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「学問」とは、常に揺らいでいるもの。学問バーKisi 店長・豆腐氏インタビュー。

2023年1月、歌舞伎町の端にオープンしたばかりの「学問バーKisi」はとてもユニークなお店だ。
大学院生や研究者が日替わりでバーテンダーを務め、自身の研究内容や専門分野についてレクチャーする。その日集まった客と(あるいは客どうしが)、ある時には深く議論を交わし、ある時にはラフに対話を楽しむ。公式サイトを見ると、とても幅広い分野や研究テーマを冠した、魅力的なイベントタイトルがずらりと並んでいる。学校や専門の枠を超えて集い学び合う、ちょっと変わったこのバーの店長を務める豆腐氏にお話を聞いてみた。

【Profile】
豆腐:高校まで埼玉県内の公立校に通った後、2010年に東京大学文科三類に入学。2015年に同大学文学部行動文化学科社会心理学専修課程を卒業し、学術系出版社に編集職として入社。約5年間勤めて退社したのち、およそ2年の空白期間を経て、今年1月に学問バーKisiの店長に就任した。

↑学問バーKisiの公式サイト。日替わりバーテンダーの応募についての詳細も、このサイトで確認できる。


幅広い「学問」を取り上げるバー。

-コンセプトからお聞きしてもいいですか?

豆腐:「お酒を片手に学問的な会話を楽しめる新宿歌舞伎町のバー」です。なるべく簡潔にお答えできるように考えてきたんですよ(笑)。

-ありがとうございます(笑)。オープンした経緯を教えてください。

豆腐:実はKisiには私と別にオーナーがいまして、彼は元々Kisi以外にもちょっと変わったバーを運営しているんです。毎日異なる人が一日店長としてイベントを開く「イベントバー」という業態で、オープンしてからかれこれ6年半ほどになります。そこで開催されていた「院生バー」という、大学院生が一日店長を務めるイベントが、以前から好評だったようなんですね。

-元々雛形となるようなバーとイベントがあったんですね。

豆腐:そうなんです。それから、同じお店で催された「宇宙バー」というイベントも原体験になったみたいです。「宇宙」という一大テーマを中心に据えたイベントに、スタートアップ企業のエンジェル投資家から素粒子物理学専攻の大学院生、宗教学者まで集まって、かなり議論が盛り上がったらしいんですね。知的なバックグラウンドの異なる人たち同士の化学反応に、面白さと可能性を感じたみたいです。そうした成功体験が「学問バーKisi」のオープンにつながったと聞いています。

-「学問」というすごく大きなコンセプトだけに、かなり幅広くリベラルに学べる場所ですよね。扱うテーマや分野は限定していないんですか?

豆腐:どうしても人が集まりやすいテーマや分野はありますが、なるべく偏りは失くしたいと思っていますね。集客が難しそうなテーマであっても、切り口を工夫することで間口を広げていきたいと考えています。

-毎日違った人が違ったテーマでイベントを行うとなると、切り口を作るだけでも大変そうですよね。

豆腐:年中無休で頑張りすぎると疲れてしまうのも確かなので、イベントのタイトルや告知の仕方といった部分をチューニングするくらいになるべくとどめてはいます。あと「イベント」と称してはいますが、タイムテーブルを厳密に決めすぎず、担当してくれる学生や研究者さんがなるべく自由にやっていただけるようにしていますね。

-どのようなお客さまがいらっしゃることが多いんですか?

豆腐:社会人の方もいらしてくださいますが、割合としてはやはり学生さんが多いです。大学の偏りはあまりなくて、近隣の大学から来る方が若干多いかなというくらいです。勉強熱心で知的好奇心の強い人たちが、所属や学部の枠を超えて集まってくれている印象ですね。もちろん、テーマや分野によっては、特定の大学の学生さんが多く集まる日なんかもあります。

-学生さんは自身が専攻する領域についての学びを求めていらっしゃるんですか?

