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変形菌の生きる世界—ミクソヴァース—から考える「自己とは何か?」増井真那氏インタビュー。

変形菌(真正粘菌)をご存知か?その見た目からは生きものに見えないと思われがちだが、歴とした生物だ。知れば知るほど私たち人類の常識とは違う理で生きているように感じるこの「変形菌」について慶應義塾大学先端生命科学研究所所属の若き研究者・増井真那氏にお話を聞いてみた。増井氏は、5歳の幼少期から変形菌に取り憑かれ、今は変形菌の「自他認識」の研究を通じて生物にとっての「自己」の解明を目指している。生物学の枠を越えて、哲学的な研究を手掛ける増井氏の貴重なインタビューをお届けする。

増井真那/2001年東京生まれ。5歳で変形菌に興味を持ち、6歳から野生の変形菌の飼育を、7歳から研究を始める。日本学生科学賞内閣総理大臣賞など多数の受賞歴をもつ。17歳で国際学術誌に論文が初掲載された。フィールドワークで得た経験と、「変形菌の自他認識」をテーマとした研究知識をもとに、変形菌の魅力を世に広めるべく日々精力的に活動中。講演会やワークショップ、メディア出演など幅広く活躍する。慶應義塾大学先端生命科学研究所所属。公益財団法人孫正義育英財団正財団生。日本変形菌研究会、日本生態学会、日本進化学会、日本菌学会会員

変形菌との出会い。

-まずは、増井さんと変形菌との出会いを教えてください。

増井:僕が変形菌に出会ったのは5歳の頃です。テレビでアメーバ状の変形菌を見て、「こんなフシギな生き物がいるんだ!見てみたい!」って思ったのがきっかけでした。どこにいるのかもわからなかったんですが、母が日本変形菌研究会を見つけてコンタクトを取ってくれたんです。なので小さい頃から研究会の皆さんに変形菌の探し方や飼育の方法を教えていただけました。

-そんなに幼い頃から変形菌の飼育を始められたんですね!

増井:そうなんです。当時は自宅で2種類、飼育していたんですが、それぞれ動きが違うように思ったので、実際はどうなんだろう?と思って自分なりに実験を始めたんですね。実験すると、さらに知りたいことが増えていくので、どんどん実験で確かめるうちに現在に至ったんです。現在は、慶應義塾大学生命先端科学研究所の一員として変形菌の研究をしています。普段は山形県鶴岡市のキャンパスで研究をしています。

変形菌ってなんですか?

-そもそもなんですが、変形菌ってなんですか??

増井:「菌」とつくので誤解されがちなんですが、カビなどの菌類や細菌のなかまではなく、アメーバのなかまに属する生物なんです。その名の通り体の形を自在に変えながら生きている生物ですね。

こちらは、撮影にもお持ちいただいた変形菌の一つ「アカモジホコリ」。これで一個体。増井さんはオートミールを餌として与えて飼育している。生物なので排泄もするため、こまめにきちんと清掃するそうだ。
キカミモジホコリ(提供・撮影/増井真那)
イタモジホコリ(提供・撮影/増井真那)
イタモジホコリ(提供・撮影/増井真那)
ホネホコリ(提供・撮影/増井真那)

-写真を見ても驚くんですが…生物…なんですか??

増井:見た目は生物に見えないと言われがちなんですけど生物です。かつては植物のなかまとも動物のなかまともされたことがありましたが、近年の研究から変形菌は、分類学上は、きのことかいわゆる菌類よりも人間から遠い位置づけにいることが分かりました。僕ら人間、動物や、菌類、植物なんかと全く違う生物なんですよ。

-え!?変形菌に比べると、人間ときのこの方が生物学上、近いんですか!

増井:そうなんです。しかも数億年前から、変形菌は現在と全く同じ姿で存在していたんです。

-進化をすることなく、人類の歴史以前からずっと生きてきたなんてすごい…。

増井:変形菌は二つに分けてもそれぞれ生きていますし、分けたものをくっつけると融合します。同種であれば、別の個体同士でも融合することもあります。

-不思議ですね…。

増井:何より、その見た目がすごく美しいですよね。飼っているうちに可愛いくも見えてくるんですよ(笑)。昨年、その独特な生き方のビジュアルをまとめた書籍を出しました。

2021年12月15日発売「変形菌ミクソヴァース/写真・文 増井真那(集英社)」美麗な写真と柔らかく詩的にさえ感じるテキストで様々な変形菌の多様な姿を伝える一冊。変形菌の生きる姿を通して、世界の見え方が変わって見えるように感じられる。「ミクソヴァース」とは「変形菌の生きる世界」のこと。

-生物ということで、生殖行動とかはするんですか?

