ネオサラリーマンのワン・フォー・ネパール ヒストリー。会社員・栁牛寛行氏インタビュー。
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ネオサラリーマンのワン・フォー・ネパール ヒストリー。会社員・栁牛寛行氏インタビュー。

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栁牛寛行氏は、会社員として働きながら、ラグビーを通してネパールと関わりを持っている。ボランティアや寄付ではなく、実際に自分自身でラグビーボールを届けたり、親善試合に参加したりしている。
いわゆるバックパッカーとも違い、きちんとフルタイムの会社に就労しながらも海外に毎月のように通い、ラグビーの振興を楽しむ栁牛氏にお話を聞いてみた。語学が堪能でなかったりお金がなくても、海外を放浪するコツも満載なので、ぜひ参考にしてみてほしい。

プロフィール
栁牛寛行:1989年青森県むつ市生まれ。普通の会社員。SaaSプロダクトのエンタープライズ担当でトップセールス。会社員を続けながら海外との関わりを持ち続け、バンコクと東京の2拠点生活、年間180フライト、バンコクおにぎり大食いコンテスト初代チャンピオン。
Twitter:@HiroyukiYagyu
Instagram:yagyu_style

会社員としてのキャリア。

-基本的には、普段は会社員で、役員的なポジションでもない方なんですよね?

栁牛:本当に普通の会社員でSaaSのセールスです。

-栁牛さんの海外での興味深い活動は後程語っていただくとして、キャリアを教えていただけませんか?

栁牛:青森出身で、関西外国語大学に進学しました。そんなに英語がペラペラ話せるということもなく、日常会話で不自由なく感情を表現できるかな?くらいのレベルです。

-あ、英語がご堪能というわけでもないんですね。

栁牛:そうなんです(笑)。1社目は、大阪に本社がある水道インフラメーカーで、水道管や配管部品の製造・販売の仕事をしていました。自治体向けの営業で承認を得た商品を商社等を通じて流通させる両面の営業を経験できそうだなと思って入社しました。

-本当に普通の営業職なんですね!

栁牛:そうなんです。1年半ほど、普通に営業として働いていたんですがベトナム・ホーチミンの展示会で商品説明をするために出張することになったのが転機でした。展示会での対応を評価されて、ベトナム駐在員として現地法人の立ち上げと新規事業を任されることになりました。

-いきなり現地に一人で駐在って言われても普通はちょっと迷いませんか?生活もまるで変わりますよね?

栁牛:精神的にきつい環境にはなるかも知れなかったんですけど、若さもあったのかネガティブなことはあまり考えませんでした。チャンスをもらえることがすごく嬉しかったです。大学時代にラグビーをやっていたんですけど、タックルをする時って本当に命懸けなんですよ。それに比べたら、怖いことじゃないと思って腹が括れたんですよね。

-実際にベトナムにはどれくらいいらっしゃったんですか?

栁牛:2年半赴任しました。現地採用した10名くらいのスタッフときちんと団結してビジネス的にも軌道に乗りました。ビザが切れるタイミングで「20代このままベトナムで過ごしていいのだろうか?」って考えて、思い切って転職することにしました。

-なるほど。2社目も営業の仕事なんですよね?

栁牛:そうです。あまり「材」とは言いたくないんですが、モノを売る…有形商材の営業ではなく、無形商材で医療系人材の採用支援サービスを提供する会社に転職しました。

-2社目は特に海外での営業とかってわけでもないんですよね?

栁牛:そうなんですよ。ほぼ国内の仕事でしたし、ベトナムで培ったスキルが直接的に活きるような業務ではありませんでした。ちょっとしたネタとして話すことはありましたけど。それもあって普段の仕事での物足りなさを埋めるように海外に行きまくるようになったんです。

月一度の海外旅行を実現するには。

-実際、会社員として就労しながらどれくらいの頻度で海外に行っていたんですか?

栁牛:3週間働いて、毎月末に東南アジアのあちこちに1週間くらい行くという日々が始まりました。

-そういう暮らし、みんなやってみたいと思うんですけど、就労規則とかで中々難しいですよね?