豆腐:必ずしもそんなこともなくて、隣接する領域に興味を持ってやってくる学生さんも多いですね。例えば、民俗学がテーマのイベントには、社会学や文化人類学といった、似たような対象を扱う領域を専攻する方が、興味を持って足を運んでくれやすい、といった傾向は多少あります。とはいえ、自身の専攻とは全く違う領域のイベントに、単純な興味から来てくださるお客さんも多くいる印象ですね。

編集者からバーの店長へ。

-学校・学部を超えて、リベラルに学べる場って実はすごく貴重な気もしています。

豆腐:ある大学の博士課程の院生さんから「東京大学に代表されるような、研究者を多く輩出する大学に所属していると、自然と先輩後輩の関係に恵まれるから、研究の道を進むための相談相手に困らない。他方、中堅以下の大学だと研究に進む人数自体が少ないので、コミュニケーションを取れる人がとても少ない」といった話を聞いたことがあります。これにはなるほどと思いました。Kisiが所属を超えた出会いのきっかけになって、こうしたある種の格差を埋める役割を果たしていけたら、それはすごく嬉しいですね。

-あぁ。そういった大学ごとの差もありますもんね。

豆腐:学会などがそういう機能を果たしている側面もあるとは思うんですが、やはり分野の違う人と話したり、立場を超えてフランクに会話したりすることは、なかなか難しいんだろうと思います。お店に集まった人同士でフラットかつラフに色々なことを話し合えるのは、Kisiの良いところです。ここで出会った人たちの間に、いわゆる「アカデミア」では得がたい結びつきができるなら、それはとてもいいことだと思いますね。

-結構、そういった学校の格差みたいな社会的課題も意識しているんですか?

豆腐:今まで話したことと矛盾して聞こえるかもしれませんが、社会課題を解決したい、みたいな大きな志って、正直あんまりないんですよ。モチベーションの大半を占めているのは、かなりミクロというか、言ってしまえば自分本位な物の見方考え方なんですよね。地方の学生さんなんかの話を聞いていて、手の届く範囲で課題解決に貢献できたらいいな、くらいのことはときどき考えますけど。社会みたいな大きな枠組みではあんまり考えていない気がします。

-Kisiは、幅広い学問を網羅していますが、豆腐さん自身はどんなキャリアだったんですか?

豆腐:東京大学出身で、文科三類から文学部行動文化学科社会心理学専修課程へ進みました。不真面目な学生だったので、専門の勉強はそこそこに、読みたい本をひたすら読み漁る日々でした。結果的に幅広い分野に触れることにはなりましたね。言い方を変えればすごく中途半端と言えるかもしれませんが(笑)。

-(笑)。

豆腐:卒業後は学術系の出版社に入社して、編集職として5年ほどキャリアを積みました。その頃の編集業務で学んだ「専門的な物事を、どうやって専門外の人たちに届けるか」に主眼を置いた企画の立て方は、Kisiの運営にも活かされているかもしれません。

-確かに豆腐さんのキャリアの全てが活きているように思いますよね。

豆腐:企画立案から書籍化まで一気通貫に担える、いわゆる「一人前の編集者」になるまでに10年はかかると言われる、言ってしまえば昔気質な組織だったんですが、5年間身を置いただけでも学んだことは決して少なくない気がします。企画の立て方や他コンテンツとの差別化の考え方、プレゼンの仕方、キャッチコピーやタイトルの作り方など、色々と役立っていると思います。

「学問」とは何か?

-豆腐さんとしては、どこまでを「学問」として捉えてらっしゃいますか?

豆腐:「学問」ってなんだろう、と私も日々考えさせられていますが、はっきりした答えは出ていません。だから、「学問とはこういうものである」と断定して、ある種マーケティング的に主張していくみたいなあり方は、自分としてもしっくりこないんですよね。「学問」って常に揺らぎつづけてきたものだと思いますし、そうである以上、少なくとも自分の中では揺らいだままにしておいてもいいのかなと考えています。

-「学問とは何か」と考え続けることが大事なのかもしれませんね。

豆腐:例えば、実務家がビジネスマンが自己研鑽や実践を重ねて自らを高めていく過程だって、ある意味では研究と言えるかもしれません。少なくとも、アカデミアの研究者とビジネスマンとの間に、上下や貴賤はないと思うんです。アカデミズムに一定の敬意は払いつつ、しかし過剰に特権的なものとして捉えることはしないで、肩書きを超えて助け合い、お互いの営みに還元できたらいいのかなと。「産学連携」なんて言いますが、その土台には、お互いの話をきちんと聞いて学び合う姿勢が必要だったりするんじゃないでしょうか。そうだとすれば、Kisiがそのコミュニケーションの場として機能したら嬉しいですね。

-学問そのものの領域が広がるイメージがあります。

豆腐:実は今度、催眠術師の方に、臨床心理士の方とコラボするかたちでお店に立っていただくんですよ。

-催眠術!?