増井:そうですね。アメーバの状態で充分に成長すると、子実体という状態になります。子実体の中には、子孫となる胞子が膨大な数入っています。子実体は胞子を飛ばすための「発射台」みたいなもので、壊れながら内部に蓄えた胞子を外界に拡散するのが仕事なんです。胞子が飛んだ先で生育環境にマッチすると、小さなアメーバが出てきて、そのアメーバ同士の接合が生殖にあたります。

こちらが、子実体になった「アミタマサカズキホコリ」の変形菌。アメーバ状の変形菌からは想像できないような形状になる。一粒一粒の中に胞子が詰まっている。壊れて中が露出しつつあるのがわかるだろうか。
こちらも子実体になった「ヘビヌカホコリ」。

-子実体は生物ではない状態なのですか?

増井:子実体を形作る構造そのものは変形菌が分泌したものですから、生きた生物というわけではありませんが、中に詰まっている無数の胞子たちは生きていると言えます。人間などとは異なり、変形菌は子孫を産み落とすのではなく、自らが胞子として直接子孫になるんです。そういったサイクルだけ見ても、私たち人間とはまるで違う生物だと思いますよね。

-子実体になるのは、条件等があるんですか?

増井:子実体は種類ごとに全く異なる形状で、巨大なものから、小さなものまで多様にあります。それぞれ変身を発動させる条件も異なるようなのですが、ほとんどの種類ではまだよくわかっていないのです。十分に大きく成長していることや、栄養状態、光などは関係があるようです。

-それにしても私たち人間の「死」みたいな概念がない生物のようにも感じますね。

増井:僕も普段研究していて、そう思うことがあります。人間は、子供ができても自分自身も個として存在し続けますよね。変形菌は、自分の全身を変身させることによって、自らが直接子孫になるので、親と子が同じ時間を過ごすこともないです。ある意味では、一個体が同じ生を循環している様に感じるので、人間における「死」というのと違うサイクルの中で生きていると思うととても興味深いです。

-変形菌が生物として死ぬことってあるんですか?

増井:あります。乾燥や極端な気温の変化には弱いんですね。これがまたすごい特徴があって…死んでしまうと、跡形もなく消えてしまうんです。

-え!?消えてしまう!?死骸が残ったり、痕跡が残ったりせずにこの世界から消えてしまうんですか!?

増井:そうなんです。全く何も残らずに消えてしまいます。通常の生物だとDNA標本を残せるんですけど、変形菌は本当に消えてしまうので、死んでしまった変形菌は記録として残せないんです。

-不思議すぎてなんか想像し出したら止まらなくなりますね…。変形菌は、自然界のライフサイクルの中でどのような役割を担っているんですか?

増井:生態系の基本は何を食べて何に食べられているかということだと思うんですが、変形菌は細菌や菌類などの微生物を食べています。そして、変形菌は昆虫などに食べられているんです。生態系の中では、分解者にあたる微生物たちをさらに分解している生物だと捉えられます。…なんですが、僕の考えは少し違うんです。

-どう違うんですか?

増井:細菌などの微生物はとにかく数が膨大なので、変形菌がいくら食べても滅んでしまうようなことはないと考えられます。そして、変形菌の一部を昆虫などが食べても、それによって変形菌が死んでしまうところは見たことがありませんし、食べてくる生物を攻撃することもありません。周囲の環境や他者に非常に寛容な生き物だと僕はとらえています。変形菌自身が何かを滅ぼすことはないし、何かに滅ぼされることもない。だからこそ、何億年もの間生きてこられたのかなと思ったりします。

-ちなみに変形菌は、どのような研究がされているんですか?

増井:何かに利用できないかという研究は長年されていて、最近ですと変形菌に与えた栄養と時間に対する脂質の生成効率が良いのでバイオマス燃料に転用できるのではないか…という研究もされています。僕の場合は、そもそも知られていない変形菌自体の生態、ぼくは「ミクソヴァース」って呼んでいますが「変形菌の生きる世界」について調べることに主眼を置いています。

単細胞多核体の中で広がる社会!?

