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【後編】信仰と想像力。または、ノスタルジーを反芻すること。柴田勝家氏×谷川嘉浩氏対談

今回は、哲学者の谷川嘉浩氏とSF作家の柴田勝家氏の対談後編をお届けする。ぜひ前半と合わせて楽しんでいただきたい。

(写真左から)
柴田勝家:1987年東京都生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻所属。外来の民間信仰の伝播と信仰の変容を研究している。戦国武将の柴田勝家を敬愛する。2014年に『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞してデビュー。文化人類学的知見と量子力学を駆使した作品は選考委員の神林長平、小島秀夫両氏に激賞。2022年11月最新作「走馬灯のセトリは考えておいて」を上梓。
谷川嘉浩:博士(人間・環境学)。1990年生まれ。京都市立芸術大学美術学部デザイン科プロダクト・デザイン専攻特任講師。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。単著に『信仰と想像力の哲学』勁草書房。翻訳に、マーティン・ハマーズリー『質的社会調査のジレンマ』勁草書房。共著に、『フューチャー・デザインと哲学』勁草書房、Whole Person Education in East Asian Universities, Routledge、『メディア・コンテンツ・スタディーズ』ナカニシヤ出版Neon Genesis Evangelion and Philosophy: That Syncing Feeling, Open Universeなど。

「想像力」について。

-前編では「信仰」について色々お話しいただきましたが、「想像力」はどのような意味を持っていますか?

谷川:想像力は、理性と対比すると性質がわかりやすいんです。理性って合理的に考える能力のことなので、インプットが同じならアウトプットも同じはずなんです。一方の想像力って、入力が同じでも出力は変わる。同じ人が同じインプットをしてもアウトプットは違うかもしれない。こんな風に「いろいろな可能性をつかまえる」のが想像力の特徴ですね。

-なるほど。

谷川:想像力ってすごい可能性を広げてくれる一方、意外と厄介なものでもあります。自分の想像したものに捉われすぎると、現実が見えなくなる。そうすると、自分の考えやイメージが現実からフィードバックを得られなくなるんですよね。つまり、想像力には何かしらの制約が必要だ、ということなんですけど。

柴田:ワシは、著作の「ヒト夜の永い夢」を、まさにそういうテーマで書きましたね。

-現実の人物である南方熊楠と当時の時代背景をベースに書かれたSFフィクションですよね。

柴田:ごく簡単にいうと「世界は想像力があれば好きなように変えられる」という思想の敵に対して、主人公の南方熊楠は「想像力だけ広げていても、世界はバラバラになるだけだぜ」って立ち位置で対決する話です。じゃあ世界がバラバラにならないために、何があるんだというと、それこそ「因縁」なんではないかと。作中で熊楠は「因縁があることで、私たちはバラバラにならずに済む」といういう結論に至ります。

谷川:なるほど、因縁こそが想像力の制約になりうると。

柴田:なぜそういう結末になったかというと、実在の南方熊楠が那智の滝で修行じみた生活をしていたという伝記が元になっています。その生活をしている間、彼は精神世界への幽体離脱みたいなものを体験したらしいんです。つまり、想像力がいきすぎてしまった。那智の山奥で、誰とも関わっていない状態、因縁のない状態だったから、想像力を止める人がいなかったんです。

谷川:想像がどこまでも広がっているのに、現実からのフィードバックがなかったんですね。

柴田:そう。世界からのフィードバックがない状態だったんですよ。答えてくれるのは、粘菌だけという(笑)。そういった状態だと自我が溶けてしまう。想像力がいき過ぎると、そうなってしまうんです。現代においても、人と関わらないでいればいるほど、想像力に固執している人、自分の想像力に囚われてしまって出られない人って多いですよね。

谷川:SNS以来のフィルターバブルやエコーチェンバーといった論点を思い出すと、現代は、自分の想像力が止められない時代なんだと言えそうですね。一見、他者とのつながっているようで、実際にはそこに因縁はなくて、世界からのレスポンスがない状態なのかもしれない。

柴田:因縁がないとフィードバックがない。結論としては、ある程度の因縁があった方がいいんじゃねぇかと思ったんですよね。

谷川:ラルフ・ウォルドー・エマーソンというアメリカの詩人が『自然論』 という文章で、隠者だったときの熊楠と同じような体験について書いています。彼は「透明な眼球」という言葉を使うんですが、彼の想像力の手にかかると、自我も世界も溶けて透明になり、調和してしまうんですよ。

柴田:それは南方熊楠と同じ体験なのかもしれませんね。

谷川:実際、エマーソンはかなり現状を予定調和的に見る傾向がありますし、世界をじっと観察して、フィードバックを得るということが得意ではなかったと思います。それに対して、修行体験の後の熊楠は、想像力の全面化を避けて、ざらざらした世界からのフィードバックを選び直していますね。世界と一致するような恍惚を感じたにもかかわらず、彼がそこに固執しなかったのは本当にすごいなと。

