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誰かの視点をくぐりながら自分を編み直してみる。発達心理学とボードゲーム開発。萩原広道氏インタビュー。

以前Less is More.でもお話しいただいた発達科学者の萩原広道氏は、乳幼児期の言語発達に注目しながら、子どもたちには世界がどう見えているのかを研究している。
先月。そんな萩原氏と学生たちとで「大学生を疑似体験するボードゲーム」なるものを開発していることが発表された。発達心理学の研究との関連、そしてどのような思いで作り始めたボードゲームなのか。萩原氏にお話を伺った。

萩原 広道:大阪大学大学院人間科学研究科助教。博士(人間・環境学)。専門は発達心理学、発達認知科学。作業療法士、公認心理師。東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)協力研究員、特定国立研究開発法人理化学研究所客員研究員。 著書に『〈京大発〉専門分野の越え方』(編著、ナカニシヤ出版)、『子ども理解からはじめる感覚統合遊び』(編著、クリエイツかもがわ)、『人間発達学』(分担執筆、メジカルビュー)など。トマトに目がない。X(旧Twitter): @hagiharahiro。

-お久しぶりです。前回は未分化な言語が教えてくれる、子どもたちに見えている世界。」というテーマでお話をしていただきました。

萩原:前回は、乳幼児の言語発達についてお話ししましたよね。当時と所属が変わって現在は大阪大学にいるのですが、そこでも引き続き子どもの発達について研究を進めています。

↑前回のインタビューも、ぜひご一読ください。

-まずは、話せる範囲で、研究の進捗をお聞きしてもいいですか?

萩原:現在もいろんなことをやっています。前回お話ししたような、子どもの単語理解について調べる研究も継続していますし、親子でのやりとり遊びを記録して、そのなかでどんな発話が見られるかなども調べています。それから、「スケールエラー」というとても興味深い発達の現象についても研究しています。

-スケールエラー?

萩原:幼児期に見られる特有の現象で、人形の靴を無理やり履こうとしたり、ミニカーに何とか乗り込もうとしたりすることを指します。大人から見ると、どう考えても無理なサイズなんですが、特に1歳半から2歳ごろまでの子どもたちのなかには、こういうことを真剣にやる子どももいます。

-へー!面白いですね。

萩原:スケールエラーの研究は、2000年代にScienceという科学雑誌に掲載されて一躍脚光を浴びたのですが、その後の研究のなかで、この現象はどうやら言語の発達にも関係があるということが分かってきたんです。

-言語と関係があるんですか?

萩原:スケールエラーは、1歳後半に一番起こりやすくて、それよりも前や後の時期には見られないことが知られています。この時期は、単語をどのように理解するかに変化が見られる時期でもあるんです。私たちは、言語発達のどの側面とスケールエラーが関係するのかを調べるために、スケールエラーの起こりやすさと、子どもたちの語彙数との関係を調べました。その結果、スケールエラーは、名詞の語彙数よりも、もう少し抽象度の高い動詞や形容詞の語彙数が増えることに関係していることがわかりました。言語発達の過程で抽象的な思考ができるようになるなかで、見えている具体的な情報をかえって取りこぼしてしまう時期がある、ということなのかもしれません。

-モノの大きさの理解が言語と関係するなんて不思議ですね。

萩原:たとえば、モノを見たときに、動詞で表現されるようなアクションのイメージが強く喚起されるのかもしれません。靴を見たら「履かなきゃ!」って思うとか(笑)。そういうモノと行為の繋がりが一時的に強くなってしまうことが、サイズのような情報を無視してしまうことに関係している可能性が指摘されています。スケールエラーについてはまだわかっていないこともたくさんありますが、日本のスケールエラー研究の第一人者で江戸川大学講師の石橋美香子さんをはじめ、共同研究者と一緒に研究を進めています。

大学生活を体験するボードゲームDAIGAKUの開発!

-スケールエラーの研究もすごく興味深いですが、今回は萩原先生が「DAIGAKU」というボードゲームを作られたということで、そちらを詳しくお聞きできればと思います。

萩原:そうでした(笑)。ついつい子どもの発達の話になると長くなってしまうんですよね……すみません。今回は別の切り口で、開発中のボードゲームを紹介したいと思います。

-そもそも、どんなゲームなんですか?

