エネルギー問題に対して、私たちができること。ポスト石油戦略研究所代表・大場紀章氏インタビュー。
現在さまざまな問題の中心にあるエネルギー問題。こうしたエネルギー問題は選択肢も広範に渡る上、利権や地政学なども複雑に絡み合い、どこから考えるべきかよく分からない方も多いのではないか。
私たちが、もう一度エネルギー問題を正しく理解し、どのように参加すべきなのか、エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所代表・大場紀章氏にお話をお聞きした。
エネルギー問題をどこから紐解くか。
-現在、エネルギー問題と一口に言っても環境問題・気候変動問題など、複数の問題が複雑に語られています。どのように理解していくのが良いか、その糸口が掴めればと思っています。
大場:例えば「エネルギー」とGoogle画像検索すると、太陽光パネルや風力発電などの画像が上位表示されます。これは再生可能エネルギーに対する期待を示す一端でもあると思いますが、現実の世界を見ると再生可能エネルギーは一次エネルギーの数パーセントを担うに過ぎません。現状の世界は8割以上が石油・石炭・天然ガスといった化石燃料を利用したエネルギーであることをまずは認識して欲しいと思っています。
-ある意味、期待と現実が乖離しているんですね。
大場:その上で、もう一つ認識しておきたいのが、ご自宅の太陽光パネルや電気自動車への切り替えといった個々人での解決は、エネルギー消費全体の割合からすると非常に小さいものだということです。日本全体で消費されるエネルギーのおよそ3/4は産業用として使用されています。私たちが普段生活する中で、見えていないエネルギー消費が大半なんです。身近なところからの解決というのは、なかなか難しいことでもあります。
-気候変動問題とエネルギー問題の相関をどのように考えていけばいいでしょうか?
大場:90年代以降、気候変動問題が盛んに語られてきました。その中でエネルギー問題の認知が進んできたことが両者を同一の問題として捉えてしまうきっかけになったのでしょう。近年では、研究も進んだことでますます相関が強く論じられています。ですが、純粋にエネルギー問題として考えると、気候変動問題の裏に化石燃料の供給側の問題というのがあることは、意外に知られていません。
-供給側の問題?
大場:えぇ。90年代に採掘しやすい化石燃料は、採掘し尽くして来てしまったんです。それに加えて2000年代に入ると、中国経済の成長に伴って燃料消費が爆発的に上がりました。これによってますます世界経済を支えるだけの化石燃料が足りなくなると懸念されています。
-化石燃料が足りなくなるのは、すごく怖いですね。
大場:先ほど世界で使用されるエネルギーの8割以上が化石燃料だとお話ししましたが、その中でも非常に価格当たりの効率が良く、使い勝手に優れている石油は特に問題とされています。すでに掘りやすい所ではかなり採掘されてしまっていて、21世紀中に良質な石油採掘が困難になるというのが専門家の見立てですね。「安価な石油の生産拡大が難しくなる」というのは、ガソリンだけでなく、プラスチックや化学薬品といった私たちの日常にも直接的な影響があるので、この事実をパニックにならないようマイルドに伝える必要がありますよね。こういった化石燃料供給側の現実を踏まえて、エネルギー使用抑制を正当化するためにも「気候変動」というナラティブが機能してきたと考えています。
-なるほど…。結果的に気候変動問題とごっちゃに理解されてきたんですね。
大場:現在のように気候変動問題が特に重視される前は、そういう言い方がされていたりしました。もし、今の10倍以上の石油や天然ガスが見つかったと仮定すると、現在のようなカタチで気候変動問題の中でエネルギー問題が語られてはいなかったのかもしれませんね。
-確かにそうかも知れませんね。
多様なエネルギーの選択肢をどう考えるか。
-エネルギー問題の解決方法として、ブルーアンモニア・シェールガス…など様々な手法があってすごく複雑で分かりづらいというのもあるのかなって思います。
大場:おっしゃる通り、選択肢の多様さが多くの人にある種の混乱を招いていると思います。なぜ増えているのかというと、どの技術であってもエネルギー問題解決の決め手に欠けるため、あの手この手で選択肢が増えているような状況ですね。
-大場先生が理想と思われる選択肢はあるんですか?
