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AIが愛を翻訳できる日は来るのか。翻訳家・小宮由氏インタビュー。

近年、Google翻訳やDeepLなどに代表される機械翻訳の進化は目覚しい成長を遂げている。いつの日か、翻訳という仕事は失われてしまうのだろうか?
児童文学の世界で翻訳家として活躍されながら、同時に絵本作家でもあられる小宮由氏に、翻訳の仕事について、また業界におけるAIの存在についてお聞きした。

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小宮 由 : 翻訳家・編集者 1974年、東京都生まれ。小学校から大学までを熊本で過ごし、大学卒業後は児童図書出版社に勤務。2001年にカナダへ留学し、帰国後、いくつかの出版社を経てフリーに。2004年からは東京・阿佐ヶ谷で家庭文庫「このあの文庫」を主宰する。主な訳書は『せかいいちおいしいスープ』『ジョニーのかたやきぱん』(以上、岩波書店)、『やさしい大おとこ』『おかあさんは、なにしてる?』(以上、徳間書店)など。祖父はトルストイ文学の翻訳家・北御門二郎氏。両親と兄夫妻は、熊本の西原村で児童書専門店「竹とんぼ」を経営している。

いつのまにか翻訳家になっていた

-翻訳家を志したきっかけを教えてください。

小宮:実は翻訳家を目指したことは一度もないんです。

-それは意外ですね。

小宮:成り行き上でなったというのが正直なところです。私の祖父にあたる北御門二郎トルストイ文学の翻訳家であり徴兵を拒否した人物なんですよ。特に熊本ではとても有名人で。その祖父が翻訳したトルストイ文学『戦争と平和』『復活』『アンナ・カレーニナ』を大学の時に読んで、人はなんのために生きてるんだろう、人とはなんぞや、神とはなんぞや、生きるとはなんぞや、ってことをひたすら考える暗黒時代を過ごすのですが、刻々と就職のタイミングが近づいて来て。本が好きだったので出版社へ就職しようと。

-ご実家が児童書専門店「竹とんぼ」をやられている影響もあるのでしょうか?

小宮:影響はあると思いますが、実は両親には反対されてました。元々、両親は出版社を脱サラして子どもの本の店「竹とんぼ」という店を始めたという経緯があって、「なぜお前は私たちが見限った業界へ戻るんだ!」と。それでも自分は子どもの本が作りたいんだと出版社に飛び込みました。

-意志は堅かったのですね。

小宮:「竹とんぼ」に置いてあるのは良質的な子どもの本。一方で、祖父が訳したトルストイ文学は大人の本。対極のようですが、文学の根底に流れるものは一緒なんだという事に気づいたんです。それは言葉にしてしまえば軽いですけど【愛】だなと思ったんです。両親が「竹とんぼ」をやっている理由も愛に基づいていることに気が付いた。それに気づいて自分も本に関わりたいと思って、まずは出版社に入社したんです。

-それから出版社勤務を経て現在の翻訳家のお仕事に?

小宮:いくつかの出版社を渡り歩いたのですが、やはり編集者とはいえサラリーマンなので出版社にいる以上は、作りたくない本も作らなきゃいけないし、売れる為の本も考えなきゃいけなかった。結局は、自分の気持ちと折り合いがつかず、最後の出版社では、社長と喧嘩別れしてしまいした。こうなったら、本当に自分が作りたい本だけを作るぞと。子どもたちに届けたいと思う本だけを作りたい。そう強く思ってフリーランスの編集者の道を歩み始めました。

-編集者として独立されたんですね。

小宮:自分が良いと思える、人の心が豊かになる本を作りたい。というのが根底にあるだけなので、編集者であろうと翻訳者であろうと著者であろうとなんだって良かったのです。しかし出版界は斜陽の業界ですからフリーランスの編集者を使ってもらうこともなかなか難しかったのもあって、いつのまにか翻訳の仕事が増えていき、今のかたちになりました。なのでいつのまにか翻訳家になっていたんです。翻訳した本は今年で100冊ほどになるでしょうか。

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↑絵本の色校など。このあの文庫では、なんと「ご自由にお持ちください。」として頂くことが出来る。

x(エックス)を掴む翻訳家の仕事とは?