萩原:私たちが開発しているのは、リアルな大学生活を疑似体験するボードゲームです。ごく簡単に言ってしまえば、学業やバイト、課外活動といったさまざまな選択肢のなかから、プレイヤーが自分でアクションを選択し、「充実したキャンパスライフ」を送ることを目指してプレイしていきます。その過程でいろんな予想外のハプニングに見舞われるので、その都度ハプニングに対応したり軌道修正を図ったりしながらキャンパスライフを送っていく、という流れになっています。

当日は、試作品をお持ちいただき、説明していただいた。

-人生ゲームみたいな感じですか?

萩原:人生ゲームやすごろくのような運の要素が強いゲームではなく、自分自身で戦略を立てて、アクションを起こしながら進めていくゲームになっています。ボードゲームに詳しい方向けに話すなら、いわゆる「ワーカープレイスメント」と呼ばれるジャンルのゲームですね。
しかも、「DAIGAKU」で体験するのは、バラ色とは限らない、ときには「いばら色」になってしまうような、現代のリアルな大学生活です。「ゼミ発表で頑張ったからおいしいランチに行く」「教習所に通ってついに免許が取れた」といった嬉しいイベントが起こるなかで、ときには「授業に出るよりも、結局サークルとバイトに明け暮れてしまった」「奨学金の返済が心配……」など、ビターなイベントも生じます。それらを含めた「あるある」がゲームのなかではたくさん起こります(笑)。

-へー!面白いですね。

萩原:実は、過去にLess is Moreのインタビューを受けておられる哲学者の谷川嘉浩さんや、公共政策学者の杉谷和哉さんも、このゲームの初期開発メンバーでした(笑)。

-あ、そうなんですか!初期開発?

萩原:今から6~7年前、私や谷川さん、杉谷さんが大学院生のころに、学生の仲間内で作ったボードゲームが、今回の「DAIGAKU」の原型になっているんです。当時もけっこう一生懸命取り組んでいて、学会で発表したり大学祭などでワークショップを開催したりしました。でも、いくつかの事情が重なって、その後活動が停滞してしまい、実質お蔵入りになってしまっていたんですよ。

-なぜ今、復活したんですか?

萩原:昨年4月、私が大阪大学に赴任したことをきっかけに、当時のメンバーにも相談して、大阪大学の授業の一環としてこのプロジェクトを再始動することにしたんです。大阪大学には、「学問への扉」という1年生向けの少人数ゼミの授業があって、いろんな学部の学生が教員と近い距離で講義を受けたり、プロジェクトに取り組んだりします。たまたま着任早々に私もその授業を担当することになり、「それならお蔵入りになっているあの企画を学生と一緒にもう一度やろう!」と決めました(笑)。

-あぁ!大学のプログラムとして生まれ変わったわけですね。

萩原:私自身、子どもの発達の研究で手一杯になってしまって、個人的にもずっと心残りだったんです。いつか、誰にでも遊んでもらえる形でこのボードゲームを世に出せたらなと思っていました。

-今回は、どのようなメンバーで作られたんですか?

萩原:受講してくれたのは17名の学部新入生でした。そのうち4名の学生が、授業が終わった後も継続的にプロジェクトに関わってくれていて、現在は私を含めて5名で活動しています。みんなの所属もバラバラなので、現在はサークル活動のようなかたちでこのプロジェクトが進んで言います。さらに、この度、このボードゲーム「DAIGAKU」の製品化を目指して、大阪大学公式のクラウドファウンディング企画に挑戦することになりました。

ゲームを開発した理由。プラットフォームとしてのゲーム。

-そもそも、ゲームを開発することになった経緯はどのようなものだったんですか?

萩原:私たちが学生だった当時は、所属していた大学がめまぐるしく変化する過渡期でした。所属学部がなくなるかもしれないなんて言われたり、キャンパスの空気がどんどん変化していったりするということを当事者として肌身で感じていて、不安だったり憤りだったりを抱えている人も多かったように思います。

-巻き込まれていたわけですね。

萩原:そういう状況で「もっと学生の意見を聞こう」という教職員も当然いらっしゃいました。それはそれで良かったのかもしれませんが、実際に話してみると、ご自身が学生だった時代の感覚で話される方や、現代の学生の状況をあまり把握しておられないまま素朴な学生像だけで語ってしまう方がけっこう多かったんです。

-どういうことですか?