大場:少し極論かもしれませんし、質問への直接的な答えになっているか分かりませんが…例えば、核融合エネルギーのような無尽蔵なエネルギーが安全性も高く実現したことを想像してみてください。そういう夢のようなエネルギー生成装置が完成したと仮定すると、それによって現在あるエネルギー問題は解決するかも知れません。
-そうですね。
大場:でもそれは、新しいディストピアの始まりとも捉えられると思っています。無尽蔵のエネルギーという存在の影響は、広範に渡る可能性があります。例えばカロリーという意味では食料が無限にほぼゼロコスト生産できるかも知れませんし、その結果として、食糧難の解決から世界的に人口を爆発させるかもしれない。エネルギー問題が解決した世界が実現したとして、地球が耐えうるのかは疑問ですよね。他にもそういう無尽蔵なシステムを保有する人々とそれを使用するだけの人々との格差は現在の比ではなくなってしまうかも知れません。
-確かにそうですね。
大場:わかりやすく例えるなら「人類が絶対死なない薬を手に入れたとして、それは本当に使って良いのか?」という問いに近いですね。この場合、非常に有益な薬であっても個々人が「使う・使わないの選択をどうする?」とか、「誰かに死んでは欲しくないが、全ての人が生き続けることで社会は持つのか?」…という問題が次々に生まれますよね。
-あぁ。そもそもの問題ではなく倫理的な問題すら孕んでしまう。
大場:もちろん研究・開発自体は素晴らしいことですが、現実の社会にそれがフィットするのか、そして本当に持続可能な良い方向に向かうのかというと疑問です。どうしても、究極のクリーンエネルギーみたいなことを考えがちですが、現実的な妥協点を探ることがすごく大切だと考えています。現在あるエネルギーの選択肢の多様さは、ある意味では健全だと思いますし、バランス良く可能性を探っていくというのが、今の私たちが考えるべきことではないかと思いますね。
-理想論から考えるのではなく、あくまで現実との擦り合わせの中で、解決していくしかないということですね。
再生可能エネルギーへの期待と現実。
-とはいえ、いろいろな選択肢の中で、やはり再生可能エネルギーについては、期待をしてしまいます。
大場:短期的にはクリーンなエネルギーが手に入るので良いと思われていますが、中長期的にどのような影響が出るのかは少し注意して考えた方がいいと思います。
-え?悪い影響もあるんですか?
大場:日本を例に考えてみましょう。日本の平地面積あたりの太陽光パネル導入率は主要国で世界一。2位のドイツの2倍もあります。絶対量では、アメリカ・中国に次いで世界3位。アメリカと中国は日本の約25倍の国土面積があります。このような側面から見ると、日本の再エネ導入はすごく優秀なんです。
-日本は再生可能エネルギーから見ると先進的なんですね!
大場:はい。ですが、一方で現状でも山を削って太陽光パネルや風力発電のタービンを設置していたり、日本の国土全体で自然を圧迫する手前くらいまで開発が進んでいます。そういった側面から見ると、やはり再生可能エネルギーに期待はすれど、いいことばかりとは限りません。
-そういった自然環境への影響は、あまり視野に入っていませんでした。
大場:2019年に再エネ海域利用法が施行されて以降、国土の圧迫が少ない洋上風力発電も注目を集めています。ポテンシャルもあると思いますが、現在の計画を見る限りでは国内電力消費の数パーセントをまかなうに過ぎません。
-やはり現状で再生可能エネルギーだけに頼る選択肢は難しいのですね。
まずは、産業から考えること。
-現実を踏まえて、大場先生はエネルギー問題をどのように解決していくのが良いとお考えですか?
大場:一般的にエネルギー問題というと、電力だけを考える方も多いと思うんですが、実は電力は全体のエネルギー消費量の約25%に過ぎないんです。
-え!?ということは、電力の問題が解決しても、エネルギー問題のおよそ1/4しか解決しないということですか?
大場:ごく簡単に言えばそうです。残りの75%のエネルギーは、主に「熱エネルギー」として消費されています。熱エネルギーというのは、例えば輸送に使うガソリンや、給湯に使われるガス、工場のボイラー、製鉄に使われるエネルギーなどのことです。この75%を占める熱エネルギーこそ変革していくべきかと思っています。
-どんな部分から変えていくのでしょうか?
大場:熱エネルギーから、電気に切り替えるのが最初の一歩だと思いますね。最もわかりやすい例は、ガソリン車から電気自動車への切り替えです。
-ん?結局電気に切り替えても、発電の9割近くは化石燃料に頼っているんですよね?
