澱みなき日々につながりますように。銭湯事業・petec代表・関根江里子氏インタビュー。
今回インタビューした関根氏は、株式会社petecを創立したばかり。主な事業は「銭湯」を手掛けるという。フィンテックやマーケティングなど、いわゆるモダンな現場で活躍していた関根氏がなぜ銭湯事業に取り組むことになったのか。いち早くお話をお聞きしてみた。
企業して銭湯事業をはじめるまで。
-関根さんのキャリアからお聞きしてもいいですか?
関根:大学生の頃にインターンシップで人材紹介の会社で働き出したのがキャリアのスタートです。
-学生の頃から働き出していたんですね。
関根:実は、学費を自分で払わないといけなかったこともあって、通常のアルバイトでは到底まかないきれなかったんです。学費のために週7で働いていました(笑)。今考えると古い体制の企業だったんですけど、その会社でマーケティングを学び始めました。その後、2018年にインターンとしてネクストビートに入り、そのまま新卒入社しました。そちらの会社でもマーケティングに配属されたんです。
-元々マーケティングに興味がおありだったんですか?
関根:自分自身では、全然興味がなかったんですけど、性格的に合うのではないかと言うことで配属されました。1社目では、圧倒的に優秀なCMO(最高マーケティング責任者)のお仕事を間近で見させていただいたのは、今も感謝していますし、すごく影響を受けました。その後、家族の介護だったりとプライベートにも色々あったのでPaymeという会社に転職しカスタマーサクセスに従事していました。次第に役割範囲が広がっていき、カスタマーサクセスの責任者、事業部長を経て、会社の経営体制が変わるタイミングでCOO(最高執行責任者)に任命されました。
-若くしてCOOに任命されるなんてすごいですよね。
関根:役職や肩書きについては、本当に何も考えていないんです(笑)。私が入社した頃の会社は、創業者が新しいチャレンジをするために社内体制が変わるタイミングでしたし、外的要因がすごく大きかったと思います。何よりPaymeに関しては、事業モデルへの共感がすごく強かったんです。結果的に自分自身でミッションドリブンを続けて行った結果がCOOという役職にたまたま繋がったのかなと思います。
-それにしても、フィンテックを手掛けるスタートアップ企業の役員から、「銭湯をビジネスにしよう!」って転身されたのはすごいですよね。何かきっかけがあったんですか?
関根:Paymeで働いているときに、フィンテック界隈の色々なトップ層とお話する機会があったんですね。皆さんにお話聞いているとすごく狂気的に働いていたんです。
-狂気的!
関根:えぇ。なんか「週末何してたんですか?」ってお聞きすると「全国の地銀で、法人口座を開設して、そのフローを整理しています」とか本当に仕事のことだけを狂気的に楽しんでらっしゃったんです。週末もプライベートも厭わずに仕事を自主的に進める姿は、本当に楽しそうでした。そんな時にふと自分自身の仕事を振り返ると「興味があるから自主的にやりたい。すでにやっている。」って状態じゃなかったんです。どちらかというと「私もやらなきゃ。」っていう義務になってしまっていた。
-どこか仕事と割り切っていたのかも知れませんね。
関根:その時にフィンテックに関しては、自分が狂気的にトライできる領域じゃないってことに気がついてしまったんですね。こういう状態に気がついてしまった上で、自分自身がこの業界にいてもいいことじゃないんじゃないかという思いが強かったですし、何より狂気的にやりきっている人には敵わないと思いました。
-なるほど。
関根:それで私が狂気的になれることってなんだろうと思った時に「銭湯」がやりたいって思ったんです。それまで一度も自分自身がすすんでやりたいと思ったことがなかったんですけど、はじめてやりたいと思ったのが「銭湯」なんです。
狂気的に働くために。
-何で狂気的になれるほど銭湯がお好きだったんですか?
