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文学は退屈な毎日を変えてくれるのか。菊池良氏インタビュー。

「世界一即戦力な男」で知られることになった菊池良氏。現在も漫画原作やホテルのプロデュースなど様々なコンテンツを創造している。
そんな彼が1月19日に『タイム・スリップ芥川賞 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』という書籍をリリースした。芥川賞受賞作品の中でも時代を濃密に切り取った作品を取り上げ、その時代背景についてコミカルに探る…という非常に不思議で誰でも楽しめる一風変わった一冊だ。書籍のサブテキストとしても読んでいただきたい菊池氏のインタビューをお届けする。

菊池良:1987年生まれ。フリーランスのライター・編集者。 学生時代に公開したWebサイト「世界一即戦力な男」がヒットし、書籍化、Webドラマ化される。株式会社LIGからヤフー株式会社へ転職し、現在は独立。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』シリーズ(計17万部)。小説幻冬にて「ニャタレー夫人の恋人」連載中。少年画報社ヤングキングにて「めぞん文豪」を原作を担当。 Twitter : @kossetsu

菊池氏が「芥川賞」に注目する理由。

-お久しぶりですね。ちょうど菊池さんの新刊「タイム・スリップ芥川賞」がリリースされるタイミングなので、ぜひお話をお伺いしたいと思っています。

菊池:お久しぶりです。今日はよろしくお願いします。

「小説を読む前」にわかる日本文学入門。 芥川賞は、「戦後日本人の歴史」そのものだった。 前代未聞の「文学エンターテインメント」!!

-そもそも菊池さんは、2019年にも「芥川賞ぜんぶ読む(宝島社)」をリリースされていたり、以前から芥川賞に注目されていますよね?

菊池:そうですね。いわゆるマス媒体で一番ニュースになる文学賞が「芥川賞」だと思います。僕が10代のころに綿矢りささんの「蹴りたい背中」と金原ひとみさんの「蛇にピアス」がW受賞して、すごくニュースになっていたんですね。その時にとても印象に残ったのが原体験です。実際に全ての芥川賞作品を読み始めたのは、現在の仕事についてからですね。

-でも、160回以上続く歴史のある賞なので、全部読むといっても相当大変なことですよね。

菊池:最初は修行…というか荒業のつもりではじめました。『うんこ漢字ドリル』の作者・古屋雄作さんが書籍がリリースする前に「小学校のドリルの例文全てをうんこに紐づけて例文を作っているんだ」とおっしゃっていて、「なんてすごいんだ」と。そういうたいへんなことをやってみようとインスパイアされた面もあります。

↑菊池氏は、当メディアに2度目の登場。こちらの記事も未見の方は是非。

「タイム・スリップ芥川賞」に至るまで。

-今回の「タイム・スリップ芥川賞」は「芥川賞ぜんぶ読む」で書ききれなかったものを描いているのですか?

菊池:そうですね。前作は、芥川賞の受賞作を個別に紹介するのがメインだったので、今作は芥川賞の流れや時代背景との関わりをメインに据えて書きました。

-すごくユーモアもあって、全ての年代の方が楽しめる作品になっていると感じました。

菊池:実は今作の制作の最初期は「ビジネスパーソンなら知っておくべき芥川賞作品」といった切り口でもっとビジネスパーソンに向けて作る予定だったんです。でも、書き始めてみると、どうもただただ推薦しているだけに過ぎなくて、あまり面白くなかったんです。じゃあどう伝えればいいのか…と試行錯誤して、ストーリー形式にして誰でも楽しめるカタチを目指しました。

-ストーリー形式ですが、実際に今作を読んでみて「芥川賞、すごく面白いし読んでみたい!」ってなりました。

菊池:今思い返すと『芥川賞ぜんぶ読む』は、企画ありきの一冊だったと言えると思うんですが、実際に芥川賞受賞作品を全部読むと「これは大河ドラマだな」って思ったんですよね。歴史もある中で、その時々の時代をきちんと切り取っている作品が選ばれ続けていますし時間軸に沿って芥川賞受賞作品を俯瞰するのは、全部読んだ僕にしかできないかなと思ったんですよね。

-「タイム・スリップ芥川賞」は、日常的に文学に触れることのない方に向けて、文学として作品を紹介するという構造になっているのがユニークだと思いました。

菊池:それは、意識しました。文学を1冊も読んでない人にも、芥川賞の受賞作品の面白さが伝わるように作っています。あくまで『タイム・スリップ芥川賞』というひとつの作品として完結していて楽しめるものにしたいという思いはありました。

