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機械論的プロセスによって、世界は彩られている。カタバミから考える"進化"。深野祐也氏インタビュー。

「都市のヒートアイランドはカタバミの葉色を進化させる」ナイスステップ2023を受賞したこの研究は、誰もが知る植物がリアルタイムで進化している様子を明らかにしてくれている。
この研究を手がけた深野祐也氏は『世界で最も身近な進化』の事例だと言う。この誰もが楽しめて、科学や進化に興味を持てる研究について、お話を聞かせていただいた。ぜひ、科学の入口としてもご一読いただきたい。

深野祐也: 東京農工大学農学部卒業、九州大学大学院で博士号を取得。学振特別研究員DC1、PD、東京大学大学院農学生命科学研究科生態調和農学機構助教などを経て、現在、千葉大学園芸学部准教授。進化生態学が専門。 生物の進化・生態と人間活動の関わりに関心がある。農地や都市での生物の急速な進化や進化理論を生物多様性の保全や農業に応用する研究をしている。

『世界で最も身近な進化』事例。

-前回は、「都市部では虫を嫌悪する人が増加している」という研究についてお話いただきました。今回は、「都市のヒートアイランドはカタバミの葉色を進化させる」についてお聞きできればと思います。

深野:よろしくお願いいたします。

-まずは、ごく簡単に研究内容をお話いただけますか?

深野:皆さんもきっと一度は見たことのあるカタバミという植物には、緑と赤、2つの葉色の種があります。都市部と農地や芝生の緑地を比較すると、この2つの葉色の分布が驚くほど違うことを発見しました。

-へー!どう違うんですか?

深野:緑地ではほぼ緑のカタバミしかないのに、都市部では赤が50%以上を占めるんですよ。面白いことに、たった十数メートルしか離れてない芝生と道路でも、緑と赤の頻度が明確に違いました。

-すごく身近なところで、そんなことが起きているんですね。

深野:『世界で最も身近な進化』の事例といえるのではないかと思っています。誰もが進化について学ぶきっかけになると嬉しいです。

進化ってどういうことですか?

-研究についてお聞きする前提として「進化」ってどういうことですか?

深野:「進化」はすごく多義的に使われる単語ですよね。元々複数の意味を持つ単語の中でダーウィンの時代に生物学としての用語が定着したので、誤解や誤用も生まれやすいんですよ。生物学の専門家でも、間違うことがあるくらいです。

-そうなんですね。

深野:学術における進化の定義は厳密に決まっていて、「集団の性質が世代を超えて変化すること」です。それが当てはまれば進化といえます。

-世代を超えて変化?

深野:一つの具体例を挙げると、ある島の住人の血液型がA型:B型が5:5の割合で住んでいました。これが50年後には2:8の割合に変化した。これが進化のわかりやすい例ですね。

-なんとなく、もっと発展的なイメージがありました!

深野:そのイメージもわかります。進化ではないものから説明したほうがわかりやすいかもしれませんね。例えば、ポケモンって進化しますよね。

-ヒトカゲがリザードンになったり、ピカチューがライチューに進化する…みたいな感じですよね。

深野:そうです!この現象は個体の中で変化が起きていて、世代を超えていませんから、生物学では進化とは言えないんですよ。

-そうなんですね!

深野:例えば、サナギから蝶になるのも進化ではなく、変態と言いますよね。進化と定義されるのは、世代を超えて何か性質が変わっていることなんですよ。

-進化、すごくよくわかりました!

着想は、日々の中に。

-では、研究についてお聞きします。そもそもなぜカタバミに着目したんですか?

深野:2019年にまだ小さい子供と家の周りを散歩していて気がついたんです(笑)。緑地の多い職場周辺には緑のカタバミしかないのに、家の周りには赤が多いなって。

-そんなに日常的な暮らしの中から気がつくものなんですね。

深野:博士論文を手掛ける頃から、人間の生活環境における外来種の進化を研究しているので、無意識に街を歩いていても植物や生き物に自然と目を向けているのかもしれませんね。

-なるほど!

深野:同室の研究者にも「都市部では赤いカタバミ多くないですか?」って話したら「確かに」と。では、この赤いカタバミは、もしかしたら都市に多く見られるものなのではないかと思って本格的に研究を開始しました。

-どのように研究されたんですか?