萩原:例えば、「授業出なくても単位が取れるでしょう?」とか、「学生のときは時間がたっぷりあっていろんなことができる」とか。私たちが学生のころはギリギリそういう空気感もあった気がしますが、最近はどんどんそういう状況ではなくなってきていて。それこそきちんと授業に出ないと単位が取れないとか、バイトや課題に追われて全然ゆとりがないといった感じになっています。

-あぁ。たしかに、そういうこと言う方っていらっしゃいますよね。

萩原:「大学生」に対するとらえ方が、立場によって全然ちがうわけです。かつて大学生だった人は当時のイメージのまま語ってしまうし、いまの大学生は自分の今の状況しか知らないので、話が噛み合わない。そこで、かつて大学生だった人も一度現在の学生になってもらえたら良いのでは?という思いで、ボードゲーム企画が立ち上がりました。現在の大学生活のシビアさというか、一筋縄ではいかないジレンマを体験してもらいたかったんですよね。

-ゲームという手法を選んだのはなぜだったんですか?

萩原:シンポジウムを開催するとか、共同研究をすることで相互理解を深める道もあったと思います。でも、そういう形式だと、頭でっかちな議論に留まってしまうのではないかと心配しました。研究者にしか伝わらない手法を避けたかったというのもあります。それに、大学教員も学生も、この手の「大学」や「大学生」それ自体に関わる問題にはあまり関わりたくないという人が多いという印象がありました。
広くいろんな人たちと「大学」について語るためには、ある種の気楽さが必要だと思ったんです。そこで、当時の仲間内で議論して「ボードゲーム」という手法を選びました。気楽に体験していただくなかで、大学や大学生について話すための土台を作れるんじゃないかと。

-あぁ。話し合う前に、その土台として、体験していただいた方がいいのではないかと。

萩原:そうです。ゲームという気楽に遊べるツールを使うことで、現役の大学生はもちろん、かつて学生だった人や、あるいは学生を体験したことのない人たちとも、「大学が抱える問題」について話し合う土台ができるんじゃないか。そういうコミュニケーションツールがあっても良いんじゃないかと考えました。

-相互理解の土台を作るためにゲームを活用するのは面白いですね。

萩原:ゲームって、誰かになりきることができますよね。ある役割を自分の中で取り替えたり、新しい役割を当事者として疑似体験できたりするのがゲームの素晴らしいところです。ゲームのなかで、「バラ色」とは限らない、ときには心にささくれができてしまうような「いばら色」の大学生活を送ってみるなかで、大学生に対するイメージが更新されたり、大学生に対する解像度が上がったりするのではないかというモチベーションで当時は制作していました。

そして、学生と開発している今のバージョンではさらに、現代の大学生が抱く不安や悩みを共有・解消する「楽しい教育ツール」としてこのゲームを活用できないかな、ということも考えています。プレイ体験を通じて、高校生や学部新入生にとっては、近い将来の生活を具体的にイメージしたりシミュレーションしたりすることができる、就活間際の学生にとっては、自分の学生生活を俯瞰的に振り返ったり、残りの学生生活をどう過ごすかを考えたりする契機にもなります。

-現在は学生と一緒に開発しているとのことですが、萩原さん自身、立場の変化について感じることってありますか?

萩原:自分自身も教員になって、あらためて「気楽さ」ってすごく大事だと思うようになりました。シンポジウムのようなパブリックな場だと、ぽろっと話してしまうようなこぼれ話が出にくかったり、インフォーマルなゲームの中だからこそ赤裸々に語れることがあったりします。教育に対して真面目な人ほど、お堅い場では気楽には話せなくなってしまいます。

-あぁ。ちゃんと話さないとって気負ってしまいますよね。

萩原:何より、シンポジウムとか学会などの場では、自分の意見を通さないといけないといった状況に陥ってしまう場合もありますよね。ゲームというプラットフォームを活用すれば、そんな視野狭窄に陥らずに、柔らかく気楽な雰囲気の中で、立場を超えて誰でも話しやすい状況が生まれやすい。

-あぁ!場合によっては論破合戦になってしまうこともありますからね。

萩原:議論って、本来的には相互に理解し合うことが重要で、論破すること自体は実はあまり重要でないということも多い。そして、問題解決に一足飛びに向かうよりもその一歩手前、つまり「問題を共有すること」こそ、議論の際にはとても肝心だと思うんです。
学生と一緒に「DAIGAKU」をプレイしていると、「実際私にもこんなことがありました」なんてぽろっと本音を話してくれたり、「実は進学を目指そうかと思っていて…」と自然な成り行きで相談が始まったりすることがあります。こういう問題を共有する瞬間はとても重要だと思いました。研究室の学生と一緒にやることで、それぞれの学生がどんな人たちなのかよく理解できるという活用法もあります。

