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ホログラフィー原理は、視点を変えて世界を見ること。玉岡幸太郎氏インタビュー。

「ホログラフィー原理」をご存知だろうか。現代物理研究から生まれた原理だ。私たちの現実を「ホログラフィーのように捉える」壮大な科学の話だ。
どうも、それだけ聞くと非常に現実離れしたよう理論のように思うが、実際の物理学の現場では、どのようにこの「ホログラフィー原理」が考えられているのか、日本大学 文理学部 助教の玉岡幸太郎氏にお話を聞いてみた。

非常に難解な話をなるべく噛み砕いてお話いただいたので、ぜひ楽しんで読んでいただきたい。

プロフィール
玉岡幸太郎:理論物理学者。専門は素粒子論。主に、超弦理論に基づく「量子重力」の研究に取り組んでいる。大阪大学大学院にて博士号(理学)を取得後、京都大学基礎物理学研究所での研究員を経て、2021年4月より日本大学文理学部物理学科にて助教(現職)。

-今日は、玉岡さんに「ホログラフィー原理 」についてお聞きしたいと思っています。

玉岡:よろしくお願いします。「ホログラフィー原理」は素粒子や量子重力の研究から生まれた、比較的新しい物理の仮説です。物理学が専門ではない皆さんにもなるべく分かりやすく伝えられればと思いますので、厳密性を求めずに話せればと思います。

-ホログラフィー原理って、かなりSFチックなイメージがありますよね。

玉岡:メディアなどでは、かなり過激な話として語られていたりしますよね(笑)。元々物理の専門用語だった「世界線」ですとか「事象の地平面」なども、コミックやアニメなどでも良く聞くようになりました。SF的なエンタテインメントとしては私も楽しんでいますが、物理で使う意味とは異なる使われ方をしていたりもするので、今日は物理の世界から見た現実的な理論としてお話しできればと思います。

-よろしくお願いいたします。


量子力学・相対性理論を統一的に結ぶ。

玉岡:まずは、20世紀以降の現代物理は大きく2つの括りがあります。ひとつは、量子力学、もうひとつは、一般相対性理論です。量子力学というのは、私たちや物質を構成する原子や素粒子などのミクロな世界のことを記述する理論体系です。一般相対性理論は、重力や私たちの住む時空そのものを記述する理論です。

-なるほど。

玉岡:私たちの生きている世界は、物質とその間に働く重力などの力が複雑に影響を及ぼしあいながら成り立っています。物質と力が完全に独立したものだとは考えにくいです。なので、それらを記述する量子力学・相対性理論、これらを同時に考えても矛盾がないはずですよね。

-そうですね。

玉岡:なので、二つの理論を融合した「量子重力理論」があると期待するわけです。物理の研究は、自然法則として成り立つと期待できるものは原理として認めて、理論と実験の両方から矛盾が無いように適宜アップデートしながら行われているんですね。特に理論の立場からは、まず理論の内部で自己矛盾がないようにしなければならない、というのが基本的なスタンスです。なので、「量子重力理論」も同じテストをパスしていかないといけません。

-なるほど。

玉岡:量子重力に行く前に、「力」から世界を考えてみましょう。私たちの世界には、どういった力があるのか、基本的なところまで分解していくと、重力・電磁気力・強い力・弱い力の4つの力で構成されていると考えられています。

-4つしかないんですね。

玉岡:量子力学においては、今の所このうちの3つ「電磁気力・強い力・弱い力」をうまく記述できるんですね。量子力学の計算結果と、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)などでの実験結果が物凄い精度で一致しています。この3つの力を取り扱う量子力学に基づいたモデルは、素粒子の「標準模型」として確立しています。

-はい。

玉岡:では、4つの力のうち残された「重力」は?というと、私たちにとっては一番身近な力ですが、実は現代物理では一番よくわかっていない力なんです。重力は、素粒子レベルのミクロな世界では、ものすごく小さな力で、観測するのがとても難しいんです。

