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生きること、食べることへの実感。趣味でも仕事でもない狩猟の実践。猟師・千松信也氏インタビュー。

2008年にリリースされた「ぼくは猟師になった」という書籍をご存知だろうか。著者の千松信也氏とご家族の暮らしは、2020年には同名のドキュメンタリー映像にもなった。
千松氏が"猟師"という生き方を選んで約20年。現在、どのような思いでいらっしゃるのか、千松氏に色々なお話をお聞きした。

千松信也:1974(昭和49)年兵庫県生れ。京都大学文学部在籍中に狩猟免許を取得し、先輩猟師から伝統のワナ猟(ククリワナ猟)、網猟(無双網猟)を学ぶ。現在も運送会社で働きながら猟を続ける、現役猟師。https://twitter.com/ssenmatsu

猟師になったきっかけとワナ猟。

-ご著書をはじめ、様々なメディアでも語られていますが、あらためて猟師になったきっかけをお聞きできますか?

千松:もうだいぶ前のことだから、忘れているんですよね(笑)。

-(笑)。

千松:2000年くらいかな。大学に3年通った後、4年休学して海外をブラブラしたり色々な仕事をしたりしていたんです。その時たまたまバイト先で出会った先輩がワナ猟をしていたので教えてもらいました。思った以上にハマってそのまま現在に至ります。「ぼくは猟師になった」なんてタイトルの本を書いてはいるんですけど、実際は気がついたらなんかこんな感じになっていたんですよね(笑)。

-「なろう!」と思ったわけでもなく、割となんとなくなんですね(笑)。

千松:元々、獣医を志すほど、子供の頃から動物や自然が好きだったので、山に入って動物と知恵比べをするのが性に合っていたんでしょうね。

-色々な猟のスタイルがありますが、千松さんが「ワナ猟」を選ばれたのはなぜなんですか?

千松:理由はいくつかあって、一つはワナ猟が原始的なスタイルだからです。僕の使っているのは「ククリワナ」といって、獣道に小さな落とし穴のようなものを作り、獲物が踏み込むと足が括られるタイプのものです。現在では、鋼鉄製のワイヤーなどでワナを作っていますが、極端な話、その辺に生えているアケビのツルや、良くしなる椿の木なんかを組み合わせても作ることができます。自然のものだけでも狩猟ができる、原始的なスタイルに惹かれました。

-そもそも鉄砲などを使う発想はなかったんですか?

千松:鉄砲という道具は、強力すぎて僕にとっては手の届かないイメージがあるんです。狩猟自体には、幼い頃から関心がありましたが、鉄砲というのはその頃からなんだか怖いって感じていました。なので、今はそういうものを使って動物を獲ることに関心がないんです。

-なるほど。

千松:もう一つは、僕が始めた頃は、鉄砲を使った猟はグループでやるスタイルが多かったんです。集団で追い立てて、獲物が飛び出したところを銃で撃つ「追い山猟」や「巻き狩り」と言われる方法が主流でした。
僕は、山に入ってまで他の人と何かすることに興味がなかったんですよね。ワナ猟は、ワナを仕掛けて獲物を捕獲して解体するまで、基本的に一人でやります。全部一人でできる猟なので、興味があったんですよね。

-あぁ。一人でできることも魅力だったんですね。

狩猟は日常生活の一部。

-千松さんは、狩猟を仕事でも趣味でもなく日常生活の一部と位置付けていらっしゃいますよね。なぜですか?

千松:なんででしょうね(笑)?