栁牛:当時はパンデミック前だったので、リモートワークも一般的ではなかったんですよね。当時は仕事が楽しくて土日も気にせず働いていたんですが、幸いホワイト企業だったので代休の取得が必須だったんですよね。それに有給・祝日・週末を掛け合わせると、意外と休めるんですよ(笑)。あとは、体力もある方なので、金曜の深夜便で現地に行って、現地から深夜便で帰国。早朝に日本に着いて、そのまま仕事に行ったりしていました。

-ほんとに力技ですね(笑)。

栁牛:移動中に寝れればなんとかなるもんですよ(笑)。

-日本って就労規則に則っていたとしても、割とそういう人に厳しかったりしませんか?「海外ばっかり行って、仕事ちゃんとやっているのか?もっと仕事積んだ方がいいんじゃないか?」みたいな。

栁牛:出張が多い部署だったので普段からオフィスにいる機会が少なかったんですよね(笑)。もちろん、結果も出すようにはしていたんですけど、社内でも常に何をやっているのか分からない人として認知されるようにしたんですよね(笑)。デフォルト社内にいないので、海外に行っていても何も言われなかったです(笑)。

-もう一つ、20代で一般社員というと、そんなに海外に行くほどのお金なかったりしませんか?

栁牛:当時、給料的には同世代より少し稼いでいるかなというくらいで、ほぼ平均的な給与だったと思います。おっしゃる通り海外旅行に気軽に行けるほど稼いではいませんでしたが、陸マイラーになる決意をしてクレジットカードやポイントサイトなどあらゆる方法でマイルに換わるように設定して旅行に費やしました。あとはLCC(格安航空会社)が全盛だったので、バンコク往復15,000円チケットとかあったんですよ。現地のホテルは、一泊2,000〜3,000円で見つかったりしましたし、特に週末に弾丸で行くのであれば、現地での滞在費は1万円もかからないことも多かったです。

タイで部屋を借りるには?

栁牛:色々な国に行った中でもタイがすごく好きになったんですよね。雰囲気も合うし、花粉や寒波もないしすごく心地よくて。気がつくと毎月1回はタイを訪れていたんです。なので、宿を取るより部屋を借りた方が安いことに気が付いて、それからは滞在費ももっと安くなりました。

-タイで部屋を借りたんですか!

栁牛:タイが好きな友人4人で今も借りているんですけど、タイは家賃がすごく安いんですよ。実際借りている部屋も、バンコク市街地から程近くて、広さは1LDK45平米。屋上にジムとプールが付いているようなタワマン的な賃貸なんですけど、月32,000円で借りれます。

-それは、都心の家賃と比較すると安いですね!

栁牛:そうなんですよ。4人で借りているので、月々8,000円くらいしかかかっていません。これくらいの金額なら現実的ですよね。現地にいても自宅でのんびりできるので、早朝着便や深夜発便でもますます辛くなくなりました(笑)

-でも、タイでマンションを借りるとかすごく難しそう。

栁牛:そんなことないです(笑)。不動産屋に家賃2ヶ月分をデポジットとして払うだけで借りられます。日本で部屋を借りるよりよっぽど簡単ですよ。部屋を借りたら、現地での住所が持てるので、現地の銀行口座も開けますし、ネットバンキングも可能です。

-日本だと、口座がないと借りれなかったりしますよね。

栁牛:その辺は、タイの方が圧倒的に楽じゃないかと思いますね。

-なんか、借りれるような気持ちになってきました。

栁牛:えぇ。誰でもできると思いますよ(笑)。

ラグビーを通したネパールでの支援活動。

-ようやくですが、ネパールでのラグビーを通した支援活動についてお聞きできますか?

栁牛:2018-2019年の年越しで遊びに行ったのがきっかけで、ラグビーを通してネパールの支援が始まりました。

-詳しくお聞きしてもいいですか?