-えぇ!?そうなんですか?体重とか日々感じて生きているので、不思議な気がします。

玉岡:人間は、物凄い数の素粒子で出来ていますから重力を感じますが、最小単位である素粒子レベルではものすごく小さくて観測が難しい力なんですよ。ミクロな世界での重力を観測しようとすると、10億分の10億分の10億分の10億分の1メートルくらいまで小さな世界を観測しないといけないんですね。もっと大きなスケールで観測される可能性もありますが、原理的にそれくらい細かければ、必ず量子重力の影響を観測できると言われています。日常的なエネルギーのスケールとは全然違いますよね(笑)。

-途方もなくミクロな世界ですね・・・。

玉岡:ごく簡単に言いますと、重力を取り扱うのが「相対性理論」なんです。「ミクロな世界」を取り扱う量子力学と「重力」を取り扱う相対性理論からのアプローチは、どちらも理論的・実験的に数多くの検証をパスしてきました。ところが、この両者を同時に考えると、理論的に色々な矛盾が出てくるんです。つまり、素朴な方法では「量子重力」が上手くいかなさそうということが分かります。これをどうにかしよう、というのが現代物理の重要な課題の1つなんですが、「ホログラフィー原理」という作業仮説に照らすと、この2つのアプローチが矛盾なくきれいに統一的に説明できるんですね。

ホログラフィー原理はブラックホールの研究から生まれた。

-「ホログラフィー原理」って仮説・思考実験なんですか!?

玉岡:そうなんですよ。この後詳しくお話ししますが、実は「ホログラフィー原理」は、思考実験から生まれたもので、今のところ実験で実証されているものではありません。ですが、この仮説を認めることで、現代物理の色々な矛盾が解消されたり、すでに理論物理にさまざまな知見を与えてくれています。ただし、現状はあくまで仮説の域を出ないものです。

-仮定や思考実験ってなんかもっとふわっと使われるものかと思っていました。

玉岡:実際、突っ込んだ話までしないとフワッとしたものに聞こえるかもしれません(笑)。理解するために「ホログラフィー原理」がどういったところから生まれたかについてお話ししますね。「ホログラフィー原理」は、ブラックホールの理論的な研究の中から、思考実験的に出てきた考え方でした。

-え?いきなりブラックホールですか?

玉岡:近年ようやくその存在が間接的に撮影されたりしましたが、ブラックホールは既に色々な実験・観測において重要な役割を果たしてきています。相対性理論によると、ブラックホールは強い重力の効果で天体が収縮していった結果生まれます。ブラックホールは、物質のある種の終着駅のようなものなんです。

-ブラックホールは、相対性理論の研究の果てに考えられたみたいなことですね。

玉岡:ここで一度、「エントロピー」のことを説明しますね。エントロピーは、ざっくりいうと「物の不可逆性を定量化する」物理量のことです。ある物や事象が「どれくらい複雑か?」を表現するための量だと思ってください。自然は、よほど特殊な状況を除いて、より複雑になっていきます。なので、エントロピーは基本的に大きくなっていくわけです。「エントロピー増大則」と言いますが、これは物理法則の大前提なんですね。

-ふむふむ。とにかくあるモノや状態があったら、どんどん複雑になっていくよと。

玉岡:はい。素粒子はもちろん、たくさんのものが集まると、気体でも液体でもこのエントロピーが大きくなっていくのが物理の大前提なんです。だから、新しい理論が生まれた際にも、必ずこのエントロピーの法則に則っていないといけない。反していたら、実験するまでもなく理論としては認められないくらい、重要なルールです。

-それほどの大前提であると。

玉岡:そうなんです。では、例えば、ある部屋の気体量のエントロピーを計算するとします。もし、全く同じ部屋がもうひとつあったらどうなると思いますか。

-どうなるんですか?

玉岡:これは複雑さが2倍になった=エントロピーが2倍になったと考えるんです。つまり、エントロピーというのは、ある空間や物、考えている体積に比例するんです。直感的には、気体が部屋全体を埋め尽くすからですね。

-エントロピーは、体積から導けるんですね。

玉岡:では、ブラックホールに話を戻します。ブラックホールは、極めて強い重力の影響で、一度中に入ってしまうと物質だけでなく光さえ出てこれないという性質を持っています。

-めちゃくちゃレベルの低い話ですが、漫画や映画などでも良く描かれますよね(笑)。

玉岡:それだけインパクトが強いものだからですかね(笑)。それは、物理の研究対象としても同じなんです。じゃあ、ブラックホールに吸い込まれてブラックホールの一部になってしまった物があったとして、その物の持っていたエントロピーってどうなると思いますか?

