「笑い」が起こす分断。マーケティングを超える普遍性。肩書きなきクリエーター・菊池良氏インタビュー。
菊池良という男を一言で語るのは難しい。「世界一即戦力な男」という企画で、就職活動をメディア化し、話題を作ったり、企業に所属しながら、良質なバズコンテンツの制作を手がけたり。はたまた、文豪の文体模写を手がけた書籍は17万部の大ヒット。飄々とした活動の中に、ひとつ共通するのは、どこかしらクスリと笑えるようなエッセンスや、バカバカしさ…「笑い」の要素があることではないか。
今、社会や企業と「笑い」の距離感について、菊池良氏はどのように考え、どのような未来を見ているのだろうか?
菊池良:1987年生まれ。フリーランスのライター・編集者。
学生時代に公開したWebサイト「世界一即戦力な男」がヒットし、書籍化、Webドラマ化される。株式会社LIGからヤフー株式会社へ転職し、現在は独立。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』シリーズ(計17万部)。小説幻冬にて「ニャタレー夫人の恋人」連載中。
Twitter : @kossetsu
「世界一即戦力な男」に到るまで。
-菊池さんのキャリアをお聞きしたいのですが、学生時代に引きこもっていたとお聞きしました。
菊池:そうなんですよ。高校を1学期でやめて、6年間引きこもっていました。
-6年間も引きこもっていた理由ってなんなんですか?
菊池:高校に行かなくなると、表に出る理由がなくなりますよね。その時にちょうどタイミングよくYouTubeが出てきた頃だったんです。YouTubeで初めて見た動画がなんだったのかも覚えています。無料で映画を見られるGyaOというサービスが出てきたのも大きかった。ブログブームもあって、面白い読みものがどんどん出てきます。ネットが盛り上がってきていて、いろんな人やコンテンツが次々とあらわれて、もう夢中で見ていました。そこで知ったことをさらに図書館へ行って深堀りなんかしていると、あっという間に時間がなくなります。そんなことをしていたら、気づいたら6年間経っていました。でも、楽しくてしょうがなかった6年でしたね。
-その後に大学?
菊池:えぇ。両親との約束もあったので大検を受けて、東洋大学の日本文学部に入りました。学生時代から、編集プロダクションの外注としてライターのお仕事なんかをやっていましたね。
-そこから、「世界一即戦力な男」という個人サイトを作って、就職活動をしたんですよね?当時ネットを中心に話題にもなりましたよね。
菊池:当時、まだまだリクルーティングが厳しくて、50社エントリーで1社内定がもらえればいいって言われていたんです。ぼくは現役生に比べて6年間も引きこもっていたということもあって、こりゃ苦労するぞと思ったんです。
-かなりユニークな就職活動ですよね。
菊池:2014年だったんですけど、当時顔出しライターやブロガーが出始めたくらいの時期だったんです。まだ学生、ただの就活生が顔出し・本名で活動したら、きっとみんな驚くだろうなって。あのトップページの絵が最初にパッて思いついたんです。写真のポーズとキャッチコピーが。自分でもワクワクして、「これを見たら、きっとみんな面白がってくれるぞ」って。なので、これは絶対に行けるぞと思ったんです。すぐにラフを書いて、友人と作りました。
-実際に、企業からの反応はいかがだったんですか?
菊池:実は、一番最初にお声がけいただいたのは、誰もが知っているグローバル企業でした。…だったんですけど、ひとつサイト構築する際の失敗として、本人確認する方法がなかったので、スルーしてしまったんですよ(笑)急に嘘みたいな企業から連絡が来たもので、「これはいたずらではないか?」と(笑)。のちのち、確認したところ本当だったので、自分でも驚きましたね(笑)。
-(笑)
菊池:他にもIT系の企業や、当時伸びていたWEBのPR会社など、複数の企業からご連絡いただいたんですが、最終的には2社目にお声がけいただいたLIGに決めました。「世界一即戦力な男」のトーンとも親和性が高かった。
ベンチャー企業編から第2部大企業編へと。
-実際に就職して、何を手がけられていたんですか?
