境界領域を失くせ。士業の未来は、ディレクションへとシフトする。税理士・大久保圭太氏インタビュー。
契約・税務などの自動化・クラウド化が進んでいる。特に、定型の計算式や帳簿管理などの進化スピードには目を奪われるものがある。「士業」と言われる国家資格に支えられ「安定しているはずだった」仕事は、今後失われるかもしれない。そんな中、書籍「借りたら返すな」がアマゾンビジネス書1位を叩き出す税理士業界の異端児・Colorz Group代表の大久保圭太氏に、「士業」の未来を聞いてみた。
大久保圭太:Colorz国際税理士法人代表社員。税理士。早稲田大学卒。会計事務所を経て旧中央青山PwCコンサルティング(現みらいコンサルティング)に入社。中堅中小企業から上場企業まで幅広い企業に対する財務アドバイザリー・企業再生業務・M&A業務に従事。2011年に独立し、堅実な財務コンサルティングを中心に、代表として年間数百社に及ぶプロジェクトを統括している。著書に、『借りたら返すな』『財務諸表は三角でわかる 数字の読めない社長の定番質問に答えた財務の基本と実践』(ダイヤモンド社)がある。
税理士が身につけるべきは、ディレクション能力。
-まずは、税理士になった理由を聞かせていただけますか?
大久保:学生の時、将来を思い描くなかで「自分はサラリーマンには向いていない」と感じていました。なので、独り立ちするには資格のある仕事が手っ取り早いかなって思ったんです。いろんな資格を調べてみようと思って、読んだのが漫画『カバチタレ!』や『ナニワ金融道』だったんです(笑)
-スタートから何か違っているような気がします(笑)
大久保:(笑)とにかく、それでお金の世界に魅力を感じたんです。中でも最も身近な存在だと思った税理士を目指すことにしました。
-そんな大久保さんですが、業界でもいち早く税理士の枠を超えて、活躍されてきたと思います。
大久保:大学を卒業して最初にお世話になったのが親戚の小さな税理士事務所だったんですが、そこでは「いわゆる税理士業務」をずいぶんやりました。その後、中央青山PwCコンサルティング(現みらいコンサルティング)に転職しました。社内では、調整役しか任されない上場企業の担当ではなく、中小企業を専門とする部門を希望し、企業再生などに携わってきました。その経験を活かし、同僚の税理士とともに2011年に税理法人を立ち上げました。大きく自分自身の価値観や意識が変化し始めたのはその頃くらいだと思います。
↑大久保氏が代表を務める ColorzGroup のWEBサイト。
-独立と同時に意識が変わった?
大久保:当時、会計業務を効率化するいろんなツールが登場し始めたのも大きくて。税理士の仕事はコンサルティング業務ではなく「〈ディレクション業務〉になる」と思ったんですね。
- “ディレクション業務”?
大久保:ちょっと背景からお話しますね。20年くらい前、税理士業務は手作業で行われていて、(いわゆる紙と鉛筆と電卓があればできる、みたいな)それがTKCやJDLといった会計ソフトが発売されて、紙とペンの時代から、PC作業の時代に変わりました。ところが、それらのソフトには互換性がなく、効率はいいけれど専用マシンで打ち込みをしないといけないというシステムが構築されてしまったんです。そうなると、新しいシステムが出てきてもベテランたちは移行したがらないし、ましてやAIを搭載したRPAが台頭してきたら、税理士たちは自分の仕事が奪われると思い旧来のシステムに固執していたという事です。
-どこの業界でも、旧来のシステムとの切り替えは問題ですね。
大久保:僕は40歳ですが、僕らの世代って、時代の変遷とともに新しいサービス・ツールを全て受け入れ、社会全体を適正化させていく役目なんじゃないかと思っています。僕たちの世代以降の社会課題でもありますよね。ツールをどう組み合わせて利用していくか。特にコロナの影響で、リモート・テレワークなどの働き方の変化という視点を取り入れていかないと生き延びれないと痛感しています。これからの税理士にはそういう、企業の会計周りのシステムをディレクションするという視点で再構築することを望まれていると思います。
- 企業にどんな変化が起こるんですか?
大久保:例えば、経理の仕事。効率化が実現できるならフルタイムで働かなくても良くなるかもしれませんよね。その分の人件費をカットする代わりに、副業を奨励してもいい。非効率な作業に時間を割きながら定時まで働くのは双方もったいないですよね?これって、労務の問題でもありますけど、そのジャッジをするのも「人件費の面から見れば、税理士の業務範囲」と捉えるべきなんです。企業の財務管理を、視野をもってクライアントに伝えていく、それが僕の言う「ディレクション」なんですね。
-そうか、本当にキャッシュ周りをスタートとして、会社全体のシステムをディレクションするってことなんですね。
士業のビジネス構造も変革するのか?