関根:すごい説明が難しいんですよね(笑)。例えば、私はエステに行った際に施術中話しかけられるのってすごい苦手なんです。でも銭湯におばあちゃんに話しかけられるのはすごい好き。何が違うのかっていうと、普段の肩書きだとかそういうものを文字通り全て脱ぎ去って、知らない人とフラットに話せたりするあの空間がとにかく好きなんです。
-みんな裸であけっぴろげな文化ですし、すごくわかります。
関根:後は、父の影響だと思うんですけど、昭和レトロな印象も居心地がいい。う〜ん。あえて言語化すると、そういうことなんですけど…正直いうと「なんか好き」っていう自分自身でもロジカルに理解しきれていない気持ちがあるんです。説明できないのが、自分自身でも衝撃だったんです。銭湯についてだけ、脳みそが変わるっていうか、純粋に好きだったんですよね。
-とはいえ、「好き」から起業までってかなりハードルもありますよね?何かビジネス的な算段があって起業されたんですか?
関根:実は、算段とかなかったんです(笑)。前職で、経営に関する大きな意思決定を迎えたタイミングがあり、これからの人生を考え直しました。その時に、狂気的に向き合えることに命を燃やしたい、銭湯の仕事がしたいという思いが強く、前職を辞める決意をしました。
-算段がないまま、前職を辞めるのはすごいですね・・!まさに狂気的…。
関根:銭湯もそんなに生半可な気持ちでできる仕事ではないとは思っていました。経営はハードシングスの繰り返しですし、それでも人生を賭けてやりたいと思えるかを、慎重すぎるくらい確かめたいと思っています。ひとまず色々な銭湯で働いてみないことにはわからないので、そこからスタートしようって思って。
-ビジネス的な算段もできないくらいゼロからのトライなんですね。
関根:そうなんです。私は今20代後半に差し掛かったんですけど、私自身の人生を考えたときに自分が本当に好きなものに狂気的にトライできる一つの山場じゃないかと考えたんです。これを逃すと一生後悔するなって思って。失敗してもなんとでもなるって思って「銭湯事業」をはじめてみました。
はじまったばかりの銭湯事業。何をする?
-まだ今は銭湯の勉強中ではあると思うんですが、petecではどんな「銭湯事業」を手掛ける予定なんですか?
関根:まずは、ゼロから銭湯を作りたいわけではなくて、既存の銭湯を継承して事業を進めていきたいと思っています。
-施設継承ベースで考えているんですね!なんとなく、「petecの理想の銭湯」みたいなものを作るのかと思っていました。
関根:いえいえ。petecの理想は「今ある銭湯がなくならないで欲しい」に尽きるんです。地域にある地域密着型の昭和レトロな銭湯が好きだというのがベースなんですね。
-あぁ。もう今ある銭湯である意味完璧で、それをどうフォローしていくかという話なんですね。
関根:今は銭湯は年々減少傾向にあります。あるおばあちゃんにお話を聞いたら、どんどん近所の銭湯が潰れていて、今では随分遠くまで通わないといけなくなってしまったと嘆いてらっしゃいました。そういう銭湯を楽しむ人たちが困る状況にしたくないというのが私たちの想いなんです。
-なるほど。
関根:新しい施設を作るのも選択肢の一つではあると思います。でも、既存施設をベースに立て直す方が、業界全体が元気になると思うんです。
-あぁウチでもできるかも!って思ってもらえそうですもんね。
関根:施設としてすごくお金をかけてリフォームしたり、新規で作ることなく、新しい世代のアイデアやシステムがかけ合わせて、古き良きものをサステナブルにより良く残していくことがpetecの実現したいことかなと思います。
-実際、現在のpetecは各地の銭湯をリサーチされたり、実際に働いてみて勉強中とのことですが、いかがですか?
関根:ここ最近、地域によっても全然戦略が変化するということが見えてきましたね。
-どういうことですか?
関根:まずは、地域ごとに客層が全然違うんですよ。表参道にある銭湯さんでしたら若い方が多いですし、地元の方だけでは運営が立ち行かなくなってしまいますよね。そうすると若い方にも利用していただけるような作りにしないといけない。一方で、古き良き商店街にある銭湯だと、もっと馴染みのお客様との関係作りが大事だったりします。
-確かにかなり地域によって違いそうですね。
関根:働いてみると、本当に地域によって本当に想像と違うんです。例えば、ある銭湯さんは、常連さんのドンみたいな人が引っ越して来店しなくなったことで、20~30人のお客さんが減りました。
-え!?ドン…!?