-構造的には、YouTubeの書籍紹介やブックガイドが近いと思うんですが、似非なるものですよね。

菊池:そうですね。ブックガイドも素晴らしいのですが、今回に限れば「この本を読んでください」とまとめるのでは僕が感じた大河ドラマ的な魅力を伝えきれないと思ったのです。

-かなり笑える要素などもふんだんに使われていますよね。

菊池:みなもと太郎さんが原作で、三谷幸喜さんが脚本を手がけたNHKドラマ『風雲児たち~蘭学革命篇~』にすごく影響を受けました。歴史を伝えるのにすごくコミカルで誰にでもわかりやすい楽しい作品でした。

誰にでも分かりやすく、奥行きのあるもの。

-今回は、かなり掲載作品数も少なく絞って、時代考証や作品の背景なども詳細に語られていますよね。今回作中でピックアップした作品は、何か基準があったんですか?

菊池:戦後を概ね10年ごとくらいに区切った上で時代を象徴している作者と作品を選びました。経済とか世相は、当然のようにそれぞれの物語に反映されています。それが特に色濃く表れている作品をピックアップしましたね。その時代を知ろうと思っても、当時の”気分”だとか”雰囲気”は掴みにくいものですが、文学…特に芥川賞にはそういったものが作品として昇華されています。

-だからこそ、受賞作を中心にしつつ、各時代を描けたということですね。

菊池:水野敬也さんがおっしゃっていたと思うんですが「書籍は伝え方の総合格闘技になっている」と。文章だけでなくイラストや漫画など、様々な手法にあふれています。イラスト、対話劇、ギャグ……この本には僕が持っている伝え方の手法をすべて詰め込みました。

-それは、すごくわかります。

菊池:その一方で、手法だけにならないようにも気をつけました。すでにあるものと似たようなものを手法だけ変えて提示しても、読者は飽きてしまいます。

-菊池さん自身は現状、書籍にどんなことを求めているのですか?

菊池:僕にとっては単純に娯楽です。知的好奇心を満たしてくれたり、楽しい気持ちにさせてくれるものです。いわゆるビジネス書などは、困ったら答えが載っていたり、有益なTipsが集まっていたりします。辞書みたいですごく便利なんですけど、そればかり読んでいると疲れてしまいます。自分の本では「疲れない本」を目指しました。

-「タイム・スリップ芥川賞」もある意味では、”まとめ”でありますし、芥川賞の辞書みたいな側面もありますよね。

菊池:ただまとめるのではなく、読みやすくて、誰もが楽しめるエンターテインメント…娯楽としてひとつの作品として成立させることに一番心を割きました。ビジネス書籍的な読むことでメリットを享受できる書籍が増えたと感じていますが、ただただ楽しいものって減ったと思うんです。僕は、いわゆる物語というのはこれからの時代にもっと有効になっていくと思っています。

書籍でこそ伝えたいこと。

-そういった物語的なものは映像作品など、書籍ではないジャンルに求めている方が多いように思います。

菊池:他のジャンルと比較すると、書籍の一番いいところは、”孤立している”、スタンドアローンで存在しているところではないかと思います。書籍は、デバイスとして捉えると読書するための専用機なんですね。なので、没頭度が他よりも優れていると思います。非常にパーソナルな時間形成に特化したデバイスと言えるかなと。映像作品はある程度速度は変化できても、作品の時間が概ね決まっていますが、書籍の場合は読了までの速度も時間も各々に委ねられています。だからこそ”時間を忘れて楽しめる”というのが書籍にしかできないことだと思います。

-確かに、自宅で映画とか見ていても、残り時間を気にしながら観てしまいますもんね。

菊池:この作品、何時くらいに観終わるな…なんて気にしながら鑑賞していますよね。映像のシナリオの作り方も、観客を退屈させないように、開始○○分でドラマが起きて、○○分ごろに一波乱があって…と時間に基づいて作られているものも多い。作り手にとっても観客にとっても、映像作品は常に時間を気にさせられる媒体だと思います。紙の本だと、時間をあまり気にせず没頭できます。

-確かに。

菊池:だからこそ『タイム・スリップ芥川賞』は、書籍というフォーマットでリリースしました。

文学の可能性。

-こうして芥川賞受賞作品すべてに触れて、文学自体の可能性はどんなところにあるとお考えですか?