柴田:素晴らしい研究者だと思います。修行生活の後、家族を持ち、友人たちと過ごすような人間臭い生活をするようになったそうです。森林保護の運動なんかにも積極的に参加しましたし、何かしらの理由で毎日他人と関わるような生活をしていました。彼は、現実社会に戻ってきたタイプなんですよね。

谷川:過剰に人とつながる状態と、全く世の中とつながらない状態の両極を持っていたんですね。その間で、揺れながら考えることができた。

柴田:結果的にバランスが取れたということなんでしょうね。


ノスタルジーが信仰になる可能性。

-前編で谷川さんが「日常的な冷静さを持つためには、熱狂とは別の信仰が必要なんじゃないか」とおっしゃいましたが、これから信仰になりうるものって何かあると思いますか?

谷川:特に『アメリカン・ブッダ』以降の柴田さんの作品にヒントがある気がします。ご自身も気づいていないと思うんですが、『アメリカン・ブッダ』辺りから、「懐かしい」という言葉が使われる頻度が挙がっているんですよね。懐かしさといっても、ちょっと特殊なんですよね。柴田さんの作品では、主人公が初めて聞いた言葉を懐かしく感じたり、データで再現された人格が何かを懐かしんだりしています。つまり、本物か偽物かをはっきりさせない状態で爽やかに生きている人が、何かを懐かしむ感性を持っているんです。

-なるほど、面白い。

谷川:『走馬灯のセトリ』の表題作は、死後に自分のAIを残そうとする人たちのやりとりを通じて、懐かしさの感覚を描いています。それから、収録作の「絶滅の作法」は、地球滅亡後の世界で、謎の宇宙人が日本社会をシミュレートしながら、原形もわからない日本の暮らしや文化を懐かしむという話です。だから、私たちが普段イメージする「ノスタルジー」とちょっと違いますよね。

「走馬灯のセトリは考えておいて」。表題作に加えて、本文中にも登場する「絶滅の作法」も収録。

柴田:そうですね。

谷川:この意味での「ノスタルジー」は、肥大化する想像力にとっての因縁になりうると思うんです。それを「重し」というか、熱狂とは別の形の「信仰」と呼んでいい気がしています。

柴田:確かにそう言われると、最近ワシもなんだか懐かしいものばかりを考えることが増えましたね。

谷川:「絶滅の作法」のように、自分自身の体験したことのない風習、全然知らない文化を懐かしむ姿勢はすごく気になっています。

柴田:あの作品のスタンス、作者のワシも大好きなんですよね。民俗学って名前も知らない人々が、長い時間かけて積み重ねてきたものを研究します。それが大好きなのは、自分自身の思い出に固執していないところなんですよ。例えば、民具博物館みたいなところに行くと、自分自身で使ったことはないにも関わらず、懐かしいって感じたりしますよね。そういう懐かしさを大事にしたいんですよね。

谷川:自分ではない誰かの暮らしが垣間見える断片に、どうしようもなく惹かれて、「懐かしい」ってなっているんですよね。このノスタルジーは、自分の記憶ではないからシミュレーションというか偽物なんだけど、でも自分の偽りない感覚なんですよね。

柴田:自分以外の誰かが積み重ねてきたものに対するノスタルジーってのは、失われずに持っていたいですね。


谷川:そういうノスタルジーって、文化の純粋な保存を想定していませんよね? 「絶滅の作法」でも、寿司とクリームチーズの掛け合わせが出てきますし、帝釈天の伝播に関する論文もそうですが、柴田さんの中では、再現や誤解、ズレを含みながら文化が伝わっていくさまが、そのまま爽やかに肯定されている感じがします。

柴田:特に民間伝承には、そういうズレがありますね。でも本質的にはそういったノスタルジーに触れることで、「昔からあって、現代まで脈々とつながっているんだ」ということを信じたいのではないかと思いますね。この気持ちこそが大事なのであって、それ以外のところはズレて変わってしまっていてもいいんじゃないかと思います。

谷川:「再現や誤解を通してであっても、絶滅や断絶を超えてどうにかこうにか、今私のいるところまで、この文化やモノが受け継がれてきている」っていう、時間感覚のことですね。それが、私たちが「ノスタルジー」と呼んでいるもの。

柴田:不安定な現代において、もしかしたら時間くらいしか自分自身を保証してくれるものってないのかもしれないですよね。

谷川:「ハレのイベントが乱立して緩やかな日常が確保しづらくなった」っていう話ともつながりますね。目の前の些細な熱狂に一喜一憂し、膨大な祝祭を次々に消費している現代では、自分の生きる時間スパンを超えているものに触れることは大切かもしれない。

