SFプロトタイピングが未来を再創造する。宮本道人氏インタビュー[無料オンラインイベントLess is More.特別講演記念]
今、感度の高いビジネスパーソンはSFに夢中だ。6月2日に早川書房から発売された『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』は、ビジネスの世界を変えたといっても過言ではない。一部のギークに愛され続けたSFは、未来を描く手法として復権を果たし、現実的な手法として世界を変える。この書籍を監修した日本におけるSFプロトタイピングの中心人物・宮本道人氏。光栄なことに、当メディア「Less is More.by info Mart Corporation」が7月に主催する無料オンラインイベントへ特別講演していただく運びとなった。
宮本道人氏にSFプロトタイピングとは何かを改めてお話いただいた。イベント前にサブテキストとしてご一読いただければ幸いだ。
宮本道人:1989年生まれ、博士(理学、東京大学)。科学文化作家、応用文学者。筑波大学システム情報系研究員、株式会社ゼロアイデア代表取締役、変人類学研究所スーパーバイザー。近刊編著に『SF思考』『SFプロトタイピング』『プレイヤーはどこへ行くのか』。ほかAI学会誌、VR学会誌での連載、『ユリイカ』『現代思想』『実験医学』への寄稿など、様々な分野で執筆。原作担当漫画「Her Tastes」は2020年、国立台湾美術館に招待展示された。
未来は、特権階級のみが描くものではない。
-Less is More.の第一回の記事以来のご登場ですね。お久しぶりでございます。
宮本:お久しぶりです。
↑記念すべきLess is More.の第一回にご登場いただいた。未読の方は是非。
-書籍の発表おめでとうございます。
宮本:ありがとうございます。おかげさまでご好評いただいており、有り難い限りです!
↑『SFプロトタイピング SFからイノベーションを生み出す新戦略』監修・編著 宮本道人/編著 難波優輝・大澤博隆(早川書房)
-第一回目の記事は、ディスタンス・アートという切り口でお話いただきましたが、今回は当メディアのイベントでもお話しいただける「SFプロトタイピング」についてお聞きできればと。
宮本:はい。「SFプロトタイピング」は、未来を考える際にフィクション作成を土台にする手法なのですが、こういった「フィクションの力」を様々な角度で分析するのが僕の研究テーマです。ちなみに、ディスタンス・アートの創作論を書いたのも、同じ興味から出発しています。フィクションの力がコロナ禍で変容を迫られていることに気付き、どこがどう変わったかを追ったときに、ディスタンス・アートという概念が浮かび上がってきたんです。
-宮本さんの研究の中では、つながっているものなんですね。
宮本:根本は一緒ですね。SFプロトタイピングもディスタンス・アートと同じく、コロナ禍で需要が一気に上がったものです。考えてもみなかった状況が突然やってきてしまって、「未来を考える方法論がほしい!」と思った人が一気に増えたんですね。そこで「SFの力を借りたい」という人が増えて、SF業界の近くにいた僕がアドバイザー的に求められる案件が急増したんですが、そこでひとつ、気になったことがありました。それは、未来を考える思考パターンを特殊能力のように捉えている方が多いということ。僕としては、「未来を考えるのにクリエイティビティは必要ない」と思っているので、誰もが未来を描くための手法として、「SF思考」という思考法とそこから未来ストーリーを作り出すメソッドを、三菱総研の藤本敦也さんと一緒に開発しています。7月28日に刊行される書籍『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』(藤本敦也・宮本道人・関根秀真編著、ダイヤモンド社)は、そこにフォーカスを当てた本です。
↑7月28日発売予定『SF思考 ビジネスと自分の未来を考えるスキル』編著/藤本敦也・宮本道人・関根秀真
-宮本さんが誰もが未来を描けるようにするというモティベーションってなんなんですか?
宮本:未来を作り出す業界って特別視されていて、自分はそういう世界とは縁遠いと思っている人は多いと思うんですよ。でも、一部の特権的な人々だけが未来を決めてしまうのって、つまらないですよね。未来像をあらゆる人が描けるようになったら、これまで埋もれていたアイデアが発掘されたりして、社会はもっと面白くなるんじゃないかと期待しているんです。
-未来は市井の人々によってこそ描かれるべきだということですね。
そもそもSFとは何か?
-さて、本題に入る前に、宮本さんの「SF」って定義があるんですか?
宮本:一般的には、「科学技術をふまえて未来像を描くジャンル」というイメージをされている方が多いと思います。ですが、ファンタジー的な世界観の作品もありますし、過去を舞台にした作品もあります。そういったものも含めSFに共通しているのは「我々が生きる現在とちょっと違う可能性を描いている」ということではないでしょうか。
-広義のパラレルワールドを描いているってことですね。
宮本:そうですね。SFは「可能性の文学」とも言えると思います。
SFプロトタイピングとは何か?
