FRIENDSHIP.DAOが突きつけるWeb3.0と音楽の本質。 DJタイラダイスケ氏/Fracton Ventures赤澤氏インタビュー。
2022年に入ってからWeb3.0やDAOという言葉が本格的に流通しはじめた。このタイミングでリリースされたのがFRIENDSHIP.DAOというプロジェクト。簡単にいうとWeb3.0やNFT、ブロックチェーンなどの技術を使って音楽の流通やプロモーションをアップデートしようというプロジェクトだ。サカナクション, avengers in sci-fi, KANA-BOON, The fin.などが所属する音楽プロダクションHIP LAND MUSICにテクノロジー領域を強みとするParadeAll株式会社・Fracton Ventures株式会社を加えた3社が中心になって始動したこの試みについて詳しく聞いてみた。
FRIENDSHIP.とは?
-まずは、お二方の自己紹介をお願いします。
赤澤:Fracton Ventures株式会社でCTO(最高技術責任者)を担当しています。Fractonはごく簡単に説明しますと、Web3.0を社会実装するための事業を様々な企業や団体と共同で取り組んでいます。
タイラ:僕はライブハウスやクラブでのDJでの活動を中心にしながら、FRIENDSHIP.には、キュレーターという立場で関わっています。
-キュレーター?そもそもFRIENDSHIP.ってどういうサービスなんですか?
タイラ:平たくいうと2019年にHIP LAND MUSICが立ち上げた、デジタル音楽のディストリビューターのひとつです。SpotifyやApple Musicなど既存のデジタル配信プラットフォームには、各プラットフォーマーと契約を交わしているディストリビューターを介さないと配信ができないというルールがあるんですね。各ディストリビューターごとにさまざまな特徴があるんですが、FRIENDSHIP.の特徴は、利益の分配とキュレーター制度にあります。
-少し詳しくお聞きしてもいいですか?
タイラ:前提からお話しますね。現在の音楽業界ですと、簡単にいうとDTMが進化したことで音楽を創れる人は圧倒的に増えたのですが、アーティストがつまずきやすいのがプロモーションなんです。ディストリビューションに加えてプロモーションまでをワンストップで行えれば、良質なアーティストがインディペンデントのまま活動できるのではないかいう仮説のもと創設したのが「FRIENDSHIP.」です。
-なるほど。デジタル流通させるだけでなくプロモーションもできるディストリビューターなんですね。
タイラ:ではその「良質なアーティスト」「良い音楽」をどう選定するかというと、多様な視点で探したり議論する必要があります。なので、レーベルだけでなく僕をはじめとする外部のキュレーターを入れて選定しています。これがキュレーター制度です。今ですと、ライブハウスのブッキングを担当しているメンバーや、中国のプロモーターや台湾のイベンターなど、かなり多様なキュレーターが参加して、月に一度ミーティングしながらミュージシャンを選定し、どうやってプロモーションしていくかまでをプランニングしています。
-もうひとつの利益の分配についてもお聞きしていいですか?
タイラ:ディストリビューターによっては、月額・年額契約で音源の配信をしてくれます。アルバム・シングル単位で毎年数千円をアーティストが支払うカタチですね。FRIENDSHIP.に関しては、固定費がアーティストにかからない代わりに、配信売上の15%をいただくビジネスモデルです。売上シェアモデルの良いところは、アーティストとディストリビューター双方に責任感が生まれるシステムということですね。
-FRIENDSHIP.側もきちんとプロモーションして売らないとビジネスとして成り立たないですもんね。
タイラ:そうなんです、お互い頑張らないと、ハッピーになれないんですよ(笑)。僕は、外部キュレーターとして、FRIENDSHIP.で手がけるアーティストの発掘から、実際にリリースするまでをサポートするのがメインとしつつ、全体の運営にも携わらせていただいています。
FRIENDSHIP. DAO始動まで。
-今年1月にFRIENDSHIP. DAOを発表されましたが、経緯を教えてください。
赤澤:私たちの会社は、元々音楽業界とは関わりがなかったんですが、FRIENDSHIP.というサービスを知って、元々の理念・哲学や内包するストーリーが、非常にWeb3.0の考え方に近いと思ったんですね。そこで、元々のFRIENDSHIP.の取り組みに、ブロックチェーンに代表される最新のテクノロジーを取り入れれば、よりサステナブルなカタチでスケールできるのでは?と考えました。そうした経緯でHIP LAND MUSIC・ParadeAll株式会社・Fracton Ventures株式会社の3社が発起人となってFRIENDSHIP.DAOというプロジェクトを立ち上げたんです。
-どういったところがWeb3.0的だったんですか?