豆腐:催眠術と聞くと、どうしてもオカルト的な雰囲気を感じてしまうかもしれませんが、例えば心理学などの観点から学術的に語ることは十分可能だと思うんです。催眠という現象や、それを用いた種々の実践は、「催眠」という呼ばれ方こそしなくても色々な時代や地域にあったものですし、それこそ呪術的な捉え方をするなら、文化人類学の視点からも語れるかもしれません。

-あぁ!確かにそうですね!

豆腐:今回日替わりバーテンダーを務めてくださる催眠術師の方も、日々催眠術について真摯に研究されています。心理療法の研究と実践に取り組んでいる方とコラボしていただくことで、「学問」の語を冠するに十分ふさわしいイベントになると思ったんですよね。以前には、鍼灸師さんにお店に立ってもらったこともありましたが、やはり反響は上々でした。いわゆる「学問」から少しズレていると見られがちな領域も、色々取り上げていきたいと思っていますね。

-なんか、学問ってそういう捉え方の話なのかもしれませんね。

豆腐:どこまでが学問なのか、の線引きはいっそ曖昧なままにして、素直に面白いと思えることを「学問」の名を借りて取り上げていけばいい、と個人的には思っています。究極的には、すごくパーソナルな感覚を大事にしているんですよね。私自身が楽しく心地よく居られる空間が作れて、毎日楽しい会話をできればそれでいいと思っています(笑)。

-私も事前にお店にお邪魔しましたが、豆腐さん自身もとても楽しんでらっしゃいましたよね。

豆腐:そうですね。そこは私自身も一番大事にしていることかもしれません。

開かれていて、勝手にやるためのコミュニティ。

-今年オープンしたばかりですが、これからの展望はありますか?

豆腐:日替わりバーテンダーを務めてくださった方を限定で招待するオンラインコミュニティを作りはじめました。ラフにコミュニケーションできる場を提供するとともに、定期的な交流イベントなども行っていく予定です。そういったコミュニティの中から、少しずつコラボレーションの動きが生まれたり、ゆくゆくは共同研究みたいなプロジェクトが立ち上がったりしたら面白いなぁとは考えています。

-バーを中心にしたコミュニティって、ある意味では入りにくいお店になりそうな気もしてしまいます。

豆腐:わかります。

-なんとなくかつての文壇バーのように「一見さんお断り」的な。

豆腐:そうならないように、いわゆる「常連」や「界隈」というカテゴリーが前面に出過ぎないように気をつけています。私自身、「豆腐さんって●●界隈の人だよね」といった言い方で括られるのがすごく苦手なんです。なんというか、そういった括りによって自分自身が説明されてしまうのが「気持ち悪い」と感じてしまうんですよね(笑)。

-良かった(笑)。

豆腐:ある程度開かれた場であることは、コミュニティの健全な存続と発展にとってとても大切だと思うんです。最適な形が自分の中で見えているわけではないんですけど「学問バーKisi」という括りの中で凝り固まっていかないようにしたい。この場所やコミュニティの内側だけで完結せず、常に外に開いておくことが大事だと思っています。

-詳しくお聞きしてもいいですか?

豆腐:例えば、Kisiをベースにしたコミュニティから共同研究の動きが生まれたり、クラウドファンディングのプロジェクトが立ち上がったりしたとしても、それはKisiだけで完結させる必要はなくて、得意な人や会社も巻き込みつつやれればいい話だと思っているんですね。そもそもお店ができることって、基本的には出会いの場を提供することくらいだと思いますし。

-あぁ。あくまで場と出会いを提供するのが役割であるということですね。

豆腐:当たり前のことかもしれませんが、一つの主体が全てをカバーすることは到底できないはずです。だからこそ、いろんな人と協力して、あるいは出会った人同士で好きなように協力し合ってもらって、新しいものが生まれていけばいいのかなと思っています。
お店に足を運んでくれた方が、誰かと出会ったり議論を交わしたりしたことをきっかけにして前進してくれたら嬉しいし、そこで新たに学んだことを披露しに再びお店に来てくれたらそれも嬉しい。そうやって循環していくことで、結果的にコミュニティにも新陳代謝が起こるんじゃないかと思うんです。Kisiという場を何事かの起点にしてもらえたら嬉しいけれど、そこに固着する必要はない。雑に言うと、みんな勝手に人間関係を構築して、勝手にやってくれたらいいんですよね(笑)。

