鍼灸の研究が導く、代替医療の可能性。科学と精神のバランス。加藤容崇氏インタビュー。
サウナ学会で有名な加藤容崇氏による「鍼灸の効果を脳科学的に検証した論文」の全文が公開された。鍼灸は3000年以上の歴史を持つにもかかわらず、その効果・効能は非常に曖昧で科学的な見地から語られることも少なかった。
加藤氏はこの最も古く現代でも愛されつつも怪しまれている「鍼灸」を脳科学の見地から解き明かそうとしている。
鍼治療の有効性は、本当にあるのだろうか?代替医療の可能性とエビデンスへの接し方についてもお聞きした。
鍼灸鎮痛の研究に至るまで。
-当メディアでは、サウナのインタビュー以来ですね。お久しぶりです。
加藤:お久しぶりです。
-今回は、「鍼灸鎮痛の根底にある2つの異なる神経メカニズム」というすごく面白い論文を発表されたとのことでお話をお伺いできればと思います。
加藤:実は鍼(はり)の研究に関しては、サウナに出会う以前から始めているんですよ。時間のかかる研究だったのですが、今回ようやくですね。
-今では、サウナ学会の加藤さんとして知られていますが、なんで鍼灸のご研究をはじめたんですか?
加藤:僕は、元々医者として癌の遺伝子検査・研究が専門なんです。特に膵臓癌を主な研究領域としています。膵臓癌って、他の癌と比べても治療が非常に困難なうえに、非常に痛いんです。その膵臓癌を罹ってしまった患者さんがきっかけで鍼の研究をはじめたんです。
-詳しくお聞きしてもいいですか?
加藤:医師には守秘義務があるので話せる範囲で話しますが、その患者さんは、まだ若くカフェを経営されていた女性でした。彼女は5年生存率8.1%という絶望的な数字を聞かされて「自分のお店で最後まで働きたい。最後まで自分らしくありたい」と選択されたんです。しばらくは働けたんですが、ほどなくお店に立てないくらいの痛みに襲われてしまったんです。そこでオピオイドという麻薬性鎮痛薬を投与すると、麻薬性なので頭がぼんやりして、ミスが増えてしまい結局働けない。薬以外の方法が何かないかと探していたんですが…現状では他に選択肢がほとんどないんですよ。
-あぁ。西洋医学としての他の対処法があまりないんですね。
加藤:その時に、医師になりたての頃に鍼灸専門学校で講師をしていたことを思い出して、彼女に鍼というのはどうだろう?と話してみました。彼女もぜひ試してみたいということで、業界でも腕が立つと言われている鍼灸師さんにお声がけして施術してもらったら…効いたんですよ。
-効いたんですね!
加藤:オピオイドの量も減りましたし、一度カフェの仕事に復帰できたんです。短い間でしたけどとても喜んでいました。それで、当時勤務していた病院に癌の緩和の一環で鍼を導入したいと提案したんです。そしたら、上長に即答で「エビデンスがないからダメだ」って言われてしまったんです。それで、自分でエビデンス取ることにしたんです。
-それが今回の論文に繋がっているんですね。
代替医療の胡散臭さ。
加藤:やはり鍼灸ってすごく胡散臭い側面もあるじゃないですか。
-あぁ。なんか入るのに躊躇するような佇まいのお店もありますよね。
加藤:そうなんですよ(笑)。とはいえ効果が全くなければ、長い歴史の中で淘汰されてしまったと思うんです。鍼灸は誕生以来3000年もの歴史の中できちんと残り続けているので、やはりなんらかの効果はあるのかとは考えました。研究の結果が出なかったら出なかったで、「結果が出ませんでした」って論文を出そうと思ったんです(笑)。逆に差が出たら本物だなと
-むしろ、そういうスタンスですと信用できる気がします。
加藤:まずは、業界全体の構造から学び出したんですが、良くわからないインチキ臭い鍼灸院もある一方、すごく効果のある施術をされる先生もいるという歪な構造なんですよね。そのうえ、3000年も前の中国の古典に基づいて施術を学んでいたりもして、大変失礼ながら意味不明だなと(笑)。
-確かに(笑)。