-若い世代が懐かしさについて語ってるのは、ちょっと不思議にも思えるけど面白い論点ですね。

谷川:柴田作品の描くノスタルジーの面白いところは、あくまでも誰かの記憶を「想像/シミュレート」したもの(=偽物)なのに、実際に「因縁」を感じている(=本物)というところですね。さらに言えば、ノスタルジーって、「あーあの頃はよかったな」「あの人がいたときはさ……」みたいに漠然と感じられるものではなくて、民具や寿司のようなモノとか、誰かの印象的な仕草とか、誰かの使った言葉のように、手触りのある具体性を介して生まれていますよね。だからか、内輪的な懐古では全然なくて、共同体的なノスタルジーから距離をとって描いている感じがします。

柴田:距離には気をつけています。ノスタルジーってある意味では危険なものですから「昔よかった!昔最高!」「あの頃に戻りたい」みたいな描き方はしたくないんですよね。我々は結局進むしかない。進むしかないって意識を持ったまま懐かしさを描くようにしています。

谷川:そこなんですよ。いい話風にしてきましたけど、ノスタルジーってまさに「想像力の産物」ですし、危なっかしいんですよね。「アメリカをもう一度偉大に(Make America Great Again)」とか「日本を取り戻す」みたいに、ノスタルジーに基づくレトリックは政治的動員のために常用されています。

柴田:難しいですよね。ワシ自身は過去に戻りたいって思ったことはなくて。「この街に住んでいたことがあるな」と思いながらその街を歩いているというか。例えば、そこに自分の知らないビルが建ってても「おっと、でかいビルが建ったな」って思うだけっていうか。変わったことを受け入れながら、同時にノスタルジーを感じているという。

谷川:一般的な意味での「ノスタルジー」は、都合のいいユートピア的な過去を想定し、自分の経験として懐かしむものですね。それに対して、私たちは、再現や変形を通して何とか伝わってきた過去を、他者の体験として懐かしむことを「ノスタルジー」と呼んできたのだと思います。

柴田:過ぎ去っていくことを受け入れているんですよね。

谷川:保守的な懐古は、自分が想像した過去のイメージこそが本物だと断言した上で、それを「自分の記憶」として語っているところがありますね。そういう本物崇拝が、変化を許容できなくするのかもしれません。

柴田:こういう感覚って他の人に強要するものではないですから、各々バランス良くノスタルジーと付き合えばいいと思いますが、ワシはそういう風に受け入れていますね。地球が滅ぶ瞬間もそうありたいと思いますよね(笑)。「おっ!地球が滅びたね!懐かしいね地球にも色々あったんだね。」って(笑)。

全員:(笑)。

谷川:地球が滅んでも、どこかの宇宙人がきっと懐かしんで、因縁を感じてくれますね(笑)。


ノスタルジーを反芻する。オルタナティブな可能性。

-柴田さんの話を聞いていて、懐古厨に陥らず、ただただノスタルジーを反芻するのってどういう意味があるんだろうって思いました。

柴田:ワシは反芻することが多いのかもしれないですよね。「あのこと思い出してみよう」って、思い出したりします。

谷川:へー!

柴田:「ようし。今からあの嫌な思い出を思い出すぞ」「あの当時の気持ちを今思い出してみる必要がある」と、意図的に思い出したりします。

谷川:脳内で検索して引っ張り出してくるんですね。面白い。それは、執筆している時ですか。

柴田:執筆中はもちろんですが、日常の何気ない時にも引っ張り出しています。「そうだ、思い出そう!」ってな感じで。

谷川:その感覚、すごいですね(笑)。

-なにゆえ、そうやって意図的に思い出を反芻しているんですか。

柴田:思い出の中の自分に比べて、現在の自分は段階を経てパラメーターが変わっていますよね。だから、現在の自分が思い出に触れたらどうなるんだろうとシミュレーションする感じですかね。思い出と照らすことで、今の自分自身の変化が知りたいのかもしれませんね。

谷川:なるほどー。反芻することで当時と今の自分の差異に気がつけるんですね。

柴田:メイド喫茶でメイドさんと仲良くなれなかった思い出があったとします。時を経て、別のメイド喫茶で、かつて大喧嘩した人と似ているメイドに会ったと仮定して…。

-面白い仮定ですね(笑)。

柴田:帰り道に「もう一度、仲良くなれなかったメイドのことを思い出してみよう」と。そこには新しいメイドと上手くやれるヒントがあるかもしれないと(笑)。そういう感じですね。