-書籍を読んでいない方のために、SFプロトタイピングって何?っていうことを簡単に教えてください。
宮本:ざっくりいうと、「フィクションの力を借りて、斜め上のビジョンの試作品を創るクリエイティブな手法」です。ビジネスのフィールドでは、事業開発や研究開発、チームビルディング、マーケティング、パブリック・リレーションズ(PR)など、非常に多くのシーンで活躍する新しい手法、コンサルティングメニューの一つとして見られることが多いです。
-フィクションを使ったプランだからこそ、シーンを選ばずに解決できるんですね。
宮本:そうですね。具体的には、企業の社員さんとSF作家さんが一緒にフィクション作品を作成するワークショップを行うのが基本になるのですが、そこでは必ずしも目的が一貫してなくてもいい、というのも特徴の一つかなと思います。目的にこだわる人ってとても多いんですが、めちゃめちゃ面白いアイデアが出ているのに、目的に沿わないというだけでアイデアを捨ててしまったりするのは愚の骨頂です。僕がクリエイターとして過去に受けた依頼のなかには、とりあえずなにかやってみて、面白い事業アイデアが出たら実際に会社で開発していってもいいし、作品が面白いからPRに使おうというのでもいいし、結果的にチームビルディングに役に立ったからヨシ、みたいなユルいプロジェクトもあって、そこは実は重要かもしれないと思っています。ただもちろん、こちらがコンサルティング的な役割で入る場合は、ちゃんと事前に目標を聞いて、ブレずにその要望に応えるというのが基本にはなりますが(笑)。
-なるほど。
宮本:ちなみに僕としては、未来を描き出す「過程」にこそ、SFプロトタイピングの一番の意味があると思っています。みんなで会話して、様々な意見を交わしながら、一個のビジョンを創り上げる。これを短い時間で行うことで、個人としても、チームとしても、圧縮したビジョン創造経験が一気に得られます。なので、SFプロトタイピングは個人やチームが成長するための手法としても大きな可能性があります。例えば三菱総研さんで行った事例では、小中学生のお子さんを中心に家族でSFを作るというコンテスト「みらいづくりきょうしつ」を行ったりしました。
↑三菱総研さんの事例はこちらに詳しい。
-個人の日常レベルでも未来を創造できると、かなり日常の見え方が変わりそうですね。
宮本:社員さん一人一人が未来創造できるようになったら、その会社ってめちゃめちゃ強くなると思うんですよ。いまのところ、SFプロトタイピングを「SF作家のビジョンを借りて企業の未来を描きましょう」というプログラムとして使おうとしている企業も多いです。ですが、個人的にはそれは全く「逆」だと言いたいです。「ビジネスパーソンを作家にしちゃえばいいじゃん」という発想こそが「SFプロトタイピング」のユニークな点です。言い方は悪いですが、神格化されている作家という職業を、ビジネスパーソン側に引きずりおろす。もしくは、ビジネスパーソンを作家に仕立て上げてしまう。こういう意識でビジネスパーソンと作家の差を埋めることで、企業ははじめて内側からイノベーションにたどり着けるんです。
-実際、実施企業や、参加者からはどのような感想がありましたか?
宮本:クリエイティビティへのハードルが下がったという声をいただいたり、自分の業務のクリエイティブな側面に気がついたという人もいました。あとは、社内のほかの部署とビジョンのすり合わせができて新しい可能性を感じた、みたいな話もありましたね。
-実際に書籍を読むと様々なケースに合わせて、様々な手法を非常に繊細に積み上げられたプログラムだと思うんですが、失礼ながらわかりやすく言うと「社内一斉SF未来大喜利」と言うのが一番わかりやすいかと思いました。
宮本:それは部分的には的を射た言い方だと思います。「大喜利」は実際、アイデアを飛躍させる際に有効な手法ですし、実際にワークショップであまりにマジメな意見しか出ないときに「大喜利みたいに考えて下さい」と言って思考の爆発を促すこともあります。ですがSFプロトタイピングの重要性は、アイデアを空想の彼方へ飛ばすところだけでなく、そこにどうリアリティを持たせるか、というところにもあります。ブッ飛んだキテレツな発想が得意な人でも、リアリティと意外性を同居させたような未来を考えるとなると、一気に何もアイデアを出せなくなる場合があるんです。
-あぁぶっ飛ぶだけだと、ファンタジーになってしまう可能性もありますもんね。
宮本:はい。まずは自由闊達に想像を膨らませてもいいのですが、その後は徐々にリアリティを与えて解像度を上げてゆく。そして、最後には現在へ至る導線をきちんと引く。そういった作業が、SFプロトタイピングで重要になるポイントです。
「SF実装後のSF」が描くものとは。
-実際、現在の世界では過去のSFが描いてきたものが、かなり現実になってきています。現在のSFが描くべき、「SF実装後のSF」と言うのはどのようなものがありますか?