-(笑)。

千松:まずは、僕が猟をはじめた頃の原体験があります。獣を獲って、住んでいた学生寮の仲間に解体を手伝ってもらって、肉を食って宴会していたんですよね。
当時は、みんな貧乏なので、とても喜んでくれて、何十キロもの肉をものすごい勢いで食べちゃうんですよ。何百年前の集落でも、同じように肉が獲れたら、きっとこうして宴会していたんじゃないかって思ったんですよ。
この体験が僕にとってすごく大きなもので、猟にハマっていったきっかけでもありました。

-みんなとの宴会が原点なんですね。

千松:ちょうどその頃は、日本中で鹿や猪が増えて、全国で獣害が増加しました。林業や農業でもすごい被害が出始めていたんですよね。だから、鹿や猪などの獣は、獲れば獲るほど喜ばれる状況でした。
僕の獲った肉をみんな美味しいって喜んでくれるし、獣害も減る。これは、たくさん獲って食べてもらったら、いいことづくめじゃないかって思って、何年かはたくさん獲って信頼できるお店に卸したりもしていました。
すごく評判も良くって、どんどん食べてもらって、それはそれでよかったんですが…獲ってる僕が面白くなくなってしまったんですよね。

-なぜなんですか?

千松:僕は小さな頃から、"動物が好きな気持ちがあるのに、動物を食べて生きている"、この矛盾と向き合って暮らしたいと思っていました。その思いは狩猟と向き合うことで、自分としても良いバランスで暮らせていたんです。それが家族や友達を超えて、色々なお店に出荷するようになったら楽しく無くなったんですよね。非常に感覚的なものなんですが。

-その感覚についてお聞きしてもいいですか?

千松:結局、動物と関わって、自分が食べる肉を自分で獲りたい、それを顔が見える関係でみんなと分け合っている、それが一番ちょうどいいバランスだったんでしょうね。それを超えて顔の見えない人の分までたくさん獲ったり、その肉が回っていることが気持ち悪かったんです。自分が食べる以上の動物を殺すっていうのが苦痛になってしまったんですよね。

-元々の思いや原点とはズレてしまったんですね。

千松:その上、お金に変わるっていうのも変な感じだったんですよね。自分にとって"動物と向き合って暮らす"ということは、自分の分を獲って捌いて食べるということだったと思います。そういう暮らしに居心地の良さを感じていたんです。
それが、労働になってしまった。これは、僕のやりたいことじゃないよなってスッパリとやめてしまいました。

-あぁ。やっぱり、千松さんにとって仕事でも趣味でもないんですね。

千松:猟は、僕の感覚では、生活の一部の営みです。スーパーに買い物に行くようなものに近いのかなって思います。皆さんがスーパーで肉を買う代わりに、僕の場合はお金の代わりに自分の労力を使って肉を調達しているような感じです。

好きなものを仕事にしない。

-仕事や労働って、千松さんにとってどういうものなんですか?

千松:僕は近所の運送会社で、週に3~4日、いわゆる賃労働をしています。それ以外の時間を、猟期は猟をしたり、シーズン外は川魚や山菜を収穫することに充てています。なので、仕事は何をしているかと言われたら、運送業でドライバーをしているってことになるのかもしれませんね。

-運送業については仕事として捉えているんですか?

千松:仕事って、職業・肩書…自分の社会での立ち位置を表現するための一つの手段でもありますよね。そういう観点からすると、僕にとっての運送業は、やっぱり皆さんの言う仕事とは、ちょっとズレているように思うんですよね。

-自分を表現してくれるものではないんですね。

千松:運送会社の仕事は、週4日も働けば、僕の理想の暮らしにはこと足りるんですよ。あんまり貯めるってことに興味がないので、最低限必要な現金を超えるようなら週3日勤務に減らすくらいです。
僕にとっては運送業って社会インフラの一部ってイメージもあって、町内清掃の延長みたいな感じなんですよね。公共の仕事をして、その分のお金を得る…まぁベーシックインカムみたいな感じなんですよ(笑)。

-不思議な感覚ですね。

千松:なんにしろ、狩猟に関しては、お金を絡めたくないんです。お金を絡めることで、本来自分がやりたかったこととズレる。それは、先ほどお話しした獲物を卸していた経験から得たことですね。

-通常だと、好きなことを職業にしたくなりますよね。

千松:最近では、好きなことを仕事にするのがいいことだって言われたりもしますが、僕の場合は好きなことはお金と関わらせたくないんですよ。山に入り、動物との知恵比べの結果、命を奪い、それを食う。その行為自体は、自分に向いているし納得して生きるためにもやるべきだと思いますが、僕の場合は好きなことを絶対に仕事にできないんですよね。

-猟をすごく純粋な行為として考えてらっしゃるんでしょうか?