加藤:現代の医療技術からみると、これはすごく変な構造なんです。医療って、技術が連続して使われながら、日々アップデートされて現代に至りますよね。鍼は、3000年前に大枠の理論体系ができて以来、あまりアップデートされていない。証拠に『経絡』って調べると理解できない古典の記述がたくさん出てくる。これはある意味ではすごいことでもあると思います。
-なんだか聖書とキリスト教の関係みたいですね。
加藤:古典を参照はしながらも色々な流派が生まれてくるんですね。○○流鍼灸というような。これが流派ごとに口外無用みたいな世界だったんですね。なので、ある流派の天才が素晴らしい施術を生み出したとしても、広まらない。
-あぁ。シェアリングエコノミーが全くなされない業界なんですね。
加藤:業界全体の進歩が起こらず、分断の歴史で連続しません。標準治療を生み出すためのシステムになっていないんです。業界で治療の標準化がなされていないので、胡散臭く見えるんですよね。こういう状況を打破して、標準治療を作れないかというのが、今回の出発点です。標準化するには、治療効果を数値化して明確に比較する必要があります。そこで、エビデンスを求めて論文を読み漁ったんですが、現状の鍼灸関連論文は不十分なエビデンスと評価されてるものばかりだった。
-論文すら胡散臭かったんですね。
加藤:研究ごとに方法論が全く違いましたし、評価が主観のみだったり比較対象群が適切じゃなかったり納得できないものが多かった。それに加えて「よくわかりませんでした」という結論になっているものも多かったです。評価の軸もなく、手法も統一されていない。そこで、僕は評価をまず明確に数値として出すこととして、研究方法を統一しました。
シビアなコントロールから導く研究。
-どんなふうに統一したんですか?
加藤:鍼灸って一度の治療で10本とか20本とか打ちますよね。そうすると、どこのツボがどこにどれだけ効いているのかが不明瞭になってしまいます。なので、今回の研究は、一度の実験に鍼を一本だけにしました。効果が確実にわかるように、かなりシビアにコントロールしたんですね。
-実験に参加する鍼灸師さんはやりにくそうですよね。
加藤:上手な鍼灸師さんは、意図を理解して一本できちんとやっていただけました。被験者は、肩こりや腰痛などなんらかの「痛み」を感じている方に来ていただきました。
-「痛み」を感じている方を選ばれたんですね。
加藤:痛みを感じていると、脳の頭頂葉の前の方にある感覚野という場所に反応が出ます。ということは、ここが鍼灸治療前後で変化して、シグナル量を定量化できないかと考えました。MEG(Magnetoencephalography)というシステムを使って脳の反応を細かく見てみました。
-はい。
加藤:結果は感覚野が確かに反応していたんです。それに加えて被験者の実感値とも照らし合わせたんですが、見事に対応していました。「鍼を施すことで、痛みが減っている」というのは、間違いないですね。「鍼には確実に鎮痛効果があるとわかった」これが一つ目の研究結果でした。
感情がもたらす鎮痛効果。
-他にも結果が出たんですね。
加藤:はい。痛みはひとつの中枢があるのではなく、複数の領域のネットワークであることが言われていますが、大きく分けて二つのネットワークが見つかりました。まずは、感覚野で高周波の脳波に反応が出ました。これはざっくりいうと、外からの感覚を感知して変化する外的要因からの変化です。今回で言うと、鍼を刺すことで痛みが緩和した反応がそれにあたります。
-はい。
加藤:ここまでは想定内だったんですが、もう一つ、後頭葉や頭頂葉の後側の方で低周波の脳波に変化が見られたんです。低周波って一般的にどう言うものかというと、内的な処理…固有の感情とか記憶などに関わるのが低周波の脳波と言われています。その中でも今回の研究で特に反応の見られた部位は「感情」を司る部位だったんです。
-感情にも変化が出たんですね!