-(笑)。

豆腐:この店で生まれた人間関係が土台になって、思いがけないものが生まれたら、たしかにそれはとても面白いことだと思います。ただ、何か明確な成果や成功を強く期待しているかというと、決してそんなことはないんですよね。個人的には、携わってくれる人たちの幸福度が多少なりとも上がればいいな、っていうくらいなんです。一人で黙々と研究を続けるなかで、例えば「しんどい!」と感じた時に、フラッとKisiに遊びに来て、ちょっとポジティブな気持ちになってくれたら嬉しい。それくらいで十分だとも思っています。

-すごくいいあり方ですね。なんていうか、バーとしての営みから軸をブラさないというか。

豆腐:Kisiのイベントは、Webで配信したりテキストベースのレポートを不定期で公開していたりするんですが、やっぱり一番面白いのはリアルの場なんですよね。ここに集まるということ、リアルで人と向き合うことからは、軸をぶらさないでいたいんですよ。
むやみやたらと大勢の人に集まってほしいとも思わないですし、きちんと濃度の高い会話が日々繰り広げられることにフォーカスしたい。いい温度感で深まった話ができて、ここに集まるみんなが「良い時間だった」と思えることが、何より大事だと思うんですよね。

-お店としての拡大とかってあまり描いていないんですか?

豆腐:色々なところにKisiのような場所ができてもいいとは思いますし、実際に支店の展開などの話も上がっています。ただ、こんなこと言うとオーナーに怒られるかもしれませんが、私個人としては「学問バー=Kisi」である必要性は別に感じていないんですよね(笑)。いろんな人が作る、その人なりの学問バーがあっていい。Kisiの空気に馴染まない方も当然いらっしゃるでしょうし、一口に学問と言っても指すものは人によってさまざまですから、むしろ色々な選択肢があるほうがいいとさえ思うんですよ。

-お店として伝えたいことはありますか?

豆腐:大学院生や研究者の皆さんから「日替わりバーテンダーはやってみたいけど、人が集まらなかったらどうしよう」「ちゃんとできるのかな」なんて言葉を聞くことがしばしばあります。もちろん人を呼び込む努力をある程度行っていただく必要はありますが、かと言ってあまりプレッシャーに感じたり身構えたりせず、「せっかくだし自分の研究について聞いてほしい」「いろんな人と出会って話してみたい」くらいのモチベーションで気軽にお店に立ってほしいですね。少しでも興味があれば、ぜひ遠慮なく日替わりバーテンダーに申し込んでいただけたら嬉しいです。

-あぁ。イベントってことですごくハードルを高く感じられるのかもしれませんね。

豆腐:たしかに、イベントと言うと大変そうに聞こえるかもしれません。実際には、ただそこにいて自分の専門の話でお客さんを楽しませられれば、それで場は十分成立するんですよね。だからぜひ重く考えすぎずに応募してほしいです。
それから、現在は日替わりバーテンダーがレクチャーを披露するタイプのイベントが多いですが、ワークショップや対談形式などイベントのバリエーションも増やしていけたらと思っています。何か形にしてみたいアイデアをお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひ一緒に挑戦したいですね。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。豆腐さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

豆腐:「身体感覚」ですかね。失いたくないというか、時代や環境が変わっても見つめつづけていたいと思っています。
例えば、風邪を引いた時のセルフケアの仕方にしても、自分自身の体感ときちんと向き合わないと、本当に適切なものを選べないと思うんです。薬を飲むべきか、お風呂に入るべきか、お風呂に入るならお湯の温度はどれくらいがいいのか……いくら理性的に考えて得られた解であっても、その解が最終的に自分にとって正しいかどうかは、自らの身体を土台にした感覚によってしか測れないように思うんですね。
同じようなことは、平常時についても言えると思います。自分自身は本当に心地いいのか、今この瞬間どうやって過ごすべきなのか……。身体的な感覚や感情が教えてくれることは、人間として生きていく限り、無視できないものとしてどこまでも残りつづけるんじゃないでしょうか。お店の運営も、そういうことを大事にしながらやっていきたいと思っています。

Less is More.

取材前にKisiを訪れた際、当日のバーテンダーから語られた研究について、本当にさまざまな学生や社会人、そして私たちからも自由闊達な質問が飛び交い、色々な意見が交わされた。
すごくあやふやで、不確定な未来に向けた研究だからこそ、その場にいた人が心躍る夜を過ごせたのではないかと思う。この場所から、きっと素晴らしい研究者が生まれるような気がした。

(おわり)

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