谷川:現在の状況を踏まえて、自分の過去ログを辿ることで、新しい戦略や行動の可能性を探っているんですね(笑)。

柴田:試行錯誤を繰り返しているんです(笑)。

谷川:柴田さんとはちょっと違うかもしれないですが、私も反芻しながら試行錯誤するのは大事だと思っています。『鶴見俊輔の言葉と倫理』という本で書いたのですが、作家の中野重治と民俗学者の柳田國男の議論をかけあわせながら、鶴見俊輔という哲学者が、一つの記憶を繰り返し反芻することの意味について論じています。どういうことかというと、長期にわたって何度も同じ記憶を反芻する人は、それによって、別の可能性を汲み出そうとしているのかもしれない、というんですね。もちろん反芻したからといって、都合よく別の見方が降りてくるとも限らない。それでも反芻してみる。そういう意味で、反芻って、過去からオルタナティブな可能性を探ろうとする、祈りにも似た行為に見えてくる。

-なるほど。

谷川:そこで反芻する記憶が、自分の実際の記憶ではなく、柴田さんの描いたような「誰かの記憶の再現(シミュレーション)」でも構わない。何度も同じ記憶を検索して反芻し、そこで色んな仕方で咀嚼することが大事ですね。ノスタルジーは、そうやって反芻とセットになった方がいいのかもしれない。

柴田:自分の過去っていつでも食べれる食べ物がたくさんあるみたいな感覚ですよね。もう一度噛んだら毒があるような思い出もあるので、消化できそうな時に噛むっていう(笑)。

谷川:そうそう(笑)。重たい記憶だと、精神的にも元気な時に反芻しないと、消化不良を起こしてしまいますね。ただ、柴田さんの作品には、主人公と他の誰かが一緒に何かを懐かしむ姿もしばしば登場します。かつての寿司を知らない人たちが協力して、一緒に寿司作りをしてみたり、データで再現された人格が過去を懐かしむ時間に主人公が付き合ったりする。誰かの記憶を一緒に反芻しながら懐かしむと、いいのかもしれないですね。

柴田:自分の過去を知っている人と過去を反芻するのはいいかもしれませんよね。あとは、リアルタイムでは知り得なかった周囲の状況をもう一度調べながら、反芻するといいと思います。

谷川:哲学の研究でも同じことをやります。ある哲学者の言葉をちゃんと反芻するためには、当時の状況をシミュレートするしかないんです。その哲学者がどこに住んでいたか、誰と同僚だったか、当時何を読んでいたか、何がホットな論争だったのか、どんな社会的事件があったかなどの周辺情報をできる限り集めなければ、どういうモチベーションでその話をしていたか、何もわからないんですよね。

柴田:うん。そうですよね。自分の中のノスタルジーを対象化できるってのはいいことです。

谷川:柴田さんのいう通り、自分自身の思い出に関してもそういう当時の状況みたいなもの調べながら振り返るのは大事ですね。例えば3.11の震災から10年以上経ちますし、新型コロナウィルスの流行からも3年経っている。その当時の風景や感覚って、自分のことでも資料などを見返してみないと正確に思い出せませんよね。

-あぁ。ショッキングな体験でさえ、薄れているかもしれませんね。

柴田:周囲の状況を調べることで、自分の中のノスタルジーを対象化できるってのはいいことです。折に触れて当時の記録などを見返しながら、ノスタルジーをうまく反芻すべきなんだと思います。前に進むためにも。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。今回は、お互いに失って欲しくないと思うものについてお聞きしたいと思っています。

柴田:谷川さんが失くして欲しくもの…難しいですね。そうですね…「スマホ時代の哲学」で描かれたような、気楽さは失って欲しくないなと思いました。漫画や小説、映画と、色々なところから引用していたり、ああいう縦横無尽さみたいなものが、谷川さんの魅力だと思うので、それは失わないでほしいなと思います。

「スマホ時代の哲学~失われた孤独をめぐる冒険〜」

谷川:私は、柴田さんの物語の大きな魅力である、解釈しきれない断片、緩急の「緩」を失わないでいてほしいなと思いました。そういう解釈の余白があったからこそ、今回こういう対談ができたんだと思うので。

-本日はお二方ともありがとうございました!

谷川氏最新の共著「ネガティヴ・ケイパビリティで生きる ―答えを急がず立ち止まる力(さくら舎)」も合わせて楽しんでいただきたい。

Less is More.

対談は和やかなムードの中、時に真剣に語り合う二人の姿が印象的だった。柴田氏のほぼ全書籍を読み込んできていただけた谷川氏、そして「スマホ時代の哲学」に共感してご快諾いただけた柴田氏にこの場を借りて感謝を。

ぜひ、より良い未来に向かうために、ノスタルジーを正しく反芻して見るのはどうだろう。

(おわり)

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