千松:うーん。好きなようにやっているだけですよね。それが、自分にとって一番ストレスのない状態だということなんです。

猟は、狩猟採集生活のパーツのひとつ。

-一年間で猟期は毎年11月15日~2月15日と決まっていますよね。(注:京都はシカ・イノシシに限り3月15日まで延長されている。地域や年度によって異なる。)

千松:最近では、猟のシーズン外でも、有害鳥獣駆除の許可を得れば、一年中獲れるようになっています。報奨金ももらえるので、販売した獲物の肉の収益などと合わせて、それで生計を立てている方もいます。でも、基本的には、僕はそれをしたくないので、基本的には猟期の中でやりたいと思っています。

-猟期以外の時期は、どのように過ごされているんですか?

千松:僕自身がやりたいのは「狩猟採集生活」なんです。だから、狩猟というのは自分の生活では、一つのパーツのような感覚でしかないんですよ。
猟期が終わる頃から、渓流では魚が釣れるようになり、そうこうしているうちに山菜が生えてきて、そのうちに鮎や鰻の季節が来ます。四季折々のきのこや木の実を採ったりしているうちに、また猟のシーズンが来るんです。

-猟期以外も広い意味で狩猟採集をされているんですね。

千松:猟期が冬になっているのは、それなりに意味があります。猟は昔は農閑期に行う仕事だったということ。何より、冬場は脂が一番乗るので、肉が美味しいんですよ。夏場は、暑いので解体しているうちに傷んでしまうこともありますし、猟犬がバテるなんてこともあるので鉄砲猟も大変です。色々な要素から、冬に猟をするのが一番いいんですよ。

-自然の理にかなっているんですね。

千松:僕は、一年中肉を食べたいので、冬の間に獲った肉を冷凍貯蔵しています。冷凍庫が使えないような状況になったら、一年中狩猟をするかもしれませんけどね(笑)。

-季節に合わせて、色々な場所で猟をしたりはしないんですか?

千松:ワナ猟は、一つの地域のことをよく知り、年間通しての動物の行動パターンを何年もかけて分かりながらやるものだから、自分のテリトリー外の猟ってすごく限定的なものです。"自分の暮らしている範囲の中から自分の食べるものをいただく"っていうのが自分のやりたいことの根幹なんですよ。

猟をはじめて、生きていく上での安心感を得られた。

インタビューは千松氏のご自宅にて行われた。

-ご自身でも「とかいなか(都会/田舎)」と言われているように、ご自宅が割と駅からも近いことに驚きました。

千松:うん。割と都会です。

-千松さんは、文明に立ち向かうとか、自給自足で暮らすみたいな感じでもありませんよね。冷凍庫も普通に使っていますし。

千松:誤解される方も多いんですが、全然文明に立ち向かう感じではないんですよ(笑)。自分自身が楽な方に楽な方に流されてきただけなんです(笑)。なんでも自給自足でやるのは、すごく大変です。とても厳密なルールの中で高い意識を持って暮らさないといけない。
そういうのは嫌なんですよ。どちらかというと、ダラダラと楽にストレスなく暮らしたいと思っている性格なんです。

-一人で仙人みたいに暮らすわけでもなく、ご家族とごく普通に暮らしてらっしゃいますよね。

千松:子育てに関しても、子供たちにゲームもやらせていますし、YouTubeなんかも普通に見てるみたいです。自分自身もファミコンとかやって育ちましたし、周りの子がやっていることは全部やらせてあげたいと思いますね。その上で、自分の好きなものを見つけてもらったらいいと思います。
狩猟は僕にとって仕事ではないので、当然継がせるものでもない。猟は本人が行きたいって言えば連れて行きますけどね。解体に関しては、家事を手伝ってもらうような感覚です。