加藤:今回の研究で、鍼は「このどちらの領域でも治療効果が認められた」んです。鍼を刺すという外的な治療効果と感情による除痛効果というこの二つの治療効果があることが判明しました。
-ただ、話が感情となると、すごく色々な条件が絡んできそうですよね。
加藤:そうなんですよね。施術師さんの会話だとか触れ方、あとは見た目なんかも関係するかも知れません。相性みたいなものや、その日の天気、ちょっとした環境にも左右されると思います。そういった感情の研究については、もう一工夫必要なのかも知れません。ある程度施術前後の環境を調整することで、個人個人のプロパティというか特性に依存しないデータになるかもしれません。例えば、サウナで気分が良くなってから鍼を施術するとかもいいかもしれませんね(笑)。
-急にサウナが(笑)。
加藤:それは冗談として(笑)。この研究結果は、僕自身も医者としてのあり方を見直すきっかけになりました。医療においても今までは「痛みを取り除く」ことに主眼を置いていたんですけど、患者さんの感情の側面からもアプローチしてあげることも除痛につながることが判明した。そのためにもっと患者さんとの関係の構築に主眼を置くことを大事にしたいと思いましたね。
-今回の研究で見えてくるのって、なんか医学ってものの範囲が実はものすごく広範に渡ることでもありますよね。
加藤:そうですね。純粋な「治療技術だけじゃない」となると、それはものすごく広範に渡りますよね。逆に考えると、感情部分にアプローチする“治療”は、病院に行かなくてもできるので、セルフメディケーションの範囲でできる可能性も増えてくると思います。
-例えば、気の合う人との会話とかもそれに含まれるかも知れないですもんね。
加藤:そう。自分自身の気分次第で薬に頼らなくても除痛・鎮痛ができるかも知れませんからね。日常的な感情にまつわるバイタルのログを貯めたりすることで精神的な方向からアプローチするようなセルフメディケーションのカタチは今後出てきてもおかしくないですよね。
どのように代替医療を取り入れるか。
-代替医療ってエビデンスがなくて怪しいものもすごくたくさんありますよね。そうした中から有益なものを見つけるにはどうしたらいいんでしょうか?
加藤:まず、一番大事なのは、みんなの科学的なリテラシーをあげることだと思います。例えば癌になった際も本当の治療をおろそかにして、何か特殊な治療を盲信してしまう患者さんもいらっしゃいますよね。これらを完全に否定する気はありません。鍼の研究でも分かったように、患者さんの心の安定は重要で、たとえエビデンスがなくても意味のあることもあります。エビデンスの確立した科学的な現代医療をきちんと行いながら、メインの治療の妨げにならない範囲で色々試してみても良いと思います。科学的なリテラシーを持つことで、盲信することなく正しく認識し、皆さんが後悔しないように正しく選択できるようにすることが大事です。
-あぁ。なんとなく、標準治療を否定しながら、独自の治療法に走ってしまう方も多い印象です。
加藤:もちろん、患者さん自身の選択です。それが間違いだとは思いませんが、代替医療だけで治療に臨むことには、疑問には思いますね。僕自身も、サウナにしても鍼にしても「怪しい」「胡散臭い」ってところからスタートしているんです(笑)。でもなんか効き目があるような気もするから、因数分解してみようというのが僕の研究の原点です。僕自身もそういったよくわからない代替医療を全肯定も全否定もしません。データを取って解析して、信じられる部分、信じられない部分というのを明らかにしていきたいと思っているんですよね。
-科学的なリテラシーってなかなか専門家以外が学びにくいですよね。
加藤:医学教育を進めることしかないですよね。エビデンスを正しく理解して、エビデンスが現時点では十分ではなくてもきちんとエビデンスを積み上げながら、社会に有用なものは慎重に取り入れていく姿勢が大事だと思います。エビデンスがないから全否定するものではなく、社会の合意を取りながら慎重に進めていくべきであることは、今回の論文からも明らかになったと思います。