菊池:LIGでは、いわゆる制作会社で、WEB制作の集客としてオウンドメディアを運営していて、そこのブログ担当として2年間働きました。
-ご退職された理由をお聞きしてもいいですか?
菊池:辞める前の大晦日に、友達と「来年はなにしようかな」と話していたんです。それでひとつの企画・ひとつのチャレンジとして「来年は転職してみよう」って。自分にとっては新企画のひとつでしたね。そこから、YAHOO!の新規事業部へと転職しました。自分の中では「第2部 大企業編」のつもりだったんですよ。
-サラリーマン金太郎とか島耕作みたいですね(笑)。YAHOO!では、何をされていたんですか?
菊池:僕が入ったのは、新しく立ち上がった社内で独自コンテンツを作るための部署でした。YAHOO!って世間に思われているほど硬い会社でもないですね。YAHOO!にも2年在籍しました。
-在籍中に書いた「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」も17万部のベストセラーになりましたよね。
菊池:アイデア自体は、村上春樹の文体を模写して村上春樹が書きそうにないことを書くという単純なものです。で、パロディの基本は誰もが一度は目にしたことがあるものでないと楽しめない。それじゃ、誰もが目にしたことのある文章ってなんだろう?って考えた時に「説明書だな」って思いついたんですね。それで、カップ焼きそばの作り方と文体模写のアイデアを合わせて作ったんです。
-YAHOO!はなぜご退職されたんですか?
菊池:当時、書籍「芥川賞全部読む」を作っていたんですけど、割と大変で締切に間に合わなそうだったんです。そちらの納期を守るためのソリューションとして辞めました。上長に相談するとすぐに理解してくれて、引き継ぎ期間も考慮しながらやめる時期を決めました。
-ソリューションとして(笑)今はフリーランスですが、会社員時代はいかがでしたか?
菊池:特に、今は企業に属していないので、余計誤解されることも多いですが、企業で働くことにネガティブなイメージもなかったですし、抵抗もなかったんですよね。ずっと、企業っていいものだなって思っているので。
-少し意外ですね。菊池さんってどうしても企業をおちょくっているというか…逆手に取っているというか。そういう方だと思っている人も多いように思うのですが。
菊池:それは、単純に、芸風がそう見られてしまうんですよ(笑)。
-(笑)
笑いが生む分断。
-菊池さんは、ずっと企業広告や出版を通して独特でシュールな笑いを手がけていますよね。
菊池:そうですね。マジか冗談か、どっちか分からない方が個人的には面白いと思うタイプです。
-笑いをどう捉えていますか?
菊池:「笑い」「笑っている」って人間の一番幸福な状態の1つではありますよね。特に何人かで爆笑している状態ってすごく幸福度の高い場だと思います。
-そういった場と、笑いを作りたいということですか?
菊池:実は最近では、考え方が少しずつ変わっているんです。「笑い」ってある種の分断を生んでしまうことにもなる。例えば、「内輪ネタ」なんて言いますが、「笑い」って伝わる輪が小さければ小さいほど面白い側面があります。
-友達と冗談を言い合ってるのが、なによりも面白かったりしますよね。
菊池:そうですそうです。友達同士でしか伝わらないことを言い合うのって楽しいじゃないですか。そうなると、その会話に友達以外は入れない。笑いにはそういう要素があると思うので、わかる人/わからない人で分断が起きる要因にもなり得ると思っています。そして、分断を起こす「笑い」は、現在のネットの世界と非常に相性が悪い。
-どういうことですか?
菊池:インターネットは、公共の場になってしまったんですよね。現在は、インフラの整備が行き届いたことで、公共中の公共の場になってしまった。リアルな世界でも、公共の場で冗談を言うのって憚られるじゃないですか。ネット環境が、最大公約数の公共の場になってしまったことで、一番冗談を言うのが憚られる場になってしまった。
-確かに、現在のネットはほぼ全ての人がなんらかのカタチで恩恵を受け、参画していますもんね。
菊池:その状態と「笑い」の相性が良くないって思うんですよね。最近の炎上事例なんかを見ても、冗談を言おうとして炎上している人が多いように思います。たとえば、「笑い」には常識とズレたことを言うと笑えるという側面があります。でも、それは公共の場であるネット上では通じないんですよね。なので、特に企業のネットコンテンツに「笑い」の要素が少しずつ減っているように思いますね。「笑い」をとろうとすることが、リスクになってきています。
-確かにそうかもしれません。菊池さんは就職活動もそうですし、ネットカルチャーからかなり恩恵を受けてきたと思うんですが、今のネットはどう思われているんですか?