-対話の機会が拓かれたゲームになっているんですね。

萩原:ゲーム終盤には、ゲーム内での自身の行動履歴から自分なりに学生生活のストーリーを紡いで他プレイヤーに語る「ポートフォリオ」というイベントも発生します。そのときにも、自分の理想の学生生活や、実際の大学生活と比較しながら、ゲーム内のキャラクターの境遇を想像することができるので、没入しつつ、でもちょっと俯瞰して見ることもしながら、大学生が抱える問題をプレイヤー同士で共有できるような仕組みになっています。

-「充実したキャンパスライフ」を目指すということでしたが、勝利条件のようなものもあるのですか?

萩原:何をもって「充実」と見なすかって、なかなか難しいですよね。卒業しなくても充実した学生生活は送れるかもしれないし、就活がうまくいっているからといって学生生活それ自体が充実しているとも限らない。
「DAIGAKU」では、いろいろな要素の総合されたものが「充実」だとさしあたり考えて、総合的な点数を計算し充実度を数値化することにしています。ゲームとして成立するように、便宜上は勝敗をつけますが、それがなくても遊べるゲームだと思います。たとえば、ゴールした後に、自分の理想のキャンパスライフを送ることができたか比較して語ってみる、なんて遊び方も面白いのではないでしょうか。

身近な他者を理解するために。

-萩原さんとしては、このゲームを研究としても捉えているんですか?

萩原:広い意味では、発達心理学の研究と捉えることもできるかもしれませんね。人間の発達は「ゆりかごから墓場まで」なんて言われますが、発達心理学は、ゆりかごどころかお腹の中から研究の射程に含まれます(笑)。私の専門は乳幼児期の発達ですが、大学生のように思春期や青年期を対象にする発達心理学の分野もあります。そういう意味では、今回のボードゲーム開発は「大学生の発達」についての研究という側面もあるかもしれません。

-なんとなく発達心理学って子どもだけが研究範囲なのかと勘違いしていました!

萩原:かつてはそういう時期もありましたが、いまでは大人だって発達心理学の対象です(笑)。そして、「発達」と表裏一体になっている「教育」という視点も、非常に重要です。

-ん?どういうことですか?

萩原:発達心理学は、端的に言ってしまえば、一人の人がどのように変化していくかを扱う学問です。そして、その変化をどうやって引き出すのか、あるいは、発達に伴って変化する人間にどのように関わればよいのか。そういう視点は、広い意味での「教育」と呼べると思います。

-発達を理解するためには、教育についても研究する必要があるということですね。

萩原:えぇ。そう考えると、子育てや保育といった子どもに対する教育に留まらず、高校生・大学生のキャリア教育や社会人教育なども、広い意味で「発達と教育」という関心につながるわけです。

-今回発表したボードゲームに、子どもの言語発達。萩原さんの多岐にわたる活動のモチベーションってなんですか?

萩原:あまり意識したことがなかったんですが、かつて、私自身も子どもでしたし、ちょっと前までは大学生でした。でも、当時の記憶はどんどん薄れて、思い出せなくなってきています。もう子どもでもなければ、学生でもなくなったのだと実感します。そういう意味では、子どもや学生というのは私にとって、「最も身近な他者」というイメージがあります。

-身近な他者?どういうことですか?

萩原:えっと、自分と照らして、「最近の学生はなっていない」とか、子どもに対して「こんなこともできないの?」とか、ついつい自分の常識を押し付けたくなってしまうことってありませんか?

-たしかに、そういうことを考えてしまうときもあります(笑)。

萩原:それは、かつての自分自身を投影しやすい存在だからだと思うんです。そういう意味で、とても身近な存在です。でも、やっぱり自分ではなくて、他者なんですよね。もう自分は当事者ではない。

-あぁ。自分と近いからこそ、いろいろと気になるのかもしれませんね。

萩原:最も身近な他者だからこそ、丁寧に接したいし、理解したいなと思います。ついついやってしまいがちだけれども、そういう身近な他者に対して、自分の常識を一方的に押し付けるようにはなりたくないなと。子どもの研究にせよ、ボードゲームの開発にせよ、そういう思いがモチベーションのひとつになっていると言えるかもしれません。