-何しろ、ご自身がストレスなく、楽な状態でいたいだけなんですね。

千松:「動物が好きなのに、誰かが殺した肉を買って食べている」これが自分にとって気持ちが悪くてストレスフルだったんです。
体はしんどくても、自分自身で山に入り、自分の力で獲って食べれるようになると、一気に心が楽になったんです。これで、動物に対してちょっとは顔向けができるかなって思えて。

-なるほど。

千松:実際、動物を殺すのはかわいそうって言われたりもします。でも、僕からすると誰かに殺してもらっている方がズルいと感じる。僕にとって気持ちが楽でストレスがない生活が、結果的に狩猟採集生活だったんですよね。獣は一頭取るだけで、何十キロもの肉が手に入ります。なんかお得な感じもするんですよ(笑)。なので、狩猟がうまくいくようになると”あぁ俺、どこいっても大丈夫だな”というような気分になるんですよね。

-どういうことですか?

千松:子供の頃って”無人島に漂流したらどうしよう”とか”山奥で遭難したらどうしよう”なんて途方もないことを考えますよね。
猟を覚えると、そういう状態になっても”食い物には困らないな”って思えます。僕は、生きていく上での安心感みたいなものが得られたんですよ。

-極限状態でも、肉を手に入れられる自信が安心感につながるんですね。

千松:僕の場合は、子供の頃の感覚や思いを誤魔化さずに生きることで、結果的にストレスなく生きられているんじゃないかと思います。
肉は、自分の手の届く範囲で賄っていますし、実家が兼業農家だったので、こと食べ物に関しては”自分が食べているもは、どこから、どうできて、どうなっているか”実感できているし、納得して暮らしています

ご丁寧に、ご自宅の中もご案内いただけた。

食べ物から考えること。自然が教えてくれること。

-千松さんにとって、食べることってどういうことなんですか?

千松:衣・食・住ってありますが、自分の手でなんとかできるものの中で、食べるものが一番面白いかもしれませんね。衣・住も色々やってみましたが、やはり既製品や職人の技にはかないません。食は一年中やることがありますし、知識や経験が増えるほど、どんどん楽しくなりますね。

-そういうものなんですね。

千松:”この芽が食べれるんだ”とか”この実は薬になる”とか、山に詳しくなるほど自分の力になる。食は圧倒的にバラエティに富んでいて、面白いと思います。

-狩猟するだけでなく、養蜂なんかも手がけてらっしゃいますよね。

千松:元々、子供の通っていた保育園にニホンミツバチの分蜂ができていたの捕まえて飼い始めたのがきっかけなんですよ(笑)。このままだと保健所に駆除されちゃうので千松さんならなんとかできるでしょうって(笑)。

-そういう理由で養蜂を始めたんですね(笑)。

千松:猟友会のおじいさんとかが「わしも昔飼ってた」っていうんで教えてもらいながら始めました。何度も熊に襲われて一度やめたんですが、紆余曲折あって今はセイヨウミツバチを飼っています。

こちらが養蜂小屋。

-熊に襲われて!?

千松:養蜂は、熊が来たりスズメバチが来たりお世話も割と大変なんです(笑)。蜂蜜がたくさん手に入るのもいいことですが、それ以上に生き物を飼うと、わかることがたくさんあるのは、生き物を飼う面白さですね。

-どんなことがわかるんですか?