関根:そんなの想像できないですよね(笑)。常連さんが引き連れてきていたお客さんの大多数が来なくなってしまった。銭湯って平均すると100人/日くらいが損益分岐点なんです。多くて200人くらいが来店されるお店が多いと思うんですが、そのうちの20~30人が来なくなるのはすごいダメージですよね。マスでペルソナを想定してスキーム組む…といったいわゆるビジネスのセオリーが通用しません。N1(顧客のひとり)のインパクトが大きくてマスマーケティングとかの手法がことごとく通用しない業界なんです。
-すごい(笑)。
関根:裏を返せば、銭湯って、それほどまでに地域に根ざしているということだとも思います。ですから面白いこともすごくやりやすいと思うんです。例えば、一つの銭湯を核にすごくローカルなファンドを組んだりできるかも知れない。クラウドファウンディングの新しい形を、ローカルで実装できるんじゃないか?なんて考えたりもしてます。
-あぁそういう銭湯の経営部分を色々なアイデアで変えていくのは面白いですね。
関根:最終的には6~10店舗くらいの採用とファイナンスをpetecで手掛けて、各店舗の地域に合わせたカタチを見つけて行くのが目標ですね。現在は、まず皆さんがローカルな銭湯に行きやすいようにするためにプラットフォームを作りはじめています。
-まずは銭湯のメディアを持つってことですね。
関根:銭湯ってすごくローカルに根ざしている反面、ちょっと通いにくいっていう声も少なからずあって。それこそ常連さんのコミュニティがありますから(笑)。もうちょっと気楽に銭湯を楽しんでいただけるようになればいいなって。結果的に銭湯に行くための文化に貢献できれば、少しでも銭湯の売上になりますし、潰れるお店が減るといいなと思っていて。
-ひとまずは文化としてきちんと認識してもらうことからスタートですね。
関根:あとは、お店のための物販も企画しています。例えばですけど、銭湯によっては足拭きマットがすごく古いままだったり…清潔感に欠けるケースってないですか?
-あります。なんかちょっとマットに乗るのをためらうようなお店…たまにありますよね。
関根:たまにありますよね。そういうのを解決するために、銭湯側が本当に使いやすいプロダクトというのを開発中です。銭湯の段差に合わせて作ったり試行錯誤の真っ最中です。
-各地の銭湯を巡ってリサーチすればこそのアイデアですね!
銭湯継承のハードル。
-銭湯って「公衆浴場入浴料金」が地域によって決められていたりしますよね?
関根:おっしゃる通りですね。
-それを考えると、スーパー銭湯のような収益構造でないと、やっぱり経営が難しい側面もあると思うんですが。
関根:サウナを導入したり貸切プランを提示することで日常の中でちょっとリッチな気分が味わえるコンテンツを提供する銭湯も増えています。そういう自由価格で戦える部分の開発をすることで、踏ん張って年間売り上げ5000万前後までは想定できるかなと思います。
-逆にそれ以上は中々難しい。
関根:収容人数と地域性によって変動は大きいので、なんならもっと早くに売上の天井が来る可能性が高いです。
とはいえ、どういった銭湯を継承させていただけるかで、運営方法は変わりますから、今のところはなんともいえません。
-ちなみに継承のお話は進んでいるんですか?
関根:毎日のように、色々な銭湯に直接お話をしに行っています。実は、多くの銭湯経営者が駐車場を運営していたり、マンションを経営されたりと、「不動産業」と組み合わせて経営されているケースが多いんですね。これが、継承のハードルの一つでもあります。
-どういうことですか?
関根:ようは、不動産の運営の一つとして銭湯を営んでいるということなので、店をたたむさいには、単純に銭湯のある土地・不動産をどう活用するかって話になるわけです。そうすると売却するって方が多くて、そもそも継承するって選択肢がなかったりするんです。
-あぁそうか。土地活用って意味では銭湯を継承する必要がないのですね。
関根:そうなんです。それに加えて後継者がいらっしゃらないパターンも非常に多い。そうなると、後継者はいないけど「そこに銭湯を残したい」って思いがある方からしか継承していただけないんです。なので、なかなか継承の難易度は高いですね。こういった状況も含めて、すごく面白いなと思いながらトライできています。
-ぜひ、素敵なオーナーさんから継承できるといいですね。
澱みのない日々。私たちの幸せとは?