菊池:今のネットを本音で言うと、以前とまったく変わってしまったと思いますね。SNS以降と言ってもいいと思います。ネットが相互の監視として働いています。黎明期のネットって内輪ネタができる場所だったんですが、それが許されなくなった。かつては少数の人間が「わかる人にだけわかる」ものを提供する場所でした。ある種のサードプレイスとしてネットは機能していた。しかし、今はそうではありません。ネットはそもそもお金にならなかったんですが、いまは逆にネットをやらないとお金にならないという価値観に逆転していますよね。そうやっていろんなものが反転してしまいました。それが良いことか悪いことかは置いておいて、ぼく自身のネットとの接し方も変わりました。
-確かに、出版だったり書籍だったりの活動がメインになってきていますよね。
菊池:そもそも「面白い」にはいろんな要素があります。その中で「笑い」は1つの要素でしかありません。なので、現在はその1つの要素である「笑い」だけにこだわる必要はないかなって考えています。ここ20年ほど「笑い」は世間的にも特権的な地位を占めていたと思いますが、それはちょっと偏っていたなと。ものを作る目的って見た人を「面白い」という幸福な状態に持っていくことなので、どれか1つに固執する必要はないんです。ぼく自身も「面白い」を広い概念で考えることが多くなりました。「笑える」はその一部分ですね。
誰にでも分かりやすくて、奥行きのあるもの。
-では、今、菊池さんが「面白い」って思うものってなんなんですか?
菊池:難しいですね。そんなにないんですけど、ひとつ出版に限って面白いと思っているのは、普遍的なものが愛されている現象ですね。
-普遍的なもの?
菊池:『君たちはどう生きるか』とか『夢をかなえるゾウ』とか、あとはドラッカーとかもそうかもしれません。年齢や性別といったマーケティング的な要素を超える、普遍的な本です。全くセグメントしていない、ターゲットは全ての人、というものが注目を集めていると思います。
-確かにリバイバルで不朽の名作が注目されていますね。
菊池:あとは、僕自身は読んでいないんですけど、鬼滅の刃の大ヒットを見ても、「みんなで盛り上がれる」っていうのは面白いですね。僕自身が本当に好きなものの、同好の士をネットで探すと、2~3人しか見つからないんです。それってめちゃくちゃ寂しいんですよ。同じものを好きだって言い合って、みんなでひとつのものを楽しみたいという欲求がかつてないほど高まっているのかなと思います。それとネットの拡散力と相まって、鬼滅の刃は、あれだけのメガヒットになったように思うんですよね。これからも鬼滅級のヒットするものは出てくると思います。
-先ほどの「内輪」がかつてない規模で出来上がる現象に思えますね。新しいカタチのお祭り。
菊池:そうなのかもしれませんね。コンテンツそのものは、やはり普遍的なものを求められる。「わかる人にはわかる」というものは、もっと別の場所に置かれるようになるんだと思います。それは美術館かもしれないし、路上かもしれません。ネットワークから途切れ、マーケットからも離れたどこかだと思います。
-誰にでも分かりやすくて、奥行きのあるもの。
菊池:そうですね。なので、いろいろな業界でアマチュアが新人として出にくくなる厳しい時代だなと思いますね。UGCの現場では、それが顕著に起き始めていて、アマチュア…素人がどんどん追いやられていますよね。YouTuberが一番分かりやすいと思いますが、お笑い芸人さんが参入することで、プロとファンの構図が出来上がって、もはや素人の新規参入が難しい状況だと思うんですよね。
-なるほど。
菊池:そういう人たちは、企業に属して、チームで挑戦するのはひとつの戦い方じゃないかな。僕自身も、また企業に戻ることもあると思います。単純に流通は個人だと担えませんし、企業ならではの戦い方ってありますよね。
-一方ジェネリックな見解ですが「個の時代」なんて言われたりもします。
菊池:かなり長らく「個の時代」と言われていますが、僕はまったく信じていません。たしかにパソコンやインターネットは個をエンパワーメントしましたが、同時に企業もエンパワーメントされています。実際に世の中を変えている大多数は企業の作ったサービスやプロダクトが大多数ですし、インパクトも個人には比べ物にならないと思います。先日もAppleの発表会がありましたけど、あぁいうインパクトは個人では無理です。だから、個の時代というのを、僕は信じていないんですよ。
それぞれの立ち位置で、世界を変えること。
-これから、菊池さんは、どういった活動をされていくのでしょうか?