深野:まずは、東京近辺のトータル30ヶ所くらいの農地と都市でひたすらカタバミの色をカウントすることからスタートしました。研究は根性からはじまるんですよ(笑)。

-まずは根性(笑)。それにしても地道な作業ですね。

深野:そうなんです(笑)。その調査段階でもかなり明確な結果が出ました。農地には赤がほとんどなく、都市にはほとんど緑がなかった。都市では赤に有利な条件、何かしら強い力が働いているだろうと推測しました。
レンガなどで都市をシミュレーションした環境や、季節を変えての栽培実験をしました結果、「選択圧」が働いていることがわかったんです。

-選択圧=ある形質をもつ生物個体にはたらく自然選択の作用のことですね。

深野:はい。そこからは、葉の光合成など専門的な計測をするために植物生理学の研究者とチームで研究を進めました。特殊なカメラで計測したところ、高温環境では赤のほうがうまく光合成できていて、温度25度前後の環境だと、逆に緑の方が有利だということがわかりました。

-赤の方が高温環境で有利な性質があったんですね。

深野:その他にも進化のプロセスを検証するために、遺伝子・DNAの専門家と調査もしました。「集団遺伝学」という集団の来歴を調べる手法があります。説明が難しいのですが、「人間は数十万年前にアフリカで生まれた」と言われていますよね。そういったことを導き出す手法です。それを使って各地で集めてきたカタバミをそれぞれDNA解析しました。

-根性で集めた各地のカタバミを(笑)。

深野:いくつかの可能性を考えていましたが、DNA解析による結果"都市が発展する前は少なかった赤葉が、人間の営みの中で生まれたアスファルトなどによる高温環境増加に伴って増えた"と推測されたんです。

-へー!さまざまな分野から検証されたんですね。

深野:今回の研究において、最も評価された理由の一つが、多岐に渡る分野の研究者や団体と協力をしながら進めた点なんですよ。

-まさにチームで導き出した結果なんですね。

研究結果のオープンソース化で発展を目指す!

深野:もうひとつ今回とてもユニークな試みがあります。それが「みんなでカタバミプロジェクト with かずさ 〜あなたの街では何色ですか〜」です。公益財団法人かずさDNA研究所が中心になって、市民参加型のプロジェクトが立ち上がっています。

-へー!市民参加型!

深野:一般市民の皆さんも、道端でみつけたカタバミをスマートフォンで撮影してアプリで投稿したり、サンプルを採集したり、研究者との議論の場に参加できるようにしました。オープンサイエンス方式で研究を進めています。

-オープンサイエンスって、結構珍しいことなんですか?

深野:生態学では、市民参加型の研究は珍しくはありません。
例えば、昆虫採集やバードウォッチングなど、アマチュア愛好家さん達の協力は欠かせませんからね。
ただ、通常はケースはデータをいただいて、研究者が研究を行う、そしてそれを市民に説明するという関係性で、研究だけで見ると一方通行的なアプローチなんです。

-あぁ。情報を一方的にいただくという。

深野:今回のプロジェクトのすごいところは、市民の皆さんからデータを送っていただき、DNA解析した結果を提供者にも開示・共有することです。
現在は、データ解析が得意な方が多いので、データも自由に解析できるようオープンにしました。研究者でなくても、研究への貢献があれば一緒に論文を書くことができると聞いています。こうしたオープンサイエンスは生物学ではかなり珍しいですね。

-素晴らしい試みですね。

深野:オープンにすることで、研究が盗用される恐れもあるので、リスキーなんです。その危険を差し引いても、皆さんの知を集めることで、得られるものの方が多いと考え、かずさDNA研究所の方々が決断したのだと思います。

-プログラミングの世界におけるオープンソースみたいですね!

深野:まさに!情報科学がこれほど発展を遂げた一つの側面としてオープンソース化は欠かせなかったと思います。皆さんの力を借りることで、科学的なブレイクスルーにつながる可能性に、私自身もワクワクしていますね。

-都市部のカタバミはどれくらいの時間をかけて増えていったんですか?

深野:まだ明らかにはなっていませんが、赤いカタバミは少なくとも江戸時代からあったことが判明しています。貝原益軒の大和本草という書物にカタバミには「青(=緑)と紫(=赤)がある」と記載されています。

-江戸時代!

深野:当時どれくらいの頻度だったかはわかりませんが、アスファルトの道路が誕生する以前から2つの色が存在していたということです。アスファルトなどの不透水面の増加とともに赤い個体が増えたのではないかと仮説立てていますね。

-やはり近年のヒートアイランドの影響も強いのですか?

