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常時接続で失われた孤独。あるいは「長い思考力」。哲学者・谷川嘉浩氏インタビュー。

世界が哲学に夢中だ。書店に行けば、ビジネス書にも自己啓発本にも、「哲学」という文字が踊る。特に日本では、90年代以降、いくつかの宗教的背景を帯びた事件をきっかけに、敬遠されていたように思える「哲学」。失われた20余年を経て、今、時代はなぜ哲学を求めているのだろう?

哲学だけでなく、宗教学、政治学、消費社会論、観光学、または教育学にも造詣が深い、哲学者・谷川嘉浩氏にインタビューした。

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谷川嘉浩:博士(人間・環境学)。1990年生まれ、京都市在住の哲学者。専門は哲学だけでなく、観光学・教育学など多領域に渡る。京都市立芸術大学特任講師、京都大学大学院人間・環境学研究科人文学連携研究員、京都女子大学・近畿大学非常勤講師。著作に、戸田剛文編『今からはじめる哲学入門』京都大学出版会、『ユリイカ 総特集=梅原猛』青土社など。

哲学は、人類の問題解決に寄与してきた。

ーそもそも、〈哲学〉とはどういう学問なのでしょう?

谷川:アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドという哲学者は、「西洋の哲学的伝統は、プラトンに対する一連の注釈から成る」と述べたことがあります。2500年前にプラトンが始めた議論をバトンタッチしながら、現在に至るまで脈々とアップデートしているということです。この大きな流れ思想・思考の流れに参加するのが哲学だと私は理解しています。哲学は、自分の頭だけで考えるのではなく、連綿と続く知の巨人たちの会話を聞きながら考えることです。

ー「役立つ」というと軽率かもしれませんが、哲学って社会のどういった場面で役に立つとお考えですか?

谷川:哲学は、どんなに空論にみえても、それ自体、当時の問題を解決しているんです。歴史を振り返れば、幾度も「危機の時代」がありました。最近だとVUCA(Volatility=変動性/Uncertainty=不確実性/Complexity=複雑性/Ambiguity=曖昧性4つの頭文字を並べたビジネス用語)と言われていますよね。そんな危機の時代に何が必要とされるかと言うと、問題を解決に導く〈解釈〉です。哲学は、物事を解釈することで、時代時代の問題に対応してきた。解釈って、実はむちゃくちゃ実践的なんですよ。

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ーそれは社会に対しても、個人に対しても、ですか?

谷川:はい。危機の時代に直面して動揺する社会には、その後のあり方に関する一貫した説明が求められるし、変動する社会で生きていく個人の不安に対しても、説明が求められる。それらの問題に対して、哲学者は解釈を示してきました。哲学には、危機に瀕した時代に応答してきた歴史があると言えます。

ーだとすると〈宗教〉も似たような性格を持っている気がします。

谷川:そうですね。でも宗教に免疫のないこの社会にとっては、哲学のほうが宗教よりヘルシーですよね。哲学は、原理主義や絶対主義に陥る可能性が低い。それに対して、宗教は、その魅力ゆえに、中毒になる危うさを抱えています。

ーあるいは、自己啓発本にも哲学に基づいたものが多いですね。

谷川:哲学の名を冠した一般書見ると、自己啓発関係は多いですよね。哲学には、「自分と向き合う」というライトモチーフがありますし、哲学書にも人生論的な側面を含むものは多くあります。とはいえ、哲学は自己だけではなく、いろんな対象を扱うもの。そう考えると、哲学=自己啓発ではありません。

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現代人が、哲学に魅せられている理由。

ーパランティアのトップが哲学者だったり、世界一の投資家ピーター・ティールも哲学の出自です。哲学が、今、ビジネスの世界でも注目を集めているように思います。それはなぜだと考えられますか?

谷川:「天才の思考を借りられる。」ということがあると思いますね。冒頭で述べた通り、哲学には、様々な哲学者の議論や知見が2500年分蓄積されています。種類の違う天才たちが、それぞれの生きた時代で、実験してきた仮説が思考パターンとして蓄積されているんです。いろんな哲学者の肩を借りることで、「この主題については、これを考える必要がある」「こういう状況ならこうなる」という具合に、来るべき社会についてある程度のことは言える。気象予報士が理論に基づいて風を読めるように、哲学者は社会を読めると言えるかもしれません。

- 「社会を読める」?

谷川:なぜ読めるかというと、哲学者には、ふたつの特殊な能力が備わっているからだと思います。まずは〈パターン認識〉が得意だということ。私は、プラグマティズムを研究していますが、別の人は現象学を研究しています。哲学者は多様な主題を、独自の言葉や道具立てで議論しているわけですが、普通に会話が成立するんです。なぜかというと、互いの議論に、同じ問いへの関心を嗅ぎつけてるからです。

- と、言いますと?