-翻訳の仕事について仕事内容を教えていただけますか?

小宮:ほとんどの翻訳家は、出版社に依頼されて訳すという請負いのケースが多いのですが、僕の場合は、訳したい本を自分で探して、出版社に持ち込むケースがほとんどです。26歳頃から海外の古本屋のサイトを見て毎月たくさんの洋書を取り寄せる作業を続けていて、現在ではストックが二千冊以上あります。

-二千冊。すごいですね。

小宮:このあの文庫の三階にありますよ。内容は読んでみるまでわからないのですが、年間にほんと数冊「わぁ、こんなに良い本が残ってたのか。」というものがあり、そういうものには粗訳をつけて信頼のおける編集者へ持っていきます。企画が通れば翻訳をしていく。というのが大体の流れです。

-翻訳をする際の心構えみたいなものはありますか?

小宮:翻訳者には二つの役割があると思っていて、ひとつは原作者に寄り添う事、もうひとつは読者に寄り添う事、僕はその橋渡し役だと思っているんです。原作者に寄り添うってことは、作者を知ることなので、どこで生まれ、どういう風に育ち作家になったのか、どういう思いがあってその本を書いたのか、まで調べます。祖父(北御門二郎)も著書の中で、
“翻訳とは語学力の問題じゃない、原作者の気持ちになってx(エックス)を掴むこと。そのxっていうのは原作者への愛と理解だ。“
と言ってるんですよ。

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-それでは少し技術的な話なのですが、翻訳される際リズムについては意識されますか?

小宮:僕は絵本というのは、ほとんどが読み聞かせをして読んでもらう本だと思っているので、絶対に声に出した時に良くなければいけないです。声に出した時のリズムというのは、読んでる時の息遣いや文の長短の緩急とかで生まれてくる内的なリズムの事で、これが凄く大事です。翻訳段階では何度も何度もぶつぶつぶつぶつ口に出しならリズムがあるか確認します。原文で韻を踏んでたりするものをそのまま日本語に置き換えるのが難しい場合は、語尾を合わせるとか、字数を合わせたりします。言葉を置く位置は基本的には原書に沿って置くので、表現とリズムなどを置き換えた時に凄く制約が多いんですよね。

-次にオノマトペについてお聞きしたいのですが、例えば動物の鳴き声の場合、日本人に馴染みのある鳴き声に置き換えますか?

小宮:例えば鶏の鳴き声が主体となっている絵本であれば「クックドゥードゥルドゥー」で訳さないといけないと思うんですが、原作者の意図が明らかな場合以外は、基本的には日本人に馴染みのある擬音語や擬態語を使用します。
例えば『ゆうかんなテディ・ロビンソン』という本に牛が出てくるシーンがあるんですけど、

“「マァァァーーウ!! わたしがおまえさんだったら、そんなことはしませんよ。そんなことしたら、牛の気がかわって、たべられてしまうかもしれませんからね」
「きみは、どうして、モーってなかないの?」
「わたしは、いなかの牛です。モーってなくのは、絵本の中の牛だけ。あんなの、ほんものじゃありません」”


という場面があります。ここは明らかに最初の擬音語を「モー」と訳してはいけない。原文に近い「マァァァーーウ!!」という感じになるでしょうか。ケースバイケースですが、こういう時は意識しながら訳しています。

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↑ゆうかんなテディ・ロビンソン 【ジョーン・G.ロビンソン 作・絵 , 小宮由 訳】(岩波書店)を片手に。


AIはx(エックス)を掴めるのか?

-AIの翻訳をどのように捉えていますか?

小宮:翻訳には大きく自由訳と逐語訳があります。AIの訳は言ってみれば逐語訳です。

-逐語訳とはなんですか?

