の有り様も随分と左右されているのだと知ったように思う。日々の個人の心の持ちようからも、社会を変えていくことができる、その可能性のひとつとしてシビックエコノミーについて考えていく・行動していくのは非常に重要なことではないかと思った。

(おわり)

 


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