菊池:文学の一番いいところは、予定調和じゃないところだと思います。中にはオチのない作品も多いですし、純文学は、本当になんでもありなところが文学の持つ可能性かなと思います。そういう尖った作品でも、芥川賞を受賞すると数万部は売れます。これは、非常に豊かな文化だと思いますし、いわゆるハリウッド的な大作などに対抗するオルタナティブとしても、可能性があるように思います。なぜなら基本的には個人がたった1人で書き上げるからです。

-あぁすごいパーソナルな創造力で作られているってことですね。

菊池:芥川賞受賞は「純文学」であることが条件の一つなんです。純文学は、作者の自伝的な側面が作品の強度をあげているケースが非常に多い。生い立ちですとか、自分の生きている時代だったりを映しながら非常にパーソナルな作品だったりします。これほど1人の創造力で作り上げられるのは文学ならではのものかなと思います。集団でないからこそ、予定調和が生まれづらいですよね。

-確かにそうですね。

菊池:それに日本のコンテンツは多くが文学が元になって作られていたりします。ドラマも映画も文学が原作のものが少なくないです。純文学だけではなく、小説全般で考えるとかなりの数のものが小説を原作にしています。そう考えると、日本のコンテンツは書籍が下支えしているとも言えます。そういった様々なコンテンツの基になっているものが、すごくパーソナルなものだと考えるととても面白いですよね。

-「タイム・スリップ芥川賞」を読んだ皆さんには、もっと芥川賞受賞作品に触れてほしいとお考えですか?

菊池:受賞作に限らず「本」に触れてほしいですね。今も年間約7万点の本がリリースされています。過去の本も合わせると、それこそ膨大な量があるわけです。本が好きになると、きっとその中から自分にぴったりな作品が見つかりますし、人生に飽きずに過ごせると思うんです。人生は気を抜くとすごく退屈です。僕自身もすごく退屈している。毎日面白いことを探している。自分自身が人生に飽きないためにも、本を読むというのはすごくいいことだと思っています。

-ご自身が本を読むことで救われていると。

菊池:今回の『タイム・スリップ芥川賞』は、例えばその本が書かれた時代考証をしたり、作者のことを調べたり、一つの文学に触れることで世界が広がるようなイメージで制作しました。僕自身も本を閉じた瞬間に退屈しないように、その背景にある豊かさに触れることで楽しんでいます。それを伝えたくて作った一冊だと思います。

-この本自体が菊池さんが退屈と向き合う過程を描いた非常にパーソナルな作品とも言えるかもしれませんね。

菊池:そうかもしれませんね。

芥川賞に期待すること。

-これからの芥川賞に期待することはありますか?

菊池:100年、200年、300年…ずっと途絶えることなく続いていってほしいです。ひとりの読者としても。芥川賞は、日本最長の文学賞です。選考委員も基本的に批評家がおらず、全員プレイヤーなんです。プレイヤーが選ぶというのも特徴的で、だからこそ予定調和でない特殊な作品にもチャンスがあります。芥川賞で、これからも素敵な作品に出会いたいと思います。

-菊池さんご自身は、どんな活動をしていきますか?

菊池:「もっといいものがあるんじゃないか?」というのが僕の原動力です。『スマホに満足してますか』という本があります。著者は日本語の予測変換を開発した研究者なのですが、この本では「スマホは本当に便利なんだろうか?」という問題提起がされています。僕はとても便利だと思っていたので、いい意味ですごくショックを受けました。今あるものよりも「もっといいもの」の可能性を考えなきゃいけないんだと。それから「もっとよくする方法があるんじゃないか?」と考えることが癖になりました。
だから、「もっと伝わる文章があるんじゃないか?」「もっと楽しい形式があるんじゃないか?」と考えながら本を作っていきたいです。

これからの世界で失いたくないもの。

ーでは、最後の質問です。菊池さんがこの先の世界で失いたくないものは?

菊池:「楽しさ」ですね。今は楽しいものがすごく少ないって思っています。社会の空気みたいなものに、なんとなく楽しさが足らない。言葉にすると、すごく軽いですがちゃんと分かりやすくて知的な「明るく楽しい」ものを失わず作り続けていきたいと思っています。

Less is More.

すごく柔らかな物腰で話す菊池氏は、現状に退屈し続けていると語ってくれた。「タイム・スリップ芥川賞」は彼が自分自身を明るく楽しくするために書籍に触れ、様々なことを調べる退屈な毎日への対抗策を描いたごく私的な作品にも思えてくる。同じような日々を過ごす人たちに向けたメッセージなのかもしれない。ぜひ、「タイム・スリップ芥川賞」を読んでみてほしい。

(おわり)


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