谷川:ある人が「現象学では〇〇という話がある」と言うと、別の人が「それはプラグマティストだと〇〇と説明しそうだけど、ここは違うかも」と置き換えながら応答する。こんな風に議論が続いていくのが哲学者同士の会話の一つの典型です。これは、お互いの語彙や力点の違いを認識しながらも、パターンの類似性に気づいているということです。プラトン以来の2500年という大河には支流や淀みもあって一口には言えない。けれども、同じ流域にある。共通の問いへの関心があるので、互いの思考を重ね合わせて、違う部分を見出せるわけです。

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- 面白いですね。同じ流れだからこそ、重ねた時の差異が分かるし、パターンに気が付ける。

谷川:そうですね。西洋哲学って、てんでばらばらに見えるんですけど、深い部分で重なっている。だから、透かして見ると違いが際立つ。一見異なるものを重ねながら思考する習慣があるからこそ、〈パターン認識〉の能力が高い。哲学者のひとつの特徴だと思います。

- もうひとつの能力とは?

谷川:〈情報処理能力の高さ〉だと思います。古今東西、膨大な文献を外国語で処理し、問題を整理して一定の答えを出すというのが仕事です。なので、リサーチする中で、複雑に絡まったテーマや議論を整理しながら、問題や目的を言い当て、明晰にするのも哲学者が得意なことだと思います。

- だから、ビジネスと哲学の親和性が高いのですね。

谷川:おそらくそのふたつの要素が、今のビジネスに潜在的に求められているんじゃないかと。

ー今の時代、特に未来への不安みたいなものは、企業も含めて誰もが抱える悩みでもあると思うので、「来るべき社会が読める」というのはすごく参考になりそうですよね。

谷川:そうですね。それに加えて、哲学には、〈問いをデザインする〉という側面があります。

ー答えをデザインするのではなく、問いをデザインする。

谷川:はい。問いを上手にデザインすることが、答えのデザインそのものなんですよね。答えは問いに応じて出てきますから。だから、哲学者は「それがうまい問いか」を気にします。哲学の博士号を持つ方が起業した「クロス・フィロソフィーズ」という会社は、まさに問いに関わるワークショップを開催しています。そういえば、アメリカの哲学者ウィリアム・マッカスキルが、哲学的なコンサルティングをしています。彼がやっていることなのですが、人が知らずにコミットしている考えを明示化したり、論点や目的を整理して選択肢を提示するのも、哲学者が得意とするところです。あと、哲学者と企業の関わりでいうと、〈ELSI〉(Ethical=倫理的/Legal=法律的/Social Issues=社会的課題)は、日本でも今後、取り組みが進んでいくでしょうね。

常時接続で「長い思考」が失われる。

- そうやって哲学が応用される一方、ある大きな力…例えば科学の大幅なアップデートで社会が大きく変化することがあります。そのとき、哲学はやはり2500年の歴史からパターンを見つけるものなんですか?

谷川:少しずらして答えますね。ある出来事のインパクトを煽ったり、変化が華々しく強調されたりするのは、昔からよくあることです。しかし、情報技術はスピードへの期待を私たちに抱かせてきました。今やほとんど時間の誤差なく、リアルタイムに遠い地点の出来事を知ることができますよね。あの9.11(アメリカ同時多発テロ事件)だって、日本国内では何も起こっていないので、それを伝えるテクノロジーや報道がなければ“対岸の火事”だったでしょう。にもかかわらず衝撃を受けたのは、世界各地の発言や出来事についての情報が、オンタイムで伝えられる世界にいるからです。ラグのない状態に慣れた私たちは、社会的にも、仕事面でも、プライベートでも、私たちはスピードばかり期待して、「待つ」「受け止める」ことができなくなっている。哲学にできることと言えば、そういうとき、思考を長くすることだと思います。

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- 「思考を長くする」とは、どういうことでしょうか?