千松:例えば、ミツバチは色々な花から蜜や花粉を獲ってきますよね。猟だけやっていた頃は、自分のテリトリーを管理していても、クヌギやコナラなど獣の餌が成る樹木さえあればいいと思っていたので、それ以外の植物はバサバサ切っていたんです。
そしたら、養蜂の師匠に「花の少ないこの時期には、ソヨゴの花があるといい蜜がとれるんだよ」って言われて…「あれ?それ先週切ったな…」って(笑)。

-(笑)。

千松:実際にミツバチは、2~3km範囲を飛ぶので、僕が少し植物を切ったくらいでは影響がないかもしれません。でも、ミツバチの立場に立つと、全然違う世界が広がっていることに気がつくんです。ほとんどの動物にとって、どうでもいい植物がミツバチにとってはすごく大事だったりするんですよ。

-色々な動物の視点に立つことができるんですね。

千松:他にも養鶏をはじめると、蛇・狐・たぬき…色々な動物が鶏を襲いにくるようになりました。動物を飼うことで、獲物を狙いに我が家にやってくるわけです。狙われる立場になることで、わかることもたくさんあります。

-自然に教えられることは多いですね。

千松:山に入れば入るほど、人間は一人だとめっちゃ弱いよなって思います。僕なんかは、人工的なワナを仕掛けて、足を括られた猪をどついているわけですけど、足を括られていなかったら、100%負けるよなって思います。鹿だって、本気で逃げたら、全然追いつけません。
山に入れば入るほど、個の生物としては、すごく貧弱な存在だなって思いますね。本当に人間ってのは、道具だとか知恵だとかそういう蓄積で生態系の頂点にいることがわかる。自然ってすごいもんだなって実感させられますね。

命のやりとりに慣れるのか?

-千松さんは、大好きだった動物を食べるために殺すわけですが、そういった命のやりとりって年々慣れていくものですか?

千松:いや。あんまり変わらないですね。元々が動物を飼うとか見ることが好きなので、いまだに殺すってのはあんまり好きじゃないです。

-あくまで食べるために仕方なくなんですね。

千松:山の中で知恵比べをして、騙し合いながら獲るのは、自分の中でしっくりくるんですが、飼っている動物を殺すのは本当に嫌いなんですよ。
ちょうど数日前に、この春から飼っていた雄鶏を食べるためにしめたんですね。そいつは、自然食品の店で買ってきた有精卵を、自宅で孵卵器 (ふらんき)を使って孵化させて飼っていたヤツでした。もう卵から孵してるわけで、僕にとってはペットみたいなものですよね。

-そうですよね。なぜ今回は食べたんですか?

千松:卵から孵すと、当然ですが雄も生まれてしまうんです。雌鶏は卵を産んでくれるんですが、雄鶏は1羽いればいいので、残りはなんとかしなきゃいけない。
今までは、苦手なこともあって知り合いにあげたりして、目をつむってきたんです。でも、そろそろちゃんと自分達で食べることも必要なんじゃないかってなんとなく今回は思ったんですよね。

-あぁ。鶏だけ殺さないのも違和感があったんですね。

千松:えぇ。子供たちとも「君たちの大好きなコンビニのからあげクンも、誰かがしめた鶏でできてるんだよ」って話し合って。僕自身も飼っていた動物を殺すのは、すごく嫌な感覚があるからこそ、自分自身で捌いて食べることにしたんですよね。餌がもらえるって喜んで寄ってくる雄鶏を「今日は違うんだよ」って言ってしめるわけです。

-やっぱりすごく嫌ですよね。

千松:でもね、丁寧に捌いたときにすごく綺麗な肉になったんですよ。買った鶏肉よりもよっぽど美味そうな肉になったし、焼き鳥にして美味しくいただきました。
飼っていた動物を食べるのが、自分にとってストレスになるようなら、今後はやめようと思っています。今のところは、何日か経ってみても、答えは出ていませんね。子供たちには本人がやりたいと言わない限りはやらせる気はありません。

未来に対する不安はあるのか。

-千松さんは、こういう狩猟採集の暮らしを実践されていますが、将来に対する不安とかってないんですか?