増井:もう一つ変形菌の大きな特徴として、人間は大量の細胞が集まってできた多細胞生物ですが、変形菌は単細胞生物で、どんなに大きな個体でも一つの細胞でできているんです。

-単細胞生物なんですね。

増井:単細胞生物ってたくさんいますが、変形菌の特殊なのが一つの細胞の中に多数の核がある「単細胞多核体」であることです。「核」は細胞の中でも最も重要なもので、生物の設計図であるDNAが格納されています。例えば人間の細胞は、基本的には一つの細胞に核が一つです。だけど、変形菌はひとつの細胞の中に大量の核があるんです。

-変形菌は一つの細胞で一個体なので、一つの個体に、大量の核が存在しているんですね。

増井:そうなんです。一つの変形菌の中でも核のDNAが一致しないという結果も出ています。じゃあこれってどういうことかというと、仮説ではありますが、一つの細胞の中に、大量の核という個を持っていて、個々の判断によって自己の集合体である細胞の在り方や行動を決定づけているということも考えられると思っています。まるで変形菌一個体の中に社会みたいなものがあるとも考えられるんです。

-一つの細胞の中に異なるDNAを持つ核が社会を形成している…仮説とはいえ信じられないような生物ですね。

増井:そうなんです。もちろん人間の社会とはまるで違うとは思いますが、一つの社会的なものが存在すると考えられなくはないですよね。

変形菌から考える「生物にとって自己とは何か?」。

-そういうとても不思議な変形菌ですが、増井さんはどのような研究をされているんですか?

増井:僕がこの変形菌を使った研究で解き明かしたいと思っているのは、「生物にとって自己とは何か?」なんです。

-詳しくお聞きしてもいいですか?

増井:地球が生まれた時のことを想像してみてください。そこには生物はいなくて当然自己も他者も存在しませんよね。そこに生物が誕生し、自己と他者が生まれる。その自己も時代や環境、種によっても大きく異なります。例えば、海綿という原始的な生物は個体同士が出会うと一旦相手を取り込んでから、融合できる/できないを判断して融合できるものは融合する特徴があります。それが人間のような多細胞生物まで進化すると、融合することなく自己を保ちます。例えば「免疫」なんかも、有害な他者を排除することに特化した仕組みに思えますよね。

-確かに、免疫って外敵に対してのアラートですもんね。

増井:生物の進化によって、自己と他者が明確に分離してきました。では変形菌はどうかというと、出会った相手と情報交換して、融合が可能な相手とはくっつくし、融合できないと判断した相手を避けることもある。太古の生物が持つ自己のあり方と、現在の生物が持つ自己のあり方の両方の性質を持っているように思います。つまり、生物史における大きな変化の中間にあるような生き物ではないかと。この考えの原点は、小学校3年生の時にした実験なんです。

-小学校3年生の実験!?

増井:小学校3年生の時に変形菌同士が出会ったときはどんな動きをするんだろう?って気になって実験をしていたんです(笑)。元々一個体だった変形菌を切り分けたものを再び出会わせると、当然ですが融合したんです。なんですが、別の種類のものをくっつけようとしても無視しあったり、互いの上に乗っかったりしてくっつかないんです。衝撃だったのが、出身地が違う同種は、くっつくものもあるんですけど、くっつかず棲み分けて共存する。

-棲み分ける!

増井:しかもその様子が、まるで攻撃するわけでもなく、尊重しあったり、気を使いあって生存しているように見えたんです。すごく衝撃を受けて「自己ってなんだろう?」「自分と他人の中間のような自己もあるのかもしれない」などと考えるようになりました。その実験が出発点で、変形菌の自他認識を理解することが、「自己」というのはどのように生まれてそれが今後の進化においてどうなっていくのかを明らかにするカギになるのではないかと思い、研究し続けています。

撮影には、貴重な変形菌をいくつか持ってきていただいた。

人間も変形菌も自己を拡張する生物。

-それにしても、哲学的な問いでもある、とても面白い研究ですね。

増井:自己についての研究は、現在の人間社会においてすごく大事なことなんじゃないかなと思うんです。現代は、文明も進化してさまざまな選択肢がある中で、一生をかけて自己を創り続けていく世界になっているように思えます。

-あぁ。ごく簡単にいうと「自分探し」みたいな。

増井:そうですね。でもそれは「自己責任」として一人ひとりが取り組めばいいというだけの問題ではないと思うんです。そういう中で、変形菌という不思議な生物の在り方を知ることで、人間の自己とは何かを考え、次の時代の「自己」をイメージしていけるのかなと考えています。