-消えてしまう?

玉岡:エントロピーが消えてなくなってしまうと考えると、先ほどの物理の大前提に照らした時におかしいですよね。じゃあ一般相対性理論と矛盾がないようにするにはどうすればいいのかと、研究をし始めたんです。矛盾を回避するためには、ブラックホールにもエントロピーが存在しないとおかしいわけです。

-なるほど。

玉岡:ごく簡単に「ブラックホールに吸い込まれてエントロピーがなくなりました」っておかしいでしょうということです。今までの物理ってなんだったんだ?ってなってしまいますからね(笑)。

-確かに(笑)。

玉岡:その後、ヤコブ・ベッケンシュタイン氏や、一般にもよく知られるスティーヴン・ホーキング氏の研究の結果、物がブラックホールに吸い込まれても、物とブラックホールのエントロピーの合計が増えていることがわかりました。

-どういうことですか?

玉岡:要するに、ブラックホールもエントロピーを持っていることが計算で確かめられたんです。計算方法については、専門性が高いので省略しますね。ひとまず「ブラックホール=真っ黒い球体」だと想像してください。その球状のブラックホールに吸い込まれたエントロピーは、球の表面積と比例していたんです。

-えぇ!?先ほど、エントロピーは、体積から導き出すってお話をしてたと思いますが表面積!?

玉岡:とても不思議ですが、計算上はそうなるんですよ。

-なんかめちゃくちゃ不思議ですね。体積=立体だったものが表面積に比例していると。

玉岡:専門的な言い方をすると「表面にしか自由度がない」って言います。宇宙を記述する際の自由度がどれくらいあるかというと、理論上は体積でなくて面積に比例することが分かったことになります。例えば二次元平面の世界に住んでいる人から見た体積は、私たち三次元に住む人から見ると面積だと解釈できます。なので、同じようにブラックホールの面積を一つ低い次元での体積だと思えば、これはさっきの気体のエントロピーの話と同じ様に理解できます。この表面にある自由度は、次元が一つ低いことを除いて私たちがよく知っている熱力学に従うので、素朴な量子力学で記述できるはずです。これこそが重力の本質に違いないから、原理として採用しよう、というのがホログラフィー原理なんです。つまり、「量子重力は、一つ低い次元の世界での普通の量子力学で説明出来る」わけです。

-ほんのり分かるんですが、具体的にイメージできません(笑)。

玉岡:イメージとしては、二次元の写真から立体を復元するようなイメージをするといいかもしれませんね。

-あぁ!なのでホログラフィ!

玉岡:標語的には「世界の内側は表面のものの投影として理解できる」と。どちらの視点で見るかは自由で、あくまで見方の話なんですよね。

-頭がクラクラします(笑)。

玉岡:気持ちは分かります(笑)。ホログラフィー原理が提案されてすぐは、アイデアは面白いけど、ぶっ飛び過ぎているとして今ほど広くは受け入れられなかったと聞いています。

-当時は、ある意味でとんでも論だったのかもしれませんね。

玉岡:さっきの話だと「少なくとも、計算上はブラックホールの表面にしかモノがないように見える」ということです。これは、やはり思考実験の話で、実際にそれが観測されたわけでもありません。理論的にも、思考実験ではなくて、より具体的なモデルが欲しいわけです。これについては後でお話しできればと思います。

-ひとつ上の次元から見るっていうのはどういうことですか?