大場:それはその通りです。ただ、自動車以外の熱需要に目を移すと、低い温度帯であれば同じ熱需要でもボイラーからヒートポンプに切り替えることで圧倒的にエネルギー使用量が減ります。まずは、産業用の熱エネルギーを電気式に変えることが第一歩ですね。
-いきなり化石燃料ゼロにするのではなく、ひとまず電気にシフトすることで減らしていくと。
大場:中低温熱需要と言われる50度~150度の熱エネルギーを使っている産業の場合は、電気式に置き換え可能なケースが多いです。一方、製鉄・セメント・石油製品の製造などの産業の熱需要は電気等への置き換えが難しい。手段がないとは言いませんが、現状の技術ではコストがかかり過ぎたりとまだまだ現実的ではないかなと思います。
-産業や企業から解決できることが多いんですね。
大場:その通りですね。ただ、この電気への切り替えというのが、産業全体でのマニュアルと言えるものがないんです。なので、個別の事業者ごとにアイデアを出し、エネルギー転換のためのテクノロジーを開発して、その導入促進を図る制度設計をしていく必要があります。私が参加している政府委員会でも個別企業ごとに解決し国際社会でも競争できるように議論を進めています。
-日本企業の進捗はいかがでしょうか?
大場:今までは、経済産業省がエネルギー政策で一番焦点としてきたのが、石油・ガス産業や電力事業者といったエネルギー供給側に対する規制が中心でした。今求められているのは、エネルギーの需要側、つまり使い方の転換です。これは、産業界の抜本的改革を意味し、つまり産業政策そのものなので、必ずしもエネルギー政策として捉えられていませんでした。ようやく、企業への問題認識を推進し始めましたので、スタート地点に立ったという感じでしょうか。
エネルギー問題に対して、個人ができること。
-一方、エネルギー問題については、影響の大きい企業よりも個人の方が意識が高い方が多いようにも感じます。
大場:それはある意味では当然で、環境省の所管業務においては、個人に対して行動変容を促すようにアプローチしてきた結果だと思います。
-お話をお聞きすると、個人ができることが非常に少ないイメージがあります。
大場:そんなことはないと思いますよ。産業・企業といった大きな枠組みであっても、紐解けば個々人の集合でもあります。まずは、なんらかの産業に従事されている方であれば、日々の仕事の中から解決することを考えるべきですね。また、個人ができることで最も大きなこととして、職業の選択や居住地の選択というものもあります。そうした判断の積み重ねによって社会は形成されています。あるいは、そこまで大きなことでなくても、日常的な購買行動で、少しだけエコフレンドリーなものを選ぶだけでも意味があると考えています。
-それなら日常的にも少しずつできそうですね。
大場:一口にエネルギー問題といいましても、先ほど話したような気候変動問題に重きを置いている人、化石燃料の使用を抑えたい人と、それぞれ角度が少しずつ違いますし、それによって支持するブランドや企業が違う訳です。そういった意見を購買などを通じて表明していくことは、強い意味があります。企業側が、意味のある活動をしてもインセンティブがないと続きません。個人がより積極的な取り組みをする企業を後押しすることで、変革を促すことに繋がります。
-日々の購買行動が意見表明に繋がるんですね。
大場:あとは、株式投資という手段は、大きな意味があると思います。例えば、テスラの株式評価額ってバブルと呼べるほど異常に上がりましたが、あれも未来への可能性を感じた民意の高まりと呼べる側面はあると思います。テスラに関しては、もちろん特殊な例ですし、良くも悪くも様々な角度で語れると思いますが。
-確かにテスラに関しては、投資家だけでなく一般的にも相当認知されて期待が高まっている印象がありますね。ただ株式投資というと、現実的にはなかなかハードルが高いと考える人も多いと思います。
大場:日本は株式投資の文化が欧米に比べると少ないですからね。ですが、自分が好きな企業に一票を投じるような気持ちで、投資するのも一つの手段だと思います。ただし、ことESG投資となると歪みがあるので、少し注意が必要だと考えています。
ESG投資の歪みとは。
-ESG投資の歪み?簡単に教えていただけませんか?
大場:ESG投資評価の流れとして化石燃料の採掘などに関わる、いわゆる上流開発をしている企業からも投資の引き上げをしようとしているんですね。
-そうなんですね。それが問題なんですか?