栁牛:青年海外協力隊の友人がネパールに赴任していたので遊びに行ったんですね。年末年始だったんですけど、ネパールは暦が違うので、現地は平日だったんです(笑)。なので、いざ行ってみると友人も普通に仕事していて、やることがなかったんです。そしたら、他の青年海外協力隊の知り合いを紹介してくれてダマウリっていう街に遊びに行ってみたんです。

-なるほど。

栁牛:そこで紹介されたのが柳楽さんというネパールの衛生教育を手掛けてらっしゃる方だったんです。そこで面白かったのが柳楽さんは、衛生教育をラグビーを通じて子供たちに教えていたんです。

-栁牛さんは大学時代にラグビーを経験していたとお話しされてましたが、柳楽さんもたまたま現地でもラグビーを使って教育してたんですね。

栁牛:もちろん偶然で、たまたまラグビーだったんですよ。どういう風にやっているかというと、子供たちって口で指導しても手を洗わないんですよ。なので、ラグビーボールで遊ばせるとまぁ泥だらけになるわけです。なので、泥だらけだから洗って来いって言うと洗って来るんですって(笑)

現地での様子。本当に楽しそうに遊ぶ子供たち!

-あ、一度思いっきり汚すと洗ってくれるんですね(笑)。

栁牛:そうそう。一度思い切りラグビーボールで汚してから、普段より綺麗に手を洗わせることで、みんな手を洗うことが大事だって理解しやすくなるんですね。

栁牛:そういうことをやっているって聞いた直後に「じゃあ、これから学校に行ってみようか」って言い出して(笑)。「え…?どういうこと?」って思っている間も無く学校で20人くらいの子供たちと実際にラグビーをすることになったんです。

-実際に子供たちと遊ばれたんですね。

栁牛:本当に疫病対策を楽しく学べて素晴らしい体験でした。その時に柳楽さんが「ラグビーボールは日本から寄付されたもの」っておっしゃっていたので、帰国後にラグビーで繋がってきた知人からラグビーボールの寄付をいただいたんです。帰国後にラグビーで繋がってきた知人から寄付していただいて、大中小色々なラグビーボールが20個近く集まったんです。

-すごい。

栁牛:そのボールを持って2度目のネパールに行こうと思っていたら、丁度2019年はラグビーワールドカップイヤーの年だったんです。その中でアジアンスクラムプロジェクトという、アジアにラグビーを広めるためのプロジェクトがあって、そのネパールのホストに柳楽さんや現地に住んでるラグビー好きの人たちが選出されたんですよ。

-急に話が大きくなりましたね!

栁牛:そうなんですよ。柳楽さん自身はラグビーを現役で続けているわけではなかったので、僕に連絡が来たんです。あれよあれよと5月に親善試合をやることになったんですが、人数が足りないと(笑)。なので、僕の方でヒマそうな後輩に声をかけたりしてネパールまで親善試合に行くことになったんです。

-栁牛さんがメンバー集めまでやることになったんですね(笑)。

栁牛:ネパールの奥地でラグビーをしたことあるのが僕だけだったんだと思います(笑)。その親善試合は、結果的に日本のラグビー協会からもサポートいただけて、元日本代表キャプテン菊谷崇選手もいらしてくれたり、かなり豪華な試合になりました。

-ボランティアとかともちょっと違いますし、ビジネスでもないですよね。

栁牛:もちろんですよ!全部自分でお金を出して、自分自身の経験のためにやってます。本当は毎年親善試合に行く予定だったんですが、コロナの影響もあって2020年以降は行けずにいますが、毎年実施する予定は立てていますよ。

支援のモチベーション。

-そういう活動を続けるモチベーションって何なんですか?

栁牛:何なんでしょうね(笑)。その質問は、ラグビーっていうスポーツ自体が「痛いのに何でやってるの?」っていうのと変わらないと思うんですよ。答えは「楽しいから」に尽きます。ネパールでの活動も楽しいからやっているんです。ラグビー協会ができて2年目ということもあって、いつかこの国のラグビーチームが世界に通用するようになったら面白くないですか?今楽しいし、未来も楽しいから最高だよなって思いました。

-ネパールだからこそ、こういった活動をされているんでしょうか?

栁牛:偶然とはいえ、きっとネパールじゃなかったらこれほど支援してなかったと思います。ネパールには「自分達の生活を豊かにするために人のことを助けるし、助けてもらおう」という精神があると思っています。そこに惹かれたのかもしれませんね。海外に旅行に行くと騙されたりすることも多いんですが、ネパールはそういうのが全然ない。なんか疑ってかかってた自分が恥ずかしくなるくらい、みんなすごく自然に助けてくれる国なんです。

-あぁ助けてくれるから、助けたいっていう。

栁牛:そうですね。


旅先での偶然はなぜ起きるのか?