谷川:携帯電話の話が分かりやすいかもしれませんね。電信からスマホに至るような通信機器の進化は、リアルタイムコミュニケーションを私たちに期待させています。その結果、昔なら翌日に返事をすれば済んだことも、今はそうはいかない。別のことをやっていても、すぐに対応しなければと追い立てられる。

- 電話にすぐ出たり、メールに即返信したり、SNSもしきりにチェックしてしまいますよね。

谷川:ですよね。このように常に何かと繋がっている世の中を、シェリー・タークルが〈常時接続の世界〉という言葉で呼んでいます。そして常時接続の世界は、あるものを奪いました。〈一人でいる時間〉です。かつては信号待ちの間や通勤途中などに、何も考えずに景色を見たり、ただボーッとしているようなダウンタイム(隙間時間)がありましたよね。自分自身とぼーっと向き合うような時間は、スマホで失われた。私たちは、スマホでどんなときも情報を入れ、退屈や寂しさがないように心掛けている。これは、思考を細切れに中断させることでもある。他方で、長い思考というのは、歴史的に見れば、哲学の得意としてきたことでもあるんです。

- 2500年もの間、物事の本質を考え続けているわけですからね。

谷川:はい。哲学に触れていると、思考が長くなるんです。『子どもの難問』という本に、ある哲学者が「ドーナツの穴」について1年以上考え続け、しまいには、『失われたドーナツの穴を求めて』という本を出したという話がありました。哲学に接することで、同じことを手放さずに手元に置いていることができる。コロナを受けて始まったテレワークにしても、仕事だけ、あるいは家事だけに集中することは難しくて、お互いを中断させ合うという声が多く聞かれました。今の社会では、ひとつのことに没頭する時間がいかに確保しづらいか。だからこそ対比的に、思考の長い哲学や哲学者が求められているのではないでしょうか

- 失われた時間の補完として、哲学が求められているということですね。

谷川:そう思います。〈一人でいる時間〉についてもう少し補足しますね。ハンナ・アーレントは〈寂しさ〉と〈孤独〉を分けるべきだと言っています。〈寂しさ〉は、一人でいることに耐えられず、他人を求める心の状態。〈孤独〉とは、自分自身と過ごすことができる状態。常時接続の世界が奪ってしまったのは、〈孤独〉の方ですね。

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いかに孤独を確保できるかが、大切である。

- 我々は、孤独を持つべきだということでしょうか?

谷川:寂しさは、誰しも感じますよね?ずっとひとりぼっちでいたい人はそれほどいないと思います。寂しさは避けられない。では、孤独な時間は誰しも持てるでしょうか? 常時接続の世界において、難しくなっていますよね。だとすると、寂しさを感じながらも、同時に孤独な時間も持てるかどうかが大切なポイントだと思うのです。

- 私たちは、どうしたら孤独を持てますか?

谷川:たぶん、〈趣味〉がヒントになります。TV版の「エヴァンゲリオン」を観たことがきっかけで考えたことなのですが(笑)。劇中に、加持リョウジという人物がスイカを育てているシーンがあります。自分は組織に命を狙われていて、周囲は戦闘の最中という状況で、加持さんはスイカ畑に主人公を連れて行って、畑の様子を見せ、水やりをしているんですよね。そして、彼はスイカを収穫することもなく、物語から退場する。印象的なのは、この主人公との会話で、〈趣味〉という言葉が使用されていることです。

- 趣味=何にもならない時間、という意味でですか?

谷川:そうなんです。命の危険を感じた瞬間、逃げることも身を守る策を講じることもできるはずなのに、加持さんは何にもならない時間を過ごした。有用性のない無駄な時間こそ、孤独を確保するために大事なんです。明日世界が滅ぶとか明日死ぬとかそういうこととすら関係ないかのように、淡々と自分自身と過ごす時間がスイカ畑にはある。ところが最近は、趣味を役立てようとする人が多いですよね。ハンドメイド作品をフリマアプリで売るとか。そう考えると、この意味での「趣味」はもはや持ちにくいと思いませんか?

- 確かに。ゲームをしていても、スマホを持っているだけでも、プッシュ通知が波のように押し寄せて、波に乗っていると孤独ではいられません。

谷川:ソシャゲは確かに忙しい(笑)。そこから切り離された時間が必要ですよね。様々な事情や現実の複雑さから切り離してくれるものが、『違国日記』という漫画では、「かくまってくれる友人」と表現されていました。孤独を確保するために趣味をつくるって、とても大事ではないでしょうか。プッシュ通知を気にせず読書に没頭する、ただただコーヒーを味わう、黙々と料理をする、何でもいい。

- ただし、趣味から有用性のあるものを吸い上げて、仕事や人生にフィードバックすることもある気がします。

谷川:結果的にはありますね。でも、有用性を持たせることが目的となると、良くないのだと思います。

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テクノロジーが加速する時代に、必要な能力。

- さて、今後も社会は変化をし続けるわけですが、過去2500年分の歴史を踏まえて、ちょっと先の将来を予測することはできますか?