大場:非常に問題なんです。先ほども言及しましたが、再生可能エネルギーだけでは世界の産業が立ち行かないのが現実ですよね。そういった現実を無視して、ESG投資評価を進めることで、上流開発企業に資本が集まらなくなりますよね。
-確かに。
大場:現実的にエネルギー使用量は減ってないのに、エネルギー採掘に投資をしないことで、供給側に安定供給するだけの資金がなく、エネルギーコストが上がるという事態を起こしてしまう。
-需要と供給のバランスが崩れて、供給不足になる可能性があるんですね。
大場:化石燃料の供給不足になることで、モノの価値が上がったり電気代が上がったりします。ESG投資を推進した結果として私たち一般消費者への負担が増大する訳です。こうなると「脱炭素化」に至るプロセスが、一般消費者の多大な負担の上で進んでいくことになってしまいます。
-なんとなくESG投資というと、投資家だけの問題だと思っていました。
大場:ESG投資は、最終的にカーボンゼロを実現するまでのプロセスにおいて、その変革コストを誰の負担にするかという争いでもあるということです。投資家をはじめとする資本力を持つ側は、常に最終消費者にその責任を分散させたいと考えているとも考えられます。ESG投資には、そういったいびつな側面があるということです。
-自然に巻き込まれてしまうのは、怖いです。確かにESG投資は歪んでいるように感じますね。
大場:こういった社会変革におけるリスクテイクを誰がするのか?というのは、もう少しきちんと議論すべきかと思いますね。
-大場先生はリスクテイクについては、どのようにお考えですか?
大場:当然、国家単位で制度設計することも考えられますし、他にも幾つのかの選択肢はあると思います。私自身は、エネルギー変革に伴うリスクを過度に消費者に負わせるのではなく、国家やエネルギーに関わる事業者こそがそのリスクを積極的に負うべきと考えています。様々な問題やリスクも織り込み済みで事業を設計し、いざという時のセイフティーネットとなる。それが国民国家・資本主義システムにおける自然なカタチではないかと考えています。
もう一度、根源的なところから考え直すチャンス。
-今日お話をお聞きして、個人としても学び、考えないといけないことだと思いました。
大場:そうですね。エネルギー問題を個人から考えることは、現在の当然のように享受している生活を再考するためのチャンスでもあると思っています。
-もう少し詳しくお聞きできますか?
大場:例えば、私たちは成人であれば誰でも免許を取得して、車を購入できますよね。でも「そんなスピードで移動する必要って本当にあるんだっけ?」という本質的なところから考えることが重要だと思うんです。
-なるほど。
大場:イヴァン・イリイチという哲学者がいるのですが、彼は人間は自転車くらいのスピードまでしか通過した街を認識できないと言っています。そうすると車で移動すると、見えているのは道路と高速に流れる景色だけで、空間としては出発地点とゴール地点しか認識していないのかも知れませんよね。
-スタートとゴール以外は認識していないかも知れないと。
大場:移動間には、様々な街があったり人が住んでいたりする訳ですよね。例えばですが、そういう現在の移動スピードで失われてしまったものが、コミュニティの相互不理解の原因になっている可能性って考えられませんか?
-あぁ。確かに「早くて便利」の裏で何かを失っていることがあるかも知れませんね。
大場:極論ですが、結果的に私たちの暮らしに車が必要ないという選択もあるかも知れませんよね。私たちの生活って本来どういうカタチが良かったのか、今の世界のカタチで良かったのか…エネルギー問題を通して、そういった根源的なことから考え直すことが求められているように思います。
これからの世界で失いたくないもの。
ーでは、最後の質問です。大場先生がこの先の世界で失いたくないものは?
大場:私は、ラーメンと温泉ですね。私が日本に住んでいる理由は、多様なラーメンが食べられて心地よい温泉に入れるのは日本だけだからなんです。いつまでもラーメンと温泉が楽しめる日本であって欲しいですし、そのために頑張っているんです(笑)。
Less is More.
非常に複雑なエネルギー問題。多くの人が気になっているであろう、さまざまな疑問に丁寧にお答えいただいたが、どうだっただろうか?複雑に見えても、少しだけでも意識することで私たちの日常から変えられることは多いかも知れない。
(おわり)