赤澤:Web3.0というのは、みんなが参加してそこで果実が実ったらみんなで分配するという側面があります。なので、先ほどタイラさんが話していた利益分配の話もまさにそうで、全員でパイを増やして分け合うということが、FRIENDSHIP.ですでに行われていた。これが非常にWeb3.0と親和性が高いと思ったんです。
-少し擦り合わせたいのですが…Web3.0ってどういう視点でお話されていますか?
赤澤:Web3.0は、現在のバズワードでもあるので、色々な視点が混じっていますよね(苦笑)。僕としては、Web3.0は、ブロックチェーン以降のインターネットの在り方で、大きな特徴としては、個人の情報を国家ですとか一部のプラットフォーム企業に握られなくて良いシステムと理解するとわかりやすいと思っています。Web2.0の場合、GAFAMのようなビッグテックが僕たちの個人情報を持っていて、そういった企業を介して情報をやり取りしていましたよね。
-ユーザー間のやり取りの間に企業が挟まっていますよね。
赤澤:そうです。でも、そもそもインターネットってそういう空間でなく、もっと公共性の高い庭というか…みんながただただ集まれる場所だったんじゃないか?ユーザーが自分自身で自分自身の管理ができるのではないか?と考えるのがWeb3.0の出発点じゃないかと思いますね。Bitcoinがわかりやすいと思うのですが、明確な管理者がいなくても、そこに共通の価値観があってみんなで一つの庭に集まって管理しているようなものです。現在はBitcoinの成功をきっかけにNFTやメタバースなど様々なプロトコルが生まれている状態ですね。
-そういった様々なプロトコルが生まれつつあり、今後プロトコル同士が連結することをWeb3.0と言うわけですね。
赤澤:かなりざっくりですが、そうです。各プロトコルに参加してる個人それぞれが、プロトコルが有益であると判断すると、自主的にサステナブルなシステムへとチューニングしはじめるわけです。こういった自発的な組織やコミュニティになってくるとこれを「分散型自律組織=DAO(Decentralized Autonomous Organization)」と呼んでいます。これがWeb3.0とDAOのごく簡単な説明かなと思います。
-なるほど。実際にWeb3.0やDAOが機能しているコミュニティの事例なども多いのですか?
赤澤:グローバルで見ても短期的に成功している事例はあっても、本当に長期的にサステナブルな形でうまくいっているかと言われると疑問ですね。まだまだ黎明期ですし、だからこそ可能性にあふれています。一方どうしても現在のWeb3.0やDAOと言うと暗号資産の印象が強いのですが、FRIENDSHIP.DAOに関してはそういったものと文脈が異なるんです。
終わりなき議論こそが活動の中心。
-では、実際にFRIENDSHIP.DAOプロジェクト全体はどのようなことをしてらっしゃるんですか?
タイラ:FRIENDSHIP.をひとつのDAOとして捉えると、所属しているアーティスト同士のチアアップですとか、コラボレーションなどをトライ&エラーし始めています。そういった状況に、ブロックチェーンやテクノロジーを活用して、どの様なことができるのか、議論を積み重ねている状態です。
赤澤:スタートの時点から、発起人である3社に加えて、キュレーターの皆さんはもちろん、アーティストなどもフラットな関係を構築して議論をしていますよね。
タイラ:そうですね。僕みたいに音楽軸・ミュージシャン軸で話すメンバーもいれば、ビジネス軸で話すメンバーもいます。本格的にビジネス構築する以前の色々な擦り合わせをしている段階かなと思います。
赤澤:DAOというからには、参加する個人が、自発的に動いてもらうって言う部分が実現しないといけない。実際にひとつのDAOを人為的に構築しようとすると、必ず発起人が旗を振らなければならないし、それは外から見ると既存の中央集権型と変わらないじゃないか?という議論にもなる。現在だと、ある意味ではクローズド・セミクローズドなコミュニティに見えるかもしれませんが、それは段階的なものです。
-あぁ実際にFRIENDSHIP.DAOも3社の発起人が中心ではありますもんね。
赤澤:そうなんです。理想は、誰でもが自発的に参加できて、自発的に動けて、コミュニティ全体で支え合う。じゃあそういうDAOで一番大事とされているのが何かというと「インセンティブの設計と実装」なんですね。ここが現状の最重要な課題としてプロジェクトを構築しています。
-インセンティブ?