玉岡:私たちの世界は3次元空間+時間が一方向の4次元と考えられています。ですが、実際には別の次元のことを考えたりもするんです。これは普段の生活でもあり得る話です。例えば、家から職場まで歩いて行く場合、地球の表面にずっといるわけですから、実質的に2次元的な運動しかしていません。こういう場合は、3次元空間をわざわざ考える必要はないわけです。また、数式に落とし込んでしまうと、次元ってパラメーターの一つに過ぎないというのはありますね。計算の最後に好きな次元の値を代入しよう、なんてことができる場合もあります。

-具体的に4次元ってどういう世界なのかという話ではないんですね。

玉岡:さまざまなスタンスの研究者の方々がいらっしゃるので一概には言えませんが、理論物理ではその時の目的に応じて、違う次元のことを考えることはよく行います。どうしても一般の方からすると、次元を変えると言っても想像しにくいかもしれませんね。

超弦理論とホログラフィー原理。

玉岡:そうやってブラックホールの考察から「ホログラフィー原理」が導かれたわけですが、一方、量子力学からもホログラフィー原理と同じアイデアが出てきました。「超弦理論」って聞いたことありませんか?

-「ひも理論」とも呼ばれる理論ですよね。

玉岡:そうです!素粒子を点や粒として捉えるのではなく、紐だとする理論ですね。紐の振動の仕方などによって、素粒子の色々なパターンを表現できますし、閉じた紐・開いた紐といった色々な紐の種類を考えることで、今まで量子力学では説明できなかった重力についても矛盾なく統一的に説明がついたりするんです。この「紐」は張力を持っているので、専門家は紐ではなく弦と呼ぶ場合が多いです。

-へー!

玉岡:この理論も、今のところ実験で実証されているわけではありません。量子力学と相対性理論を矛盾なく統一的に扱えるので、少なくとも理論的にはめちゃくちゃ凄い事なんですが。とにかく、この超弦理論の研究からも、ホログラフィー理論と同じアイデアが出てきたんです。

-どんなアイデアなんですか?

玉岡:ちょっと分かりやすいように、一番簡単な例を図を使って説明すると…。素粒子が点だとすると、時間と共に動く軌跡を描くと、線になります。これを「世界線」と言います。ボールを投げた様子をタイムラプスで撮影した写真を想像すると分かりやすいと思います。

点が伸びていって「世界線」になる。

玉岡:素粒子が紐だとすると、今度は時間と共に線ではなく面になりますよね。これを「世界面」と言います。特に、閉じた紐が時間と共に伸びていくと、筒になります。

-はい。

玉岡:この筒って開いた紐がぐるっと一周回った絵を書いても同じく筒になりますよね。

-あぁ!どちらの方法でも筒になりますね!

玉岡:要は超弦理論の考え方に基づくと、こうやって同じ対象に対して色々な見方ができるってことが伝えたかったんです。今の場合考察している対象は一つの円筒ですが、複数の視点から物理現象を捉えることができるわけです。今のような見方をより深く突き詰めていくと、超弦理論からホログラフィー原理が成立している具体的なモデルを見つけることができます。これは、閉じた紐が重力、開いた紐が電磁気力のような他の力を表現できるという事実に基づいています。

-それにしても、超弦理論も思考実験の域を出ないんですね。

玉岡:ホログラフィー原理も超弦理論もどちらも実験的な検証がないので、あくまで「仮説」ですね。なんですが、実際にこれらを用いると、先ほど話した一般相対論や量子力学、そして、エントロピーのような熱力学の法則とも理論的な矛盾がないことが確認できるんです。

-すごい不思議ですね。

玉岡:例えば、さっき話に出てきたブラックホールのエントロピーも、特殊なブラックホールに限定されますが、弦の自由度を数えることで説明できることが分かっています。実験的な検証はまだですが、先ほど話した理論的なテストをいくつもパスしているわけです。こういう事情もあって、研究の正しさは多数決で決まるものではないですが、今では、多くの研究者が超弦理論を支持しています。そして、その超弦理論から思考実験ではなくホログラフィー原理が成り立っている具体的な例、モデルが見つかったわけです。

-あぁそれでとんでも論でなく、きちんと事実が導ける最新の仮説として「ホログラフィー原理」が支持されるようになったんですね。

玉岡:今一番よく研究されているモデルは現実の宇宙そのものを記述する訳では無いのですが、この超弦理論から見つかったモデルの研究を通じて、ミクロな世界での重力を理解しようというのが大きな研究の流れだと思います。最近も、このモデルで得られた知見をもとに、ブラックホールの長年の問題の解決へ向けて大きな進展があったりしました。

ホログラフィーとは一体何か?