-ちなみに、税理士の顧問料金は考え方によっては月額制=サブスクリプションとも呼べると思うんです。ディレクション的な業務になると、料金体系も変わってきそうな気がするのですが。
大久保:サブスク型に変わりはないと思いますが、業務内容が違ってくるイメージですね。ちょうど今、構想段階のサービスがあります。考えているのは、定額設定の料金の中に、作業を代行する「面倒料」と知恵と士業のネットワークで支える「安心料」が含まれているシステムです。
-失礼かもしれませんが、通常税理士さんにご依頼するのって、例えば会計ソフトの入力など「面倒料」の側面が強いように思います。「安心料」ってどういうことなんですか?
大久保:「安心料」っていうのは企業側が「誰に相談したらいいかわからない」ってことを相談できるためのヘルプデスクへの対価ですね。例えばM&Aの事は、どこに相談したらいいのかって分からないじゃないですか。日常業務レベルでも「これって労務?財務?税務?」っていう疑問は、企業にすごく多い。特に中小企業には多いですよね。そういうことをまるっと相談してもらうための料金を「安心料」と位置付けています。
-クリエイティブ業界の構造に近いイメージがあります。デザイナー・ライターなどの専門業をまとめあげるためにディレクターという立ち位置がある。
大久保:そうですね。そういうディレクター・ディレクション視点がこれからの士業に絶対に必要です。税務に加えて財務と法務も理解していること。私たちだけでなくあらゆる士業同士で信頼できるネットワークを構築しておくことが必要なんです。
-信頼できるネットワーク?
大久保:士業の世界には境界領域みたいなものがあるんです。例えば「そこから先は弁護士さんに聞いてくれ」というような、領域外のことには携わらない傾向がある。でも、それってクライアント側からすると、課題解決に何ひとつ向かっていない。企業が持つあらゆる課題に、全力で向き合い、解決するために、専門領域を超えたネットワークの構築・業界を超えた士業ネットワーク・チームが必要不可欠だと思います。
-そういう大きなネットワーク・チームを使えることへの「安心料」ということですね。
大久保:そうです。なかなか難しいですけど、そういうことを推進していくことが必要なのかなと思います。
↑Colorzオフィスは、まるでカフェのよう。ここも税理士事務所とは変わったブランディングの一貫。
AIの普及が、人間の本質を浮き彫りにさせる。
-AIの普及によって将来的に税理士という職業はなくなると言われていますが、業界の現状は?
大久保:従来の業務がクラウド管理で自動化できるようになって、「税理士っていらないんじゃないか?」と気づき始めている経営者は増えてきています。一部の若手税理士界隈では、いずれ失くなるのではないかと考えている人もいます。
一方で、中小企業を中心にITリテラシーが低く、まだまだ税理士が必要な状況もありますね。
-割と世代間やクライアントの業界で違いそうですね。
大久保:そうですね。コロナ禍でITリテラシーも如実に差が出ています。ご年配の税理士に「テレワークしてますか?」と尋ねたら「できるわけないじゃない!」と逆ギレされました(笑)
-(笑)
大久保:長年使っているシステムに固執してきた世代らしいお答えだなと(笑)時代に応じて移行することがかなりストレスみたいです。ただ、近年の若手税理士創業ブームのおかげで、クラウド会計のシェアはずいぶん広まってきたと思います。いちから取り入れる場合は負荷がありませんし、やはり効率的ですから。
-いろいろなソフトが浸透してきていますし、先日はスーパーシティ法案も成立して、ネットワーク社会はどんどん加速しています。そんな中、税務の未来はどうなっていくと予測されていますか? また、そのときに活かせる税理士のスキルとは?
大久保:高度なシステムが構築され続けていけば、数字の入力だけでなく業績のシミュレーションまで可能になるので、私たちの仕事の一部は確かに失われていきます。実際、その先端をいくソフトもすでに出てきています。そういったソフトもまだ完璧ではないですが、既に出てきています。決算書や申告書の作成もすべて自動化できるでしょう。それはいいことだと思います。
-システム自体はポジティブに捉えてらっしゃるんですね。
大久保:会計処理って本質的には、ソフトを使ってデータベースを作っているだけなので、その“データベース”の作り方が上手かどうかはそれは、大前提のスキルとして問われてくると思います。ですが、キャッシュ・数値・戦略にどうコミットするか、入力する前の数値をどのように創出するかが大事なんです。きちんとキャッシュを作らないと、入力する数字もないですからね(笑)
-そうすると、クライアントへのコミットはより深度を望まれますよね?