赤澤:コミュニティ全体が目指すものと、そこに参加する個人が目指すところを擦り合わせるには、「どういうインセンティブを発生させるか」。この設計にかかっていると思います。個人としても良くなるし、コミュニティ全体としても良い状態になるために、どういう「得」をどういうふうに発生させるか。
-それは、イコールお金ではなくですか?
赤澤:そうなんです。お金はインセンティブの一つのカタチではあると思うんですが、「コミュニティに対して貢献しただけ、嬉しいことがある」というのが原則だと思うんです。これは、お金を出して得られるだけではない「音楽に参加する喜びってなんなんだろう?」っていう根源的なところから考えていかないといけない。そういった思想の上に、今までにできなかった形でファンとアーティストに還元できるシステムやチャネルが乗るべきだと思うんですね。
-そうか、システムより手前の部分をきちんと考えることが必要なんですね。
赤澤:そうなんです。安易にトークンを発行したり、「お金」を軸に考えると現行の資本主義を再生産しているにすぎないシステムになってしまいます。正しいコミュニティのあり方や、参加者の関係性はインセンティブとは何か?から議論をしないといけない。
-結構、根源的な問いからスタートしているんですね。
赤澤:打ち合わせは、最初期から「ひとつの経済圏、もっと言うと小さな国を作るみたいなことだよね。」という議論から始まっているんですね。なので、現状の議論段階というのがFRIENDSHIP.DAOの活動そのものであると言えると思います。
-あぁ。明確なプロダクトやサービスに落とすことのみが目的ではないということですね。
タイラ:やはり企業が発起人なので、偽善的に聞こえてしまうかもしれませんが、中にいる僕らとしては、どうやって儲かるかという側面よりもアーティストがどうやって独立して活動していけるのかを中心に考えています。そのためにFRIENDSHIP.DAOにおけるインセンティブとはどうあるべきかは、かなり繊細に考えていかないといけないですよね。これは、アーティストだけでなくリスナーからしても今までは善意でアーティストに尽くしてきたりしたわけです。そういう見えない貢献みたいなものが、Web3.0のテクノロジーできちんと見える化したり、インセンティブとして還元できれば、より能動的にファンダムが作れるんじゃないかと思っています。
-確かにそうですね。
タイラ:音楽制作のハードルが下がったことで、昔より自由度は増したとはいえ、市場にはある程度のルールは残っているんです。例えば、サブスプリクションモデルですと、視聴回数で金額が決まっていますよね?こういう数の論理みたいな現状の社会全体のシステムから逃れられないものもたくさんある。でも、テクノロジーを活用したり、DAOのインセンティブをうまく活用すると、新しいシステムを構築できるかもしれない。すでにある音楽の価格や価値と、違うシステム・選択肢をDAOで増やせるのではないかと思っています。たくさん聴かれなくても、本当に良い音楽がちゃんと聴かれるということが生まれるかもしれないと期待しています。
デジタルが突きつける根源的な問い。
-お話をお聞きしていると、デジタルだけで解決できるものではないんですね。
赤澤:そうなんですよ。DAOの面白いところは、アナログで泥臭い部分での議論が避けて通れないことなんです。DAOのOはオーガナイゼーションなので「組織」を意味します。なので、ごく緻密かつ公正にインセンティブ設計をしたとて、やっぱり最終的にアナログな人の問題に落ちてくる。これって、テクノロジー分野では今まであまり見受けられなかった現象かなと思います。今までのデジタルの問題は、概ね技術から解決できたんですが、ことDAOとなると、人と人の間にテクノロジーが入り込んでくるイメージです。すると参加する個人それぞれの哲学やビジョン・ミッションみたいなソフトな部分が肝になるんです。FRIENDSHIP.DAO自体が、「あり方」を考え続けないといけないし思想的なものがブレないことが重要なんです。
-Web3.0とかテックによって根源的な問いから考える必要が出てきてたと。
赤澤:Web3.0っていうのは、システムがどうこうって話ではなく社会の「あり方」をどうやって説明するかって話が本筋なんじゃないかと思います。NFTで新しいレベニューの柱ができます!とかファンコミュニティがどうこう…って小さな話ではないのではないかと考えています。FRIENDSHIP.DAOも「これからの音楽の在り方」とか「音楽って誰のものなんだ?」「音楽ってどこに置いておくのがいいのか?」とかそういう、もっと根源的な部分を考えるのが大事なんですよね。