谷川:直接的な答えを出すことは難しいですが、「必要になるであろう能力」については考えがあります。先ほどの話とリンクしますが、結論から言うと〈一人でいる時間を確保する能力〉だと思います。たとえば、誰かと食事をしている最中に、それを中断してTwitterやLINEを起動することってありますよね? こんな風に、今いる空間に他の事情や関係が割り込んでくることを〈多孔化〉と表現する社会学者もいます。この多孔化した時間によって鍛えられるのは「反射」ですよね。熟慮なく自動的に反応する。すると人は、作業を処理するようにコミュニケーションするようになってしまう。反射的なコミュニケーションで自分を取り巻くことは、画面でも対面でも、向こうにいる人の人格を想像しないようにと訓練をしているようなものです。

-相手の気持ちを読まずに、形式的に対処してしまうんですね。

谷川:ですね。これが日常のやりとり程度なら害はありませんが、冷静ではいられなくなるほど衝撃的な出来事があったときはどうでしょう? 新型コロナウイルスが流行したとか、親族が亡くなったとか、事故に遭ったとか…。そういうとき、衝撃を抱えきれず、自分の感情・感覚を直視できないからといって、反射的に写真を撮ってシェアしたり、Twitterに書いたり、友人にLINEして感情を埋めてもらったりすべきでしょうか? 恐怖や悲しみ、不安が手に余るのは誰しもそうなので、私も気持ちはわかります。けれども、冷静に考えれば、何でもかんでもリアルタイムで他者に晒して、共有してしまうことには問題があるでしょう。

- そこで、一人でいる孤独な時間を確保すべきなのですね。

谷川:そうです。この能力には〈ネガティブ・ケイパビリティ〉という名前があります。説明がすぐにはつけ難い事柄に対峙して、即断せずにわからないままに留め、いったん噛み含める能力です。テクノロジーがこの力を奪い続けている。人は、ネガティブ・ケイパビリティや孤独を手放し続けている。そうして育まれるのは、権威や手近な言説に答えを求め、自分の不安に説明をつけてほしがる人間です。ビジネス、社会、政治、私生活、いろんな領域で思い当たるはずです。他人事でなく、自分のこととして。それが極端になると、レイシズム、歴史修正主義、狂信が生まれたりするのだと思います。

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これからの世界で失いたくないもの。

- 失われていくものがあれば、その揺り戻しとして必要な能力もある。そして、失われたくないものもある。谷川さんが、世の中から絶対に失くしたくないものは、何ですか?

谷川:保守的に聞こえるかもしれませんが、〈ディーセンシー〉(まともさの感覚)でしょうか。人間は途方もなく愚かな振る舞いができる生き物であり、歴史は常に愚かな行為を目撃してきました。人間は、条件さえ整えば、責任を感じずに、暴力や差別、殺害にさえ平気で加担できてしまう。その一方で、高潔さも併せ持っている。例えば、マーティン・ルーサー・キング牧師は、女性にひどく差別的だったことが暴かれていますね。けれど、人種差別プロテストにおける彼の貢献は疑うべくもない。私は、この両面を同時に見たい。人は誰しも完璧ではないけれど、部分的にはディーセントでありうる。人が築いてきた文化の中のひどい要素を批判して減らすだけでなく、良い面や美しい面を育てていきたいです。私個人も、つまらない部分は多々あるけど、ディーセンシーを失いたくないですね。そして、こういう理想への〈憧れ〉も大事だと思います。先ほどお話しした“何にもならない時間”と同じく、理想に素朴な憧れを抱くって、すごい無駄ですよね。それ自体はお金にならないし、すぐに何かを解決しないから、一見コスパが悪い。「理想なんて空論でしょ、現実はね……」と大抵の人は思うでしょう。けれど実は、理想と現実のギャップこそが大事。理想に立ち返ることで、「こうなればいいのに、そうなっていない」と現実をずらすことができるからです。理想への憧れが、複雑な現実に振り回されるだけの自分を突き放し、相対化する。だから、現実とうまく付き合うためにこそ、理想を思い描き、夢を見るような無駄な時間が必要なのだと思います。そのためにも、じっと自分と対峙する「孤独」が必要です。私たちは現実をちゃんと生きるために、孤独や憧れといった無駄を抱えなければならないということです。

↑ぜひ、第二弾記事もお楽しみください。

Less is More.

インタビューを終えた帰り道。「自分は長い思考ができているのか?」と考えた。いつ以来「長い思考」をしていないだろうと。私たちは便利と引き換えに、思考能力を奪われ続けている。孤独でいることの重要性、そしてそのためのなんでもない趣味。なんでもない趣味こそが、社会を大きく変革させる鍵なのかもしれない。

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(おわり)


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