私たちは、エビデンスをどのように考えるべきか。
-少しエビデンスってことについてお聞きしたいのですが、今では一般的にも異なる「エビデンス」を持ち出して、ネガティブな方向に議論が白熱してしまうこともありますよね。
加藤:特にワクチンなんかでも揉めていることがありますよね。まず、エビデンスに対する認識が「ある/なし」で語られているのがおかしいことなんですね。エビデンスっていうのはグラデーションの世界なんですね。白黒ではなく、現時点ではここまで分かっている、これからもっと調べていかないといけない、というように完全に証明されているものなんてほとんどないですし、研究論文で正しいこと言われていることでも後に覆ることも山ほどあります。一つの病なり、現象に対して少しずつ研究が進むわけで、いきなり100%信用できるエビデンスが取れるなんてことはあり得ないわけです。
-なるほど。
加藤:さまざまな角度から研究されている、途中経過の研究が無数に存在しているんですね。なので、完全に白黒で分けられるというわけでなく「このエビデンスは、結構信頼できるけど、この辺はもうちょっと検討が必要だよね」というような段階的なものなんです。これをエビデンスレベルと言います。それに加えて、社会的な期待値というベクトルも含まれてくるわけです。研究者の期待や展望も含まれて発信されていることがほとんどだと言えます。なので、エビデンスというのは、とにかく0か100かで考えるべきでないし、世の中のほとんどの“エビデンス”と呼ばれるものは途中経過であることを、はじめに理解するべきです。
-とはいえ、一般人から見るとどこが白か、黒かってとても理解しにくいですよね。
加藤:そう。まず目にする情報がどれくらいのエビデンスレベルのものなのか、どれくらい信憑性にたるものなのか、ある研究全体の流れの中でどういった段階のものかというのを知るべきですが、専門家でない限りとても難しいと思いますので、少なくとも皆さんの意識の片隅に『医学情報にはどれくらい信じられるかを示すエビデンスレベルというものがあること』は常に置いておいてほしいです。
-あぁ。さまざまな研究について知ったうえで、どのようなレベルのエビデンスかを考えないといけないということですね。
加藤:そうなんです。エビデンスレベルにはいくつかの段階があります。最も精度が高いと言われているのがメタアナライシスと呼ばれます。これは、複数のRCT(ランダム化比較試験)を経て、最も信憑性があるとされているエビデンスです。2つ目が一つのRCTでの結果が出ている状態。その二つ下4番目が観察研究と呼ばれ、被験者の調整はしていない、つまりもしかしたら母集団の偏り、つまりバイアスがあるかも知れないけど、多人数での結果なので「まぁまぁ正しいんではないか?」という状態。その次、5番目が人数がもう少し少ないもの、細胞実験などの段階のもの、その下に専門家の意見と続きます。こういったエビデンスのフレームを理解することが必要なんです。
-フレームの中でエビデンスがどの段階のものか、精査しないといけないわけですね。
加藤:そういったフレームを理解せずに、都合の良いエビデンスだけ持ち出して語るのは違いますよね。世の中にエビデンスと呼ばれるものの中でも、ほとんどが黒で、少しだけ信用できる部分がある、そしてそれらが全体のフレームの中でどこに位置しているのか、正しく理解するべきですね。そもそも、医療界でも都合よくデータを取ってきたレベルの研究もありますからね。高いレベルのエビデンスは、バイアスがないようにきちんとデータが取られています。そういう高いレベルで作られたエビデンスは、ツッコミどころがないように作られているものですから、そういったフレームをきちんと理解して、正しく信頼していけるようにしないとですね。
-ちなみに、今回の加藤先生の研究はどのレベルのものですか?