-玉岡先生はホログラフィー原理を使ってどのような研究をされているんですか?

玉岡:ホログラフィー原理は、重力のある世界と、重力のない世界の間の関係式を与えます。なので、ざっくりと分けて二つの研究の方向性があります。一つ目は、重力のことを知るためにホログラフィー原理を用いる研究です。これまで話してきたように、重力のない世界の知識を重力を理解するために応用できるわけです。一方で、重力について元々よく分かっていることもあるので、これを応用すれば、逆に重力のない世界、つまり重力の影響が無視できる難しい物理現象を解く道筋も与えてくれます。これが二つ目の方向性です。私は主に前者をメインに研究していますが、実際には両方の観点から、ホログラフィー原理そのものがどこまで成り立つか、どのように成り立つかを理解しようというのが大きなモチベーションとしてあると思います。

-確かにホログラフィーってなんだかよくわかりませんよね。

玉岡:まさにそれを理解するために研究しているんです(笑)。「ホログラフィーをモチベーション=動機にして、重力理論の幾何学量と対応する量子情報量の間の関係式を見つけ出すこと」が私の専門の一つです。

-もうさっぱりわかりません(笑)。

玉岡:順を追って説明しますね(笑)。まずは地図から考えてみましょう。地図上にある点と点があったとします。その最短距離って地図上だと点と点を直線で結ぶだけですが、現実の最短距離とは違いますよね。実際は地球の球面に沿って湾曲しているので、地図上に書くと曲線になります。

-あぁ!確かに。

玉岡:では、次に点をもう一つ加えて、面積として考えると、これも平面と球面では違いますよね。3点に囲まれた部分がどんな風に湾曲しているのかによって面積が変わります。今出てきた2点間の距離とか図形の面積、体積のようなものをまとめて幾何学量と呼びます。

-えぇと…ある空間の中からある幾何学量を持ってきて研究材料にするみたいなことですか?

玉岡:ひとまず、そういう理解にしておきましょう(笑)。大事なのは、幾何学量が空間の性質をダイレクトに反映している基本的な量だということです。言い方を変えると、幾何学量のことが分かれば、時空がどうなっているかが分かるということです。その幾何学量が、どのように時空が投影される前の表面で計算されているかが分かれば、ホログラフィー原理の基礎的な関係式が分かると期待できます。実は、面積のような幾何学量は表面の世界の「量子もつれ」の情報から計算されることが分かっています。

-またも新しいワード!「量子もつれ」ってなんですか?

玉岡:量子もつれは、とっても簡単に言うと…片方の粒子の状態が変化すると、それに対応してもう一方の粒子も同時に変化するような性質のことです。例えば、2つのコインを投げることを考えてみましょう。ただし、この2つのコインは見えない棒で繋がっていて、投げた後に表裏の結果が必ず一致するようになっています。どちらのコインも地面に落ちるまで表と裏のどちらになるかは分かりません。ですが、二つのコインの表裏の結果は必ず一致しますから、片方のコインだけ見ればもう片方のコインの表裏も100%予想できます。これができるのは、もちろんコインの間に棒が張り付いているお陰ですが、「量子もつれ」はミクロな世界においてこの棒の役割を果たすんです。
落ちてみるまでわからないけど、落ちてみたら結果は必ず同じになるみたいな現象が、量子の世界では、遠くに離れていても起きると一旦ご理解ください。

-はい。遠く離れていても片方の結果によって、片方の結果が決まると。

玉岡:そうです。その相関の強さ・量子もつれを何らかの道具=量子情報量で測ることで、ホログラフィーの根本的な構成要素を理解しようと試みているんです。

-要は現実世界の現象と投影される前の表面の情報は、量子もつれを使ってどうやって対応しているのか研究しているんですね。

玉岡:そうです!すごく面白いのが、この考察を通じて、新しい道具、新しい量子情報量を見つけることができる場合があるんです!この量子情報量はどんな物理系にも使える道具ですから、通常の物質など、重力以外の文脈でも応用できちゃいます。ホログラフィーという攻略の難しいダンジョンに潜ると、思わぬお宝を持ち帰ることができる場合もある訳です(笑)。

-へー!