深野:こちらも明言はできませんが、かなり大きな要因のひとつと考えています。暑い環境で赤いカタバミが有利であることは間違いないですからね。
ただ、都市と緑地では、それ以外の環境の差もものすごくたくさんあります。今回は暑さに着目して観測しましたが、汚染や乾燥、環境ストレスなどの影響もあると思います。

-あぁ。都市はまるで違いますもんね。

深野:世界的にも都市は年々増加していて、人類の約半分は都市部で暮らしています。都市部は、夜間が明るかったり、騒音など、自然ではありえない環境です。そういう場所で、生物がどのように影響しあって進化しているのか、解明したいことはたくさんありますね。

-この研究って、私たちの生活にも影響をもたらしますか?

深野:現在の都市部は、ヒートアイランド現象の影響で平均気温より2〜3度高い状態です。一説によると、このまま気候変動が進むと100年後には地球全体の平均気温が3度ほど上がると言われています。つまり、現在の都市で起きている進化は、100年後の世界各地で起きる可能性があるんです。未来を予測する一つの指標になりうると思います。

これからの可能性。

-これからこの研究がどう進んでいくか、話せる範囲で教えてください!

深野:可能性はいくつかありますが、一つは波及効果について研究を進めたいです。

-波及効果?

深野:都市部のカタバミの色が変わることで、他の生物や環境がどう変化するのかを調べたいということです。例えば、ヤマトシジミという蝶は、幼虫時にカタバミだけを食べるんですね。

-カタバミだけを!

深野:幼虫はカタバミしか食べないので、母の蝶はカタバミに卵を産みつけないといけないわけです。葉色が違うということは、かなり情報が違うので、ヤマトシジミは何らかの影響を受けているのではないかと考えています。

-あぁ確かに!

深野:都市部に住むヤマトシジミと緑地の個体を比較したら、赤い葉を識別できる何らかの能力差があったりするかもしれませんし、いくつかの方向性が考えられますよね。

-波及効果を考えるとすごくさまざまな研究に繋がりそうですね。

深野:えぇ。生態系のミニチュア版のような事例なので、色々な示唆を与えてくれます。

-まさに小さな循環を感じられますね!

人間の活動と生物多様性について。

-カタバミ研究のようにリアルタイムに進化を観測できる事例って多いんですか?

深野:人間の振る舞いによって、環境が変わり、進化が起きた事例はたくさんありますね。特に、人間による狩猟採集によって進化が起きた事例は数多くあります。

-どのような事例が?

深野:例えば、漁業は選択的に大きな個体を捕獲しますよね。それを繰り返すうちに、小さな個体ばかりが繁殖するようになり、新しいサイクルへと進化してしまう。繰り返すうちに、生き物として大きくならず、小さいままの性質に進化してしまうんです。

-そうなんですね!

深野:他にもハンティングした野生動物の角の大きさを競うゲーム「トロフィーハンティング」の事例も知られています。立派なツノを持った雄を狩り続けると、20〜30年で、ツノが小さな野生動物しかいなくなってしまうんですよ。

-ちょっと痛ましくもありますね。

深野:よほど強いストレスを与えているのではないかと思います。そういう事例が、いくつも知られています。人間の活動が招いた、すごく厄介な事例ですよね。

-人間がそれほど生態系影響与えているのをどう思いますか?

深野:「人間によって、思いもよらない進化が起きている。」この現象自体は、研究者としては非常に興味深くもありますが、個人としてはよろしくないことだとは思っています。

-そういった人間活動の全ても自然の一部であるとは捉えられないんですか?

深野:私は、企業や市民への講演を良く行うのですが、同じような質問を多くいただきますね。

-あぁ。みんな同じような質問を。

深野:当然人間も生き物なので、現象としてはニュートラルに研究しないといけない一方、生物多様性を失うと、我々の現実的な生活にも不利益があることがわかっています。例えば、特定の外来種は止めないと大変なことになりますよね。

-あぁ。確かに、外来種によって、種が絶滅したり、環境が変わってしまいますよね。

深野:生態系を守ろうという研究者であっても、全ての人間活動を否定するわけではないです。人間が持続的に発展して幸福であり続けるために、生物多様性はできる限り守る。それが現代における基本的なコンセンサスだと思います。基本的に、行政も同じスタンスで色々な政策を行っていますから。

無機的プロセスで世界ができている。

-それにしても、前回は「虫嫌い」今回は「カタバミの進化」本当にさまざまな研究をされていますね。

深野:自分の中では、繋がっているんですよ。私のモチベーションの源泉は「自然選択が生き物をどう形作るか」を知りたいということなんです。

-どういうことですか?

