世界に誇る伝統工芸「南部鉄器」。技術の粋をエフェクターに込めて。KGR Harmony 福嶋氏インタビュー。
ギターやベースの音を変化させるエフェクター。音楽に詳しくない方でも、ギタリストやベーシストの足元のペダルを見たことのある方は多いと思う。
このエフェクターの基板の入っている筐体(ケース)を日本の伝統工芸品である「南部鉄器」で作っているのが福嶋圭次郎氏だ。
福嶋氏は、南部鉄器を使ったエフェクターで世界のメーカーと繋がり、グローバルなチャレンジングをしている。岩手県にある水沢江刺駅(岩手県奥州市水沢羽田町)という地方から世界に繋がる姿から学ぶことは多くあるように思う。ニッチで、世界中に好事家が点在するエフェクターの世界で伝統工芸「南部鉄器」を武器に戦う、経営者でもあるKGR Harmony代表・福嶋氏にお話を聞いてみた。
経営者として、ペダルビルダーとして。
-福嶋さんは、主にギターやベースなどを作るKGR Harmonyの経営者でもありますよね。
福嶋:KGR Harmonyという会社を設立して経営もしていますが、自分自身はペダルビルダーという意識も強いですね。ペダルっていうのは、ギターとかベースのペダルエフェクターのことで、それを製作する職人がペダルビルダーです。
-どうして、ペダルビルダーになられたんですか?
福嶋:学生時代はバンド活動をしていたりしたんですが、気がついたら演奏ではなく、機材を作る方に興味が向いていたんです(笑)。高校3年生くらいから今まで20年近く作り続けてきました。社会人になってからも横浜で家業の米屋を手伝いながら、あくまで趣味としてエフェクターを作り続けていました。
-そうなんですね。南部鉄器でエフェクターを作ろうと思ったのはどうしてなんですか?
福嶋:南部鉄器との出会いから話しますね。その頃は実はまだペダルビルダーとして食っていこうって強く思っていたわけでもなかったんですが、ちょうど30歳くらいで家業が事業縮小することになったんです。それをきっかけに、ひとまず別の仕事をしようと思って、ひとまず日本中を見て回ることにしたんです。
-その中で南部鉄器と出会われたんですか?
福嶋:元々テレビで南部鉄器特集を見て少し興味があった程度で、エフェクターを作ろうとは思っていなかったんです。ちょっと見てみたいなと思っていたので、日本各地を回る中で南部鉄器の生産地としても有名な岩手県の水沢江刺の近くを通る際に「及富」という南部鉄器の工房を訪れてみました。
「及富」そして南部鉄器との出会い。
-「及富」さんとは、元々関係があったんですか?
福嶋:それが、全く知り合いでもなかったんです(笑)。現地で面白そうな南部鉄器の工房はないかなと調べて、思い切って飛び込みました。
-すごい!いわゆる、アポなし突撃(笑)。
福嶋:そうそう。当時は、ただただ日本全国を放浪していただけだったので、プライドも何もなく(笑)。今思い返すと、すごく失礼なやつだったなと思います(笑)。「及富」に出会って、エフェクターのことを話していたら「及富」側から「一緒に作ってみようよ」って言っていただけた。背中を押してもらう形で、南部鉄器でペダルエフェクターを作るようになりました。伝統工芸は、敷居が高いイメージもあったのでまさか一緒に作れるとは思っていなかったんですが、本当に素敵な出会いでしたね。
-運命的ですね。
福嶋:訪れた日は、ちょうど「吹き」という作業をしている日でした。炉から火柱が出て、すごい迫力に本能的に興奮したんですね。溶けている鉄を職人さん達が扱っている姿は衝撃でした。南部鉄器自体、日本独自の技術とルックを持っていますし、これをエフェクターにしたら、もしかしたら海外にも受け入れられるんじゃないかというアイデアが湧きました。
-それから、実際に水沢江刺に住居も移して活動を始められたんですよね?