千松:不安に思っていること…。うーん。ないですね(笑)。

-お金ですとか育児とか色々不安に思う人が大半だと思います。

千松:そういうのはあんまりないかな。お金がなくなったらなくなったで、その状況でできる楽しいと思えることをやればいいだけだと思っています。
子育てに関しては、自分自身も大学からは自分で学費を出して通っていたので、高校まで行かせれば、あとは自分の責任でなんとかすると思います。
そんな感じなので、まぁ最低限の現金さえ稼いでいればなんとでもなるんじゃないかと思いますね。うん。そういう類の不安は…ないですね(笑)。

-千松さんにとってお金ってどういうものなんですか?

千松:狩猟採集生活が性に合っているので、自然から色々もらっていますが、今皆さんが座っている椅子も拾ってきたものだったり、貰い物だったりします。他にも間伐材をもらって小屋を作ったりしています。要は、お金をかけないでもかけないなりに暮らせる暮らしがあると思いますよ。

-なくても、不安になるようなもんじゃないってことですね。

千松:マヨネーズなんかは買った方が全然楽ですけどね(笑)。でも、なくてもなんとかなるものですね。

-体力的な心配とか不安はありますか?

千松:年々、どんくさくはなりますよね(笑)。越えられるって思った枝につまづいたり。100kg級の猪がかかった時とか、ここ数年”もう無理。持ってけない”って感じています(笑)。猟に関しては、体力の限界を感じたら別の猟のスタイルにするかもしれませんし、すごくエリアを絞って猟をするかもしれませんね。

-少しずつ変えていけばいいんですね。

千松:四季折々の自然の中から、必要な食べ物をもらってくるのが好きなので、猟ができなくなったらなったで、他に食べるものはなんぼでもあります。
僕は鳥の網猟もやります。これなら技術は必要だけど危険は少ない。師匠は80歳をとっくに過ぎてますが現役です。色々なことをやっておけば、まぁなんとかなるかなって思っていますね。
どこかで、予想外の事態になった方が、人生は面白いと思っているのかもしれません。あんまり守るものがないっていう感じなんですよ。

-千松さんが、こうした狩猟採集生活の中で、幸せを感じる時ってどんな時ですか?

千松:ここで、蜂の世話して、鶏の世話をして、山で猪の足跡をみて…ちょっと空いた時間に焚き火を見ながらビールでも飲んでいる時間が幸せなのかもしれませんね(笑)。

これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。千松さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

千松:失いたくないもの…普通に考えたら自然なんですが、自然がなくなるなんてあんまり考えられませんよね。
うーん。あんまりないですね。守るものがあまりないことが、狩猟とか採集生活のいいところだと考えていますし。

-守るものがあまりない?

千松:歴史的には、食糧確保が不安定な狩猟採集ではなく農耕定住を中心として、現在の社会が発展してきたわけです。一方、狩猟採集生活の強みっていうのは、何も守る必要がなくて、獲物がいなければ別のところへ行けばいいってことだと思います。
なので、自分自身で、家だとか小屋なんかを作ったりするんですが100年持つようなものを作ろうって発想が全くないんですよね。
あくまで、全部仮設でいいって思っています。仮のもので10年も持てばいいし、壊れたら別のものを作ればいい。そういう感覚でいるんですよね。守るものがないほど、身軽に獲物を追いかけられるって思うんですよ。

こちらが、獣の解体小屋。

Less is More.

多くの私たちは、スーパーで売っている、誰かがさばいた肉を食べている。自分の手を汚さずに。そのために仕事をし、お金を得ている。

「明日食べられなかったらどうしよう」「お金がなくなったらどうしよう」そういった漠然とした不安は、あまりにも私たちが命を食べていることを、忘れたふり、見なかったふりをしているからこそ生まれてくるんじゃないか…そんな思いが生まれたインタビューだった。

「不安はない」と語られた千松さんの笑顔が忘れられない。

(おわり)

当日はYouTuberハイサイ探偵団のメンバー336さんも、沖縄から駆けつけてくれた。海の猟と山の猟について語る姿も印象的でした。

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