玉岡:新しい理論が生まれたり事実が発見されると、それは一見すると全然関係のない他の分野においても有益だったりするんです。世界中で色々な分野の研究者がホログラフィー原理をきっかけにして、さまざまな新しい事実を見つけ出しているのは、すごくエキサイティングですよね。

-確かにすごくエキサイティングですね!

玉岡:これぞまさに理論物理だ!という感じがします。もちろん、最後はホログラフィー原理そのものを完全に理解したいのですが(笑)。

物理は世界をどうみるのかということ。

-一般的には、割とメタバースみたいな文脈で「この世界はホログラフィーなんだ」とか語られしまいがちですが、玉岡さんのお話を伺うと全然ニュアンスが違うように感じました。

玉岡:何か別の世界のことを話しているように聞こえて、メタバース的に捉えてしまうのも分かる気がします。あくまで自分たちの世界のことを理解する方法の一つがホログラフィー原理かも知れない、ということです。例えば、私たちには部屋が暑いとか寒いとか日常的な感覚はありますよね。物理を勉強すると、それは分子の運動の仕方が違うからだと理解できますが、普段生きていて私たちは分子の運動だとは認知できません。なので、世界がホログラフィーかどうかも、同じように私たちの日常に直接は影響がないはずですので安心してください(笑)。

-あぁ。暑いとは思っても、「今日は分子が活発だな」とは思いませんもんね。

玉岡:ですが、実際に「私たちの世界を根本から”誰かがシュミレートしている”という論には反証できない。」と言われている研究者の方もいらっしゃいますね。私はホログラフィーに限らず、物理は世界を理解するための便利な方法の1つとして捉えています。

-ある種ツール的なものなのかもしれませんね。

玉岡:私自身は、そのツールとして物理に一番魅力を感じているわけですが、実際には色々なアプローチがあるはずです。現代物理は「時空」や「次元」のように、すごく大きな枠組みを科学として真面目に議論できるので、すごくエキサイティングです。それがゆえ、研究対象が一見するとどんどんSFチックになる場合があるんだと思います。

-なんか「ひとつ上の次元から見る」なんて言われると、ある意味では宗教的にすら感じます(笑)。

玉岡:気持ちは分かります(笑)。科学は検証をベースに発展していくものですので、常にどこかしら疑ってかからないといけません。また、検証の結果前提が途中で変わってしまう、アップデートされる、ということもよくあります。なので、宗教とはアプローチが根本的に違うと思います。

-理解が及ばない部分もありましたが、お話をお聞きするとものすごく世界を不思議にみているように思いました。

玉岡:少しでも面白さが伝わっていると嬉しいです。私が物理を面白いと思うようになったきっかけの一つは、通常と違う新しい見方ができるようになることです。例えば、こうして話している私とあなたの位置関係を「1メートル離れている」と表現してもいいですし、その間にある空気量とかで記述してもいいかもしれません。私たちは、その都度便利な方法を選んで採用します。ホログラフィー原理というのは、そういった視点を変える一例なんですよね。まさに世界の捉え方の話でもあるんです。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。玉岡さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

玉岡:月並みですが、人との出会いですね。振り返ると、自分の予想もしなかった方向に物事が進んだ時、いつも誰かとの出会いがあった様に思います。研究という限定的な話をしても、いろんな人との出会いやコミュニケーションから新しいアイディアが生まれた事が何度もあります。もちろんオンラインやバーチャルも手段としてはいいのですが、生きている人同士の交流は失いたくないですね。もう1つは、さまざまなところにアンテナを張る、面白いことを探す好奇心です。好奇心こそが科学を新しい方向へ進めていく原動力ですから、科学に携わる者として絶対に失いたくないものです。こちらも、人との出会い・相互作用の中から生まれるものだと思います。

Less is More.

非常に難解な「ホログラフィー原理」を非常に噛み砕いてお話しいただいたが、いかがだっただろう。
玉岡氏のお話は、非常に現実的で、ミクロとマクロがつながったり、次元を超えたり、時空を考えたり。その全てが、今の私たちの現実とつながっているのは、やはり、少し不思議な感覚になる。世界の見え方が少し変わるような気がした。

(おわり)


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