福嶋:そうですね。すぐに南部鉄器の技術を学びたいと考えて、2019年夏に移住して、11月には法人化。そこから半年くらいは試作の日々でした。
-すごい決断ですよね。横浜に比べると、失礼ながら本当に何もない田舎町なので、結構覚悟がいるように思いますが。
福嶋:元々漠然と横浜を出たかったというのはありましたし、ちょうど30代になって新しいことにトライするにはちょうどいいタイミングだったのかもしれません。コンビニくらいはありますし(笑)。遊ぶところもないので、静かでものづくりに集中できるのはすごくいいです。何かにトライするには絶好の環境ですね。Wi-Fiさえあれば、世界ともつながれますからね。
-確かに集中するにはいいのかもしれませんね。
福嶋:水沢江刺という土地、「及富」との出会いにインスパイアされるカタチで南部鉄器を使ったエフェクターを作ることになったわけです。
南部鉄器にインスパイアされて試行錯誤。
-福嶋さんの作るエフェクターをごく簡単に説明すると、基板を包む筐体(ケース)を南部鉄器で作っているんですよね。実際、筐体って音に影響があるんですか?
福嶋:研究をしていると、本当に些細なことでも音色はかなり変わります。ケースの金属を変えると音色も全然違うんです。数値化はなかなか難しいのですが、南部鉄器を筐体にすることで音の存在感が強くなるんです。
-なんとなく、中身の基板の方だけの問題なのかなって思っていました。
福嶋:僕はエフェクターの筐体は、「土台」と捉えています。土台があってこそさまざまな回路などの音作りが可能になる印象なんですよね。例えると広いキャンパスに伸び伸びと絵が描けるような感じです。
一般的に手に入りやすいアルミダイキャストの筐体は、加工しやすいですし軽くて利便性もあるんですけど、南部鉄器の筺体と比べると音は軽い印象があります。
-へぇ〜!
福嶋:南部鉄器で試作したエフェクターは、それまでの筐体とはまるで違う音になりました。エネルギーがある様に感じられて、その南部鉄器の持つエネルギーに引っ張られるように、全てを一から考え直さないといけなかったほどです。それまで自分が積み上げてきたノウハウを一から考え直しました。この筐体に合うように内部の回路や作り方も変えないといけなかったんです。
-それほど力強いものだったんですね!
福嶋:筐体がしっかりしていないと、どんな基板を使ってもガタガタしてしまう印象がありますね。移住から半年は、南部鉄器筐体の金型を作ったり、デザインを作ったりしました。「及富」の職人さん達にも毎日色々相談したり、無茶なお願いをしたり、自分自身でも南部鉄器の技術を習得していきました。半年ほどそういったチューニングと試作を繰り返して、2020年1月に第一弾「あられ」を発売できたんです。職人さんたちと同じ釜の飯を食いながら、リレーションシップを構築してきました。出来上がった時は、ようやくここまで来たかと感慨はありましたね。本当に皆さんのおかげで、できたエフェクターだと思います。
伝統を背負って世界へ。
-ところで、ペダルビルダーって結構いらっしゃるんですか?
福嶋:ペダルビルダーは、世界のあちこちにいらっしゃいます。個人ブランドでエフェクターを作って仕事にしてらっしゃる方もたくさんいます。自作キットもたくさん売られていますし、電子工作のレベルで始められるのが魅力ですね。初めての方でも説明書とハンダゴテがあれば作れます。アートでもあるし、プロダクトでもある。とても魅力的なものだと思いますね。
-アートとプロダクトの間…!確かにそうですね。
福嶋:ペダルビルダーの世界でも、ヴィンテージの「ファズ」という機種を再現したりするような流行があったりするんですよ。KGR Harmonyはあまり関係なくやっています。
-へぇ!そうなんですね。
福嶋:世界中にペダルビルダーがいるので、きっと南部鉄器を使ったエフェクターは世界でも受け入れられるはずだと思い、2022年にクラウドファウンディングにトライしました。
-「南部鉄器エフェクターを世界でプレゼンしたい!」という企画でしたよね。
福嶋:みなさんのおかげで250%以上の達成率で2022年9月にシアトル・ポートランド・バンクーバーを回って南部鉄器エフェクターをプレゼンすることができました。
-実際に世界の反応はいかがでしたか?
福嶋:まずは楽器屋さんをかなり回ったんですが、やはり「なかなかブランドの知名度がないと売れないのかな。」という印象で、実際の取引には繋がらなかったんです。まずは、これが分かったのがすごく大きな収穫でしたね。
-そうなんですね。
福嶋:一方でメーカーからはすごく評判が良かったんです。「君には知名度やブランド力はないけど、何より技術が素晴らしいから、一緒にプロダクトを作ろう」と声をかけていただきました。まだ発表前なので名前は出せませんが、かなり大きくて憧れていたメーカー2社から声がかかってコラボレーションを進めています。僕が筐体を南部鉄器で作ってOEMという形でおろすことになりました。
-すごい!