宮本:「SF実装後のSF」というのは面白い言い方ですね。たしかに、過去のSFがさんざん描いてきたような時代に我々は生きています。技術の未来予測はもはやありすぎて困るくらいです。なので僕としては、単に「こういう技術が実現するだろう」みたいなテーマであれば、それ単体でわざわざSFを作る意味はそんなにないのでは、という少々ラディカルな意見を唱えたいですね。一方で、それとセットで社会の課題を考えたり、未来における価値観の変容だったりを考えるとなると、これはまだまだ社会に足りないくらいだ、ということも言っておきたいです。
-もう少し詳しくお聞かせいただけませんか?
宮本:例えばバラク・オバマやエマ・ワトソンの推薦図書として、ナオミ・オルダーマンという作家の『パワー』という作品があります。簡単に説明すると、女性が手から電撃を出すようになった世界が描かれた作品です(笑)。これは、現実の社会にはほとんど実装不可能な設定で、こんなの非現実的だと思われる方もいるかもしれません。ではなぜ、こんな「突拍子もない」作品が評価されているのか。それは、この作品が一種の「思考実験」だからです。「男女のパワーバランスが変わったらどのような社会になるのか」ということを読者に考えさせ、現在の社会構造の歪みや不均衡を浮かび上がらせ、社会のオルタナティブな可能性、別様の姿に思いを至らせるんです。ちなみにこれはSFプロトタイピングの重要性にも繋がるポイントです。社会課題に対して、現実の事例をもとに議論をすると、それぞれの直感的な好き嫌いも反映してしまって紛糾してしまいがちです。ですがそれをフィクションというテーブルで議論させることで、ある程度安全性が担保された上で意見交換ができるようになります。事業開発などのビジネスフィールドにおいても、そういうプロセスを踏むことは必須になりつつあるのではないでしょうか?
無料オンラインイベント「Less is More. by infoMart」登壇。
-今回、Less is More.の無料オンラインイベントに特別登壇いただけるとのことですが、どのようなお話をしていただける予定ですか?
宮本:今回は、企業の中の様々なセクションの方に有意義に感じていただけるようなお話をしたいと考えています。SFプロトタイピングは、事業開発・研究開発やチームビルディングに使えるだけでなく、マーケティングやPRにも使えるという、一風変わった飛び道具的なメソッドなんですね。規模感のある企業ですと、部署を横断して社内のビジョン共有ツールとしても機能します。イベントでは、こういったSFプロトタイピングのたくさんの側面について詳しく話そうと思っています。実際の事例やメソッドを紹介しながらお話する予定ですので、楽しみにして頂ければ幸いです。
-非常に楽しみにしています。何しろ無料ですので、皆様ぜひご参加いただければと(笑)。
↑イベントへの無料お申し込みはこちらからどうぞ。
これからの世界で失いたくないもの。
-では、最後の質問です。未来に残したいもの、あるいは失われてほしくないものは何ですか?
宮本:あ、これ、今回も聞かれるんですね(笑)。うーん。どうしよう(笑)。
-2回もすみません(笑)。
宮本:「失敗できる空白」かなって思います。SFプロトタイピングも、失敗できるチャンスを与えるものであるという「試作品性」があるから、僕は好きなんですよ。今の社会って、失敗が許されない空気が強いじゃないですか。デジタル空間に負のデータが残り続けることで、「やらかし」が消えなかったりします。これがどうしても新しい挑戦をしにくい状況を作り出してしまう。ですから、「失敗できる空白」は未来でも失われて欲しくないと思います。
Less is More.
SFプロトタイピングが注目されたひとつにCOVID-19の影響があるのではないかとお話しされていた。想像しなかったCOVID-19の状況ですら、いくつかのSF作品には、描かれていたのは記憶に新しい。「斜め上の未来」は、現実的にありえることの証明でもあり、それを想像することは私たちの社会にとって有意義であると思う。SFプロトタイピングにはあらゆる企業や個人がクリエイティブに生きるためのヒントが詰まっている。ぜひ無料オンラインイベント「Less is More.」の宮本道人氏の特別講演にもご参加いただき、そのエキサイティングな手法に注目いただきたい。
(おわり)