小宮:否定形は否定形で訳すのが逐語訳で受容的態度で機械的に訳すもの。それに対して自由訳は適応的態度読者理解x(エックス)を考慮して日本語に訳す場合、必ずしも否定形が否定形にならない場合もある。そもそも文学とは『言語によって人間の外界や及び内界を表現する芸術作品』ということ。つまり文学は、演劇や歌とかと同じで芸術作品なんです。AIには、そこにある芸術、人間性という物を掴んで、否定形であっても、否定形でないかたちに置き換えるということが不可能だと思います。AIは現状、人の心までは踏み込んでいけないんですよ。

- なるほど、対象を子どもとする芸術作品ということですね。

小宮:子どもの本の場合は大人が書いて大人が訳して、でも読むのは子ども。そうすると子どもの事も知ってないとダメ。子どもと一口に言っても、二才の子もいれば四才の子もいる。さらには家庭環境も違うし、発達状況も違う。子どもが理解できる表現とか、学んでくれる表現とか、対象年齢も考えつつ原作者のx(エックス)を掴み取った上で、その年齢層に合う言葉に置き換えなければならない。絵本だったら物凄く限られた字数の中で表現しなければならない。そういった人に寄り添う作業というのが機械には全く出来ない事なのでそこの差は大きいんじゃないかなと思っています。

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↑このあの文庫(小宮さんの自宅の一室を使用した家庭文庫) 会員手続きと「おやくそく」があり約3000冊を無料で貸し出している。
※取材時はコロナの影響のため閉館中。

-それでは、この先もし翻訳の仕事が変動するタイミングがあればどういう時だと思いますか?

小宮:最近『日英翻訳の技術』という本に翻訳についてのコラムを書いたんですが、この本の著者が翻訳にはいくつか種類があると仰っていて産業翻訳文芸翻訳コピーライティング、の三種類に分けられる。と。産業翻訳っていうのは、学術文書とか製品のマニュアルとか観光資料、PR資料、法律関係の資料とかで、これの翻訳は正確さが命ですから、勝手に意訳して間違いを伝えてはならなくて、ここはAIの得意分野だと思います。正確に訳す分野の翻訳はどんどんAIが取って代わっていくかもしれない

-確かに、意訳が誤用を招いてしまってはいけない場面ですね。

小宮:僕の分野は文芸翻訳ですから今のところは失くならないのではないでしょうか。AIが発達すれば、この先どうなるかはわからないですが、僕の目の黒いうちはなんとかこれを生業にして食べていけるんじゃないかなと。AIの研究者も理論上、それはないと言ってるから、芸術の分野にAIが取って代わるということは、当面ないと思っています。芸術というのは、人が人を感動させることですからね。

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これからの世界で失いたくないもの。


-最後に、小宮さんにお伺いします。世の中から絶対に失くしたくないものは、何ですか?

小宮:最近、強く想うことは、人との繋がりです。こうして人と会うということ。これはコロナの影響が大きいかも知れませんね。オンラインで編集者と打ち合わせをやって、確かに顔も見れて不自由はないんですけど、どこか違和感があってモヤモヤして。そんな時、京都大学総長で霊長類学者の山極寿一先生の記事を読んだんです。

“人間は、オンライン(視覚と聴覚)だけで相手を信頼しないようにできている。五感のうち、他人と完全には共有できない、嗅覚、味覚、触覚を共有することが、人との信頼関係を築く上で最も大事なことである。“

そういうことが書いてあって、なるほどオンライン会議で感じていた違和感の正体はコレだと分かったんです。これから先、便利さや効率化を求めてオンラインでの交流が主流になるかも知れませんが、やっぱり「会うっていいよね」といった、人と人とのふれあいの大切さが再発見されていく世の中になってほしいなと、僕は願っています。

Less is More.

絵本は読み聞かせをしてもらう本。という小宮氏の言葉から、児童文学の翻訳を感受していたのは目でなく耳であったという事を改めて認識した。確かに翻訳という言葉を知るきっかけも、翻訳者名を読み上げる読み聞かせの際にあったかもしれない。読者と原作者の両方に寄り添う事が翻訳家の役割り。ぶつぶつぶつぶつと何度も音に変換しながら言葉を編んでいく作業の中でこそ、寄り添いはカタチになっていくのではないだろうか。

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(おわり)

小宮由氏主催「このあの文庫」

小宮由氏のご実家「子どもの本の店竹とんぼ」








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