福嶋:ものづくりに携わる方、アーティスト、プロダクトをしっかりと見ていただけてる方からは非常に評価が高かった。技術とブランドのトレードオフみたいなものが、とても自然なカタチで文化として根付いているのは、アメリカの懐の広いところだなと思いましたね。それは素晴らしい文化だなと思います。本当に僕とものづくりをしてくれるの!?って夢みたいでしたね。
-実際に、技術的には、世界から見て珍しいものなんですか?
福嶋:そうなんですよ。「筐体を鉄で好きなデザインで作ってくれるところなんて、他にない!こんな技術見たことないよ!」って言っていただけました。世界のどこにもない、日本の伝統なので、彼らにとって魅力的に感じていただけたんだと思います。
-日本では、背景の文化まで認め合ってプロジェクトが進んでいくイメージがないですよね。
福嶋:そこは、日本と全然違うなと思いました。自分自身の努力不足もあるかもしれませんが、日本の市場では、こういった文化を背負ったものや、変わり過ぎたものは、なかなか受け入れられないんです。日本メーカー同士のコラボレーションはたくさんありますが、海外メーカーとのコラボレーションはまだ少ないので、自分自身でもすごく新しいことに挑戦できているのかなと思います。
-なるほど。
福嶋:アメリカで気がついたのは、どんなにぶっ飛んだものでも、まずは聞いてくれるんです。「僕にはこういう思いがあって、こういう技術で、こういう風に作っているんだ」と話すと、まずは「クールだね」とみんな言ってくれる。僕も、普通のエフェクターじゃないから、すごく心配していたんです。日本の市場だとなかなか理解をされないところもありますが、でもアメリカでは逆に「個性的じゃないと注目されないよ」と言っていただきました。
-あぁ。逆に強い個性を求められるんですね。
福嶋:そこは逆にすごく厳しい世界でもありますよね。でも、入り口だけは広くて、技術さえあれば、まずは話の土台には乗る。ちゃんと見てくれる人がすごく多い。日本も少し見習うべきことだと感じました。
-それにしても発表が待ち遠しいですね。
福嶋:2023年の春頃発表を目指して、彼らとアイデアとデザインの試作中ですね。先方も「きちんとマーケティングしたいから、もっと南部鉄器の情報をくれ!」って言ってくれたりして、文化を広めるお手伝いにもなっています。
日本の伝統工芸の可能性。
-日本の伝統工芸は、海外でも可能性があると考えていますか?
福嶋:全ての工芸品というわけではないのですが、伝統工芸品は海外でまだまだ可能性があると思います。日本独自の質感ですとか文化をきちんと伝えると、皆さんすごく衝撃を受けていました。日本の工芸品のことって海外の9割以上の人は知らないわけですから、そういったことを丁寧に伝えていくだけでも、魅力的に感じる人はたくさんいると思いますね。
-南部鉄器の工房を見学させていただきましたが、ものすごく大変な技術だと思いました。
福嶋:そうですよね。あの作業量と技術を見ると、南部鉄器はバリューに対して価値がまだまだ低く捉えられているなと思っています。特に日本では、そういったものを軽んじられてしまう。でもきっと世界にはこういったクラフトマンシップをきちんと評価してくれる人々がたくさんいると思います。
-これからの夢を教えてください。
福嶋:アメリカと日本の2拠点で活動できる体制にするのが今の夢ですね。あとは、先ほどの話ではないですが、日本で感じる自由さを許さない文化を少しずつ無くしたいと思っています。もっとイノベーティブなマインドを広めて行けたらいいなと思っています。
これからの世界で失いたくないもの。
-では、最後の質問です。福嶋さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?
福嶋:「リアルな人間とのつながり」を失いたくありませんね。人がすごく好きだし、コミュニケーションが好きです。相手が目の前にいて、その存在を感じながら話す機会は失いたくないなと思います。
Less is More.
エフェクターと伝統工芸を組み合わせることで、世界の市場にトライする福嶋氏のお話はいかがだったろうか。
取材後に「南部鉄器に触れていると、小手先で何かを作るのではなく、地球の力を借りているような気持ちになることがあります。鉄っていうなんか偉大なものを人間が使わせていただいているような。そういう自然みたいなものと離れると、人間の芯みたいなものがすごく細くなってくる感覚があります。」ということお話をしてくれた。
伝統技術には、そういう大きな世界観が内包されているのかもしれない。だからこそ、世界の市場と自然と繋がれるように感じた。私たちは、もっと真摯に日本の技術や伝統を見つめ直してみてはいかがだろうか。
(おわり)