-それにしても、そういう出会いが起きるのは、不思議ですね。

栁牛:僕は「人」をベースに旅をしているからかもしれませんね。観光地とかにはあまり興味がないので、友人のいる国に遊びに行くことが多いかもしれません。現地で知り合った方々にも積極的に話しかけるようにしていますし。

-とはいえネパールとか、言語も通じないので、どうしても奥手になってしまいそうですけど。

栁牛:外国語を覚えるとっておきの技があるんです(笑)。

-是非教えてください。

栁牛:覚えた会話を10人、もしくは同じ人でもいいからシチュエーションを変えて10回繰り返し発言するだけです。最初は聞き取ってもらえなくても回数を重ねるごとにだんだん伝わっていくので10回目には必ず伝わるようになります。

-それだけなんですね!

栁牛:盛り上がるキーワードをうまいこと見つけるのがポイントなんですけど…例えばネパールでは「早く座れ」を「チトチトバスネス」って言うんですよ。先生が生徒に「チトチトバスネス」って言っていて、響きが面白かったので、色々なシチュエーションでとりあえず「チトチトバスネス」って連呼して(笑)。現地のみんなも笑ってくれるし、こちらから勇気を出してコミュニケーションすると、どこでも好意的に受け取ってもらえるんですよね。

-トライしてみよう…(笑)。それにしても、海外で色々なことにトライできるのはすごいことですね。

栁牛:友達がすごく多いというわけではないですが、いろんな所に住んでいるので楽しいです。そんなにお金がかかっていないので、時間を少しうまいこと組んでいるということに尽きるかなって思いますね。

-栁牛さんは、バックパッカーみたいなものとちょっと違いますよね。支援についてもなんとなく気楽なイメージがあります。

栁牛:寄付とかボランティアではないんですが、経験して感じたことを多くの人に伝えることを価値だと考えています。例えば10万円が手元にあるとして、全額寄付するという選択肢もあるかもしれませんが、10万円かけて現地にラグビーボールを持って行った方が、自分自身の経験にもなり、それをまた伝えていくことでより広がりが期待できると思ってます。僕の場合はラグビーがきっかけではありましたけど、きっと誰もが働きながらでも色々な活動ができると思いますよ。

-これからはどのような活動を考えているんですか?

栁牛:実は1月末で株式会社ROXXというHRtechの会社を辞めました 。これからも大好きなセールスを続けていきますが今は思考の整理をしています(笑)。海外移住も視野にいれていましたが、コロナ影響で今は白紙です。ここ2年、海外に行けないのは不自由でもありましたけど、リモートワークが一般的になりましたし働き方の選択肢が増えたのは良かったですね。

-独立されたり起業されたりするご予定はないんですか?

栁牛:その可能性よりも、何か素晴らしいサービスのセールスとして営業を続けていきたいと思っています。「知らないものを伝えてあげる」とか「相手が気付いていない課題に対して気づいてもらう」ということだと考えているんですね。これからも一人のセールスとして働きながらも、ネパールでのラグビーだとか、海外での活動も広げていきたいと思っています。

これからの世界で失いたくないもの。

-では最後に、これからの世界で失われてほしくないものを教えてください。

栁牛:「その場にいること」ですね。今だと仕事はオンラインで成立しますが、どこか「その場にいる」ってことが価値のあることだと思うんですよね。ネパールでの活動も、現地に行ってラグビーをしたことがきっかけでスタートしました。「僕の仕事は、僕の行動は、どこの誰を幸せにしているのか?」をよく考えるんですが、目の前にいる人や縁がある人がハッピーであるといいなと思います。それは、旅先でも人生でも同じです。

Less is More.

社会人になって働くうちに、なんとなく諦めてしまうことは多い。そんな中、栁牛氏は軽やかに日本と海外を行き来し、様々な活動をしている。海外も視野に入れながら日々の仕事を続けること。それは、これからの時代のスタンダードな姿勢なのかもしれない。パンデミックが終息したら、すぐにでも海外に行きたくなった。

(おわり)


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