-なるほど。

萩原:他人を丁寧に理解するだけでなく、その過程で自分自身の歴史を振り返ったり、自分自身を新しく発見できたりもします。そういう瞬間があることも、活動のモチベーションになっているのかも……?と思いました。

-懐古的に振り返る、というわけではないですよね。

萩原:懐古ではなく、再発見というか、発掘するようなイメージですね。自分自身を編み直すというか。研究やプロジェクトにもそういう心構えで取り組んでいる気がします。

ふと立ち止まって、自分自身を編み直す。

-自分自身をもう一度捉え直す、編み直すってとても大事な視点だと感じました。

萩原:今の社会は、自分自身が分からなくなる、分かりづらくなっている気がします。いろいろな情報が次々に飛び込んできて、なんでも摂取しないといけないような状況で。それはそれで良い面もあるんですが、それにしたって忙し過ぎます。

-あぁ。翻弄されているうちに自分自身がわからなくなると。

萩原:今ほど情報過多でない時代は、もう少しのほほんと暮らせていたのかもしれませんが、そういうわけにもいかなくなってきています。私自身も、電車に乗ってぼーっとしていることができなくなっていて、たいてい動画を倍速で見る時間になっています(笑)。

-意外です(笑)。

萩原:生き急いでいるような感覚がありますし、常に何かに怯えているような、不安を抱えやすい社会なんだと思います。だから、ふと立ち止まるような時間を意図的に作る必要があるんじゃないかなと考えることもあります。

-なるほど。

萩原:そういう切迫感というか焦りのようなものは、実は幼児期ですでに見られうることが、最近の発達研究でわかってきています。3~5歳児を対象にした研究で、「あなたは賢い子だって聞いているよ」と伝えると、子どもがカンニングをしやすくなったことが報告されています (Zhao et al., 2017)。ちょっとショッキングかもしれませんが、幼児はすでに「賢い方が良い」とか「賢くないといけない」といった価値観をもっている可能性があります。

-そうなんですね…子ども自身も不安なんですね…。

萩原:そうですね。よかれと思って「賢いね!」とか「頭いいね!」と子どもをほめてしまうことも多いかと思いますが、思いもよらぬところで、実は子どもたちはプレッシャーをひしひしと感じてしまっているのかもしれません。
だからこそ、「ちょっと立ち止まってみる」「ほっとしてみる」といった時間が、子どもたちも含め、今の私たちには必要なのではないかと思います。実際に立ち止まることはなかなか難しいかもしれませんが、意図的に「この10分だけはゆっくり過ごしてみよう」とか、「この20分だけは勝手に口を挟んだり話を無理に進めたりしようとせずに学生の話を丁寧に聞こう」とか、そういうものを意図的に作ることも大切かもしれません。

-ぼーっとしてもいいやって思えると、少し気が楽になりますね。そもそも、何が相手に影響するか分からないし。

萩原:子どもにしても学生にしても、人間は一人一人違う存在ですし、どんな事柄がどんなふうに影響するかはわかりません。摂取した情報が自分のなかでヒットするかもしれないし、裏目に出ることもあるかもしれない。だから、慌て過ぎなくても良いのかな…とも思います。子どもにしても学生にしても、身近だけれども他者だという視点を忘れずに、ときに冷静に、素朴に自分を投影するのではなくて、少し距離感を保って見ることができたらよいのかな、と。


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これからの世界で失いたくないもの。

-では、最後の質問です。萩原さんがこの先の世界で失いたくないものはなんですか?

萩原:今回の話に引き付けて言うなら、反射的に行動する前にちょっとだけ立ち止まってみる「勇気」、でしょうか…。反射的に「私はこう思う」とか「誰々がこういっていた」とか口に出したくなる気持ちはわかります。でも、ちょっと立ち止まって、相手をよく観察したり、話を聞いてみたり、「それどういうこと?」って尋ねてみたりする。そういう「余白」のような時間が、ますます大事になっていくのかなと思います。そのうえで、感じた違和感を楽しめるようになるといいなと思います。

Less is More.

「自分自身を編み直す」。この言葉にドキッとしたインタビューだった。子どもの目線を通して、はたまたボードゲームを通して、私たちは自分自身のかたちを、他者を通してしか掴めないのかもしれない。
だからこそ、萩原先生のおっしゃられるように、一度立ち止まることを忘れないでいたいと思うインタビューだった。

(おわり)


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