深野:例えば「虫嫌い」は、都市環境の中で、自然選択の結果、形成されてきた私たちの心のありようについて研究したかったんです。
私たちの心や感情が、積み重なった自然選択のプロセスによって、形作られていると捉えたら不思議じゃないですか?

-心の進化に興味があったんですね。

深野:カタバミの研究は、リアルタイムで都市部の生物にどのような進化が起きているのか理解したいということなんですよね。なので、とっ散らかってみえると思うんですが、自分の中では繋がっているんです(笑)。

-すごくユニークな視点で世界を捉えてらっしゃるんですね。

深野:ちょっと宇宙人的な視点なんですよ。人間の振る舞いが、変な影響・意外な影響を与えているというのを面白がっているのかもしれません。自分で子供を育てていても、どこか研究者の観点で見ていたりするんです。

-へー!

深野:例えば、先日子供を見ていたら、蒙古斑について気になって。進化生物学の観点から調べてみたんです。諸説見つかりましたが、実際のところ、あまりよく分かっていないようなんです。

-そうなんですか!

深野:こういった、誰もが一度は見たことがあるのに、よく分からない、わかっていないことって、本当にたくさんありますよね。それこそが研究の入口なのかもしれません。

-そういったことに気がつける視点が欲しいです。

深野:それはすごく簡単なんですよ!例えば、そこらの草むらに行くだけでも、たくさんの草や昆虫がいます。そういうものたちが相互作用している様子が観察できるんです。日常の端々にそういう不思議は、たくさんあるんですよね。ダーウィンが「土手で起きている相互作用を想像すると果てしない気分になる」というようなテキストを書いています。

-詩的で感動します!

深野:ダーウィンは、進化そのものに目的はなく、非常に無機的・機械的なプロセスとして進化論を唱えています。
無機的・機械的なプロセスによって、こんなに多様な生き物の性質を説明できて、ものすごく多様な世界が形成されているのはすごいことだと思いませんか。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。深野さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?前回は「人間」とおっしゃっていただきました。

深野:「家族」ですね。本当に失いたくない、大切なものです。でも、この気持ちも、自然選択で作られていると思うんです(笑)。

Less is More.

深野氏との会話をしているだけで、日常にたくさんの不思議があることに気付かされる。以下の余談は、撮影中に話したちょっとした会話をまとめたものだ。
きっと、科学や進化は、決して特別なことではなく、誰もが楽しめるものであると、理解いただけることだろう。

-これは、本当に余談ですが、現代の若い子は「親知らずが生えなくなっている」って噂話を聞いたことがあります。あくまで噂ですが…。

深野:ファクトはともかく、そういうことを進化なのか考えるのは面白いかもしれません(笑)。何らかの理由で、親知らずがないほうが生き延びやすいのであれば、それは進化かもしれませんから。何か理由って考えつきますか?

-えぇ!?なんだろう…小顔ブームとかでしょうか(笑)?

深野:それはすごく面白い視点だと思いますよ。「モテる」のは、とても大事な進化の要因なんですよ。

-そうなんですか!?

深野:孔雀の羽が派手なのは、生き延びるためでなくモテるためですよね。こういった異性をめぐる競争を通じて起きる進化は「性選択」と呼ばれています。

-モテたくて進化している(笑)。

深野:ダーウィンも、明らかに生き物の中には、生存戦略とは違う進化がみられる、それは性選択を考慮しないと理解できないのではないかと語っています。

-へー!

深野:実はモテの研究は、なかなか難しくて、専門家もいるくらいなんですよ。例えば、現代の人間は、モテることと子供を持つ数が比例していませんよね。

-あぁ。子供を作らない選択はあたりまえにありますからね。

深野:えぇ。ですが進化は、基本的には子供の数に左右されます。ということは小顔でモテたとしても進化にはつながっていない可能性がありますよね。

-あぁ!そうか世代が引き継がれないから進化ではないんですね。

深野:人間ってすごく面白いですよね。進化のことをもっと知ってほしいなと思います。

(おわり)


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