-お聞きすると、いわゆるスタートアップみたいなSaaSが〜とかそういうビジネスモデルとはかなり異なるビジネスモデルになりそうですね。
関根:SaaSやフィンテックに限らずですが、、社会的課題に向き合うサービスはすごく意義もインパクトもある一方で、それが個人の幸せに結びついているとは限らないと思っています。例えば、教育が遅れている発展途上国で、子供たちに文字の読み書きを教えることに社会的意義はあるけれど、一方で彼らの一番の幸せは明日明後日の食料を作り出せることだったり、安全な水を汲めることだったりする。課題に対する解決策が、本当に幸せにつながることなのか、エゴなのかってすごく難しい線引きだと思うんです。
-あぁ。確かに個人の幸せに直結はしていないですよね。
関根:自分自身も社会性のある事業のど真ん中で働いていて、実際に意義も感じていましたし、仕事の喜びもあったんです。ただ、本当の幸せに繋がるサービスなのか?という問いに対して感情的にスッキリしていない自分がすごく気持ち悪く感じていたんです。私の思考性だと、社会課題への解決策として何かサービスをやるよりも、目の前にいるお客さんに向き合った延長線上で何かを解決できる方が合っているのではないかと思ったんですよね。
-それが関根さんにとっては銭湯だったということですね。
関根:若い方も、地域の高齢者も等しく楽しみにこれる場所。日常の中の非日常をどうやってデザインするかということをずっと考えていて。誰かが毎日のように通っていて、日常の中の一つの価値になっている銭湯の在り方って本当はすごいことだと思うんです。
-なんかビジネスと、日常的な小さな幸せみたいなものって切り分けられてしまうことが多いですよね。
関根:起業をするときに自分がこれを頑張った先に自分自身が幸せなのか、というのはすごく考えました。世の中を良くしたいというよりは、自分が影響を及ぼせる範囲の人がオフラインで幸せになってもらって、それが波及していくことができたらと思っています。
-それは素敵ですね。
関根:最近のSNSのタイムラインを見ていて、仕事を、カッコ良く見せやすい世の中になっていると思います。
-あぁなんかビジネスティップスとかをつぶやいたりして、ドヤ感のあるアカウントもありますよね。
関根:一方、デジタル化も進んでいない地方の泥臭い企業の方が、システムとしてうまく行っていたりする例って多かったりします。その方がよっぽどかっこいいんじゃないかって思うんです。かっこよく見せてるものとかっこいいもので全然違うと思うんです。
-確かに。
関根:カッコ良く見える仕事の方が、SNS映えしますよね。でもそれにしがみつくことが長い目で見た時に幸せにつながるかというと、それはまた別なんじゃないかなって思うんです。私は「澱みない」って表現しているんですけど、自分自身が心の底からいいな、かっこいいなって思えるものを作れたらいいなって思っているんです。無理してカッコよく見せようとしなくても、心から誇れるものを作りたい。
-素敵な表現ですね。
関根:そうですね。私は、これからの世界で、自分自身が澱みなくかっこいいと思えるものを、思える居場所を各々が探していくといいなって感じています。日常的にはどんな泥臭くあっても、自分自身の心に違和感もない状態…澱まないでいることを私自身も意識していますし、これからはpetecを通してそういった価値観を伝えていければと思います。
これからの世界で失いたくないもの。
ーでは、最後の質問です。関根さんがこの先の世界で失いたくないものは?
関根:夫ですね(笑)。夫に出会えて、私の人生はすごく変わったんです。彼はやりたいことのためにやりたくないこともできる人ですし、かといってやりたくないことを選ばないようにもきちんと動ける。仕事の苦しい時に相談できるのも夫ですし、仕事でパフォーマンス下がっててもきちんと私を肯定してくれる。私の存在を全肯定してくれているからこそ、私の意見に対しては全肯定することなく真摯に意見してくれるので、自分自身の考えがスリムになったように感じられます。かけがえのない存在です。
Less is More.
私の仕事は誰を幸せにしているだろうか。誰しもが一度くらいは考えたことのあるこの疑問。関根氏はこの疑問に真摯に立ち向かった結果、自分の本当に好きなことで独立起業に至った。
きっとこれからの私たちに必要なのは、澱みのない自分でいられる道を選ぶための勇気なんじゃないか。そう思わせてくれるインタビューだった。
(おわり)