菊池:僕はいつも最終的に「商品」が作りたいんです。国民的な大ヒット商品。僕自身がそういうの好きなんですよ。「たまごっち」とか、みんなに愛される普遍的なものが好きなんです。僕は、僕なりのやり方で世の中を変えたいと思っていて。
-どんな風に変えていきたいんですか?
菊池:今の社会って不便なことがすごく多いですよね。不便なまま放置されて、それで良しとされているものが多すぎる。もちろん制度や社会問題もありますけど、日常レベルでも、「ドアノブってもっと便利な形はないのかな」「やかんの形ってこれが正解なのかな」ってよく考えるんです。一度「もっといい形があるはずだ」と思って考える。そうすると、すごく小さいことでも、世界が変わったりすると思うんですよね。
- あぁ、そういのは誰の日常にでもありますよね。
菊池:うん。そういう不便をきちんと解消していくと、世界には別の可能性もあり得ると思うんです。例えばパソコンってすごい便利ですよね。文章も書けるし、絵も描ける。
-そうですね。
菊池:なんでもできるようになっているので、それぞれちょっとずつ不便なんです。文章を書くのにちょっと不便だし、絵を描くのにちょっと不便だったりするようにも思うんですよ。もしかしたら、それぞれの機能に特化したような専用装置の方がいいのかもしれないですよね。なんでもできるプロダクトは、集中力も削がれますし。ぼくは文章を書く人間なので、現代の技術で作った"ワープロ"が出てきてほしいなと思っています。
-あぁ視点を変えたら、全然別の可能性がありますね。
菊池:うん。僕は、世界には色々な可能性があるって思っているんです。
肩書き問題と、これから。
-ここまで話してなんなんですが…菊池さんの肩書きってなんなんですか?(笑)
菊池:なんなんでしょうか(笑)。実は僕、肩書き問題ってずっとあるんですよね。今年から小説幻冬で「ニャタレー夫人の恋人」っていう連載が始まったんです。”ひょっとして、これで自分は「小説家」なのかな“ってちょっと思っていたんです。
-小説家…?(笑)
菊池:なんですけど、小説幻冬って、目次が「エッセイ」とか「小説」とか、ジャンルごとにまとめられているんですが、僕の作品は「小説」ではなくて、「創作」という新しい欄ができてそこに入っていたんです。
-やはりといいますか、小説家ではなかったんですね(笑)。
菊池:まぁ、小説ではないですよね。なので、肩書きは考え中ですね。
これからの世界で失いたくないもの。
ーでは、最後の質問です。菊池さんがこの先の世界で失いたくないものは?
菊池:「猫」ですかね(笑)。
-猫!飼ってらっしゃるんですか?
菊池:飼ってません(笑)。パッと見て、誰もに愛される象徴といいますか。僕自身がそういうものを生み出していいけたらと思います。
Less is More.
公共の場になってしまったインターネット上で今、笑いが分断を生んでいる。菊池氏の話ぶりは、とても慎重で大胆だった。「誰にも愛される面白い」ものを今の社会にどうやって投げかけていくのか、私たちのヒントになる意見もたくさんあったと思う。菊池氏がこれから新しく手がけるものにも注目していきたい。
(おわり)