加藤:今回の研究論文は上から4番目にあたるものですね。これから研究の母数を増やして、もっとエビデンスの精度を上げないといけません。そのために実は、「ココハル」という無料WEBアプリを公開しているんです。
鍼灸治療の標準化に向けて。
-え!?すでに次の研究に向けて動き出しているんですか?
加藤:シール鍼っていうのを使って、それぞれでセルフメディケーションできるんです。アプリを通じてデータを集めて、鍼のビッグデータを集めています。論文だけだとほとんどの人は読みませんしみんな鍼治療を実感できないですから、まずは手軽に鍼治療の効果を体感してもらって、同時にデータを集めています。
-シール鍼を楽しんでもらいながら、データを集めるんですね。
加藤:鍼治療の標準化に向けたこれはとっかかりとして、ひとまず作ってみたんですよ(笑)。鍼灸師の先生それぞれの治療が全然違うので、比較が非常に難しい。なので、効果的に治療効果を比較できるこのようなアプリは、鍼治療の標準化に向けてよいプラットフォームになれるのではないかと思ってます。今後は、もっとデータを集積させて、よりレベルの高いエビデンスを得ていこうと思っています。そしてこのデータを鍼灸師の皆さんにシェアしてしまおうと思ってます。仙人みたいな達人に一子相伝で教わるような怪しげな治療ではなく、公開されフェアにとられたデータに基づいた治療の方が信憑性がありますし、治療の標準化につながります。
-標準化した鍼治療を無料公開するなんてすごいですね。
加藤:鍼灸師さん達もパブリックなデータに基づき標準“鍼”治療を行う。その上で、独自の流派を学ばれる方はそうすればいいと思いますし、エビデンスがあることで、むしろ鍼灸業界全体にとってはプラスになることだと思っています。業界全体の地位も向上しますし、今まで鍼治療を怖がっていた患者さんも安心して通えるようになります。
-鍼治療を選ぶ人が増えるということですね。
加藤:繰り返しますが、鍼灸に限らず、代替医療ってエビデンスもなく、怪しいです。でも、代替医療と言われるものの中には、エビデンスはなくても、有効なものが眠っているんじゃないかと思うんですよね。なのでちゃんとデータ化して、エビデンスを揃えて社会に信用されることは大事なことだと思うんです。みんなで本当かどうか、楽しんで研究していこうぜって姿勢が大事かなと思います。
-このサービス、便利ですね。ナビゲーションに沿って鍼を試せる。
加藤:鍼灸ってある意味では、鍼灸師さんたちが脈々と作ってきたビッグデータの集積とも言えるんですけど、それがきちんとしたデータとしては残っていません。蓄積なきビッグデータなんです。経絡(けいらく)理論に関しても、3000年ほど前にできたと言われている治療体系なんですけど、古代の中国の鍼灸師たちはどこを刺したらどういう反応が出るのか…っていうのを蓄積していったんですよ。こういう莫大な経験の蓄積を全て知らなくても、みんなが理解できるモデルから推測できるようにしたものが経絡理論なんです。要するに自然現象そのものではなく大昔の人間が作り出した人工的な理論なんです。
-そういうモデル化みたいなものを3000年も前に作っていたのはすごいですね。
加藤:しかも面白いのがこれある意味では割と現代の理論にもあっている部分もありそうなんです。鍼治療って筋反射を利用した治療の一種と捉えらえるんですが、血管と神経ってある程度一緒に走っているんです。それが経絡理論のモデルとある程度合致しているんですよね。3000年続く理論体系を当時作れたのはすごいことです。ですが、だからこそデータがものをいう現代において、このシンプルなモデルが足を引っ張っていることも事実です。現代では科学技術の進歩により莫大なデータに瞬時に辿り着くことができるので、仲介する人工的な理論は必要ありません。鍼灸を根本から変えるには、標準化するには現代のフォーマットで正しくデータ化するしかない。
情熱の元は、病気の人をゼロにしたい。
-それにしても、サウナ・鍼灸、なぜ加藤先生はこれほどさまざまな活動に情熱を持って研究されているんですか?