-あぁそういう大きな問いに向かうためのWeb3.0なんじゃないかと。
赤澤:今までのビジネスモデルは、「音楽をいかに広く効率よく届けるか」についてはかなりの成果を収めていますが、この根源的な「音楽の在り方って何が一番正しいんだろう」という点を突き詰めきれないまま、ビジネス構造が進化したのではないかと思うんです。その結果、ビッグテック数社だけが勝っている状況になりましたよね。それを、もう一度根っこの部分から考えようという、本質的な文脈で期待されるのが、Web3.0であるべきだと思っています。これは、何も音楽業界に限ったことではない。
タイラ:現状のルールの中でサバイブするアーティストも素晴らしいですが、「本当はこうだったらいいよね」という理想を今一度考えてみるために、自分達のいる社会やシステムを正しく理解することが重要だと思っています。その上で、さまざまなアーティストやリスナーが、理想を語るための土台となるのが、DAOなんですよね。例えそれぞれの思想が違ったとしても、相互で助け合うことを大前提として理想のカタチに近づいていければいいなと思います。
赤澤:そうですよね。理想と現実のギャップを埋めるためのツールとしてのブロックチェーンとかDAOってことなんですよ。技術だけだと、DAOはなし得ません。技術って中立で無色透明なものがゆえ、ちゃんと思いやストーリーを持って構築すると理想や夢を実装するための強力な味方になってくれると思います。DAOに答えも終わりもないんです。煎じ詰めればコミュニケーションツールだと思うんですよね。ひとつの価値を通して、どうやってコミュニケーションするかということなので、理想が欠如していると、それはデジタルのゴミを増やす事にしかならないと思っています。
-FRIENDSHIP.DAOは、キュレーターの方々を含めて、アナログな部分での信用がありますし、今までの活動もストーリーとして機能しそうですね。
赤澤:えぇ。元々FRIENDSHIP.はデジタルディストリビューションに加えてある意味、アナログとも言えるキュレーターが参加していたので、DAOの雛形となり得るコミュニティがあったんですよね。現状は、結局アナログ部分での参加する人同士の擦り合わせなど大変ですが、楽しんでいますよ(笑)。
タイラ:赤澤さんは、元々音楽業界でないので、初期は色々と戸惑われたと思いますが、議論を重ねる度に双方の理解も深まっていますよね(笑)。
赤澤:アーティストがどのような思考をしているのかが少しずつ理解できてきているんじゃないかな(笑)。
タイラ:FRIENDSHIP.DAO自体がひとつの成功例になれたらいいと思うんですよ。赤澤さんと僕がまさにそうですが、全く業界が違っても参加するみんなの善意を前提にすれば分かり合えると実感できてますから。
これからの世界で失いたくないもの。
-では最後に、これからの世界で失われてほしくないものを教えてください。
赤澤:僕は「好奇心」です。先ほど話したことともリンクするんですが、現在は技術以外のアナログなフィールドが重要でもあるんですよね。そうすると、現在持っているスキルよりも全然知らないことにどうやって飛び込めるかという好奇心を持っていることが何より大事だと思っています。
タイラ:僕は「コミュニティ」を失いたくない。音楽は限りなく一番好きなんですが、それにまつわるコミュニティやコミュニケーションがすごく大事です。特にここ数年パーティの機会が減って、それに気がつかされた。一人で音楽を聴くのが楽しいのと同じくらい、みんなで楽しさを実感できれる場やコミュニティの重要性に気がつかされました。
-これからもFRIENDSHIP.DAOの活動を楽しみにしています。
Less is More.
どうしても安易に収益構造に結び付けたり、ビジネス的な結果・結論を急いだ結果、大事なものを見失ってやいないか。FRIENDSHIP.DAOは、資本主義を否定もすることなく、かといって再生産にはNOを突きつける。まだまだ黎明期ゆえ、混沌としたWeb3.0が私たちに問うのが「本質的な理想」であるならば、これは世界をもう一度考え直すチャンスなのかもしれない。思ったよりも明るい未来につながる道をFRIENDSHIP.DAOが描きだすかもしれない。
(おわり)