-変形菌の生物としての特徴は、色々な示唆に富んでいるように感じます。

増井:はい。例えば、僕の研究から、ふたつの個体が出会った際に、体から出た透明な粘液同士が触れ合うことで情報交換し、融合できるか否かを判断していることが分かりました。これってどういうことかというと、この粘液には変形菌の自己に関する情報が詰まっていて、その自己情報を環境に向けて発信して拡散している。つまり環境に向けて自己を拡張していく生物だということがわかったんです。

-自己を拡張している。

増井:この自己の拡張というのは、人間の行動とも近いように思うんです。人間も、身につけているものや、さまざまな情報を発信することで、環境の中で自己を拡張したり、主張したりして、他の人との関わりを持つことで社会を形成していますよね。人間の在り方と比較することで、「自己とは何か」を解き明かすヒントがあるように思っています。

-あぁなるほど!

増井:現在は、自己の情報が詰まった粘液の中にどんな物質があるか、変形菌の表面や粘液のスクリーニングを目指しています。あとは、融合できる/できないを司っているものを知るために必要となる、変形菌のゲノム情報について調査するのが直近の課題です。

変形菌は「可愛い」とおっしゃる増井さん。お話を聞くうちに、スタッフ一堂、変形菌が可愛らしく見えてくるので不思議だった。

集合知こそが自己を知る鍵。

-これからは、どのような研究をされる予定ですか?

増井:中長期的には生物学はもちろん、社会学や哲学など様々な分野の研究者と「自己」について共同で研究することができたらいいなと思っています。全然違う興味を持った研究者が、全然違う頭の働かせ方で、全然違う研究をしていることが人間の強みでもあると思っています。僕だけでは補いきれない知や考え方が集まると絶対に楽しいと思うんです。さまざまな知を共有しながら研究を進めていきたいです。

-素晴らしいですね。

増井:現代ではサイエンスはとても細分化されていますが、それらは元々は哲学からの派生ですよね。「自己とは何か」という問題について考えている人はサイエンスや、サイエンス以外にもたくさんいると思うんです。そうした人たちを「自己」という一つのテーマで集合知として統合することができれば、それは「自己」の哲学になっていくのではないかと思います。

-研究中ではあると思うんですけど、現在の増井さんは「自己」についてどのようなものと捉えてらっしゃいますか?

増井:難しいですね。一つあるのは、変化し続けるものなのかなと思っています。数千年から数万年かけて変化する進化的な変化のスパンというものがあって、その過程で自己のあり方も変わってきました。一方、生物の個体レベルでの自己のあり方だって、一定ではないと思うんです。人間は短い一つの人生の中で常に自己を更新し続けるものですし、変形菌の自己も変化し流転していくものです。昔は、自己という言葉は固定された一つのものとして捉えられていましたが、これからは変化を中心に置かないと「自己」を理解することはできないと僕は考えています。

-あぁ。どういった時の流れで切り取るかで「自己とは何か」が変わるということですね。

増井:そうですね。変形菌は世界中で約1000種類います。蝶とか蛾でも数万種類いることを考えると、すごく少ないんですね。

-比べるとめちゃくちゃ少ないですね。

増井:数億年という長い時間で見ても種類が増えることもなく、同じ姿であり続けている。これは、進化する必要がなかったとも捉えられます。そう考えると変形菌のような流転する自己のあり方は、実はとても強い自己を持ち続けてきたのだとも思えるんです。

これからの世界で失いたくないもの。

ーでは、最後の質問です。増井さんがこの先の世界で失いたくないものは?

増井:「謎」を失いたくないです。最初は一つの謎だったものが解けると、そこからもっと解きたい謎がたくさん生まれてくるんです。そうやって生まれた謎の一つ一つからも無数の知りたいことが増えて。どこまで掘っていっても謎がなくならない。それに感動し続けて今も研究を続けています。これからも、謎がなくならずにいたらいいなと思います。

Less is More.

変形菌、ご存じ無かった方はどのように思われただろうか?増井氏の話を聞けば聞くほど、社会のあり方であるとか、宗教的・哲学的なことを考えてしまう。変形菌の中に無数の宇宙があるような気すらしてしまうし、死と共にその存在が消えてしまうというオカルトもびっくりな現象に眩暈がするほど不思議な気持ちになる。

増井氏は、研究歴こそ10年を超えるが、まだ弱冠20歳!無邪気かつ、非常に真摯に変形菌のことを語る姿を見ていると、近い将来、「自己とは何か」解き明かされる日がくるような気がした。

(おわり)


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