加藤:僕はやっぱり病気の人をゼロにしたいという思いがあるんですよね。患者をゼロ、病院に誰も来なくていいという社会にしたい。
-なぜですか?
加藤:日本の医療費ってめちゃくちゃ大きいです。税収の6割を占めています。医療とは頑張る人々が安心して頑張れるようにして産業を下支えするものだと思っているのですが、これではメイン中のメインの産業になってしまっていて、他の産業が発展するのを妨げてしまっています。今、一番高い薬って2億円もしたりするんですよ。高額な薬剤だけが原因ではありませんが、加速度的に医療費は増加してしまっています。このままでは本当に困っている病気の人が適切な医療を受けられなくなるかも知れません。だからこそ病気になる前に個人個人で対策していくことが大事だと思います。そして、もっと薬以外の治療の選択肢があったらいいと思うんですね。
-そのための活動であり、研究なんですね。
加藤:自分の専門分野一辺倒の研究だけではなくて、周辺にあるようなものも柔軟に取り入れ研究することで、もしかしたら医療の可能性がすごく広がると思います。僕は現状の医療の不充分さというか限界を感じることがよくあります。自分が知らないところに限界を突破しうるヒントがもしかしたらあるんじゃないかと思うんです。癌患者さんは今でも残念ながら亡くなってしまう方も多いですし、日々、自分の無力さを実感しています。
-すごく真摯に医者の在り方を考えてらっしゃるんですね。
加藤:普通だと思いますけど(笑)。でも、もっと広く捉えると、今の医療って、病気になって困った人がなんとかして欲しくて医療機関に来る、つまりマイナスの力で回っていると思います。困った人を助けることは非常に立派なことで尊重されるべきだと思いますが、一方で、もっと明るい力を原動力にして医療を動かせないかなって思ってます。「楽しい」とか「気持ちいい」とかそういったポジティブなエモーションでみんなの行動が変わる。ただ楽しんでいただけなのに気づいたら病気がめちゃくちゃ減ってた、みたいな医療が最高ですよね。そういったポジティブな感情にアプローチする予防医療・代替医療ができればいいな〜と思ってます。
-あぁ。だから加藤先生は、サウナとか鍼とか、楽しいものをベースに研究されているんですね。
加藤:そういう、医療の垣根を超えたエコシステムのデザインをどう成立させるかというのは、僕の命題としてあるんです。ポジティブなエモーションから予防医療へ流れるような設計ができればと思います
-医療ってエビデンスをベースに語らないといけない業界かと思うんですが、そんな中でエモーションをベースに研究をされるのはすごいことですね。
加藤:意外と科学者ってエモーションが起点になっていたりしますよ(笑)。そうでないとモチベーションが持ちませんから。
これからの世界で失いたくないもの。
-では、最後の質問です。加藤さんにとって、これからの世界で失いたくないものは何ですか?前回はホスピタリティとおっしゃっていました。
加藤:ホスピタリティは変わらずですね(笑)。今回の論文でも同じような結論に至ったのですが、科学・データだけを盲信せず、『人』をきちんとみて、サイエンティフィックな部分とホスピタリティ、そのどちらも失わずに進むことが大事だと思います。
Less is More.
今回の論文の結果が、導き出した感情による除痛効果…これがもっとレベルの高いエビデンスになっていくことは、どこかロマンティックでもあるように感じた。例えば、日常的なちょっとした思いやりや、優しさが医療的に意味があると証明されたなら、もっと多くの治療へのアプローチが可能になるかもしれないと思ったからだ。
さまざまな可能性を疑いはすれど、否定することなく研究を進める加藤氏のスタンスは、全ての人が見習うべきものなのではないだろうか。
(おわり)