大久保:その通りだと思います。僕たちにとっては、クライアントのビジネスモデル・理念・社会性、なにより人間性に共感できるから役に立ちたいと思えることがとても重要なんですよね。そういう意味では、魅力を感じない依頼をお断りしてもいいし、あるいは料金の安さだけで測られるようなら安い税理士に頼んでもらったほうが、お互いのために良いと思うんです。
-さらっとお話されてますが、相当勇気のいる決断ですよね。
大久保:究極、受けた依頼に責任を持つという意味では、邪魔にならない程度の株主でいさせてもらうのもアリなんじゃないかと。赤字になれば株価が下がるので、そのために一生懸命アドバイスさせていただく。その対価としての成果報酬になりますよね。
-ユニークな考え方ですね。
大久保:もっとシビアなことを言えば、私たち士業はもっと腕を磨かなきゃいけないと思うんですよね。クラウド化がいくら進んでも、この業界がなくなりはしないと思います。その代わり、次々に新しいシステムが生まれるだろうからディレクターとして〈戦略〉を提案する方向性があってもいいし、一方で税理士に〈参謀〉としての立場もあるとするならば、専門領域を超えた勉強をしていかなければなりません。つまり、数字で見える結果よりも〈強い用心棒〉を目指すべきだということ。そう考えるとやはり、より人間らしく、より泥臭い世界になっていくでしょうね。
-最新システムを導入した結果、泥臭い部分が残るのは面白いですね。
大久保:今まさに、法務と財務を教育するための「場」を創設するプロジェクトを企画しています。そこで最終的に伝えたいのは「思想」。「自分は何のために税理士をやっているのか」という問い、それこそが重要なんです。士業は、クライアントを助けるヒーローなんです。「自分の身を危険にさらしてもクライアントを助けられるのかどうか?」極限の状態で、どんな哲学と思想を持って仕事に望むかが何よりも大事。そういうことをどうやって次世代に伝えていけるかっていうのが、僕たちの戦いですね。
-どれだけ相手の気持ちに寄り添えるかということは、大切ですよね。
大久保:もともと、お金の世界に関わっている人は、扱う内容の大多数が機密事項なのでクライアントとは距離を取って接するのが大半です。けれど、もっと距離を縮めるケースがあっても良いと思いますし、実際にうちの会社のスタッフには、クライアントを自分の会社だと思って取り組んでもらっています。クライアントの抱える課題を、自分の問題と捉えてきちんと経営者と向き合っていくことが今よりももっと求められると思います。
↑大久保氏の最新書籍。
-さきほど「自分は何のために税理士をやっているのか」という言葉が出ましたが、大久保さんの目的は?
大久保:ひとことで言えば、パラダイムチェンジ。税理士を中心に士業全体の業界を変えて、企業支援に特化した業界に変革していくことが目的です。
↑ポッドキャストも毎回ビジネス部門で高聴取率を叩き出している。
お金を超えて、未来を創れ。
-キャッシュレスなど「お金」の在り方が変わっています。「お金」の専門家でもある税理士としては、お金って一体なんだと捉えていらっしゃいますか?
大久保:価値観かな。信用の対価でもあるんですが、お金の使い方を追っていると、それはやはり人の価値基準になっていると感じます。
-お金の使い方で、その人の価値観が分かる。
大久保:例えば、この間、数人で飲みに行ったんです。そしたらその中の1人が「奢る」と言ったんですよね。「いい夜だから、払いたい」って。それって金額の問題ではないでしょ?彼は「お金を払う」ってことに何か別の意味を持っている。伝わりにくいかな(笑)
-あぁなんか、金額ではなくて、何にお金を使ったかが大事で、この場合だと「飲み代」ではなくて「いい時間」にお金を使っていると言うことですね。
大久保:そうそう。お金の専門家として思うのは、お金じゃ解決できない問題が世の中にはたくさんあるということ。お金で動く人もいれば、動かない人もいるわけです。つまり能力はお金で買えるけれど、思想は買えない。お金を超えたところにこそ、未来があると思います。
これからの世界で失いたくないもの。
-最後の質問です。大久保さんにとって、時代や世界が変わっても、失いたくないものは何ですか?
大久保:〈感謝〉ですね。暴言を吐いている人と、感謝している人では、物事の捉え方が違いますよね。ネガティブな事象が起きた時に、どうやって感謝できるポイントを見つけるかってこと。実は社会全体で問われていると思います。シンプルですけど、ビジネスにおいても、すごく重要だと思っています。
Less is More.
語弊を恐れずに言うなら、大久保氏は、社会全体からみると、非常にストレートで「今」を捉えているだけなのかもしれない。"狭く古い”税理士業界で「異端児」と言われること自体が、社会の課題の深層と呼べるかもしれない。これからの世界で、刷新されるシステムとどのように向かっていくのか、そしてどんな社会を構築していくのか…本インタビューには考えるためのヒントがたくさん散りばめられているように思う。
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(おわり)